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ライバル

 扉を抜けて店舗に出ると、ルーシアが退屈そうに店番をしていた。


「あれ……具合はもう良いのですか?」


 俺の顔を見て、そう声を掛けてきた。やはり親子だな。反応が同じだ。


「はい、もう大丈夫です。

 これから少し街を見て回ろうかと思っているのですが、何か注意する事はありますか?」


 ここは日本ではないので、治安が悪い地域なんかもあると思う。出来れば問題を起こしたくないから、先に聞いておく。


「そうですね……良かったら案内をしましょうか?」


「それは助かりますが……店番はいいんですか?」


「父に任せます。どうせ事務所で暇しているんでしょ。お客さんも帰ったみたいですし」


 客というのは例の金貸しの事だろう。あれは客じゃない。


「それなら、是非お願いします。ここの事が何も分からないので、困っていたんですよ」


「では、店の外で待っていてください。すぐに行きますね」


 ルーシアにそう言われ、店から出た。店内は狭く、コンビニの半分くらいだ。店内は大きな棚が占拠しており、所狭しと物が詰め込まれている。


 電気が無いのだろう。店内は薄暗く、外から差し込む明かりだけが頼りになっている。


――これでは売上も伸びないなあ……。


 この店は問題が山積みだ。棚も散らかっていて、どこに何があるのかが把握しきれない。これは厄介だぞ。




 店の外に出て、辺りの風景を観察する。

 空が青くて透き通っている。薄っすらと雲が出ているが、快晴と言っていいだろう。石畳で舗装された地面の上を、心地よい風が吹き抜ける。湿った草の香りが風に運ばれて、俺の体を通り抜けた。


 この街には初夏の雰囲気が漂っている。俺が海に飛び込んだ時、日本は晩秋だった。ということは、ここは南半球なのだろうか。……よく分からない。


 店の前の道幅は約6メートル。道路の内側4メートルくらいが、一段下がった構造になっている。おそらく歩道と車道という意味だろう。街を往来する人達は、みんな道路の両脇に寄って歩いている。


 ここの近くの建物は、木造と土壁の組み合わせで建てられている。どれも商店のような門構えだ。ここは商店街なのだろう。活気があって、人通りもそれなりに多い。

 俺が拾われたこの店は、かなり良い立地に建っているらしい。売上が悪いのは、ウォルターの経営がへっぽこなせいだな。間違いない。



 しばらく店の前で待っていると、不機嫌そうな顔をしたルーシアが外に出てきた。


「……何かありました?」


 恐る恐る聞いてみる。


「何も! 大丈夫ですっ! 行きましょう」


 ああ……強い口調で「何も無い」と言う時は、何かがあった時だ。それも、不機嫌になる何かが。深く聞いてはいけない。怒りの矛先がこっちに向かう。


「はい。よろしくお願いします」


 と返したが、ルーシアは俺の返事を待たず、ツカツカと歩き出した。確実に機嫌が悪い。この短時間で、いったい何があったのだろうか。

 かなり気になるが、危ないので聞かない。『触るなキケン』だ。


「もうっ! 父さんったら……」


 ルーシアが、何か言いたげに呟いた。聞かないと決意したばかりなのに……。

 これを無視した場合、余計に機嫌が悪くなる可能性が物凄く高い。仕方がない……聞くか。


「どうしたんですか?」


「聞いてくださいよっ! 私はただ案内するって言っただけなんですよ?

 それなのに、まだ早いとか、信用しすぎるな、とか。『お前は関わらなくていい』なんて言うんですよ!」


 ……俺の話かな? 信用しすぎるなというのは正しい。でも、そこはかとなく漂う『お前が言うな』感。ウォルターこそ、初対面の人間を信用しすぎだ。今は少し警戒されているけどね。遅いんだよ、警戒が。


「そうでしたか……それは大変でしたね……」


 俺の答はこれ。余計な提案や助言は、(いさか)いのもとになるだけだ。女性の愚痴は聞くだけで済ませなければならない。


「そんな他人事みたいに言わないでくださいっ! ツカサさんの問題でもあるんですよ?」


 はい、不正解でした。矛先が俺に向かった。

 今のパターン、どう答えてもアウトなんじゃない? 問題が難しすぎるぞ。


「そうですね。ごめんなさい。信用してもらえるよう、頑張りますね」


 当たり障りのない返答で濁したが、ルーシアは警戒心が無さ過ぎる。怒った内容は俺についてだ。俺の事を信用していなければ、怒るような内容じゃない。無条件に人を信用しすぎだ。

 それに、人は行き場のない怒りをぶつける時、親しい人間を選ぶ。今日会ったばかりの人間にやる事ではない。ルーシアの中では、俺は『親しい人』のカテゴリに入っているらしい。早すぎるって。


「あ……ごめんなさい。ツカサさんに言ってもしょうがないですよね。

 どこか見たい場所はあります?」


 ルーシアは冷静さを取り戻して笑顔を作った。


「散策するだけでも十分なんですが、せっかくですから繁盛している店を見たいですね」


「分かりました。では、レヴァント商会ですね」


 ルーシアは迷わず答えた。余程有名な店なのだろう。



 ルーシアの案内で、この街で一番繁盛しているというレヴァント商会にやってきた。

 コンビニくらいの広さがあり、棚には生活雑貨と食料品が丁寧に並べられている。郊外型のスーパーの品揃えに近い。やはり電気が無いらしく、天井のあちこちから明かりを灯されたランプがぶら下がっている。


 店の中をぶらつきながら、値札に書かれている数字を教えてもらった。0~9までの数字だ。十進数なので、数字はこれで終わり。桁の数え方は追々習うとして、今は相場のチェックだ。



 店頭に並んだ野菜と果物は、チェリーやプラムのような見覚えがある物もあれば、初めて見る物もある。

 果物や野菜一つあたりの価格は、100クランから400クラン程度。日本の感覚に近いだろうか。


「高いでしょ?」


 ルーシアは少し呆れたような顔で、ため息混じりに吐き捨てた。


「そうなんですか?」


「はい。この店は庶民向けの店ですが、比較的裕福な人しか来ません。この果物なんて、一つで1日の給料が無くなりますよ」


 ルーシアは、そう言ってマンゴーのような果物を指さした。

 日本でもマンゴーは高いが、この店での価格は400クラン。一般的な日給は400クランなのか……。激安だな。



 レヴァント商会とウォルターの店で商品がカブっているのは、食器類だ。ここでの価格を確認し、大凡の価格を覚えた。一つ500クラン前後だ。食器の質の善し悪しなどは分からないが、かなり高いと思う。


「これも高いでしょ? もっと安く売れるはずなんですよ。うちの店なら、もっと安く売っています」


 ルーシアは、食器を見ながら声を荒らげた。

 有名だからレヴァント商会に来たと思ったが、どうやらそうではないようだ。ルーシアはこの店をライバル視している。意識しているからこそ、一番に名前が挙がった。意識していなければ、自分の店と比較するような発言は出ない。


「参考になりました。そろそろ出ましょうか」


 ルーシアは、この店が繁盛している事が気に食わないみたいだ。このままここに居ても、たぶん文句しか聞けないだろう。



 見に来ただけなので、そのまま何も買わず店を出ようとした。

 すると、突然誰かに声を掛けられた。


「やあ、ルーシアじゃないか。珍しいね。うちの店で買い物かい?」


 二十五歳くらいの若い男だ。ワイシャツに黒のベスト、首元にはループタイが巻かれている。顔立ちは中性的で、爽やかなイケメンだ。


 やり手風の、油断のならない雰囲気を漂わせている。若くして成功を収めた、青年実業家のような雰囲気だ。その立ち居振る舞いからは、根拠のない自信が満ち溢れている。


「違います。見に来ただけです。すぐに帰ります」


 ルーシアは、無表情で冷たく抑揚のない声で言った。不機嫌とは少し違う。心底迷惑だと思っているようだ。


「ルーシアさん、この人は……?」


「後で言います。すぐに出ましょう」


 ルーシアに小声で聞くと、無表情のまま返事をして歩みを進めた。すると、俺の目の前に若い男が立ち塞がった。


「あなたは……?」


 返事をしないと通してくれないだろう。少し受け答えをする。


「ウォルターの店の見習いですよ。ツカサと言います。どうぞ、よろしく」


「これはご丁寧にどうも。レヴァント商会のチェスターです。

 せっかくですから、少しお話をしましょう。お茶くらいは出しますよ」


 チェスターと名乗ったこの男は、レヴァント商会の跡取りらしい。軽く頭を下げて挨拶をした。日本であれば、名刺交換をするシーンだろう。


「お誘いありがとうございます。生憎ですが、次の予定がありますので。失礼します」


 ルーシアは無表情のまま冷たく言い放った。


「そう言わずに。少しだけですから」


 さらに食い下がるチェスター。ルーシアの嫌そうな顔をよく見ろよ。どう見ても帰りたそうだろうが。



 しばらく問答を続けた後、ルーシアが折れた。


「少しだけですよ……」


 チェスターの押しの強さに負けたようだ。応接室らしき部屋に通された。

 俺には話す事など無いのだが……せっかくだし、この店の内情を探ってみるか。

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