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内見

 役人は、してやったりといった様子でいそいそと店を出ていった。ハメられたとも知らずに……。気付くのはいつになるだろうか。慌てふためく姿が目に浮かぶ。

 客にゴミを売り付けるようなことはしたくないが、同業者なら話が違う。仕入れの目利きも技術の内だ。市場調査を怠ったのが悪い。それに、恨まれるような事をするから悪い。



 立ち退きの要求を受け入れたわけだが、まだ新居の確認ができていない。

 持ち込まれた提案は、建物の交換という話だった。この建物を明け渡す代わりに、無償で別の建物を受け取る。資料によると、建物の大きさは今の店の倍以上ある。資産価値としては等価になりそうだ。


 とは言え、物件を見ないまま契約したのは不用意だったかな。まあ、交渉を有利に進めるにはこうするしか無かった。一度でも追い返すのは良くない状況だったから、仕方がないと諦めよう。



 役人を見送った後、新しい店舗を見に行く。

 できれば全員で行きたいところなのだが、店番が必要だ。希望者を募る。


「誰か一緒に来ます?」


「あ……行きたいです」


 ルーシアが即座に手を挙げた。同時に、ウォルターも立候補した。


「私も行こう。サニア、悪いが店番を頼む」


 腕を組み、偉そうな態度で言う。


「わかりました。いってらっしゃい」


 サニアは笑顔で答える。

 同行者はルーシアとウォルターに決まった。ルーシアよりもサニアが来た方がいいような気がするが、本人の希望を尊重する。


 家に関することは、女の意見を尊重しないと後が怖いんだよなあ。確実に不満が出る。改装の前にサニアにも確認してもらう必要がある。二度手間だが、ウォルターを店に残すわけにはいかない。仕方がないか。



 資料に書かれた場所に行く。訓練場へとつながる、毎日通っていた道だ。着いた先は、大通りの外れ。ルーシアと食事をした飲食店の隣だった。

 やはり立地は悪くない。住宅地から訓練場へと続く導線上にある。ターゲットは独身の若い男性、剣闘士と狩人で間違いない。


 建物は2階建ての木造で、土壁をレンガで装飾した洋風家屋だ。敷地面積も広く、建坪だけで今の店の倍以上ある。おまけに、車が2台停められそうな大きな庭もついている。建物の条件は悪くない。

 ただし、相当ボロい。装飾の土壁は剥げ落ち、庭は雑草に覆われていた。


「ちょっと酷いですね……」


「そうか? これくらい普通だろう。少し直せば、すぐに住めそうだ」


 普通? 少し直す? いやいや、そんなレベルじゃないだろう。住むだけなら許容範囲だが、店としては無理がある。外見は店の顔だ。顔が悪い店は流行らない。


「いえ。外装は直しましょう。僕が指揮を執りますので、業者を紹介してください」


「おい。それでは予算が足りない。100万クランで収めるのだろう?」


 ウォルターは、俺の発言を額面通りにとらえているらしい。交渉の場では100万クランで収めると言ったが、馬鹿正直に拘るつもりはない。


「それは方便です。できるだけ安く済ませるつもりですが、ケチっても仕方がありません。在庫の売上もあるのですから、できることは全部やりましょう」


 今は不良在庫を売り払った金がある。予定外の現金収入。まだ入金されていないが、店舗を引き渡した時に一括で支払われる。

 追加の仕入れのための現金も残さなければならないので、建て直すことはできない。せめて外装くらいはキッチリと直したい。


「でも、壁は直さなくても良いのではないですか? せっかく老舗のような風格が漂っているんですよ?」


 ルーシアが、崩れかけた壁を優しく撫でながら言う。触れた部分がボロリと崩れる。


 物は言い様だな……。経年劣化を良く言えば、風格とも言えなくはない。

 価値観の違いかな。この国では、本格的に壊れない限り、経年劣化を放置するらしい。やんわりと否定しておこう。


「風格というのは、時に人を遠ざけます。多くの人を招き入れたいなら、風格よりも親しみやすさですよ」


 はっきりと「ボロいだけだろ」と言ってやりたいところだが、今は堪える。余計な議論をする時間は無いんだ。


「なるほど……。では、どうされるのですか?」


「それは職人さんと話をして決めます。まずは内装を確認しましょう」


 余計な議論が始まりそうだったので、さっさと会話を終わらせた。

 実を言うと、俺は外装には大した拘りが無い。キレイに整っていればそれでいいと思っている。深く突っ込んだ質問をされると、答えられなくて困る。



 鍵を開けて中に入る。居抜き物件だったようで、什器がそのまま放置されている。埃を被ってボロボロだが、そのまま使えそうでもある。

 しかし、これは無条件で改装すると決めている。壁や什器が汚いと、店のイメージが悪くなる。それに、売上が落ちる。


 広さは一般的なコンビニよりも少し広いくらい。今の店の倍以上ある。品数を増やす必要があるな……。


「在庫を渡したのは失敗だったのではないか?」


 ウォルターが困った顔で呟いた。予想以上の広さに戸惑ったようだ。


「売れない物を並べても仕方がないでしょう。需要に合った商品を揃えないと、意味がありません」


「それもそうだが、すぐには揃わないぞ」


 注文を出してから、約1カ月。この街の標準的な納期だ。商品が届くまでの間、スカスカのまま店を開けるか、休業するか。改装でもそれなりに時間が掛かるので、休業してもいいと思う。


「多少無理をしても揃えるんですよ。オープンはいつにします?」


 現金の余裕はかなりあるので、半年くらい待たされても問題ない。早いに越したことはないが、万全な状態を待つこともできる


「できれば、来月。遅くても、再来月の上旬にはオープンしたい」


「少し急ぎすぎじゃないですか? もっと時間を掛けた方がいいと思いますが」


「そうもいかんよ。せっかく調子が良いのだ。休んではおれん」


 今の店の引き渡し期限は、来月末。まだ余裕がある。しかしウォルターは、期限内に店を休むこと無くオープンさせるつもりらしい。

 そのやる気は感心するが、ずいぶん難しい注文だな。改装業者にも無理をさせることになりそうだ。


「ウォルターさんがそう言うなら従いますが、業者さんとの交渉はお願いしますね」


 面倒なことになりそうなので、ウォルターに丸投げする。まあ、早めの移転は俺にとっても都合がいい。頑張って無理な注文を押し通してほしい。



 改めて店内を見る。以前は服屋だったらしく、主な什器はハンガーラックだ。全て撤去だな。


「商品が足りないなら、服を仕入れませんか?」


 ルーシアは、ハンガーラックを見て思い立ったように発言した。もちろん却下だ。


「ここは元々服屋だったようですが、何故閉店したかはご存知ですか?」


「え? そんなことは知りませんけど……」


「上手くいかなかったということは、何か原因があるはずです。店主の問題ならそれでいいのですが、立地や客層に問題があったとも考えられます。

 原因が分からないうちは、同じ商売は避けた方がいいですよ?」


 売れる見込みがあるなら反対しない。たぶん、おそらく、いや、十中八九売れない。売れるとしたら、男性向けの普段着か作業着だ。

 ルーシアが思っているようなフリフリの服は、まず売れない。客が来ない。客層も違いすぎる。


「そうですか……」


 ルーシアは、悲しそうに俯いた。ちょっと拙いかな。


「売る方法が思い付いたら言ってください。それが良い案なら、仕入れてみましょう」


 今にも泣きそうな顔をしているルーシアを慰めるため、適当に望みを持たせた。


「はいっ! 頑張って考えます!」


 ルーシアは、力強い眼差しで答えた。

 たぶん、この立地では売る方法など見つからない。いろいろな偶然が重ならない限り無理だ。そう言って諦めさせるのは簡単なのだが、ルーシアのモチベーションが下がるのは良くない。やる気を取り戻したようで良かった。



 奥へと続く扉を開いて中に進むと、6畳くらいの部屋になっていた。おそらく事務所だな。小さな棚と大きな机が陣取っていて、来客用のスペースも少しだけある。


 倉庫も確認した。天井まで届く大きな棚が壁一面を覆っている。やはり無駄に広く、店舗の半分のサイズで2部屋ある。合計で店舗と同じサイズだ。わざわざ分けてあるのは、建物の強度を保つためだろう。


 今の店もそうなのだが、構造に問題がある。店舗から事務所を通り抜け、倉庫や住居に行く構造になっている。事務所のセキュリティが甘い。直した方がいいな。

 廊下を作って各部屋に行けるようにした方がいい。応接室も必要だ。倉庫も、店舗から直接行けないと効率が悪い。1階の内装は作り直しだな。



 1階にはダイニングキッチンがあり、そこに2階へ上がる階段があった。2階が住居になっていて、大小合わせて7部屋ある。かなり広い。俺もこのうちの1部屋を使うことになりそうだ。

 2階はあちこちに雨漏りの痕跡が残っていた。屋根の修理も必要になるらしい。



 内見はこれで終わり。思った以上に改装費が嵩みそうだということが分かった。役人がケチだったせいで、半分以上自腹を切ることになる。まあ、これについては文句を言っても仕方がない。

 移転は良いきっかけになったと思う。不良在庫や落書きのような帳簿、問題しか無い店舗レイアウト。これらの悪い部分が一掃できる。今後は俺のやりたいようにやらせてもらおう。

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