詐欺師と金貸しと暴力
事務所に入ってきた二人組の闇金らしき連中を、慎重に観察する。悪意の有無を探るため、そして追い返す材料を探すためだ。
見た目と態度が悪いだけで、実は真面目な金貸しかもしれない。まぁ、その可能性は限りなく低いけどな。
「さあ、後は店主殿がサインをするだけだ。我々も暇じゃないんだ。早くしてくれ」
「いや、少し待ってくれ。今回は額が大きいから、先に使い道を考えたい」
金貸しとウォルターのやり取りを静観する。俺はまだ口出しをしない。
「この額を貸せるのは今だけだぞ。店が潰れても良いのか? 他にも貸して欲しいと言う人間が居るんだ。今日返事をしろ」
結論を急がせる、危機感を煽る、他人を引き合いに出す。押し売りの大三元だな。
話の内容を聞く限り、どうやら以前から付き合いのある金貸しらしい。連中の態度から、客の事など見ていないのは一目瞭然だ。
奴らの狙いが読めてきた。昔から使われている地上げの手法だ。
「初めは少額を貸して信用を積み上げ、油断した所で条件を変えて大金を貸す。返しきれなくなったら、土地を取り上げて終了です。使い古された手法ですね」
敢えて大きな声で言うと、一人の男が俺に詰め寄ってきた。俺の胸ぐらを両手で掴み、激しく恫喝する。
「てめぇ、余計な事を言うんじゃねぇ! 殺すぞ!」
そこそこの迫力だ。
でもさぁ……こんな事は日本でさんざん受けてきたんだよ。暴力の専門家に一年も追われていたんだ。いまさら素人の恫喝に怯えるわけないだろ。
俺を追っていたプロの恐い人なら、恫喝する前に一発殴る。素人を黙らせるならそれが一番早い。それに、プロが言う「殺すぞ」はもっと重い。たとえ冗談だったとしても、本気を感じる言い方をする。
「図星ですか……。狙いはここの土地ですかね。今回の借り入れはキャンセルします。お引取りください」
胸ぐらを掴んでいた両手を力尽くで外し、襟を正しながら言った。
「ふざけんなよ!」
二人の金貸しが俺に殴りかかってきた。何発か貰ってしまったが、暴力の専門家の一撃とは比ぶべくもなく弱い。軽く撫でられているようだ。
痛くもない拳を顔面で受けながら、連中から滲み出る雑魚感にうんざりする。
詐欺がバレそうになった時は腰を低くして丁寧に立ち去る、それが詐欺師として正しい姿勢だ。これは金貸しでも詐欺師でも同じ。バレそうになったからと言って暴力行為に出たら、あからさまに詐欺師だろう。通報されて一発アウトだぞ。
「先に殴っちゃダメでしょう。金貸しなんだから」
横目でウォルターを確認したが、目を白黒させてオロオロするばかり。まるで頼りにならない。
こんな雑魚に殴られっぱなしなのは嫌だな。机の上に置いてあった陶器の器を手に取り、顎先めがけて振り抜いた。『ゴッ』と音を立てて一人目の顎先にヒット。振り上げる勢いで二人目へ。少し狙いが外れ、頬と顎の間に当たった。
二人は脳を揺らされて、床に膝をついた。上手く脳震盪を起こしてくれたらしい。
「帰っていただけませんかね?」
倒れた二人を見下ろしながら陶器を振り上げると、フラフラになりながら立ち上がった。目の焦点は合っていない。
「くそっ……覚えていやがれっ!」
二人の金貸しはそう言って、生まれたての牛のように足を縺れさせて出ていった。
しかし、安っぽい捨て台詞だなあ。
「ひとまずは追い返しました」
誰も大きな怪我をしていない。割と平和的に解決できたと思う。
「ずいぶん慣れているようだが……何か心得があるのか?」
ウォルターは、ビクついた様子で聞く。
俺に武道の心得なんかは無い。暴力の専門家の人達から何度か殴られた経験があるだけだ。『逃げる、捕まる、殴られる』このセットを何度も経験した。我ながらよく生きていたものだ。
「専門家の方に何度か相手をしてもらっただけですよ。
撃退法は見よう見まねです。専門家の方を参考にしました」
俺も同じパターンで殴られた事があるからね。その時は、サスペンスドラマで凶器に選ばれそうなガラスの灰皿だった。
「そうなのか? 私が口を挟む余裕すら無かったではないか。余計な事を……金が借りられなかったぞ」
ん? 俺が余計な事をしたとでも言いたげだな。
「確かに僕が口を出さなければ、目先の金は手に入りましたね。でも、連中の狙いは担保を毟り取る事でした。もし金を借りていたら、どうなっていたでしょうね?」
少しイラッとしたので、少し嫌味っぽい言い方をした。
「……ぐっ……それもそうだな……」
俺の一言に、ウォルターは苦々しく口元を歪めながら不承不承に同調した。その様子から、まだ俺の事を完全に信用したわけでは無いと伺える。
いや、今の俺の行動で警戒されたのかな。人間としてはそれが正しい。初対面の人間に真剣な相談を持ちかける方がおかしいんだ。この人はもう少し人を疑う事を学んだ方がいい。
僅かな沈黙の時間が流れ、ウォルターが話を始める。
「それよりも、今は現金だ。このままでは仕入れもままならない。来月までに、出来れば三十万クランは欲しい」
仕入れが出来ないほど逼迫していたの? 借金をあてにして、いろいろ使ったらしいな。この人、商売人としてはかなりヤバイだろ。
ただ、ちょっと分からない事があった。先に聞いておこう。
「すみませんが、先に暦と通貨について教えてもらえませんか?」
「ふむ……それを知らんと話にならんな」
ウォルターは少し面倒そうな表情を浮かべたが、丁寧に教えてくれた。
この国の一年は、366日で計算しているらしい。秋と冬の6カ月間は30日で、春と夏の6カ月間は31日だそうだ。これをさらに6日で区切り、1週間としている。春と夏の31日目は特別な日とされていて、1週間に含まれない。
暦が十二進数なのは、割り切れる数字が多いから。算用数字は十進数になっている。両手の指の本数が十本だからだ。
通貨は金貨本位制で、通貨単位はクラン。一クランは銅貨一枚だ。銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨とあり、次に基準となる金貨がある。その上には大金貨もあるらしい。それぞれの価値は十倍で増えていく。
金貨の価値を基準にして、銅貨と銀貨の純度と大きさが定められている。
成人一人が一カ月生活するために必要な金額は、多くても金貨十枚。最低金貨三枚あればどうにかなるらしい。当面の俺の目標は、毎月金貨十枚、十万クランの稼ぎだな。
「参考になりました。ありがとうございます。
良かったら他にも教えて欲しい事があるんですが……」
まだ知りたい事はいくらでもある。とにかく今は情報が欲しい。
「そんな事より、今は現金だ。また金貸しを探さねばならん……」
俺のお願いは軽くスルーされた。
そんなに金が無いのか……。金を借りる事しか頭にないから、たちの悪い金貸しに付け込まれるんだよ。他の対処法を考えないと拙い。
「一つ聞きたいんですが、商品の在庫は無いんですか?」
「あるよ。山程な。しかし、売れないから仕方がない。売れる物を仕入れないと無理だ」
在庫あるんかい。あるんなら売れよ。売ろうと思えばゴミでも売れるんだよ。売り方次第でな。まぁ、それをやったら詐欺なんだけど。
詐欺は俺の得意分野だが、今の所は詐欺を働くつもりは無い。ここでも追われる身になったら、それこそ行き場が無くなってしまう。
「借金をする前に、それを売る方法を考えましょうか。物は何ですか?」
「……売ろうと思って売れるような物は無いぞ。
今一番多い在庫は、剣だ。無名な鍛冶師だが腕は良い。百本ほど仕入れた」
剣って、武器の剣か? 飛ぶように売れる物じゃないよな。そんな物を百本も……。どうやって売る気だったんだよ。明らかに過剰在庫だろうが。いや、専門店なら望みがある。
「この店は武器屋なんですか?」
「いや、雑貨屋だ。何でも扱っている」
ウォルターは、堂々と言った。
雑貨屋で武器って……そりゃ無いだろ。売れる気がしないぞ。
ダメな店の典型になっているな。何でも扱うのは、店として良い事ではない。商品は絞らないと儲からない。これは、詐欺でも商売でも共通して言える事だ。
「とりあえず在庫を見せてもらえます?」
「いいだろう。こっちだ」
薄暗くて埃っぽい部屋に案内された。八畳ほどの部屋には、ぎっしりと物が詰め込まれている。その殆どが用途不明な怪しい物体だ。
軽く説明を受けながら確認したが、置物や美術品の類は扱っていないようだ。依然として用途は謎だが、どれも実用品らしい。食器のような日用品も多い。少し望みが出てきた。価値が分からない美術品は、詐欺以外の売り方を知らないんだ。
倉庫の中を一通り見せてもらったが、需要と相場が分からないから動きようが無い。
せめて他の店や街の様子が見られれば、いい案が出そうなんだけど。しばらくは情報収集に専念するべきだろう。
「ここで話をしていても埒が明きませんね……。
僕はこの国の事を何も知りません。この辺りを散策してきてもいいですか?」
「そうだな。街の様子を見てくると良い」
在庫の状況は分かったので、街でそれを売り捌くための調査をする事にした。ウォルターに退出を告げ、店舗につながる扉に向かう。
扉の取手に手を掛けた所で、ふと一つの疑問が湧いてきた。
――俺はこんなに真面目に働く必要、あるのかな……。
もっと適当にやってもいいような気がする。まぁ、乗りかかった船だ。しばらく真剣に頑張ってみよう。