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商品開発競争

 カフェスペースを設置してから3日目。一度下げ止まった売上は、ここにきて急激に落ちている。新装開店当初30万クラン近くあった売上は、15万クランまで落ちこんだ。

 想定の範囲内……と言いたいところだが、正直ヤバイ。


 買い物ついでにカフェを利用してもらうことを想定していたのだが、雑貨店の客が激減することまでは想定していない。

 周囲の値下げ競争、品揃えの不備、そこで急激な路線変更。客が離れる要素がてんこ盛りだ。売上はまだ落ちることを覚悟した方がいい。


 このことに気付いているのは、俺とルーシアだけだ。サニアはお菓子作りが忙しくて帳簿を見ていないし、ウォルターには報告していない。ウォルターに現状を知られたら、絶対に文句を言うだろうからな。


 資金にはまだ十分な余裕があるのだが、今のうちに対策を考えておきたい。考えられることは全てやるべきだな。

 将棋のようなゲームを設置する案、本気で採用しよう。ゲームカフェなら流行りそうだ。とは言え、そんなゲームがあるとは聞いたことがない。作るか。


 まず思いつくのは、将棋かチェスだ。しかし、チェスは駒の加工が難しすぎる。工芸品に近いデザインだからなあ。ナイトなんかは特に。

 将棋の駒ならそれほど難しくないだろうが、ルールが複雑過ぎる。覚えるまでに飽きる人が多そうだ。囲碁は……俺がルールを知らないわ。無理だな。見た目は単純なんだけどなあ。


 となると、次に思い付くのはリバーシか。ルールが覚えやすく、駒の形状も単純……。


「ツカサ、ちょっといいか?」


 事務所で考え事をしていると、突然ウォルターが入ってきた。


「どうしました?」


「話がある。表のテーブルで少し付き合え」


 俺はこのまま事務所で話をしてもいいと思うのだが、ウォルターはカフェスペースを指定した。なんだかんだでカフェを気に入っているのかもしれない。


「分かりました」


 そう返事をして店を出た。

 しかし、「現状を報告しろ」とか言わないよな? 今は突っ込まれたくないぞ。



 サニアからお茶と焼き菓子を受け取り、カフェスペースの椅子に座った。今日はカモミールティーか……。

 店舗では、常時10種類ほどの茶葉を揃えている。かなり売れ筋の商品なのだが、俺は全種類を把握していない。時期によって入れ替えがあるようで、今何があるのかはルーシアかサニアに聞かないと分からない。


 日替わりで毎日飲んでいるのだが、何が出てくるか知らない方が楽しめるので、敢えて調べていなかったりする。まあ、いずれは把握しないと拙いよなあ。



 ウォルターが向かいに座るのを待ち、声を掛ける。


「話とはなんでしょうか」


「うむ。まずは、店の調子はどうだ? 苦戦しているのではないか?」


 やはりそう来たか。どう答えようかな。


「今は、そうですね。少し客足が遠のいています。お客さんが変化についてきていないのだと考えられますね。少し待てば落ち着くでしょう」


 根拠は無いよ。全くね。売上の減少は顕著に現れている。若干焦るレベルだ。


「それなら良いのだが……。最近、コータロー商店には行ったか?」


 ウォルターは、店の現状よりもコータロー商店の動向が気になる様子だ。深く突っ込まれなくて良かった。しかし、コータロー商店の動向も気になる。うちの店の売上が落ちた元凶だ。


 コータロー商店は、オープン初日に偵察した後、しばらく行けていない。商品開発とカフェの準備に追われていた。もし危ない動きをしているなら、事前に阻止しなければならない。


「いえ、行っていないですね。何かあったんですか?」


 俺がそう答えると、ウォルターはお茶に口をつけながら答えた。


「うむ。そのコータロー商店がな、何かおかしなことをしているらしい……美味いな! うちの茶はこんなに美味かったか?」


 ウォルターは、目を見開いて大声を上げた。


「水をきれいにする装置を作ったんです。よく気付きましたね」


 浄水器は今日から稼働しているので、お茶の味は劇的に変わった。それを知らないウォルターでも気付いたのなら、まるで別物のように味が違うということだ。


「そりゃあ気付くだろ。この違いが分からんやつは、舌がどうかしている」


 ウォルターは満足げに呟いた。


「それは良かった。ウォルターさんも是非宣伝してください」


「うむ。ロールケーキはさすがに食い飽きたが、この茶は新鮮で良いな。商業組合の仲間に宣伝しておこう」


 さすがのウォルターも、ロールケーキにはうんざりしているらしい。1日1切れで満足なロールケーキを、毎日5切れずつ食べている。たぶん今日も売れ残るんだよね……。悲しい。


「それより、コータロー商店の話なんですが……」


「あ、すまん。そうだったな。私もまだ確認しておらんのだが、突拍子もないことを考えているらしいのだ。今後の動向に注意しろ」


 ウォルターは、難しい顔で顎をさすりながら言う。

 何をしているというのか……。一度確認する必要があるな。



 ウォルターはそのまま外出した。残された俺は、コータロー商店へ偵察に行こうと思う。

 今回は1人だ。サニアが忙しいので、ルーシアを連れ出すことができない。まあ、1人で困るようなことでもないから、特に問題ないのだが。


 コータロー商店に到着し、店内を歩く。

 相変わらずポップと広告がベタベタと貼ってあり、賑やかを越えて五月蝿(うるさ)い。店内に入った時の大声な挨拶も邪魔くさい。


 イラッとする要素は多いのだが、それでも店は繁盛している。客足が減る時間帯だと言うのに、客の数は少なくない。この半分でもうちの店に来てくれれば助かるのになあ。


 気を取り直して奥へと進む。異常に安い価格設定、一貫性のない品揃え、鬱陶しい店員。特に変わった様子は見られないが……。不審感を覚えながら歩き続けた。



 すると、コータローがおっさんと何かを喋っているのが見えた。商品を眺めるフリをして、近付いてみる。


「ねえ、もっとまともな職人は居ないの? 全然ダメじゃん! 売り物になんないよ!」


 コータローは、机を叩きながら叫んだ。かなり不機嫌な様子だ。

 それに対するおっさんは、問題児を前にした教師のように、苦笑いを浮かべている。


「そう申されましても、これが職人の限界でございます。これ以上の腕を求めるなら、もっと時間をください」


 コータローも商品開発を目論んでいるらしい。何を作る気だ?


 テーブルには、不揃いな円形の小さな木片がいくつか並んでいる。サイズはまちまちで、100円玉から500円玉くらい。どれもキレイな円形ではなく、少し歪んでいる。


 用途が見えないな……。コースターにしては小さすぎるし、カジノのチップなら金属を使うだろうし……。


「この程度の仕事なら、誰にでもできるでしょ?」


 コータローは呆れたように吐き捨てた。相変わらずナチュラルな上から目線だな。職人が聞いたらブチギレすると思うぞ。本気でそう思うなら、自分でやってみろよ。


 同じサイズの円形の木片。日本なら、たぶんあっという間に作れる。専用工具で円柱状に加工した棒を、薄くスライスするだけだ。

 でも、それは技術と工具が揃っているからできることだ。日本と同じレベルをこの国で求めるとこが間違っている。


「難しい工程が含まれておりますので、腕の良い職人を探すのが大変なんです」


「探し方が悪いんじゃない?」


「そもそも、この街は木工職人が少ないのですよ。もっと山に近い街でないと……」


「じゃあ別の街で探してよ。時間掛かってもいいからさ」


 まるで駄々っ子だな。相手の都合を考えようとしていないじゃないか。

 コータローは終始呆れ顔で話をしているが、おっさんの顔をよく見てみろ。引きつった笑顔をしているだろうが。その上、額には青筋が浮かび上がっている。怒りを抑えているんだろうな。可哀想に。


「左様ですか。半年以上掛かることが予想されますが、よろしいですか?」


「もういいよ。どうせ、この世界の人が思い付くようなものじゃないしね」


 話を聞く限り、日本の何かを作ろうとしている。揃いのサイズで円形の木片を複数個……。リバーシ?

 もしかして、こいつもリバーシを作ろうとしているのか?


 ……そのアイディア、先にいただこう。


 もしリバーシが流行るようなことになったら、さらに手が付けられなくなるぞ。コータロー商店が大きくなることは、この街では歓迎されないんだ。モタモタしているうちに俺が完成させる。



 しかし、こいつもアホだなあ。円形に加工したいなら、木製に拘ったのが間違いだ。例えば碁石なら、大昔は天然石や陶器で作られていた。加工しやすい竹が使われたこともある。


 そもそも円形に拘ることが間違いだ。リバーシの駒が丸いのは、開発者が牛乳瓶の蓋で試作したからなんだよ。円形であることに意味は無い。日本のリバーシの起源とも言えるイギリスのリバーシは、駒の形状に制限が無かった。


 円形に拘らなければ木製の方がいい。陶器は長い乾燥時間があるし、天然石は磨くのが大変。竹細工だと、この街に本格的な職人が居ない。加工次第では製作期間が大幅に短縮できるはずだ。


 木を丸く削るのは難しいが、四角い駒ならサイズを揃えられる。俺が作るなら木製一択だな。



 まあ、こんなことをわざわざ教えてやる義理は無い。後は俺に任せろ。先に流通させてやるから、俺の店から仕入れてくれ。

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