表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/219

倉庫番

 今日はサニアの倉庫整理を手伝う日だ。在庫の状況を知るために、重要な事だと思っている。

 ウォルターを見送った後、倉庫に向かう前にサニアの話を聞く。日常的に倉庫の管理をするのはサニアなので、状況を確認する必要がある。


「サニアさんは、普段どんな仕事をしているんです?」


 サニアは、食事の準備や掃除、洗濯等の家事もこなしている。仕事の配分は少なくなっているはずだ。


「入荷した商品を倉庫に仕舞うのと、足りなくなった商品の注文ね。合間に倉庫整理もしていますけど、あまり時間が取れないのよ」


 サニアはそう言うが、倉庫内は割と片付いている。おそらく、1日中働いているのだろう。その苦労が窺える。


「大変そうですね……。仕入れはどのように行うんですか?」


 この国には電話がないので、おそらく直接職人に会って注文しているはずだ。


「普段はお買い物のついでに寄っているのよ。職人さんの所の見習いくんが御用聞きに来る事もあるわ」


「なるほど。僕にも出来そうですね。もし良かったら、お手伝いしますよ?」


「あら、ありがとう。じゃあ、私が忙しい時はお願いするわね」


 表向きには『お手伝い』だが、実際は『乗っ取り準備』である。職人との顔つなぎだ。職人や見習いに顔を覚えられれば、俺にも仕入れ交渉が出来るようになる。


「ところで、どこから仕入れているんです?」


 職人の工房がどこにあるか分からないので、聞いてみた。


 サニアの話では、職人地区のおおまかな位置は、訓練場の逆側の町外れだそうだ。


 この店で扱っている商品の殆どは、この街に住む職人から仕入れている。あまり有名ではない若手の職人が多いらしい。中には他所の街の商品もあるが、それらもこの街にある仲卸業者から仕入れている。中間業者は利益を減らす。できれば直接仕入れたい。


「仲卸を通さない方法は無いんですか?」


「うちみたいな小さなお店じゃ無理よ。荷馬車も無いし、護衛のつても無いわ」


 馬車……。なんとなく予想していたが、やはり自動車は無いのか。これでは仕入れも大変そうだ。まさか、商品は担いで持ってくるのか?


「注文した商品は、どうやって運ぶんです?」


「配達専門の業者さんが居るわ。注文した時に、その人にも予約しておくの。この街の職人さんからだったら、1カ月くらいで届くわよ」


「1カ月っ! そんなに掛かるんですか?」


「え? かなり早い方だと思うわよ? 違う街からだと、半年くらい待つこともあるんだから」


 流通がボロボロだ。日本と同じようには考えられない。


 さらに詳しい話を聞いた所、職人も多少の在庫を抱えているが、基本的に受注生産の形を取っているという。そのため、納品には約2カ月掛かる事もあるそうだ。これでは倉庫も大きくせざるを得ない。余分に発注しないと、すぐに欠品してしまう。


「在庫管理の難易度が高いですね……。ここまでとは思っていませんでした。サニアさんには苦労を掛けますが、よろしくお願いします」


「いいのよ。倉庫が片付けば、私の仕事は減るから」


 サニアは、笑顔で答えた。予想しているよりも大変だと思うが、頑張ってもらうしかないな。


 在庫の圧縮は、流通が発達しているからこそ成り立つ手法だ。現状の流通でも不可能ではないが、かなり難しい。2カ月先の売上を予想する必要がある。

 益々帳簿が重要になってくる。経理担当の誰かが欲しい。もう少し売上が伸びたら、ウォルターを唆して1人雇ってもらおう。



 作業前の雑談を終え、サニアとルーシアと俺の3人で倉庫の整理を始める。

 改めて倉庫の中を見て回った。店舗と同じくらいの広さがある。大型の家具を扱うなら良いが、小物を扱う店にしては広すぎる。


 以前見た時よりも在庫が増えている気がするのだが、以前の発注分が届いているのだろう。


「では、作業を始めましょうか」


 ついでに棚卸もやってしまう。倉庫内の在庫数を数えるだけなので、1日で終わるはずだ。


「在庫を減らすと売上が伸びるんですよね……。理由を伺っても良いですか?」


 ルーシアは、商品を数えながら不思議そうに言った。まだちゃんと説明していないので、在庫管理の意味がよく分かっていないようだ。


 この国では、大きな倉庫に大量の商品を抱える店が良い店だと勘違いされている。在庫を持つ事をステータスだと考えているらしい。ウォルターはさほど拘っていなかったので、その点は助かっている。


「売上も多少は変わりますが、大きく変わるのは純利益ですよ。ではまず、売上が伸びる理由から説明します。

 大雑把に言うと、よく売れる商品のために倉庫の場所を確保出来るからです。売れない物で倉庫が圧迫されると、重要な在庫が入り切らない可能性がありますので」


「なるほど……。普通は倉庫を拡大しますが、そうはなさらないのですね」


 欠品のリスクは理解しているらしい。むしろ、その考えが強すぎるのだろう。在庫切れを過剰に恐れるあまり、倉庫の肥大化を招いているようだ。


「大きな倉庫は無駄にしかならないんです。先程の話で倉庫が大きくなる理由は分かりました。しかし、在庫は減らす方向で考えなければなりません。倉庫の容量は店舗の半分以下が理想です」


 流通の仕組みが良くないので、多少大きくなるのは仕方がない。とは言え、大きすぎる倉庫はやはり無駄だ。


「でも、大きな商品を仕入れたらどうするんです? 例えば、テーブルとか……」


 ルーシアは、真剣な表情で俺に顔を近付けた。

 雑貨店でテーブルを仕入れるような事は無いと思うが、万が一もあり得るか。


「そうですね……。『倉庫に入らない商品は仕入れない』というのが正解なんですが、どうしようもない場合は倉庫を拡大します」


「そうなると、今の話は当てはまらないですよね?」


 珍しく食い下がるな。在庫数に関しては、ウォルターよりもルーシアの方が拘っているようだ。


「単純な広さと言うより、金額で考えた方が良いかもしれません。店舗に出ている総額の、半額以下にするんです」


 この店は帳簿が落書きなので、棚卸資産がいくらなのか全く分からない。他所の店も似たようなものだろう。在庫を抱えるリスクが見えていないんだ。在庫を金額に直したら、その額の多さに驚くはずだ。


「金額ですか……。なるほど。

 では、利益が増えると言うのはどういう意味なのでしょうか。関係があるとは思えないのですが……」


 ルーシアはまだ腑に落ちない様子で、眉間にシワを寄せている。利益についても勘違いしているようだ。


「粗利益は変わりませんよ。変わるのは純利益です」


「え……と、何が違うのでしょうか……」


 ええ? そこから説明するの? 面倒なんだけど……。


「例えば、100クランで仕入れた物を200クランで売ったとすれば、利益は100クランですよね?」


「そうですね……」


「それが粗利益です。でも、商品を売るためには他にもお金が掛かっています。人件費や店舗の管理費、紙やインクのような消耗品等ですね。それらを全て引いた利益が、純利益になります」


「……そんな細かい事まで計算するのですか?」


「するんです。ウォルターさんもやっていると思いますよ」


 ポンコツでお馴染みのウォルターでも、さすがにやっていると思う。やってるよね? ちょっと怖いんだけど……。後で帳簿を確認しておこう。


 個人店の入出金がいい加減なのは、日本でもよくある事だ。特に生活費の扱いが雑で、店の財布と個人の財布が混同される。

 他にも、資産計上するべき買い物が経費にされていたり、借金の返済が経費にされていたり、突っ込みだしたらキリが無い。不正確な帳簿では費用が正しく把握できず、純利益が分からなくなってしまう。


――考えていたら不安になってきたぞ……。


 法律が厳しい日本でもいい加減なんだ。あのウォルターがキレイにやっているはずが無い。売上を伸ばすには正しい帳簿が必要だ。後で帳簿を書き直そう。


「あの……どうされました?」


 ルーシアが不安げに顔を曇らせている。


「あ、すみません。考え事をしていました。利益でしたね。

 倉庫を縮小するのは、経費削減の意味が大きいです。在庫管理に掛かっていた費用を減らせば、その分多くのお金を残せますから」


「私は倉庫に掛かる費用をケチるな、と教わりました。とても強く言われたので、印象に残っています。その教えが間違っていると言うことですか?」


 ルーシアは、弱々しい声で言った。修業した店が良くなかった。良くも悪くも素直だから、言われたことを忠実に守ろうとする。俺の手でしっかりと洗脳(きょういく)しておく必要があるな。


「間違いですね。今すぐ捨てて下さい。倉庫の広さは場合によります。この店の商品から考えると、倉庫は小さい方がいいですよ」


「……私の2年間の修業は無駄だったのでしょうか。教わった事と、違いすぎます……」


 ルーシアは、目に涙を浮かべて寂しそうに呟いた。ちょっと強く言い過ぎたかな。ルーシアにへそを曲げられては困るんだ。適当にフォローしておこう。


「無駄ではありませんよ。色々な方法を知ることができたんです。良い経験になっているでしょう」


「そうですかね……?」


「はい。ルーシアさんのお話も、参考になりますよ。助かっています」


「ありがとうございます」


 ルーシアに笑顔が戻ると、サニアがパンパンと手を叩きながら近付いてきた。


「はいはい! いつまで喋ってるのっ! 早くしないと日が暮れるわよ!」


 その言葉に促され、作業を再開する。



 今日は倉庫整理だけで1日が終わった。まあ、有意義だったのではないだろうか。このままジワジワとウォルターの仕事を奪う予定だ。

 行く行くは『相談役』のような適当な名前を付けて、何の仕事も無い役職に追いやる。寝ているだけの簡単なお仕事だ。嫌とは言わないだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ