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プライベートブランド

 初日の視察で、コータロー商店を潰すのは難しいと感じた。それなら、店の路線を変えるしかない。

 そこで俺が考えた手段が、オリジナル商品の開発だ。この店には職人との強いパイプがあるので、利用しない手はない。


 というわけで、今日はランプを作っている職人のもとにやってきた。

 うちの店でよく売れているオイルストーブは、このランプ職人が作ったオリジナル商品だそうだ。ランプの燃料を使ったコンロは既にあるが、携帯用に特化した物は他には無い。



 工房に顔を出して名乗ると、すぐに迎え入れてくれた。ウォルターが先に話をつけていたらしい。遊び歩くように指示を出したのだが、指示どおり遊び歩いているようで安心した。


 親方は中年の男性。案内されたのは、事務所ではなく物が散乱する作業場の中だ。適当な場所に腰を下ろして挨拶をしたら、まずは雑談から始める。


「あのオイルストーブは、どういう経緯で生まれたんです?」


「元は自分で使っていたんだよ。失敗作を使ってな。上部の加工を失敗したランプの上に鍋を置いたら、ちょうど良かったんだ。

 それで『売れる!』と確信したんだが、全く売れないね。ははは。君のところのウォルターくんしか買ってくれなかったよ」


 職人は、陽気に笑いながら言う。


「そんなことはないですよ。うちの店ではとても好評です。そこで、増産と改良をお願いしたいのですが。いかがでしょうか」


「え? 売れてんの? 本当に? いやあ、予想外だね……。でも、増産といっても、材料はランプの失敗作だからねえ。すぐに、とはいかないよ」


 親方は、自分の作品なのに売れると思っていないらしい。おそらく、自分で売り込みをかけて失敗したのだろう。だが、俺が売り込めば売れる。

 ただ、材料がランプの失敗作というのはいただけない。炎の出し方がランプと同じなので、効率が良くない。熱よりも光を出すように設計されている。


「失敗作からではなく、一から作ってもらうことはできませんか?」


「うぅん……できなくはないんだけど。今はちょっと忙しいからねえ……。なぜか大量の注文が入っているんだよ。街中からね。何かあったのかな?」


 おそらく、その注文はコータロー商店絡みだ。どこかの商人が、焦って発注したらしい。コータロー商店はランプを取り扱っていないのに、今注文してどうするつもりなんだろうか。


「最近オープンした店の影響ですね。商人たちが浮足立っているんですよ」


「へえ。そんなにデカイ店なのかい?」


 この職人はコータロー商店を知らないらしい。商人なら新しい店にアンテナを張っているが、この人は職人なので知らなくても無理は無いな。


「かなり大きいですよ。雑貨を扱う街中の商店が、危機感を抱いています」


「なるほどね。だったら、急いで作らなくてもいいか。君の注文を優先するよ」


 親方は、ニヤリと笑って答えた。先に注文を出したのは他の商店だ。勝手に割り込んだりしたら、他の商店に恨まれる。


「それは助かりますけど、さすがに拙いでしょう」


「ふふふ。いいんだよ。今もらっている注文ね、来月末には半分くらいはキャンセルされるね」


「どういうことです?」


「前にも一度あったんだよ。レヴァント商会の改装の時だったかな? その商会がかなり無茶をした時期があってね。街中の商店が在庫を増やそうとしたんだ。

 その時もいつもの倍以上の注文が入って、いつもの倍以上が売れ残った。いやぁ、キツかったね。工房を畳む寸前まで追い込まれたよ」


 注文をするだけして、資金が尽きたか、店が潰れたか。おそらく、そんなところだ。レヴァント商会も、一時期周りの商店を潰しに掛かっていたらしいので、その時の話だろう。


「なるほど。職人さんにも影響が出るんですね」


 この国の職人は、基本的に受注生産だ。そのため、大量のキャンセルが出ると、行き場のない在庫で工房が溢れることになる。

 それだけならまだいいのだが、問題は材料費の支払いだ。材料は仕入れて使ってしまっているので、完成品が売れないと支払いができなくなってしまう。


「あちこちでピンチになっていたよ。実際、何件か潰れた。問屋まで潰れたんだよ。いつもは何が起きても動じないのにね」


 職人は、少し興奮してツバを飛ばしながら言った。

 この国では、問屋が最も安定している店だ。輸送中のリスクさえ回避できれば、あとは勝手に売れる。基本的に即納なので、仕入れのリスクも少ない。

 潰れた原因は、おそらく売掛金だろう。大量発注の分が、ごっそり貸し倒れになったようだ。


 要するに、焦った商人が判断を誤って潰れ、問屋と職人が連鎖倒産した話だな。よくあることだ。


 これは俺にとっては都合がいい。俺が狙っていたことは、職人を守ることにもなる。


「職人の世界も大変ですね……。提案なんですが、うちの店と契約を結びませんか?」


「契約?」


「まず、オイルストーブの改良案があるんですが、僕が言う通りに改良してください」


「改良? これをか?」


「それは後ほど話します。改良後の商品なんですが、うちの店以外には売らないでほしいんですよ」


 俺が狙っていたのは、製造委託。ファブレス企業と同じ手法だ。作った分は、間違いなく俺が買う。そして、この工房以外に発注することは無い。

 この国では一般的ではないらしいが、お互いに損にはならないはず。


「あん? どういう意味だ?」


「作る権利を親方が、売る権利を僕が持つ、ということです。僕はここ以外に作り方を漏らしませんので、親方も勝手に売らないでください」


 怖いのは、製品を横流しされることだ。うちの店だけが扱うことのできる商品、というのが売りなのに、横流しされたら元も子もない。


「おい、それだと俺が損するんじゃねぇか? もしお前が買わないと言い出したらどうするんだ?」


「全て僕が買い取りますよ。代金先払いでも構いません。安心して作ってください」


 万が一買い取りを拒否された場合。これは製造側が考える当然のリスクだ。

 うちの店が仕入れ不可能な状況に陥る恐れもある。判断を誤ると共倒れだ。しかし、これは信用しろと言う他ない。


「まあ、それならいいが……。しかし、改良ってぇ? こんな単純なものの、どこをどう改良するって言うんだ?」


「ちょっと書きますね」


 そう言って、改善点を紙に書き出した。


 あくまでもランプの延長だった構造を、全て作り変える。もっと高性能なものを日本で見たことがあるので、改善は容易だった。


 オイルストーブの構造は、とても単純。タンクの上に紐のような芯が出ており、その芯に火をつけるだけ。元はランプなので、サイドのフレームが五徳のかわりになっている。

 芯が細いせいで火が弱い。ロウソク3本分くらいの炎が出るだけだ。芯を円筒状にすれば、もっと大火力が出せるはず。

 さらに、明かりを広げるために火柱が高く上がる構造になっているので、これも修正する。


「うむ……。円筒状の芯、というのは特注になるな。そんな物は見たことが無い」


「厚めのボロ布で十分ですよ。むしろ、それを支えるフレームの方が心配です」


「フレームは問題無い。どうにかするよ」


 話はトントン拍子に進み、契約が成立した。仕入値は若干上がってしまったが、構造と材料が変わったので、仕方がない。



 今回もキッチリと書面に残す。かなり細かい契約書だ。親方にも渡すため、カーボン紙でコピーを作る。


「ちょっと待って。今のは何だ?」


 親方は、怪訝な目でカーボン紙を見つめている。


「文字を複写する紙です。同じ内容を、一度に2枚書けるんですよ」


「すげぇな……。それ、売っているのか?」


 食い付きが抜群だ。是非売りたいのだが、残念ながら今は無理だ。作業を請け負う職人が居ない。


「いえ、まだ試作品です。売りたいんですけど、量産の準備ができていません」


「そうか……。残念だな。売り出したらすぐに言ってくれ」


「わかりました。でも、いつになるか分かりません。気長に待っていてください」


 カーボン紙は予想よりも売れるかもしれない。この職人の反応は、かなり良かった。だが、自分では作りたくないので、誰かに任せる必要がある。売り出すには時間が掛かるだろう。カーボン紙は後回しだ。



 書き上げた契約書を見直し、ミスがないことを確認する。

 今回の契約書には、かなり細かい罰則が書かれている。しかし、その罰則を強制するための法律が存在しない。契約書は、言ってみれば、ただの大げさな口約束だ。


 もしこの契約を無視して別の店にオイルストーブを卸した場合、オイルストーブの収益全てを俺に支払うことになっている。俺が契約を破った場合の罰則は、取り引きの停止と製法の譲渡。それに加え、他所から仕入れた額と同額の賠償金を支払う。


 だが、そのどちらも、契約内容に従うか否かは本人の意志でしかない。


 この国では契約書を盾にすることはできない。一定の効果は期待できるが、抑止力にはなり得ない。

 抑止力になるのは、信用と期待だ。取り引きを続けることで何かのメリットがある、そう思わせることで不正を抑止する。


「今後も、このオイルストーブを使った商品展開を考えています。ランプ以上に売れる可能性があるので、よろしくお願いします」


「君の言葉は、裏がありそうで少し怖いね」


 親方は、苦笑いを浮かべながら言う。勘がいいな……。軽く誤魔化しておこう。


「ははは。裏なんてありませんよ。横流しされると本当に困るので、念を押しているだけです」


「ふん。そんなことをしなくても、約束は守るよ。信用してくれ」


「疑っているわけではありませんよ。信用していますので、よろしくお願いします」


 笑顔でそう言うと、親方も笑顔で手を振って返した。親方は忙しそうなので、そのまま別れの挨拶をして工房を出る。



 1つ目の根回しが終わった。納品は来月から、数がまとまり次第受け取る。オイルストーブは、うちの店の主力商品になり得る。改良したことで、更に売りやすくなった。

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