偵察
特に対策が進まないまま、例の店のオープンの日になった。チンピラ金貸しのギンに聞いていたので、オープンする日は分かっていた。例の店の名は、『コータロー商店』。おそらく、あの少年の名前だろう。
重要なオープン初日。偵察に行かない理由など無い。普段店番を任せているルーシアを連れて、朝一番に出発する。
「では、視察に行きましょうか」
「はい。お願いします」
外出する時のお決まりで、サニアに店番の代理を務めてもらう。移転後は在庫管理の手間が少し減っているので、快く引き受けてくれた。
コータロー商店に到着した時、店は既に開いていた。店の前で、2人の巨乳な女性が客引きをしている。
客引きの女性はクソガキの取り巻きの2人で、無駄に露出の高い服を着て男たちを惑わせている。なかなか卑怯だな。
「結構賑わっていますね……」
外から見ても分かる盛況具合だ。客引きに騙された客も居ると思う。それに、今日は同業者がたくさん来店しているはずだ。
新規店で、しかもそれが『迷い人』が店主を務める国営店であれば、否が応でも注目される。というか、注目される要素のオンパレードだ。特徴がありすぎて渋滞を起こしている。話題性は十分過ぎるほどだ。
「とりあえず入ってみましょう」
「いらっしゃいませ! こんにちは!」
元気な声が聞こえてきた。元気すぎてうるさい。
「いらっしゃいませ! こんにちは!」
また違う場所からも、同じ掛け声が飛んできた。うるさい。
どうやら、無駄に大声の挨拶はこの店の方針らしい。1人が挨拶をすると、他の従業員がそれに続く。日本の居酒屋チェーン店のようなシステムだな。
「威勢が良いですね……。私も真似した方がいいですか?」
「いえ、要りません。朝からこの大声は、少し頭が痛くなります」
いや、昼間でも遠慮してもらいたいな。そんな大声を出さなくても、ちゃんと聞こえている。
例の店の規模は結構大きい。広くなった俺の新店舗よりも更に広く、おそらく俺の店の倍くらいの規模になっているだろう。
並んでいる商品は、主に生活雑貨。それに、テーブルなどの家具が少々。おまけに、俺が押し付けた不良在庫も並んでいる。不良在庫が店を占める面積は、微々たるものだ。予想通りではあるが、不良在庫はあまり痛手にはなっていない。
さらに店内を観察すると、店のあちこちに広告が貼り出してある。そこに大きく書かれているのは、『全品20%OFF』という文字。無条件で2割り引きらしい。
無茶をするな……。その前に、『OFF』がローマ字なんだけど、通じるのか?
「これ、どう読むんですか?」
ほら。読めていないじゃないか。ここの店主はアホなのか?
いや、この文字を流行らせるつもりなのかもしれない。単純な文字なので、ローマ字が読めなくても覚えることはできる。これを値引きのアイコンとして定着させることができれば、相当に目立つぞ。
それに、この広告は店内では浮いていて、人目を引きやすい。ここまで考えてのことであれば、あのクソガキは侮れない。
「『オフ』ですね。日本では、値引きという意味で使われます」
「なるほど。ということは……全品2割引き! 安すぎですよ!」
ルーシアがそう叫ぶと、1人の若い男性店員が寄ってきた。
「当店は、『良い物をより安く』をモットーにしています。何かお探しのものはありますか?」
クソガキよりも少し年上だろうか。20歳そこそこ、といった様子だ。この国では、修業が終わったくらいの年代だな。
「見に来ただけです。しばらくゆっくり見させてください」
そう言って店員を追い払った。
店員からの声掛けは、以前俺が否定した。単価が安い雑貨店では人件費の無駄だと判断したからだ。クソガキは、積極的に声を掛ける方針を選択したらしい。
――いったいいくらの人件費を掛けるつもりなんだ?
まあ、そんな心配をしても仕方がない。偵察を続けよう。
店内を歩いていると、ルーシアが何かに気付いたようで、不安げな表情を浮かべて話し掛けてきた。
「あの、一部同じ商品があるようですが……」
「そうですね。問屋で仕入れた商品はかぶっていますね。今後はもっとかぶってきますよ。気を引き締めましょう」
「大丈夫なのでしょうか……。こんな値段で売られたら、うちの店では売れなくなります」
「いいんです。値段以外で戦えば問題ありません」
というか、弱小商店が生き残るには、それしか無い。
ルーシアは値段に目が行ったようだが、俺にはもっと気になることがある。商品に付けられたポップの数々だ。手間暇をかけて、丁寧に貼り付けられている。
定価を取り消し線で消し、大きな文字で値引き後の金額が書き込まれている。
さらに、値段とともに商品の紹介が一言。どこぞの激安の殿堂を思わせるようなポップだ。大量の紙を買っていたのは、このためか……。
ポップはかなり手が込んでいて、吹き出しのように切り取ってある。相当な人件費と材料費が掛かっているはずだ。貼り替えることは考えられていないな。この値引きはずっと継続するつもりなのだろう。
「僕はこっちの方が気になりますね。これだけの量を書くのは、かなり大変だったでしょう」
「確かに……これは人目を引きますね。私もやった方がいいですか?」
「取り入れたいですが、少し考えてからですね。ここと同じではダメだと思います」
ポップは売上に大きく寄与するのだが、かなりの手間と金が掛かる。この店のように、ほぼ全商品に貼り付けるのは無理だ。効果的な方法を考えておこう。
店内を半周回ったくらいのところで、店の隅に不自然なテーブルが設置されていることに気付いた。その上に置かれた紙を見て、ルーシアが酷く驚いている。
「あ! これっ! これを見てください!」
「どうしました?」
「ポイントカードです……。真似をされました……」
店内に設置された小さなテーブルの上には、『ご自由にお持ち帰りください』と書かれたポップが貼ってあり、その横に名刺サイズの紙が山積みされている。
無差別に配るつもりらしい。全て手書きなので、これだけ書くのは相当な手間がかかる。これを用意するために、相当な人員を割いたのだろう。
「たぶん、うちの店の真似では無いと思います。日本では当たり前の手法なんですよ。ここの店主が思い付かないはずがありません」
日本人であれば、まず真っ先に思い付く手軽な手法だ。
この店のポイントカードは、100クランで1ポイント。100ポイント溜まったら、500クラン分の商品券になる。値引率は俺の店と同じ5%だが、中身は大きく違う。
俺がやっているポイントの単価が500クランなのに対し、ここの店は100クラン。100クランでは半端が出にくいので、ポイントが溜まるのが早い。
たとえば400クランの買い物をした場合、俺の店ではポイントがつかないが、この店では4ポイント得られる。客からすると得なのだが、店はしんどい。
この店のポイントカードの趣旨は『値引きをすること』だ。それ以外は考慮されていないと思う。
店内を一通り見て回り、店の傾向を掴むことができた。今日はこれだけで十分だ。
「では、そろそろ帰りましょうか」
「何も買わなくてもいいんですか?」
「買う理由がありませんよ。必要なものがあれば、また来ます」
店の対応を見るために、多少買い物をした方がいい。それは分かっている。でも、何かを買ったら負けたような気がする。気分の問題だ。今日は何も買わない。
自分の店に帰る道中で、ルーシアは不安そうな表情を浮かべながらおずおずと話を始めた。
「値引きはどうしましょうか……。継続した方がいいですよね?」
開店記念の1割り引きは、既にそのサービスを終えている。今は一時的に売上が落ち込んでいるので、そのサービスに効果があったと確認できた。
「いえ、理由がない値引きはしません。同じフィールドで戦ったら勝てません。ここで焦って値引きをしたら、その店は潰れますよ」
「でも……」
口籠るルーシアを遮って、話を続ける。
「この値引き、マナー違反じゃないですか?」
「……そうですね。商業組合の方に怒られると思います」
同業者だけではない。職人たちにも怒られる。この店がやっていることは、職人の技術の安売りだ。プライドが高い職人は嫌がるだろう。ウォルターのやり方に賛同するわけではないが、職人を尊重するべきだと思う。
「別の方法で差別化を図りましょう。安売りはこの店に任せます」
「ツカサさんがそう言うなら……」
ルーシアは、不安げな表情のまま静かに頷いた。
店の様子を窺う限り、気前の良さが際立っていたように思う。とにかく安く売ろうという意志が伝わった。他の客たちも、同じように感じたはずだ。
資金が潤沢にある店の常套手段だな。ごっそり値引いてライバル店を潰し、あとからジワジワと値上げする。
――そこまで計算しての値引きだとしたら、かなり厄介だぞ。
この店の売り方を見た同業者たちは、選択を迫られたはずだ。値引きをするのか、商品の路線を変更するのか。いずれにせよ、今までどおりとはいかない。
かぶっている商品や俺が押し付けた商品は、仕入値が分かっている。そこから計算すると、この店の原価率は8割弱だ。相当利益が少ない。いわゆる薄利多売の商売をしている日本の100均よりも少ない。
しかも、店員の数が多い。フロアの人数を数えると、店主を含めて5人居る。
こんなやり方では、普通の店なら半年持たない。資金不足で潰れる。だが、ここは国営店だ。日本でもよくある『危なくなったら補助金』が適用される。
対策を間違えたら、潰れるのはこっちだ。慎重に対応しなければならないな。





