地上げ
すぐに交渉開始、とはいかないだろう。まずはウォルターを宥める必要がある。それに、サニアとルーシアを無視するのも良くない。
「一度全員で話し合います。少しお時間をいただいてもいいですか?」
「いえ、今日中にお返事をいただかなくてはなりません。それに、今決めていただければ、そちらに有利な条件を付けられますよ」
おっさんは、まるで他人事のように言う。雑なやり口だが、これは詐欺師の手法だ。即決することにメリットがあるような言い方をして、返事を急がせる。よくある手法だ。
俺を相手に詐欺師の手法を使うとは……。喧嘩を売っていると判断してもいいのかな。
「でしたら、ここでしばらくお待ち下さい。新しいお茶を準備します」
「おいっ! 話をする必要など無い! すぐに追い返せっ!」
ウォルターは、興奮して机に拳を叩きつけた。
しかし、いつかの金貸しのように、ぶん殴って追い返すような真似はできない。
「まずは冷静になって下さい。少し食堂で話をしましょう。結論を出すのはそれからです」
国の立ち退き命令に逆らうのはリスクが大きい。拒否を続けた後に何をされるか分かったものではないからな。まずはこの国の常識を知っておく必要がある。
「そういうことでしたら、移転先の資料をお渡しします。早期のご決断をお待ちしていますよ」
おっさんは俺たちを急かすように言うと、カバンから数枚の紙を取り出した。ウォルターが受け取ろうとしたところに割り込み、俺が受け取る。
全員が食堂に集まるまでの間、受け取った資料に目を通した。
資料に書かれた物件は、全部で3件。うち2件はどこか分からなかったが、残りの1件は訓練場のすぐ近くだった。一見すると、街外れなので立地は悪い。しかし、ウォルターの店にとっては悪くない。
この場所なら、主な客層は剣闘士と狩人になるだろう。今の主力ターゲットと同じだ。悪くない。それどころか、剣闘士と狩人の需要を独占できるかもしれない。大チャンスだ。
食堂に全員が集まったところで、テーブルを囲んで話を始めた。
「今、国の役人の方から立ち退きの打診が来ています。そこで、皆さんの意志を統一したいと思います」
意志を統一すると言ったが、正しくは「俺の意志に従ってくれ」だ。
ウォルター一家は複雑な思いがあるだろうが、俺にはこの家に思い入れが無い。立ち退けと言われても、別に何とも感じない。それに、新しく提示された場所も悪くない。
こちらに有利になるように立ち回り、最大の利益を得たいと思っている。
「話すことなど無い! 立ち退きは拒否だ!」
「ウォルターさんの意志はこうなのですが、サニアさんとルーシアさんは如何ですか?」
「突然そんな事を言われても……困ります」
「私も反対ですね。せっかく新規のお客さんが定着してきたのに、移転するのは無理よ」
ルーシアとサニアが口を揃えた。これが多数決であれば、拒否で決定になるだろう。
「ですよね。僕もそう思います。しかし、相手は国なんです。それも、どんな無理でも通そうとしているようです。
このまま拒否を続けた場合、どんな手段に出るか分かりません。心当たりがある方はいませんか?」
日本では少ないが、外国では立ち退き拒否でエライことになった人がたくさんいる。道の真ん中に自宅が残されたり、ビルに囲まれたり。高速道路の中に閉じ込められた家も見たことがある。
「……言いにくいですが、突然家が破壊されたという話を聞いたことがあります。外出しているスキに、更地になっていたそうです」
ルーシアが気の毒そうに言った。
外出して帰ったら、家がなくなっていたのか。なかなか酷いな。まったく慈悲を感じられない。
「今回もそうなる可能性が高いと思ってください。彼らは少し焦っているようでした。実力行使に出るのは、結構早いと思います」
軽く危機感を煽っておく。不承不承でもなんでもいいから、とりあえず移転を承諾してほしい。
「……本当にそうなると思うか?」
ウォルターは、苦虫を噛み潰したような顔で言う。
「なるでしょうね。家が破壊されないとしても、それに近い状態にはなると思います」
「明け渡すしかないか……」
ウォルターが力無く呟くと、サニアとルーシアも神妙な面持ちで静かに頷いた。諦めが付いたようだ。
今回の立ち退きはかなり強引だった。自然災害に近い、避けられないことだ。少なくとも俺はそう思っている。
「交渉は全て僕に一任してください。悪いようにはしません。
提示された場所に移転するとして、費用はいくらくらい掛かりそうですか?」
「そうだな……。店舗改装と運送料、広告宣伝費を入れて、100万クランは掛かるだろう」
結構掛かるな。今なら余裕で払えるだけの現金はあるのだが、それとこれとは話が別。キッチリと国に支払ってもらう。
話はどうにかまとまった。ウォルターと共に、事務所に戻る。
「お待たせして申し訳ありません。それでは、お話を始めましょう。
ただ立ち退けと言われても、こちらにも商売があります。立ち退きの保障として、移転に掛かる費用は全額出していただけますよね?」
「それはもちろんです。今日お返事していただければ、できる限りの補償をさせていただきます」
あくまでも返事を急がせる気か。しかも、金額を明示していない。これは危ないぞ。後からゴネるかもしれない。
「わかりました。それでは、今日のお話の内容は全て書面に残します。後から払えないと言わないでくださいね」
紙とペンを取り出すと、おっさんが顔を曇らせた。やはり踏み倒すつもりだったようだ。絶対に許さない。
「ご安心ください。我々も十分な予算を準備しております。
但し、全額のお支払いは承諾できかねます。その点だけはご了承ください」
どこまで払うかを明言しないあたり、全く信用できないな。しっかりと言質を取っておこう。
「困りましたね。全ての費用を試算した結果、最低でも200万クランは必要のようです」
ウォルターの見積もりの倍。ウォルターはぎょっとして俺を見たが、変な表情は控えてほしい。
「なっ! いくらなんでも取り過ぎでしょう。立ち退きはこの店だけではないのですよ? 予算が無くなってしまいます」
ケチすぎる……。既に上限を超えていたらしい。日本だったら収用の補償で億の金が動くぞ。
俺が次の責め方を考えていると、ウォルターが小声で口を挟んだ。
「ツカサよ……。それは要求しすぎだ。住居の改装費も含まれていないか? 店舗の改修費だけに抑えろ」
「住居? 住居の改装費はそちらで負担してください。店とは関係ありませんよね?」
マジでケチだな。住居ごと移転するのだから、それくらいは払ってほしい。しかし、それはこの国の常識ではないようだ。少し譲歩するか……。
「それでは、住居の改装費を抜いた150万クランでいかがです? これ以上は譲れませんよ?」
「いえ、まだ高いです。100万クラン。これが我々にできる精一杯です」
物凄く安いが、本当の上限が出た。これ以上の交渉は心証を悪くするだけだ。この辺りで折れたフリをしよう。
「それだと少し足りないですね……。こちらでも費用を減らす努力をしましょう。ウォルターさん、商品が今の半分だったら、運送費はいくら減りますか?」
「10万クラン、いや、20万クラン近く減らせるかもしれん」
「それでも少し足りませんが、仕方がないですね……。
僕から提案があります。聞いてください」
おっさんの目を見て、真剣な表情を作る。
「なんでしょうか?」
「双方にメリットがある案です。そちらは商品を掻き集めている最中ですよね?」
「お恥ずかしながら、そのとおりです。新規の店ですので、少し手こずっております」
よし。狙い通り。あまりに急な話だったので、市場調査や仕入先の確保がまだ終わっていないと踏んでいた。
「仕入れには信用が必要ですからね。大変でしょう。
この店は何代も続く老舗ですので、良質の商品を多数揃えております。引っ越しの費用を削減するため、この店の在庫を引き取りませんか?」
これが俺の嫌がらせ。超絶不良在庫を根こそぎ引き取ってもらう。ババ抜きのババを引かせるようなものだ。
しかも、嘘ではない。質は悪くない。ラインナップが悪いんだ。需要がないから、街の仕組みが変わらない限り売れることはない。
「それは助かりますが……どんな商品ですか?」
「先程、店舗を通って事務所にいらっしゃいましたよね? 商品は見ての通りですよ。うちは雑貨店ですから、生活雑貨です」
塩漬け確定の不良在庫たちも、一応店舗に並べてある。嘘はついていないんだよなあ。本当のことを言っていないだけで。
「なるほど。悪くないですね。
でも、本当に良いのですか? 移転後に困りませんか? 後から渡せないと言われても困りますよ?」
上手くいった。普通の売買交渉ではダメなんだ。確実に不良在庫を疑われる。こちらが譲歩して、しぶしぶ売るという構図が必要だった。品目を見られたとしても、この街の需要を把握していない今なら、まだ気付かれない。
「ご安心ください。引っ越しの際に店に残していきますよ」
ウォルターをチラリと見ると、すっごく微妙な顔をしている。俺の狙いを理解して、罪悪感を抱いているらしい。だが、悪いことをしたのは向こうだ。俺はやり返したに過ぎない。
大急ぎで売買契約書を書き、承諾のサインをさせた。今回売り飛ばした商品は、500万クランの不良在庫を含む約800万クラン分の商品だ。しっかりと利益を乗せ、1000万クランで契約した。
収用の保障と合わせて約1100万クランの収入になる。不良在庫も一掃できて、一石二鳥だ。いや、嫌がらせにもなるから、一石三鳥だな。
大量の不良在庫を抱えて新規オープン。もし経営シミュレーションゲームだったら、超ハードモードだ。せいぜい頑張ってほしい。





