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対立

 街一番の繁盛店だけあって、レヴァント商会の応接室はかなり豪華だ。高そうなソファとテーブルが置かれ、部屋の隅には花が飾られている。


「それで、お話というのは?」


「ははは。特に用があったわけではありませんよ。この店の事を知ってもらいたかっただけです。ツカサさんにもね」


 俺がそれを知ってどうなるというのか。意図が読めないな。


「僕はただの見習いですよ?」


「ルーシアと親しい様子でしたからね。私は以前から、ルーシアに求婚しているのですよ。あなたからも説得していただきたい」


 うわ、面倒臭い。人の色恋なんて、首を突っ込んでも何も良い事は無いぞ。


「勝手に決めないでください。何度もお断りしています」


 ルーシアも迷惑そうに言う。

 こんな面倒な奴がいるのに、何故この店に案内したんだろう……。謎だ。


 それと、もう一つ気になる事が。


「一つ気になったのですが、商会とは? ウォルターの店は商会じゃないですよね?」


「ルーシア、そんな事も教えていないのかい? それは良くないね」


 チェスターが呆れ顔で言うと、ルーシアはあからさまに嫌な顔をした。返事をするのも億劫な様子だ。代わりに俺がフォローを入れる。


「ルーシアさんは関係ありませんよ。僕が無知なだけです。それに、今日見習いになったばかりですからね」


「……そうでしたか。それは失礼しました。

 商会というのは、複数の店舗を持っている店の事です。レヴァント商会の本部はコンシーリオにありますよ」


 コンシーリオというのは街の名前かな? 地名がよく分からないが、ここで聞き返すと話が拗れる。知っているフリをしてやり過ごそう。


「なるほど。昔からやっている商会なんですか?」


「そうですね。曽祖父の代から続いていますよ。これほど大きくなったのは最近ですけどね」


 チェスターは得意顔で言った。聞いていない事まで喋ったが、自慢なのだろう。


「へぇ……」


 と適当に相槌を打つと、チェスターは上機嫌に話を続けた。


「いやぁ、僕は運がいい。普段は本部に居るのですが、今日は偶々(たまたま)視察に来ていたのです。

 この街には滅多に来ないのですが、まさかルーシアに会えるとは思わなかった。商売の神様に感謝をしないといけませんね」


 運悪く出くわしてしまったという事か。ルーシアにとっても予想外の出来事だったのだろう。

 満足気に含み笑いをしているチェスターに、どう反応するか困る。



 なんとなく作り笑顔で誤魔化していると、従業員らしき若い女性が部屋に入ってきた。お茶の入った陶器のケトルとカップをトレイに乗せている。


「会頭、お茶をお持ちしました……」


 緊張した面持ちの女性がトレイをテーブルに置き、チェスターに向かって深々とお辞儀をした。


「会頭?」


「ああ、名乗っていませんでしたか。私はレヴァント商会4代目会頭を務めております」


 会頭という単語には馴染みがないが、おそらく社長のようなものだろう。


「いや……まだお若いですよね?」


「ははは。そうですね。よく言われます。若くして両親を亡くしたもので。これでもキャリアは長いのですよ」


 チェスターは、よくぞ聞いてくれた、と言わんばかりの表情を浮かべて言う。おそらく今日一番の自慢だ。



 チェスターは、店は最近大きくなったと言った。という事は、チェスターが大きくしたのだ。この手の若社長はたまに居る。

 家族経営の大きな会社の息子は、とんでもないボンクラになるか、とんでもない大物になるかの二者択一である事が多い。日本でもそうだった。チェスターはボンクラではないようだ。


 これで法律ギリギリの悪徳企業なら俺のターゲットなのだが、一応真っ当な商売をしているらしい。


――騙し甲斐のある奴なんだけどなあ……。


 あ、ダメだダメだ。この国にいる間は詐欺をしないと決めたんだった。これ以上考えるのはやめよう。



 しかし、大商会の会頭からの求婚か。相当な玉の輿だよな。頼りがいがあって実力も兼ね備えた金持ちのイケメン。たぶん、チェスターは相当モテると思う。それを断るという事は、チェスターの事が余程嫌いなんだろう。


「ルーシアさん、この人の何が嫌なんですか?」


 ふと気になったので聞いてみた。本人の前で聞く事では無いような気がするが、この際ハッキリと本人にも聞かせた方がいいだろう。


「……ありすぎて答えられません」


 ルーシアは少し考えて答えた。一言では言い表せないほど嫌いらしい。


「これは手厳しいね。私の何がいけないか、私も是非知りたかった。答えてくれないか?」


 チェスターはニコニコと笑顔を貼り付けて言った。内心何を考えているか分からない、嫌な笑顔だ。心中穏やかではないのだろう。


「まず初めに思い付くのは、お店の方針です。どうしても許せません」


 穏やかではないのはルーシアの方だった。『好きじゃない』ではなく、『嫌い』でもなく、『許せない』か。相当嫌っているな。


「ふふふ……『許せない』ですか……」


 チェスターは不敵な笑みを浮かべて言う。

 そんなに嫌われるレヴァント商会の方針が気になる。チェスターに顔を向けて聞いた。


「チェスターさんの店の方針を伺っても?」


「お答えしましょう。うちの店は、『高くてもいいから良い物が欲しい』という人のためにやっています。

 国中から、時には他国から良い物を厳選して仕入れているので、どうしても値段が高くなるのです」


 笑顔で答えるチェスターに、ルーシアが食って掛かった。


「買えない人はどうでもいいと言うのですか?

 そういう所が嫌いなんです。みんながお金持ちではない事くらい、あなたもご存知ですよね?」


「安物を売っている店なんて、いくらでもあるよ。良い物が理解できないなら、そっちに行けば良いだけ。それを選ぶのは客だからね」


「その見下した態度が嫌いなんです! うちのお客さんに見る目が無いみたいじゃないですか!」


「『みたい』じゃないよ。見る目がないと言っているんだ」


「どうしてそんなに偉そうに言えるんですか!」


 ルーシアとチェスターの激しい言い合いに、口を挟むスキが無い。二人のやり取りを、しばらくただ静観した。


「私は見る目がある人しか相手にしたくないんだ。君ならいずれ理解してくれると思っているんだけどね」


「一生理解できません!」


「君もこの店に嫁に来れば理解できるさ」


 うーん……こいつ、めげない奴だな。短時間のうちに何度もキッパリと拒絶されておきながら、まだ諦めないのか。このハートの強さは見習いたい。



 レヴァント商会は、高くても買ってくれる人を相手にする方針で営業している。対するウォルターの店は、高くて買えない人を相手にする方針のようだ。

 どちらの方針が正しいとは言えないが、成功しているのはレヴァント商会だ。



 俺にはどちらの意見も正しいように思える。高級品を扱う場合、価値が理解できる相手にしか売れない。価値が分からない人間に売ってしまうと、クレームの元になる。(あらかじ)め客を絞った方が楽だ。

 価値が分からない人間に高級品を売り付けるのは、詐欺師の仕事だ。クレームを付けたくなる頃には、既に連絡がつかない。


 まあ本物の営業マンなら、価値が分からない人間を納得させて売るんだろうけどな。この辺は詐欺師との境界線が曖昧だ。



 対するルーシアの考え方は、『悪くない物を安く売る』というものだ。ここが日本と同じ価値観であれば、こっちの方が民衆に好かれるだろう。


 この対立は根が深いな。考え方が完全に真逆だ。


「根本的な考え方が違いますね。お互いに理解し合うのは、不可能だと思いますよ」


「不可能を可能にするのが商人の仕事でしょう。あなたは見習いでしたね。私の姿勢を見習うと良いですよ」


 ナチュラルな上から目線だな。若くして成功した奴にありがちなタイプだ。根拠が無い自信と万能感に酔っているだけだ。この手の人間は「自分は何でもできる」と思い込み、大失敗をするまで気付かない。


 でも、実際に上手くいっている人だ。上から目線は気になるが、参考にできる事は多いだろうと思う。


「はい。そうさせていただきます」


 俺の返事に、すかさずルーシアが反応した。


「この人に見習う点なんかありませんよ。私を見習ってください!」


「ははは。それを言うなら、君こそ怪しいものだろう。どちらの店が繁盛している?」


「それは……」


 ルーシアは痛い所を突かれ、言い返せなくなったようだ。一瞬だけ何かを言いたげな表情を浮かべると、まだ熱いお茶を一気に飲み干し、勢いよく立ち上がった。


「もういいです! 行きましょう」


「そうですね。お茶、ごちそうさまでした。それでは失礼します」


「長く引き止めて悪かったね。外まで見送りを……」


「結構です!」


 ルーシアはチェスターの声を遮って大きな声で断ると、そのまま部屋の外に出ていった。



 ルーシアにとっては災難だっただろうが、俺にとっては割と有意義な対談だった。

 長く話をしていたが、日が暮れるまではまだ時間がありそうだ。まだ散策を続ける。不機嫌そうに歩くルーシアの後ろについていった。

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