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試行錯誤

 カフェは今日から開始される。俺たちはいつもよりも早起きをして、開店に備えた。

 特に早起きなのは、サニアだ。今日の分のロールケーキを焼くため、日の出前から起きていたらしい。


 焼き菓子は数日に分けて出すことができるのだが、腐りやすいロールケーキだけは当日の午前中に焼く。ひとまずは20人分、売り切れたら終了だ。


「もっとたくさん焼けるわよ? これだけでいいの?」


 サニアが不安げに言う。

 ロールケーキの製造工程は、意外と単純だ。よく泡立てた生地をオーブンで焼いて、その待ち時間にクリームを作る。焼き上がった生地の粗熱を取ったら、クリームを均等に塗ってクルッと巻く。これで完成だ。

 メレンゲを作るのは物凄くしんどいのだが、今の5倍くらいまでは増やせると思う。


「売り切れないと困ります。少ない量で様子を見ましょう」


 建前上は『サニアの負担を減らすため』ということになっているのだが、実際は違う。あえて限定にすることによって、特別感を演出するためだ。

 売り切れで食べられなかった人は、その味に期待してもう一度来店するはず。そういう効果を狙っている。


「そう……。それならいいんだけど。もういつでも開店できるわよ」


「ありがとうございます。それでは店を開けましょうか」


 開店時間は特に決まっていない。開店したことを知らせるパネルを、扉に引っ掛けるだけだ。

 カフェ計画の告知は、店内に貼られたポスターだけ。時間がなかったので、チラシを配るなどの本格的な告知をしていない。カフェ目当ての客は少ないだろうな。



 人目を引くために、外のテーブルに座ってみようと思う。お茶を飲む姿を見せることで客引きになるはずだ。


「ウォルターさん、お時間はありますか?」


 1人だと印象が弱いので、暇そうなウォルターを誘う。


「ん? 少しなら構わんが。どうした?」


「他所の店の様子を聞きたいんです。外のテーブルに行きましょう」


 ついでに他の店がやっている作戦を聞きたい。


 コータロー商店のオープンから数週間。他の商店の状況は芳しくないのだろう。どこの店も試行錯誤を繰り返していると見える。

 俺が考えた策は、売り場面積を縮小してカフェを始めること。他の店とは逆の方針だ。多くの店は、在庫を増やして売り場面積を拡大しているらしい。


 効果が現れているのか、成果は出ているのか。気になることはたくさんある。サニアからお茶とクッキーを受け取り、ウォルターと向かい合わせに座った。


「で。何が聞きたいんだ?」


「値下げの状況はどうでしょうか。コータロー商店に合わせる形ですかね?」


 コータロー商店は、一般的な小売価格から2割引いた状態で売っている。特売ではなく、常時この値段だ。周りの店はたまったもんじゃない。適正価格で売れなくなってしまう。


「そうだな。同じ値段か、やや下げるくらいだ」


「さらに値引いているんですか……」


「うむ。コータロー商店と、客の取り合いをしている」


 コータローとかいうクソガキは、見たところ高校生くらいだった。おそらく、経済の勉強などはしたことが無いのだろう。価格破壊の行き着く先を考えていない。


 正当な理由もなく値下げをするのは危険だ。期間を定めた特売や、コストカットによる原価の値下げなど、値下げをするにも理由がある。ただ利益を削って値下げをする、というのは拙い。


 このまま過度な値下げ競争が激化すると、確実にデフレになる。まずは商人が貧乏になるのだが、そうなると税収が減って国が貧乏になる。次に、売り先が無くなった職人が貧乏になり、貧乏人の割合が増え、国全体が貧乏になっていく。


 まあ、今はこの街だけの問題だろう。すぐに国まで影響が広まるとは思えない。


 早いうちに値下げをやめさせたいところだが、俺にはそんな権限は無いしなあ……。かと言って、コータロー商店を潰せるほどの影響力も無いし。流れに身を任せることしかできないのが、もどかしい。


「値下げをした店の、その後の様子はどうです?」


「両極端だな。売上を伸ばした店もあれば、今にも潰れそうになっている店もある。ただし、これまで通りで大きく変動していない店はどこにもないぞ」


 俺の店は、類稀な『大きく変動していない店』に当たる。売上は3割ほど減っているのだが、倒産の危機というほどではない。とは言え、仕入れが滞っているので、雑貨の売上は今後もっと下がるだろう。


「伸ばしたのはどんな店です?」


「元から大きい商店だな。商品点数を増やした結果、売上が5割増しになったと喜んでいたよ」


 よく考えれば喜んでいる場合じゃないぞ。一般的な粗利率である40%で計算するなら、原価が同じで2割り引き、それで売上が5割増しになったのであれば、粗利は1割近く減っている。

 6割増しでトントンだが、手間を考えると2倍は売りたい。まあ、他人事なのでどうでもいいのだが。


「なるほど。では、危ない店はどうでしょうか」


「値下げが中途半端な店が危ない。売値を下げておきながら、売上は下がったらしい」


 ああ、潰れるな。『ちょっと下げればいいか』みたいな考えで値下げしたのだろう。中途半端なことをするくらいなら、値下げなんかしない方がいい。

 個人の弱小商店が生き残るために重要なのは、『安いから買う人』を相手にしようとしないこと。隙間を探して狙うしかない。


「そうですか……。今後も、情報収集をよろしくお願いします」


「ところで、これらはいくらで売るつもりなんだ?」


 ウォルターは、クッキーをつまみ上げて言う。


「お茶と茶菓子のセットで、500クランに設定しています」


 売値に関しては、多少高くても問題ないと思う。食堂での夕食の金額は300クラン程度だが、屋台で1日つまみ食いした場合は500クランほど使う。それを考えると、この値段で提供するなら良心的じゃないだろうか。

 お菓子の追加とお茶のおかわりは有料で、客単価平均は600クラン前後になると思う。


 オープン記念の値引きは予定していない。今日からこの値段だ。


「少し高いんじゃないか? もっと安くしても、利益が出るだろう」


 ウォルターはそう言いながら、つまみ上げたクッキーを口に放り込んだ。

 原価率は15%程度なので、実際はもう少し値下げすることもできる。しかし、空間を演出する意味もあるので、安売りする気は一切無い。


「安すぎると、安っぽく思えてしまうんですよね。少し高いくらいでちょうどいいんですよ」


「だがなぁ、これでは気軽に食べられないだろう」


 ただのクッキーにしては高すぎるらしい。まあ、軽食の割に高いというのは確かだ。清潔でおしゃれな空間を提供するという意味では高くないと思うのだが、まだインパクトが足りないのだろう。


「わかりました。その分、サービスを充実します」


 とは言え、何をしたら良いものだろうか。


――本でも並べてみようか。


 この国では本がアホほど高いので、需要はあると思う。だが、お茶とお菓子で汚される危険性がある。と言うか、絶対汚される。高い本を汚されるのは勘弁してほしいぞ。


「まあ、よく考えておけ。そろそろ約束の時間だから、私は行くぞ」


 上から目線の物言いが気になるが、俺の言いつけ通り真面目に遊んでいるらしい。


「あ、はい。ありがとうございました。では、お気を付けて」


 ウォルターを適当に見送り、新しいサービスを考える。


――将棋のようなゲームを探してきて設置……。


 アリと言えばアリだが、1人では楽しめない。却下だな。



 1人で考え込んでいると、不意に声を掛けられた。


「よう、ツカサ。そんなところに座り込んで、いい身分だなっ」


 ドミニクだ。いつもなら仲間たちと一緒に行動しているのだが、珍しく今日は1人らしい。


「こんにちは。なかなか気分が良いですよ。ドミニクさんも、どうです?」


「どうって、俺が座ってもいいのか? 商品なんだろ?」


「いえ、食堂のようなサービスを始めたんですよ。店の中でお茶とお菓子を受け取ってください」


 人手が足りないので、基本的にセルフサービスだ。空いた皿を下げるくらいのサービスはするが、商品を受け取ってテーブルに運ぶのは客の仕事になる。


「へぇ。相変わらず変なことを思い付くなあ。じゃあ、隣に失礼するよ」


 ドミニクは、さっきまでウォルターが座っていた席の足元に荷物を置き、店の中に入っていった。



 すると、すぐに山盛りの焼き菓子とロールケーキとお茶を抱えて出てきた。


「ずいぶん買ってきましたね……」


「これ、お前がいつも訓練所で配っている菓子だろ? 美味いんだよ、これ」


「それはありがとうございます。でも、食べ切れます?」


「アホか。持ち帰るに決まってんだろ。連れが訓練所で待っているからな。土産だ」


 持ち帰り……。その考えがすっかり抜けていた。せっかく売るのだから、持ち帰り用のセットも作った方がいい。焼き菓子を数個、紙に包むだけで十分だ。売値は300クランでいいかな。


「なるほど。良い案が浮かびました。ありがとうございます」


「おっ! 儲け話か? 俺にも話せよ」


「いえ、残念ながらドミニクさんが儲かるような案ではないですね……」


「何だよ。お前ばっかり儲けやがってぇ。紹介料の話はもう無いのか?」


 ドミニクは、過剰在庫だった剣を売る時に大活躍してくれた。それは感謝している。だが、移転してからは良い商材が全く入ってこない。

 商材になりそうなものは移転の時に全て手放し、その後は仕入れを厳密に管理している。そのため、連鎖販売に頼る必要が無くなったのだ。


「すみません。今はありませんね……。また何か考えておきます」


「頼むぜ! そろそろ小遣いが心許ないんだよ」


 ドミニクは笑顔でいうが、目の奥が笑っていない。本気だな。考えることが増えてしまったじゃないか。参ったなあ。

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