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モンスター

 例の店の方針は分かった。それに対抗する手段を考える。今考えられるのはカーボン紙の商品化だが、それだけでは弱い。全体的に底上げする何かが必要だ。


 事務所に籠もって思案していると、事務所の扉がノックされた。扉の向こうからルーシアの声が聞こえたので、扉を開けてみる。


「どうしました?」


「すみません……。助けてください」


 ルーシアが、悲しそうに言う。問題が発生したらしい。急いで店舗に向かった。



 すると、1人の中年男性がカウンターの前に立ち、横柄な態度で待ち構えていた。

 カウンターの上には、商品が乱雑に積まれている。うちの主力商品の、食器類が数点。


「てめぇが店主か。偉そうにしやがって」


 不機嫌な顔で腕を組んでいる。言葉も荒く、上から目線。第一印象は最悪だ。


「僕が店主ですが、何の用ですか?」


 対外的には俺が店主ということになっている。ウォルターの役職はオーナーだ。


「この店は高すぎるんじゃねぇか?」


 値引き交渉のつもりだろうか。でも、これは真面目に交渉するような態度ではない。こんな奴を相手に、値引きなどしたくない。


「当店では、職人さんと相談の上、適正な価格を設定しています。それが高すぎるとは思っていませんよ」


「はぁ? 全く同じ物を、もっと安く売っているのを見たぞ」


 ああ、恐れていたクレーマが来たな。

 他所で安売りされることのリスクの1つ。他所の店の値段を見て、安くできると勘違いするバカだ。


 カウンターに載った食器類を確認する。この食器類を取り扱っている店は少ない。生産数が少ないので、入荷できる店が限られているのだ。ウォルターが交渉した結果、うちの店は安定した仕入れができるようになっている。

 こんな商品を値下げして売る間抜けな商人は居ないと思うが……。


「失礼ですが、この商品がですか?」


「違う。その石鹸だよ。そこのタオルもそうだ。コータロー商店で半値近い値段だったぞ。この店は高すぎるんだよ!」


 やっぱり違うんかい! イライラする。不快すぎて吐きそうだ。

 他の商品が高いから、「これもきっと高いのだろう」と勝手に決めつけているらしい。ただの悪質なクレーマーだな。


「そういうことでしたら、コータロー商店様へ行ってください」


「あっちには()ぇんだよ! あれば、こんな店にわざわざ来ねぇ」


「当店では値引きをする理由がありませんね。この価格に納得できないのであれば、今日のところはお引取りください」


「はぁ? ふざけんな! 俺は客だぞ! それが客に対する態度か!」


 男はそう言って、商品を床に叩きつけようとした。腕を掴んで止めてカウンターを乗り越えると、そのまま出口に向かって引っ張った。


「うちの店ではね、店員を恫喝する人を客とは言わないんですよ。二度と来なくても結構ですから、帰ってください」


「くっ! 言われなくても二度と来ねぇよ!」


 男は、そう言ってトボトボと歩き去った。



 姿が見えなくなったことを確認し、店の中に戻る。


「あの人は常連ですか?」


「いえ、初めて見る顔でした。移転前から考えても、初めての方ですね」


 あの手のバカは、追い返してもまた来る。元々常連だった場合は特にだ。顔を覚えられていないとでも思っているのだろうか。


 今回のバカは常連ではなかったようなので、また来る可能性は低い。まあ、良かったかな。


「それを聞いて安心しました。あのような要求をする人は、今後も増えることが予想されます。大変でしょうが、頑張ってください」


「でも、良かったんですか? ツカサさんなら、言い負かしてお金を払わせることができましたよね?」


 ルーシアは、心配そうに言う。俺のことをちょっと誤解しているようだ。


「あのような方は、売った後が面倒なんですよ。小さなことに難癖をつけてきます。そういう人の相手をするのは疲れますし、コストが掛かるんですよね。追い払った方が後々得なんです」


 クレームの後で良い客になることもあるが、それは稀な例。多くの厄介なクレーマーは、死ぬまで厄介なままだ。精神衛生上良くないので、毅然とした態度で切り捨てた方がいい。

 だが、これを実行する商売人は少ない。どんなに理不尽な客でも、どうにかして繋ぎ止めようとしがちだ。


 俺は金が欲しいが、嫌な奴の理不尽な要求に応えてまで、欲しいとは思わない。


「でも、1人のお客さんを大切にしろと教わりました。どんな要求にも、笑顔で応えろとも言われています。追い払えなんて、誰も言わないですよ?」


「では、たとえばです。何も文句を言わず笑顔で5000クラン分買う人と、耐え難い暴言を吐きながら10000クラン分買う人。どちらのお客さんが好きですか?」


「お客さんを好き嫌いで選ぶな、と教えられています」


「人間なんですから、好き嫌いがあって当然でしょう。どうです? 暴言を吐きながら買い物する人を、好きになれますか?」


「……好きにはなれませんね」


「好きになれる人だけを相手にしていればいいんです。嫌いな人は切り捨てましょう」


 詐欺だと逆なんだよね。相手が嫌な奴であればあるほど、完遂した後の爽快感が大きい。そのため、俺は不快な相手しか騙さなかった。それが行き過ぎた結果、暴力の専門家に狙われたわけだが。


「でもそれって、お店に都合が良すぎませんか?」


「そうですよ。店は慈善事業じゃないんですから。お客さんは店を選ぶ権利がありますが、店にも客を選ぶ権利があるんです」


「お客さんを選んでいたら、売上が減りますよ?」


「不思議なことに、選んでも減らないんですよ。当然、店には誠実さと実力が求められますけどね」


 悪質なクレーマーは、全体から見るとほんの僅かしかいない。排除したところで誤差の範囲だ。


「申し訳ありません。さすがに、それは信じれません……」


 ルーシアは、怪訝な表情をこちらに向けた。

 しばらく店番を続けていけば、結果は見えてくるだろうが、軽く説明しておこう。


「売上だけに目が行きがちですが、商売の本質は客を喜ばせることです。喜ばない人を相手にしても、誰も得しないんですよ」


「喜ばせる?」


 ルーシアは、口をぽかんと開けて戸惑っている。


「あれ? 教わっていないですか? お客さんは物にお金を出しているように見えて、実際は満足感にお金を出しているんです」


 詐欺と営業の大前提。物を売ろうとしても物は売れない。その物を使った時に、どんな満足感が得られるかをアピールするのが重要だ。

 詐欺師は、偽りの満足感をアピールする。真っ当な営業マンは、本物の満足感をアピールする。それだけの差。


「もう少し詳しく教えていただけますか?」


「一番わかりやすいのは食べ物ですね。ルーシアさんは、食べ物を買う時に何を基準にしますか?」


「値段と、量と、味ですかね」


 理想通りの答えだ。トリッキーな返答が来なくて良かった。


「それが『美味しい』という満足感を得ることです。あとは、その満足感に納得できる値段かどうか、という判断ですね。味が不明な場合は、『満足感』が『期待感』に変わります」


 期待感を金に変える最も優秀な方法が、みんな大好き『宝くじ』だ。あれの期待値、エゲツないくらい低いからな。大当たりを引かない限り、20%前後しか返って来ない。許されるなら俺が発行したいよ。滅茶苦茶儲かるから。


「なるほど……。言われてみれば納得です。でも、今の話と嫌な人を追い返す話、どう繋がるんですか?」


「僕が言う嫌いな人というのは、満足感がズレている人のことなんです。今回のケースですと、彼が求めていた満足感は、『店員を屈服させて値引かせる』というものです。商品は関係ありません」


「え……それは嫌ですね……。そんな人に売りたくありません」


「ですから、潔く切り捨てましょうという話ですよ。損しかしませんから」


 商品に対する満足感も多少はあるだろう。しかし、今回の場合だと『値引きをさせた』という印象の方が強く残る。積極的に値下げの満足感を与える手法もあるのだが、嫌な相手にはやりたくない。

 結局のところ、好き嫌いの問題に行き着く。高圧的で不快な相手には、倍の値段を提示されても売りたくない。


「ちょっと待ってください。損をするというのはどういう意味ですか?」


「要求に応えた場合の話をしますね。たとえば、今の人がもう一度来たらどうでしょう。『前回値引いたのだから』と言って騒ぐのではないでしょうか。

 そして次も要求に応えたとします。すると、毎回値引きをしないといけない状況になりますよね。もしそうなった場合、他のお客さんは損をしていることになりませんか?」


「損……ですね。と言うか、怒る人も出てきそうです」


「そうでしょうね。その結果、良いお客さんが離れ、悪質な人が残ります。結局、悪質な人しか得をしないんですよ」


 更に言うと、今回の要求に応じた場合、クレーマーは値引かせたことを誰かに自慢するだろう。すると、その話を聞いた仲間のクレーマーが来る、それに応じる、また噂が広まり……。そのループの結果、店にはクレーマーが集まるようになる。

 誠実な客が離れ、クレーマーの巣窟になった状態が末期だ。店は潰れる。


「なるほどです。では、嫌な人は追い返していいんですね……。本当に追い返しますよ?」


 ルーシアは、念を押してきた。おそらく、本心では追い返したかったのだろう。


「ルーシアさんの判断で構いません。どうしようもなくなったら、僕を呼んでくださいね」


「分かりました。後で怒らないでくださいね?」


 ルーシアの返事とともに、店の扉が開いた。客が来たようだ。


「もちろんです。お客さんが来たみたいですね。仕事に戻りましょう」


 ルーシアがカウンターに立つのを確認し、俺も事務所に戻る。

 今日は今後の展望について考えるつもりだったのだが、クレーマー対策の話が長引いてしまった。

 もう変な奴が来なければいいのだが……。たぶん来るんだよなあ。人が集まれば、変な奴は絶対に混じる。クレーマー対策も整えた方がいいだろう。

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