街ブラ
食堂を出たが、次の行き先を決めていない。そもそもこの街に何があるのかも把握出来ていないので、適当に歩くつもりだった。
「それでは、次はどこに行きましょうか」
「行き先が決まっていないようでしたら、行きたい所があります」
特に行きたい場所も無いので、ルーシアの提案に乗っかる事にした。商店街に向かって歩き出す。
ウォルターの店がある通りとは違う商店街だ。人通りは同じくらいだが、この商店街の方が若者が多いように思う。服や靴、装飾品の店が軒を連ねている。
ルーシアの案内で連れてこられたのは、服屋だった。小さな店内に、所狭しと服が並んでいる。
女性向けの服が8割で、残りが子ども服と紳士服。この店に並んでいる服は、総じて派手だ。かなり派手。
ルーシアが熱心に眺めている服は、腰回りは不自然なほど締まっていて、ロングスカートの裾は富士山の裾野のように広がっている。さらに、大量のレースとフリルが縫い付けられ、布で作られた花やリボンがあしらわれている。
ロリータだな。と言うか、ロココだ。どこぞの宮廷のパーティで見かけるような、過剰なほどの装飾が施されたドレス。
「こんな服、どこで着るんです?」
素直な疑問。誰が何処で、何のために着るの?
「パーティです。商人の集まりは、見栄の張り合いですから」
ルーシアは、服から目を離す事なく答えた。商人のハッタリのためのツールになっているらしい。邪魔をするのも悪いので、俺も服を見て回る。
服もその国の物価を知る1つの目安になる。分かるのは景気の善し悪しだ。
好景気な時は、派手で無駄が多いデザインの服が好まれる。色使いやデザインが奇抜になりがちだ。単価が高いハイブランドがもてはやされる。
逆に景気が悪い時は、落ち着いた色のシンプルなデザインが好まれる傾向にある。単価も安く、量産出来る物が流行りやすい。
もちろん個人の好みやその国の文化もあるので一概には言えないが、判断基準の1つになる。
おそらく、この国は景気が良いのだろう。過剰に装飾されていて無駄に高い服が、主力商品になっている。
ただし、悪い兆候でもある。極端に派手な服が流行った後は、とんでもない不況が待っている事が多い。今無駄遣いをすると絶対に後悔する。
一通り見て回った後、ルーシアの近くに戻る。すると、ルーシアは服に括り付けられた値札を見て「うーん」と唸っていた。その値札を盗み見ると、35000クランの値が付けられている。相当高い。
一般的な飲食店の1食が200クラン、日本なら約1000円だ。そこから計算すると、日本円で17万円前後だろうか。滅茶苦茶高い。
「なかなか良い値段ですね……」
個人の問題なので「買うな」とは言えない。でも、服は所詮消耗品だ。身の丈に合わない服は不要だと思う。
「そうですね。ですから、今は見るだけですよ」
買う予定は無いらしい。ひとまず安心だ。服なんて、サクッと買える金額の物を選べばいい。高い服が着たいなら、高い服をサクッと買えるほどの金を稼ぐだけだ。
「目標は大事です。こんな服が悩まずに買えるくらい稼ぎましょう」
「はいっ! いずれは、こんな服を揃えたお店をやりたいです」
おお……服屋をやりたいと言うのか。ウォルターの店で服を売るのは、かなり無理があるぞ。止めた方がいいな。
「服屋ですか。服は生物ですからねぇ。なかなか大変そうです」
「え? 服は腐りませんよ?」
「比喩表現ですが、ある意味腐りますよ。季節と流行があります。旬を過ぎた服は定価では売れません。値下げをして強引に売らないと、すぐに倉庫がパンクします。値下げの結果、仕入れ値を割り込んでしまう事もよくありますよ」
「なるほど……。でも、この店が値下げをしている所なんて、見た事がありませんけど……」
どうやらブランドイメージで売っている店のようだ。クソほどド派手な服が定番化しているのかもしれない。いずれにせよ、ウォルターの店で扱うべき商品ではないと思う。リスクが高すぎる。
「この店は上手く回しているんですね。よく見て勉強させていただきましょう」
「はい!」
ルーシアは元気に答えると、視線を服に戻した。まだ時間がかかりそうだな。嫁の買い物に付き合わされる旦那の気分とは、こういう物なのだろう。退屈だ。
しばらく待っていると、俺の退屈そうな様子に気付いたルーシアが、申し訳なさそうに店を出る決断をした。その後も日が傾くまで街を歩き続ける。
靴屋や装飾品店を覗いたりもしたが、特に気になる物は無かった。強いて言うなら、派手で高価な物が多いと感じたくらいだ。
今日歩いた商店街には至る所に食べ物の屋台が待ち構えていて、つまみ食いには困らない。団子のような物やクレープのような物、サンドイッチのような物もあり、食の誘惑が半端じゃない。
しかも、それぞれが安い。5クランから食べられ、高くても100クラン程度だ。昼食べないで夕食も少なめというこの国の文化は、こういう所から来ているらしい。
「それでは、夕食を食べて帰りましょうか」
ルーシアはそう提案するが、正直腹いっぱいだ。屋台で食べ過ぎた。ルーシアも同じだけ食べていたような気がするのだが、まだ食べる気なのだろうか。
「夕食は軽く済ませたいですね……。何だったら、お茶だけでもいいくらいです」
「え? ちゃんと食べないと、朝まで持ちませんよ?」
食えるらしい。見た目によらず大食いだな……。よく太らないものだ。
俺の要望は通らず、普通に食べる事になった。適当な店を探し、中に入った。こじんまりとしたカフェのような店だ。今朝の店ほどではないが、店内は若干散らかっている。そして、やはりテーブルが無駄に大きい。
「では、何を食べます?」
ルーシアはそう言って、壁に掛けられたコースメニューに目を向けた。ガッツリ食べる気だ。
「僕はお腹が空いていないので、軽く済ませます。ルーシアさんは自由に選んで下さい」
俺は無理をして食べるつもりは無い。この店には米のコースとパンのコースがあるようだが、スープとパンくらいで済ませる。いや、スープだけで十分だ。
俺達の食事が運ばれた頃、店内から聞き慣れた言葉が聞こえた。
「いただきますっ!」
俺達の席の左側、テーブルを1つ挟んだ向こうだ。驚いてそちらを見ると、黒髪の少年が座っていた。
周りには、豪華な服を着た厳ついおっさん達と、2人のキレイな女性が居る。少年は女性に挟まれるように座っていて、まるで接待を受ける重役のようだ。
「どうかなさいました?」
険しい表情を浮かべる俺に、ルーシアが心配そうに呟いた。
「僕を見たまま視線を逸らさないで下さい」
俺が小声で言うと、ルーシアは頬を染めて俺を見つめた。このまま話を続ける。
「おそらくあの少年は迷い人です。だからどうした、という話なのですが、周りが偉そうな人達ですので。
関わると面倒です。早く食べて店を出ましょう」
「えっ?」
ルーシアが少年の方に振り向こうとしたので、咄嗟にルーシアの頬に手を当てて動きを止めた。
「ダメですよ。向こうは見ないで下さい」
「はぃ……」
ルーシアは、顔を真っ赤にして俯いた。
そんな事はどうでもいいから、早く食べ終えてくれ。すぐにでも移動したいんだよ。
日本人と出会う事を想定していなかったわけではない。他の日本人が居るなら、会ってみたいとも思っていた。
しかし、偉そうな奴が近くに居るなら違う。俺の詳しい素性を調べられたり、根掘り葉掘り聞かれたりする可能性があるからだ。
怪しい人物の事を『叩けば埃が出る』なんて言う事があるが、俺はちょっと撫でただけでも埃が出るんだ。今はまだ、偉そうな人とは関わりたくない。生活基盤が整うまでは、大人しくコソコソしておきたい。
スープにゆっくりと口をつけながら、少年達の会話に聞き耳を立てる。
「この街のご飯は悪くないね。それに米がある!
日本の米より不味いけど、我慢すれば食べられるよ」
周りよりもこのクソガキの方が偉そうだ。ナチュラルに上から目線で、少し鬱陶しい。
この街で出される米は、ヨーロッパやインド辺りでよく食べられている長粒種だ。粘りや水分が少なく、香りが強いのが特徴。日本人が慣れ親しんだ米ではない。
だからといって、我慢して食べるような物ではない。日本のご飯とは別の食べ物だと思えば、普通に美味い。
「左様で御座いますか。では、この街に決定なさいますか?」
「まだ決めないよ。どうしてそんなに早く決めさせようとするんだよ。住むのはオレなんだから、ゆっくり決めさせて」
どうやら住む街を決めかねているらしい。ハッキリ言って邪魔だ。どこか別の街にジャポニカ米が有る事を、切実に願う。
「承知致しました」
取り巻きのおっさんが苛立ちに顔を歪めている。気付けよ。空気読めよ。そのおっさん、滅茶苦茶嫌そうだぞ。
おそらく、嫌々付き合わされているんだな。あのクソガキは、どこかの偉い人に拾われたらしい。迷い人という事で特別待遇を受けているのだろう。
――面倒な予感しかしない。こちらに気付かれる前にこの店から去りたい。
そう思ってクソガキに集中していると、いつの間にかルーシアの食事が終わっていた。
「すみません、お待たせしました」
「いえ、こちらこそ、急がせてしまって申し訳ありません。すぐに出ましょう」
食後の余韻に浸ること無く、席を立って店を出た。
今日の調査はこれで終わりだ。大凡の物価と、この国の経済状況を知る事が出来た。最後の店は変な奴が居たせいでゆっくり出来なかったが、悪くない1日だったと思う。





