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対策会議

 クレーマー対策にも頭を悩ませているが、今考えても仕方がない。今、自分に出来ることを考えよう。

 ウォルターから仕事を奪ったのだが、そのせいで仕事が立て込んでいる。1人で背負いすぎた。信用できる従業員がほしい。


 今後誰かを雇うことも視野に入れて、今は俺の仕事をサニアとルーシアにも振り分ける。帳簿の管理は最重要なので、最も信用できる家族にやらせたい。ウォルター? あの人は戦力外だよ。



 店を閉めた後、食堂に集まって会議をする。ウォルターはまだ帰ってきていないので、集まったのは俺を含めて3人だ。


「空いた時間でいいので、帳簿を書いてもらいたいと思っています。できればサニアさんがいいと思うんですが、仕事のご都合はいかがですか?」


 売上帳の記帳を1日ずらせば、日中の暇な時間に作業できる。サニアの仕事は在庫管理だけなので、割と暇があるはずだ。それに、ルーシアには別の仕事を振りたい。


「いいですけど……全部?」


 サニアは、困った顔で聞く。


「今は半分くらいですね。いずれ全部書いてもらいたいと思っています」


 今毎日付けている帳簿は、仕入帳、売上帳、現金出納帳、仕訳帳の4つ。他には買掛帳などの帳簿も付けているが、毎日ではない。

 任せたいのは、仕訳帳以外の帳簿だ。仕訳帳は決算書の要になる帳簿なので、これが間違ってると決算ができない。ややこしい上に説明が難しいため、今後も俺が書く。


「半分くらいならいいわよ。でも、家のこともあるのよね。ルーシアも勉強して、手伝ってくれない?」


「あ、勉強する分には構わないのですが、慣れるまでは1人でやってくださいね。混乱してしまいますので」


 主な間違いは、二重記帳だ。1人でやっていても間違えるのに、2人でやったらエライことになる。同じ取り引きがいくつも記帳されて、何が本当のことか分からなくなるんだよ。


「わかりました。では、勉強だけしておきますね」


 ルーシアは、そう言って頷いた。行く行くはルーシア1人に任せるのもアリかもしれないな。店番を雇ってルーシアを裏方にする、それなら従業員が増えても柔軟に対処できるはずだ。

 だが、ルーシアにはそれよりも優先してもらいたい作業がある。


「ルーシアさんには、ポップ作りもお願いします。店番中の暇な時間にやってください」


「ポップ……というと、コータロー商店のアレですね?」


「ソレです。あとで手本を書きますが、その後は全てお任せします。思い付くまま書いて下さい」


「がんばります……」


 ルーシアは自信なさげに返事をしたが、商品に関する知識は俺よりもルーシアの方が上だ。俺が書くよりも上手くやるだろう。


 コータロー商店のポップは、見た目のインパクトと格安の値段が強調されている。効果はあるだろうが、俺が目指すスタイルではない。

 俺が目指すのは、日本の酒屋に貼ってあるようなポップだ。酒の味やよく合うつまみについて細かく書かれていて、俺のように酒に興味がない人間にも一目でその特徴が伝わる。



 話がまとまりかけた頃、休憩室と食堂をつなぐ扉が開き、ウォルターが入ってきた。


「今帰ったぞ……ん? どうした、こんなところに集まって……」


 タイミングが悪いなあ。今帰ってこられると、まるでウォルターを除け者にしたみたいに見えるじゃないか。除け者には間違いないけど。


「店舗について、みなさんと話し合っていました。ウォルターさんこそ、最近どうです?」


 質問を返して誤魔化した。別に気になっているわけではない。ウォルターは自由に遊んでいるだけで十分だ。


「うむ。あまり話すことが無かった商人たちとも、交流を持つことができたぞ。有意義に過ごしておる」


「それは良かったですね。何か気になる情報は得られました?」


「近頃は、コータロー商店の噂で持ちきりだな。早い店では、今日からもう値下げを始めておるよ」


 気が早い商人が居るな。安易な値下げはヤバイぞ。勝てる見込みがあっての値下げなのかな……。 他人事だが、少し気になる。


「その店は、簡単に値下げをしても大丈夫な店なんですか?」


「それは分からん。何か考えがあってのことだろう。ツカサこそ、今後どうするつもりだ?」


 ウォルターは、前のめりになって聞いてきた。心中穏やかではない様子だ。そこかしこで始まる値下げ競争に、危機感を抱いているのだろう。

 元々値下げには消極的だったのだが、周りの店はこぞって値下げを始めている。内心では値下げなどしたくないのだろうが、せざるを得ないと思っているようだ。


「うちの店は、無理な値下げはしません。今までどおり、ポイントカードと大量購入の値引きのみですね。無条件で値下げするようなことは考えていません」


「うむ! それでいい! 周りは値下げしてくるだろうが、気にすることは無いぞ!」


 ウォルターは、急に元気になった。ウォルターと意見が合うのはいまいち釈然としないが、まあいい。


「他の店の様子はどうでした? 値下げ以外に対策をしている様子はありました?」


「うむ。在庫の確保に奔走しておるようだったな。皆はコータロー商店に遅れを取らぬよう、対策を始めておる。ツカサは何をしている?」


 気が早い奴ばかりだな。在庫の確保は、値引きによる異常な需要で商品が品薄になることを見越してのことだろう。

 この街の商人が取った行動は、大きく分けて4つのようだ。値下げをする、在庫を増やす、その両方、何もしない。この4つ。


 どの行動も正解だし、不正解とも言える。店の特色によって対応が違うからだ。

 資金力があるなら値下げするべきだし、品揃えに不安があるなら在庫を増やすべき。一番拙いのは、無策のまま過ごすことだ。まあ、今の俺だな。ただし、何も考えていないわけではない。


「まだ本格的には何もしていませんね。これからです」


「む……それでは遅い! 早く何かを始めろ! 仕入れか? 手が足りんなら、私も手伝うぞ!」


 ウォルターは、焦ったように早口で捲し立てた。


「焦っても仕方がないんですよ。早いに越したことはないですが、成果が出ないことを急いでやっても、傷を広げるだけです」


 焦って場当たり的に対処しようとしている店は、申し訳ないがたぶん潰れる。特に、値下げをしながら在庫を増やした店が危ない。


「だがなあ……他の店は努力をしているぞ。このまま何もしないつもりか?」


「ちゃんと考えていますよ。それに、対策を間違えたら潰れます。今この店がやるべきなのは、値下げや仕入れではなく、高くても買ってくれる顧客の確保です」


 安くするのは簡単だ。だが、世界はそんなに単純にはできていない。いくら安くても、売り方が悪ければ売れないのだ。

 逆に、売り方が良ければ高くても売れる。例えるなら、観光地の自動販売機だな。


「おい、ずいぶんと簡単に言っているが、そんなことが可能なのか?」


「簡単ではないですよ。でも、それを可能にするのが商人でしょう」


 格安店に対抗する手段が逆に値段を上げること、というのは、一見すると矛盾しているように見える。もちろん、ただ値上げするだけではダメだ。当たり前だが。

 特別な付加価値を乗せて、値段を上げる。その付加価値が正当に評価されるなら、どれだけ値上げしても問題ない。


 詐欺師なら適当な付加価値をでっち上げるのだが、今の俺は詐欺師ではないので、真面目に考える。


「うむ……まあ、ツカサに任せたのだ。とやかく言うまい。手助けが必要になったら、いつでも言うように」


 ウォルターが不安そうに吐き捨て、椅子に座った。一応信頼してくれているらしい。



 他店の動向を知ることができたのは有り難い。しかし、俺の方針が世間に定着するまでは、苦戦を強いられることになりそうだ。

 俺の話はこれで終わり。俺が「食事にしよう」と言い掛けると、ルーシアが眉尻を下げて深刻そうに呟いた。


「周りの店は値下げするんですよね……。大丈夫でしょうか」


「大丈夫ではないですね。店舗はかなり暇になると思いますよ」


「え……では、値下げの準備も進めた方がいいですよね?」


「必要ありません。値下げをするつもりなら、もっと前から準備をしますよ」


「こんなことなら、移転した時にもっと値引くべきだったのかしらね」


 サニアは、のんきな様子でさらりと言う。


「いえ、そんなことはありませんよ。無茶な値下げをしないのは、この店の強みでもありますから」


 選択肢として、値下げをする方法もあったんだよなあ。たとえば、コータロー商店のオープン日に合わせて全品半額セールをやるとか。ついでにコータロー商店の前でビラ配りをすれば完璧だ。コータロー商店のインパクトが吹っ飛ぶ。

 それはそれで面白そうなのだが、店が大損するので絶対にやらない。


 この店は、客よりも職人からの信頼が厚い。「この店なら」と言って卸してくれる職人も多い。これは、今までウォルターが職人の要望を聞き続けたからだ。

 最初は「アホか」と鼻で笑っていたが、あながち間違いではなかったと知った。まあ、俺は無茶な要求をされたら突っぱねるけどな。遠慮なく。


「でも、売上が落ちるんですよね?」


「落ちるでしょうね。でも、これは仕方がありません。少しの間は我慢しましょう。ルーシアさんも、売上が落ちても気に病まないで下さいね」


 おそらく、店舗の売上は激減する。そうなった後に値下げをしようものなら、それこそ倒産一直線だ。値下げをしないと決めた以上、その方針を貫く。


「わかりました……」


「じゃあ、そろそろ夕食にしましょう。テーブルの上を片付けてね」

 ルーシアが消え入るような声で返事をすると、サニアが突然立ち上がった。今日の話はここまでだ。



 仕訳帳以外の帳簿の書き方は、一度書けば理解できる。明日からは帳簿をサニアに任せ、久しぶりに外回りをしようと思う。

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