借金取り
職人への挨拶回りは、食器類を作る工房に行って終わった。
陶器を作る陶芸家にも会ったが、今回のメインは金属板を叩いて食器を作る職人。外で使うための食器類だ。これらは、オイルストーブとセットにして売るつもりだ。改良するような点は特に見当たらないので、追加の発注だけをした。
コータロー商店との差別化を図るため、今後もオリジナル商品を増やす予定だ。今のところ思い付いているのは、カーボン紙。信用できる紙問屋と工房が必要なのだが、今はその両方が無い。
職人街から帰る途中で、チンピラ金貸しのギンに遭遇した。口汚い言葉で、客らしき若い女性を罵っている。相変わらず阿漕な商売をしているようだな。ちょっと注意しよう。
「こんなところで奇遇ですね。見苦しいですから、そのへんでやめてあげて下さい」
「あっ! 兄さん! お疲れ様です! お仕事の帰りですか?」
「そうですよ。ギンも、お仕事の最中のようですね」
「そうなんすよ。見ての通り、こいつがカネを返してくんないんすよ。兄さんからも、何か言ってやってください」
勝手に巻き込むなよ……。声を掛けるんじゃなかったな。
女性は、道端に蹲って涙を流している。俺が何を言っても、追い打ちにしかならない気がするぞ。
「僕から言うことは何もありませんよ。あなたも、返す見込みがないお金は借りないことです」
しゃがみこんで声を掛けると、険しい表情で後ずさりした。
「ひっ……」
小さな悲鳴が聞こえる。女性は、酷く怯えているようだ。
「怯えきっているじゃないですか。これじゃ、返したくても返せませんよ?」
「そうっすか? オレ、いつもこんな感じっすよ?」
いつもか……。見た目が悪すぎるぞ。チンピラが一般人を虐めているようにしか見えない。こいつの仲間だと思われたら嫌だな。放置して帰るか。
「これがあなたのやり方と言うなら、口を出すべきではありませんね。お邪魔しました」
「待って……ください……」
俺が立ち去ろうとすると、女性は俺の足にしがみついた。
「どうしました?」
俺がそう聞くと、女性は涙と鼻水で俺のズボンを汚しながら、必死の形相で懇願する。
「騙されただけなんです! 私、騙されただけなんです! 助けてください!」
ん? 騙された? もしかして、このチンピラは詐欺師の真似事までやっているのか? だとしたら見過ごせないなあ。
「ギン。詳しく話してください」
「ちょっ! 何を怒っているんすか! オレじゃないっすよ!」
自分が思っているよりもイラッとしたらしい。いつの間にか眉間にシワを寄せていたようだ。気を付けないとな。
右手で顔を軽くマッサージして、ギンに聞き直す。
「いいから、詳しく」
「オレは、こいつに頼まれたから貸しただけなんすよ。どういう経緯があったかなんて、聞いてないっす」
ギンの言うことが本当だとしたら、ギンも間接的に被害者ということになるが。信用してもいいものなのかな。
女性の肩をポンと叩き、できるだけ優しく話し掛けた。
「どういうことですか? 訳くらいは聞けますよ?」
「……お店を持てると言われたんです」
女性は、ゆっくりと重い口を開いた。
「お店を?」
「はい。開業の仲介をしていると言っていました。店舗の紹介から仕入先の世話まで、全てをやってくれると言われ、前払いの費用を支払ったんです」
うわ、起業詐欺だ。この国にもあるのか。この女性は、おそらく27、8歳くらい。経験を積み、金も貯まって、ちょうど独立したいお年頃だ。そこを狙われたらしい。
詐欺師と金貸しが裏で手を組んでいることは、よくあるパターンだ。ギンの話を聞く必要があるな。
「では、ギンとはどこで?」
「たまたま道で声を掛けられて……。店が上手くいけば、すぐに返せるような額だったんです! だから、当面の運転資金を借りました……」
「オレ、仕事が無い時は、片っ端から声を掛けているんすよ。こいつが街を歩いていた時に、声を掛けたんす」
ギンは、嘘を吐いているようには見えない。被害者の話とも齟齬は無い。これ、ギンも巻き込まれただけだな。本当に、ただ金を貸しただけだ。
「そういうことですか。その仲介屋は詐欺師で間違い無いですが、借金とは別問題ですね。お気の毒ですが、ギンから借りたお金は返すべきでしょう」
「え……そんな……」
女性は、絶望した顔で呟いた。
「金貸しも、商売でやっているんです。もしかして、金貸しはお金を配り歩く人だとでも思っています?」
心情的には、借金をチャラにしてやりたいと思わないでもない。無関係な人に聞いたら、半数以上の人が『借金を帳消しにするべき』と答えると思う。だが、それは短絡的で危険な考え方だ。
例えるなら、ライオンに食われるシマウマを「かわいそう」と言う感覚に近い。シマウマを食わないライオンは餓死する。かわいそうでは済まないんだよ。
金貸しが借金を回収できなければ、すぐに破産する。チャラにしろという言葉は、金貸しに「死ね」と言っているのと同じだ。
「でも……払えないです。お金無いです……」
「いくらですか?」
「全財産が83クランしか無いです……」
少なっ! いや、そうじゃなくて!
「所持金ではなくて、借金の総額ですよ。いくらです?」
俺の質問に、ギンはすぐに反応した。
「元本は35万クランっす。利子がついて、今は39万クランくらいっすね」
一般人の月の収入が5万~10万クランらしいから、毎月1万クランを返済に当てたとして、4年くらい? まともに返そうと思ったら、かなり時間が掛かるな。
「ギン。担保は無いんですか? その金額なら、担保を付けるでしょう」
「それがっすね、こいつが手に入れるはずだった商品が、担保なんすよ……。仲介屋が逃げちまったんで、オレにはどうにもならないんす」
ギンなら仲介屋を探し出すくらいはできそうだが、ギンと仲介屋は無関係だ。ギンが仲介屋に請求することはできない。それに、仲介屋だって現金はどこかに隠したはずだ。
「ああ……それはお気の毒に……」
「助けてください! 何でもしますから!」
俺の足に強く抱きついて言う。完全に巻き込まれてしまった。
しかし、若い女性が借金取りに「何でも」なんて言ったらダメだ。本当に何でもさせるぞ、借金取りは。
ただまあ、助けてあげなくもない。これは俺にとっては好都合だ。
でもその前に。ギンにはちょっとお説教が必要だな。俺を巻き込んだ罰だ。
「ギン。金貸しなら、返済させる方法まで考えてから貸してください」
「そんなことを言われても、担保が無くなったんすよ? 予想できないっす」
「予想外なことにまで気を配るのが、プロじゃないのですか? 少なくとも商人はそうですよ?」
「う……おっしゃる通りっす。耳が痛いんで、そのへんで勘弁してくださいっす」
ギンは、バツの悪い苦笑いを浮かべて言った。反省しているようだし、このへんで許してやるか。
「まあ、いいでしょう。ところで、この街に安く借りられる小さな工房はありませんか?」
「探せばいくらでもあるっすけど、それがなにか?」
「この方に働いてもらいます。借金が返せるだけの収入があれば、何も問題ありませんよね?」
この女性には、カーボン紙を作ってもらう。工房と体中が真っ黒に汚れるが、「何でもする」と言ったのはこの人だ。多少汚れるくらい我慢しろ。
「そうっすけど……いいんすか?」
「お願いします! いまさら働き口も無いんです!」
職と金を同時に失い、相当焦っているらしい。仕事の内容を言っていないんだけど、いいのかな……。
「僕の店で売る商品を作ってもらうだけですよ。ちょうど、職人を探していたんです」
そう言って、簡単な概要だけを伝えた。
この人は、俺の店の従業員になるのではなく、独立した工房の主になってもらう。資金は俺が援助するが、運営責任はこの人にある。要は子会社だ。材料は全て俺の店で手配し、製品も全て俺が買い上げる。
工房の利益は少なくなるが、仕入れの手間が無くなり、売上げも安定する。
この人の信用は皆無なのだが、借金で縛っているので危険は少ない。強いて言うなら、金と技術を持ち逃げされるリスクはある。そのリスクを回避するために、ひと手間掛けて子会社にする。
「給料制ではありませんので、頑張り次第ですぐに借金を返済できますよ」
「はいっ! 頑張ります!」
涙と鼻水でぐずぐずになった顔をこちらに向け、力強く言った。
女性への対応はこれでいいとして、この国の詐欺の技術がどんなものか気になる。この国で初めて見る本格的な詐欺師だ。ギンには独自の情報網があるらしいので、本気を出せば見つけられるだろう。
「では、ギンさん。お手数ですが、その仲介屋を探してください」
「了解したっす。生け捕りっすか?」
え? それ、わざわざ確認すること?
「……そうですね。死んでいたら話が聞けませんから」
「分かったっす。探してみるっす」
「工房が先ですよ。なるべく急ぎでお願いします」
「わかっているっす!」
ギンは、そう言いながら走り去った。
そういえば、この人の名前を聞いていなかったな。ハンカチで女性の顔を拭いながら、ゆっくりと話し掛ける。
「お名前を聞いていませんでしたね」
「カレルです……。本当にありがとうございました」
女性はそう言いながら、深々と頭を下げた。
従順なコマが手に入った。まだ完全に信用できたわけではないが、逃げる可能性は低いと思う。本職の借金取りからは逃げられない。たとえ地の果てまで逃げたとしても、永遠に追いかけてくる。それを理解していれば、安易に逃げ出したりはしないだろう。
不正に関しても、おそらく問題無い。
直接こちらの経営に関わらないので、店の金に手を付けられるリスクが無い。もし技術を持ち逃げされたとしても、材料の詳細を伝えなければ製品を再現できない。材料の管理はこちらの仕事なので、もし横流しされたとしても一瞬で気付く。
都合良くカーボン紙の量産が可能になった。とりあえず、詳しい話をするために店に戻ろう。





