改装
現場に指示を出すため、俺は新店舗に来ている。図面があれば頻繁に通う必要などないのだが、急な依頼でしかも大急ぎと言うことで、図面を引く時間がない。直接指示を出しながら、職人の勘と経験で作業を進めていっている。
とにかく急げというこちらの要望に答えられる職人は少ない。見積もりを出させる時間も惜しいので、見切り発車で作業を開始してもらった。予算を伝え、その範囲内で修繕するようにお願いした。
ウォルターの無茶な依頼に答えてくれた職人は、合計で3人。外装1人と内装2人だ。それぞれが見習いを引き連れて作業している。と言っても、全員が毎日来ているわけではない。他の現場の合間を縫って、空き時間に作業してくれている。
外装修理の進行具合はひと目で分かるので、内装の状況を確認する。扉を開けて店内に入った。
「おはようございます。今日もよろしくお願いします」
「よう、今日も来たのか。熱心だな」
挨拶を返したのは、店舗の改装と什器を任せている若い職人だ。25歳くらいだろうか。最近見習いから正式に職人になったらしい。今は仕事が無いそうで、快く引き受けてくれた。こいつはほぼ毎日ここで作業している。
「お邪魔をして申し訳御座いません。進行具合はどうですか?」
店舗の陳列棚に関しては、かなり細かい要望を出している。通路の幅、棚の大きさ、高さ、カウンターの位置についてなど。こいつは面倒臭そうな顔で聞いていたが、大事なことなので無理を通した。
「もうすぐ終わりだよ。あとは細かい修正だな。まだ何か文句あるかい?」
店舗は、出入り口の位置を向かって右側にずらした。入って右側の壁にカウンター、その奥には事務所に向かう扉がある。倉庫へと続く扉は、左奥に設置した。
完全にコンビニのレイアウトだ。取り扱う商品が生活雑貨なので、このレイアウトが最も適していると判断した。
店が広くなった分、奥まった場所が暗い。小さな窓から差し込む光だけが頼りだ。
ガラスが高価なので窓ガラスがはめられておらず、普段は開放されている。閉める時は木製の雨戸を使う。閉めたら真っ暗だ。ランプは必須だな。
「ランプを引っ掛ける場所を設置してください。場所は僕が指定します」
そう言って、店内の天井に指をさしていった。
全部の指示を出し終えた頃、職人が不審そうに聞く。
「おい、そんなに設置してどうするつもりだ?」
設置位置の数は、100箇所近く指定した。一般的な店舗としては相当多い。今の店舗ではランプを使っていないし、この店舗の規模でも多くて10箇所くらいだ。
「店内を隈なく照らすには、これでも足りないと思いますよ。今はランプが足りないので、どこを使うかは後から判断します」
ランプの明かりは弱々しいオレンジ色。どれだけ数を増やしても、蛍光灯やLEDには敵わない。数百個のランプを並べたとしても十分とは言えない。
オイルの補充を考えて、30個ほどのランプを灯そうと思っている。それでもオイル代と補充の手間が掛かるが、必要経費と思って割り切る。
「うぅん……やれと言われるなら、やるしかないが……」
職人は、不満そうに作業を始めた。無駄な作業になることを危惧しているのだろう。その分の金は払うんだ。文句を言わずにやってほしい。
店舗の指示は出し終えた。現場に残っても邪魔になるだけなので、店舗の外に出た。
改めて新店舗を眺める。作業は8割が完了しているだろうか。店舗は既に仕上げ段階で、明日には商品の搬入を始められる。
内装はほぼ俺の希望通り。だが、採光の都合上、廊下だけはどうにもならなかった。電気が無いので、壁に阻まれた廊下は真っ暗になってしまう。わざわざランプを設置するのも面倒なので、廊下は却下した。
住居部分は雨漏りの修理をしただけ。完全に後回しになっていて、オープンには絶対に間に合わない。間に合わせろとも言っていない。住居の改装はオープン後に少しずつ進めるつもりで、とにかく店舗を急いでもらった。
外装は、足場の組み立てが手間取って少し遅れている。しかし、店内への影響は無いので、構わず商品の搬入を進めようと思う。
今日は依頼した職人が全員集まる日だという。一番大きいサイズのティーセットを店から持ち出し、全員を庭に集めてお茶会を開く。
このお茶会はただの休憩なのだが、それなりに意味がある。職人たちの士気を高めるとともに、こちらの無理を通しやすくする効果を狙っている。それに、職人同士の親睦を深めることにもつながるし、こちらの要望を伝える場にもなる。
この場に集まった職人は、見習いも合わせて6人。全員にお茶と軽食を振る舞った。
「無理な依頼を引き受けていただき、ありがとうございます」
まずは俺から挨拶をする。我ながら無茶な依頼だったと思う。職人のルールをガン無視している。
「普段なら絶対に受けないぞ。まあ、今回はウォルターの頼みだからな」
内装を任せている職人が答える。忙しいのか、こいつはめったに現場に来ない。
「お知り合いなんですか?」
「ああ。昔からの友人だ。先代が生きていた頃からの付き合いだな」
「オレは最近だ。贔屓の鍛冶屋の紹介だよ。そいつに頼まれたんじゃあ、断れない」
若い職人も断れない理由を述べた。全員が何かしらの恩を感じているらしい。
ウォルター、仕事はできないくせに人望だけはあるんだな。ポンコツは人に好かれるのか?
「なるほど。皆さんは何かのつながりで引き受けてくださったんですね」
「まあな。兄ちゃんも、人のつながりを大切にしな。困った時に頼れるのは、結局は親と友人だよ」
内装職人が説教臭く言う。おそらく30歳くらいだと思うのだが……。歳は俺と変わらなくないか? ここでも若く見られるのか。
「肝に銘じておきます」
と笑顔で返しておいたが、本心では違う。結局自分を助けるのは自分だ。他人はあてにならない。人は簡単に裏切るからな。「相手のため」と言いながら自分のために行動するのが人間だよ。心から自分のために行動できるのは、自分しかいない。
「くっくっくっ。兄ちゃんにはまだ理解できんだろ。どうしようもない苦境に立たされた時、骨身に沁みるんだよ」
一番若そうな職人が、笑いながら言った。
うーん、それはどうだろう。ここの職人たちは、俺以上の苦境に立たされたのかな。孤立無援の中、苦しめながら殺そうとする集団に追われるという状況は、結構な苦境だと思うぞ。
「若造がいい気になって説教してんじゃねぇよ。兄ちゃんも困ってんだろ」
無言でお茶をすすっていた年長者らしき職人が、会話に割って入った。頬に大きな傷がある、威厳が漂うおっさんだ。ウォルターよりも年上だろう。
「へいへい。相変わらず、おやっさんはキビシイねぇ」
若い職人がおどけるように言った。
家を建てたり改装したりする時は、複数の職人が手分けをして作業を進める。狭い業界なので、職人同士で面識があってもおかしくない。わざわざこのお茶会を開かなくても、この連中の親睦は深いようだ。
場が静かになった。話題を変えようとしたのか、内装職人がカップを掲げる。
「ところで兄ちゃん、このティーセットはどこで売っているんだ?」
今使っているティーセットは、店から勝手に持ち出した商品だ。この人たちはウォルターの知り合いだよな。どうして知らないんだろう。
「うちの店にありますが……ご存知ありませんでした?」
「いや、初めて見るな……。こんなの売っていたか?」
「オレも知らないな」
全員が首を横に振った。誰も知らなかったらしい。
店が散らかりすぎていたからだな。買い物に来た客は、ルーシアに欲しい物を注文して買っていた。店内を見回るようなことをしなかったので、気が付かなかったのだろう。
「サイズも複数ありますよ。これは一番大きいサイズで、小さいものは2人用からあります。休憩時間に使うには、ちょうどいいですよね」
「そうだな。今度買いに行くから、その2人用のやつを取り置きしておいてくれ」
金属製のカップをコトリと置いて言った。
このティーセットは、外仕事をする人たちがこぞって食い付く。飲み物は屋台でいくらでも売っているが、その屋台が無い場所で仕事をすることも多い。休憩を水だけで過ごすというのも味気ないから、欲しがるのだろう。
売上の履歴を見る限り、俺が来る前は売れていなかった。この商品の存在が誰にも知られていなかったんだな。もったいない。
すぐにでも買ってほしいところだが、ここは新装オープンの賑やかしをしてもらおう。
「それでは、新店舗が開店した日に顔を出してください。それまでに揃えておきます」
在庫は揃っているので、今すぐ買いに来られても対応できる。しかし、新装オープンの時は1人でも多くの人に来てもらいたい。近所の住民に人気店であると印象付けるためだ。
「分かった。店が開いたら顔を出そう」
内装職人がそう言って頷くと、若い職人も同調した。
「おお、それはいいな。俺たちが手掛けた建物がどんな店になるか、楽しみだよ」
1人でも多くの人に来てもらいたい。ダメ元で声を掛けておこう。
「お安くしますから、職人のお仲間も連れてきてください」
「はっはっはっ。今回の仕事は、俺の自慢になりそうだ。知り合いの見習い共を連れて来るよ」
こいつは俺の無茶な要望を引き受け続けた。苦労した分、誰かに褒めてほしいのだろう。
短い雑談が終わり、お茶会をお開きにした。それぞれが持ち場に戻っていったことを確認し、俺もこの場を離れる。
作業の指示を出し終えたので、俺の仕事は終わりだ。このままここに居ても小間使いにされるだけ。ティーセットを片付け、店に帰った。





