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職人

 カレルの引越し作業と工房の準備は、順調に進んでいる。完全に準備が整うまではしばらく掛かるだろう。


 店舗の客は確実に減ったが、居なくなったわけではない。一見客が大幅に減っただけで、元々の常連客は離れていないようだ。

 客のおっさん率が上がったが、他はあまり変わっていない。とは言え、1日の売上高は3割減だ。何か大規模なテコ入れが必要だな。



 最近の売上帳を読み返していると、事務所の扉がノックされた。


「ツカサくん、ちょっといい?」


 サニアだ。仕事中の俺に声を掛けてくるのは珍しいな。

 扉を開けて、サニアを迎え入れる。


「どうしました?」


「大変なの。何人かの職人さんがね、当分注文を受けられないって……」


 サニアが困った顔で訴えかけた。

 日々の仕入れは、在庫管理の一環としてサニアに一任している。しかし、予定外の事態が発生したので、俺に相談したのだろう。


――これ、もしかしてコータロー商店の影響じゃないか?


 他の商店が何件か、無茶な発注をしているという話だった。

 ランプ職人は生産量を変えずに様子を見ると言っていたが、職人全員がそうするとは限らない。むしろ、大急ぎで作って手早く売り抜いた方が確実だ。


 となると、後手に回っている俺の店の注文は、後回しにされて当然だな。


「ちょっと拙いですね。在庫の状況はどうです?」


「今はなんとかなっているけど、月末にはスカスカになりそうよ。納品を数カ月も待たされたら、店の中が空っぽになっちゃう」


 考えようによっては好都合かもしれない。今在庫切れになりそうなのは、どこの店でも手に入りそうな普通の商品だ。

 それらは、価格競争に巻き込まれて、とんでもない安値になる可能性が高い。まともな値段で売り切ったら、売値が安定するまでは仕入れない方がいい。


「では、注文を断られた職人さんは、仕入れを止めましょう。落ち着いた頃に注文しなおします。現在の注文は全てキャンセルしてください」


「え? そんなことをしたら、本当にお店が空っぽになっちゃうわよ?」


 サニアは、驚いたように目を見開いて言った。キャンセルするということは、以前発注して納品を待っている商品も届かないということだ。驚くのは無理もない。


「いいんです。職人さんは、うちがキャンセルすると助かると思いますよ。早く大量注文の分を納品したいはずですからね」


 俺はそう言ったが、職人に恩を売るつもりはない。今下手に仕入れると、価格競争に巻き込まれるからだ。値下げをしないと売れない商品なんか、仕入れたくない。


「主人でも、そこまでのことはしなかったわよ? 職人に優しすぎじゃない?」


「そんなことはありませんよ。先のことも考えています」


 ウォルターとは一緒にしないでほしい。俺は職人のためにやっているのでは無いんだ。


「そう? それならいいんだけど……」


「とりあえず、仕入れが止まる商品を教えていただけます?」


 サニアにお願いをして、商品の一覧を作ってもらった。

 現在、仕入れが安定している商品は、武器類と食品類と、問屋が扱う商品全般。うちが扱っていない商品では、家具、農具、工具なんかが安定している。他には、燃料などの消耗品も問題ない。


 仕入れを止めるのは、食器類の約半分、布類は安いものを中心にほとんど。調理器具は、鍋の一部。全体で見ると、棚の3分の1程度だ。


 どれもよく売れる商品なので、地味に痛い。特に布類は、住居でも使うようなタオルも含まれる。かなり痛い。


「布類だけは絶えず注文して、あとは諦めましょう。僕がどうにかします。サニアさんは、遠慮せず在庫を減らしてください」


「分かったわ。お願いします」


 何もしないわけにはいかない。棚を埋めるために、対策を考えなければ。

 新しい仕入先を探すか、商品を変えるか、陳列の配分を変えるか。職人街を見ながら考えるしか無いな。



 というわけで、今日も職人街にやってきた。最近の職人街では、騒がしい日が続いている。どこの工房も増産で忙しいようだ。

 そんな中、1人暇そうに店先で佇んでいる女性を発見した。小柄で痩せ型、気が強そうな顔つきをしている。見た目は24、5歳くらいだが、その雰囲気から見習いというわけでも無さそうだ。見た目よりも年齢が上なのかもしれない。


 俺が狙っているのは、こんな暇な職人だ。商品と卸値によっては仕入れてもいい。女性に近付き、声を掛けた。


「暇そうですね」


「あぁん? 暇だよ。暇で悪いかよ!」


 荒い言葉が返ってきた。気の強そうな見た目通り、男性的な性格の持ち主らしい。


「あ、と。すみません。気を悪くしたのなら謝ります。ここは何の工房なんですか?」


「……家具だよ。テーブルと椅子を作っている」


 家具か……。今取り扱っている商品ではないが、サイズが大きいので棚を埋めるにはちょうどいい。参考になるかもしれないな。


「少し見せていただいても?」


「そりゃあいいけどさ、あんた、何者(なにもん)だい?」


「雑貨屋をやっている者です。ウォルター商店の、ツカサと申します」


「へぇ。ずいぶん若ぇみてぇだけど、見習いかい?」


「いえ、一応店主を任されています。今日は、新しい商品を探すために来ているんですよ」


「若ぇクセに、なかなかやるなあ。いいよ。見ていきな」


 若いのはお互い様だと思うんだけどなあ。なんだったら、俺の方が年上だよ。

 俺は行く先々で若く見られるんだよな。いい加減、鏡で自分の顔を確認したい。そんなに幼い顔をしていたっけ?



 気を取り直し、工房の中に入って商品を確認する。売れ残りなのか、作りすぎたのか、工房の中には大量のテーブルと椅子が積まれていた。テーブルだけでも20台以上ありそうだ。


 テーブルは直径80cmくらいの丸型で、曲線を上手く使った、繊細で女性的なデザインが特徴的だ。椅子のデザインも、そのテーブルに合った形になっている。おしゃれなオープンカフェにありそうな見た目だ。


 このサイズだと、おそらく1人用か2人用だな。

 丸テーブルは飲食店でよく使われるのだが、主流のサイズは4~6人用。これでは小さい。一般家庭用ならちょうどいいサイズだが、丸テーブルはあまり使われない。スペースを有効活用できる四角型が主流だ。


――誰に向けた商品なんだ?


 些か疑問だ。『帯に短し襷に長し』と言った様子のこのテーブル、需要が全く見えない。


「この大きさは珍しいですね。どこで使うんです?」


「屋台で使ってもらうつもりで作ったんだけどね。見ての通り、売れていないよ」


 やっぱり需要が無かったか。何を考えて大量生産したんだよ。作っている途中で気付けよ、確実に余るって。


 本来、小さな飲食店なら、このサイズのテーブルを使った方が効率がいい。しかしこの国では、大きなテーブルを置いて、客に相席をさせた方が手っ取り早いと考えられている。

 この国では『回転率』の概念が浸透していないのだろう。少人数向けの飲食店なら、テーブルを小さくした方が儲かるのに。


 これ、上手くプレゼンしたら売れるんじゃないかな。


「いくらです?」


「何だよ。同情のつもりかい?」


「違いますよ。値段によっては、仕入れてもいいと思っているんです」


「これを? そりゃあ有り難いけどさ。テーブルと椅子2脚のセットで、2万クランだよ」


 手の混んだ手作りのテーブルセットにしては、かなり安い。この値段なら値引き交渉なしで仕入れてもいいだろう。


 でも、店で売るなら4万クランが妥当かな。その値段で売れるかどうかは疑問が残る。デザイン的にも大きさ的にも、簡単に売れる物ではない。


 これなら、売るよりも使った方がいいかもしれないな。

 ずっと気になっていたのだが、うちの店の隣の食堂の味は、サニアの料理と大差無い。ということは、サニアの料理も売り物になる。お茶と軽食くらいなら、うちの店で提供しても構わない。


 都合良く棚が空くので、一部の棚を撤去してテーブルを入れる。提供するのは、店でも売っているお茶だ。食器類も店の商品なので、食器の宣伝にもなる。


 本来なら先にサニアの了承を得るべきだろうが、そんなことは後回しだ。


「では、8セット買います。店に運んでください」


「いいの? 返品はナシだよ?」


「問題ありませんよ。上手くいけば追加発注しますので、上手くいくことを祈っていてください」


 そう言って、店の場所と店名をメモした紙を渡した。代金の支払いは後日だ。


 もしカフェの運営が上手くいったら、俺のやり方の真似をする奴が現れるかもしれない。それはそれでチャンスだ。テーブルセットが売れる。

 もし上手くいかなかったとしても、テーブルを売り払えばダメージは少ない。原価で売るなら買い手はつくだろう。


「ははっ。期待しないで待っているよ。ところで、売れ筋の商品も、ちゃんと作ってんだ。そっちも見ていきなよ」


「いえ、せっかくのお誘いですが、今日はこれで満足です。珍しい商品を見つけることができましたからね」


 早く帰ってサニアを説得しなければならないんだ。のんびりと商品を眺めている暇は無い。


「そうかい。あんた、変わっているね」


 この国の基準では、俺は多少変わっていると思う。でも、この人には言われたくないかな。売れそうにない商品を一心不乱に作り続けるなんて、俺には真似できないよ。


「ははは。今日のところは、これで失礼します」


 適当に笑って誤魔化し、店を出た。



 さて。店に帰ってサニアを説得しよう。茶葉と食器のプロモーションをするためのカフェ。ついでに多少儲かればいいかな、程度のものだ。

 どうせ仕入れが止まって暇になるんだ。カフェの部分もそれほど忙しくならないと思うから、まあ問題ない。しばらく試してみてもいいだろう。

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