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最終話 大商会

 コータローとの対談から数日。トリスタンの部下からコータローの処分を聞いた。一般市民として、どこかの工房の見習いになったそうだ。商人として再浮上することは、もう無いだろう。

 しかし、未だ街はまだ混乱したままで、完全に落ち着きを取り戻すまでは、まだしばらく掛かるだろう。そして、レヴァント商会の再建が始まる様子は見られない。次の会頭が決まらないようだ。もしかしたら、このまま空中分解するかもしれない。


 そんな中、店に突然の来訪者があった。トリスタンだ。事前の連絡を受けていない。不意打ちのような来訪だ。


「おはようございます」


 トリスタンは、そう言って丁寧にお辞儀をする。


「あ……おはようございます。今日はどうしました?」


「突然申し訳ございません。恐れ入りますが、一緒に来ていただけませんか?」


 トリスタンは笑顔で言う。その笑顔には裏がありそうで怖い。できれば従いたくないが、そうも言っていられないだろう。


「はあ……またですか。今度はどこです?」


 俺がため息交じりで答えると、トリスタンはハッキリとした口調で言う。


「レヴァント商会です」


「本部ですか?」


 レヴァント商会の本部はコンシーリオにある。この街のレヴァント商会は崩壊しているので、行っても瓦礫があるだけだ。


「違います。この街の支店ですよ」


 瓦礫しかないけど? トリスタンには何か考えがあるのだろう。いったい何を企んでいるのか……。行ってみないとわからないな。


「分かりました。行きましょうか」


 若干の不安を覚えつつ、レヴァント商会跡地に移動した。すると、石でできた大きな壁に挟まれたところに、無数の瓦礫が転がっている。きれいに燃え尽きたみたいだ。



 そこには、静かに佇むサリアの姿があった。ここが潰れてからサリアに会うのは初めてだ。サリアは俺の顔を確認すると、すぐにこちらに駆け寄ってきた。


「ツカサさん! これがツカサさんの望んだことなんですか!?」


 サリアは涙目で怒鳴る。まあ、俺が望んでいたこととも言えるな。あわよくば潰れたらいいな、とは思っていたが、まんまと潰れてくれたよ。


「正直、こうなる予感はしていましたね」


「ツカサさんは、『後のことは責任を持つ』って言いましたよね!?」


 サリアは俺の肩を両手で掴んだ。


「サリアさんについては責任を持ちますよ。でも、他の従業員さんまでとは言っていません」


 俺が約束したのは、サリアの再就職先についてだけだ。


「……そんな……」


 サリアは、そう呟いて大粒の涙を零す。


 とは言え、俺にできることには限りがある。サリア1人ならどうにでもなるが、見たこともないやつの世話まではできない。救済できるとすればトリスタンだろう。トリスタンと交渉するくらいのことなら、俺がやってもいい。


 そう思ってトリスタンに視線を送ると、トリスタンが愉快そうに笑いながら口を挟んだ。


「ふっふっふっ。ツカサさんも悪い人です。そんな試すようなことを言わなくてもいいでしょうに」


「……試す?」


 何のことを言っているのか分からない。今回は、誰のことも試した覚えがないぞ。


「私には分かっていますよ。ツカサさんは、レヴァント商会を乗っ取るつもりだったんでしょう?」


 トリスタンはこともなげに言うが……。いやいや、そんなことはまったく考えていないぞ。


「いえ、そんなつもりは……」


「レヴァント商会の流通経路と支店の数々……手に入れるチャンスでしたもんね」


 否定しようとする俺をよそに、トリスタンは勝手に話を進めていく。すると、サリアもそれに乗っかってきた。


「……そうなんですか?」


「いえ、全く……」


 一切考えていなかったぞ。どうしてそうなるんだよ。レヴァント商会の流通経路は魅力的だが、今のボロボロの状態を再建するのは、さすがに面倒だ。二つ返事で「いいですよ」とは言えない。


「私の後押しもありますから、次期会頭になるなんて簡単です。私としてもレヴァント商会を潰すわけにはいかないですから、ツカサさんの提案に乗るしかありません」


 あたかも俺の計算だったかのような口ぶりで……あ! これ、トリスタンの策略だ! 最初から、俺をレヴァント商会の会頭にするつもりで動いていたんだ!

 トリスタンは自分の顔が利く商会が欲しかったんだな。俺は迷い人だから、トリスタンにとっては都合がいいはずだ。罠に嵌ったのは俺だったか……。


 トリスタンの思惑通り動くのは(しゃく)だが、貸しを作るのは悪くない。話に乗ってやるか……。


「トリスタンさん、これは貸しですからね?」


「ふふっ……いいじゃないですか。ツカサさんには損をさせませんよ」


 トリスタンは不敵な笑みを浮かべた。


「いいでしょう。僕がレヴァント商会の次期会頭です。サリアさんは、組合の会員さんたちに通達してください」


「でも……店はボロボロですよ……?」


「僕がなんとかしますよ」


 物凄くやりたくないんだけどな。建物も一部壊されているし、従業員の士気も最悪だ。この状態から再建するなんて、とんでもなく面倒くさいぞ。


「再建につきましては、評議会議長のトリスタンが責任を持ちます。安心してください」


 あ……トリスタンが議長になったのか。すべてがトリスタンの計算通り動いているみたいで、イマイチ釈然としないなあ……。でも、議長が味方にいるなら、少しは再建が楽になるかな。


 資金援助とか口利きとか、それくらいはやってもらわないと困るぞ。あと、まともな専門家の派遣も頼みたい。それに、建物修復の手配はトリスタンに丸投げしたいし……俺以上に働いてもらうからな。


「本当に、頼みますよ。物凄く大変なんですから」


 俺が呆れ顔で言うと、サリアは涙でグシャグシャになった顔を手で拭い、俺に頭を下げた。


「ありがとうございます……。では、その旨を通達させていただきます……」


 ……こんなことになるとは思っていなかった。完全に計算外だ。だって、ライバル店を潰しただけなのに、その店を乗っ取るなんて考えられないじゃないか。


「では、ツカサさんには追って連絡します。準備ができましたら、コンシーリオのレヴァント商会本部にいらしてください」


 トリスタンは堂々とした態度で淡々と言う。まるで準備してきたセリフみたいだ。……いや、準備していたんだろうな。最初からこのつもりだったんだから。


 俺は大商会を目指してここまでやってきたけど、こんな形で大商会を持つとは思わなかったぞ……。



 店に帰った後、レヴァント商会のことをみんなに話した。すると、ウォルターは得意げな顔で言う。


「悪い話じゃないだろう……。ふっふっふっ。私もついに大商会のオーナーか……」


 何やら愉快な誤解をしているようだ。指摘しておかないと拙いな。


「違いますよ? 任命されたのは僕です」


「ふぇ? いやいや、ツカサの雇い主は私だろう?」


 ウォルターは間の抜けた返事をした。


「ここでの立場はそうですけど、レヴァント商会では違います。それに、資産は僕のものじゃないですから」


 レヴァント商会の再建のために、チェスターの個人資産は全て没収された。それには土地を含めたすべての権利が含まれる。今のレヴァント商会のオーナーは、国だ。


「そうなのか……」


 ウォルターは、絶望したような表情を浮かべている。なんだか哀れだな……。


「分かりましたよ。名前だけでもウォルターを残しましょう。レヴァント商会は、ウォルター商会に改名します」


 レヴァント商会の評判は地の底以下に落ちているので、もともと店名を変更するつもりだった。俺の名前は絶対に使いたくなかったから、代案が必要だったんだ。

 名前が売れると動きにくくなるんだよなあ。ウォルターの名前を使えるなら、話は早い。


「……いいだろう。私の名を使うことを許す」


 ウォルターはニヤニヤしながら言う。偉そうに。本当は嬉しいくせに。


「まあ、この店は何も変わらないですけどね」


 俺はコンシーリオに行かなければならないが、ここに戻ってこないわけではない。だから、たまに顔を出して指示をするつもりだ。俺は以前から外出していることが多かったから、それと同じことだ。


 そう考えていると、サニアが突然口を挟んだ。


「いいえ。変わるわよ? ツカサくん、この騒動の発端を覚えてる?」


 どうでもいいけど、サリアとサニアって名前が似すぎじゃね? ややこしい……。


 それはいいとして、そもそもの発端はルーシアの問題だった。俺がレヴァント商会を潰しにかかったのは、チェスターがルーシアに手を出そうとしたからだ。この問題をさらに紐解いていくと、ルーシアの結婚問題に行き着く。サニアは俺とルーシアをくっつけようとしていて、ルーシアもまんざらではない様子。


 チェスターという余計な邪魔が居なくなった今、有耶無耶にすることは可能だが……。というわけで、話をはぐらかそう。


「ことの発端は健康食品ですね」


「もうっ! 往生際が悪いわね! いい加減、認めなさいよ!」


 サニアが呆れたような表情で怒った。


 そろそろ年貢の納め時かなあ……。ルーシアは不安げな顔で俺を見ている。メイはソワソワした様子で、ルーシアを見つめている。フランツはニヤケた顔をしたまま、俺とルーシアに交互に視線を送っている。


 ……みんな、俺の反応を待っているようだ。嫌なプレッシャーが掛かる。


 俺が結婚を拒否し続けたのは、年齢差の問題と俺の過去の問題があったからだ。俺は若返ったらしいので、年齢差の問題が消滅した。あとは俺の過去だが……どうやら本当に異世界に来たらしいから、リセットということでいいような気がする。


 生まれ変わったものだと思えば……人並みの幸せを追いかけてもいいのだろうか……。


 無言のまま悩んでいると、サニアがウォルターに向かって言う。


「あなたからも何か言ってあげて?」


「うむ……。ツカサなら仕方がない。許そうではないか」


 ウォルターに目を向けると、下唇を噛み切る勢いで噛み締め、複雑な笑顔を浮かべていた。この結婚に一番納得してないのって、ウォルターなんじゃないかな。でも、これだけ嫌がりながらも許してくれるんだから、俺も結論を出さないと拙いな……。


 俺は決して嫌なわけではない。むしろ歓迎だ。あとはルーシアの気持ち次第だろう。


「……そうですね。ルーシアさんが嫌でなければですけど」


「嫌じゃないです! って、何回言えば分かってくれるんですか!」


 ルーシアは、そう言ってプイッとそっぽを向いた。


 俺はずっと聞き流していたが、ルーシアは確かに以前からそう言っていた。あとは俺の意思の問題か……。


「すみません。僕の覚悟が足りませんでした。幸せにできるよう努力しますので……僕と結婚してください」


「……はい……」


 ルーシアが頬を染めて静かに頷くと、メイが呆れた様子で俺を見た。


「もう……締まらないですね。『僕が幸せにします!』って断言できないんですか?」


「断言するのは無責任な気がするんですよね……」


 ここで宣言したことは、契約したことになると思う。契約は守らなければならない。

 しかし、幸せかどうかは本人の主観である。俺がどれだけ頑張ったところで、本人が幸せと感じないなら、俺には何もできない。よって、履行できない契約は結ばない。


「メイさん、いいんです。ツカサさんは、また何か難しいことを考えているんですよ」


 ルーシアは、そう言ってニッコリと笑った。


「まあ、そこがツカサさんらしいですけど。お姉さまが納得しているのなら、それでいいです」


 話はまとまった……のかな? 食堂は和やかな空気に包まれた。納得していないウォルターですら、引き攣った笑みを浮かべてどうにか祝福しようと努力している。


 そんな中、俺だけは今後のことを思って表情が曇った。


「あの……嫌なんですか?」


 ルーシアは、俺の顔を覗き込んで不安そうに言う。誤解を与えてしまったようだ。


「違います。レヴァント商会の再建で忙しいと言うのに、結婚なんかしている場合なのか? って思いました」


「『なんか』なんて言わないでください。私もサポートしますから、一緒に頑張りましょう」


「そうですね……よろしくお願いします」


 結婚生活に不安が無いわけではないが、1人でレヴァント商会に行くよりは安心できる。


 それに、仕事の面においても少しは楽になりそうだ。しばらくの間、俺は寝る暇もないくらい忙しいだろう。ちょっとした手伝いだけでもかなり助かる。


「うぅん……本当に義兄さんになっちゃうんですね。なんだかむず痒いです」


 フランツはニヤニヤしながらのんきに言うが、お前はもっと焦るべきではないだろうか。


「フランツさん……そんなことを言っている場合ですか? 僕が本格的にレヴァント商会の会頭になったら、この店を継ぐのはフランツさんなんですよ?」


 このウォルター商店も、新生ウォルター商会に併合することになると思う。だが、そうなった場合、この店の次期店長はフランツに任せる。身内贔屓とも言えなくはない人事だが、部外者をこの店の店長に据えるのは、さすがの俺でも気持ちが悪い。


「あ……そうなんですね……」


 フランツが深刻な表情で俯くと、ウォルターが自信満々な様子でフランツの肩を叩く。


「ツカサよ、大丈夫だ。なんたって、私の息子だからな」


 だから心配なんだよ!


「まあ、この店にもちょくちょくと顔を出しますよ。フランツさんは、僕が居ないときにも勉強を続けておいてください」


「分かりました……」


 ウォルター商店の経営は、もうしばらく俺が責任を持つ。そのうち手を出す余裕が無くなるだろうから、それまでにフランツを鍛える予定だ。サニアとメイが補佐をしてくれれば、頼りないフランツでもどうにか務まるだろう。


「では、ルーシアさん。これから大変だと思いますけど……よろしくお願いします」


「こちらこそ……よろしくお願いします!」


 ルーシアは、満面の笑みで答えた。これからレヴァント商会の本部へと移動して、ルーシアとともにレヴァント商会の再建に乗り出す。



 この国に来てから、もうすぐ1年になるだろうか。思えば苦労の連続だった。当初はこの店を大きくしようと躍起になったものだが、いつの間にか大商会の会頭に収まっていた。これからもきっと大変。だけど、俺の立志伝はこれで終わりだ。これからも、詐欺師の技術を駆使して商売を続けていくだろう。

ご愛読ありがとうございました……。

この物語は、ここで一区切りとさせていただきます。

今後、ツカサがどう行動してどう再建していくのか、皆様にご想像していただければ嬉しいです。



たくさんの方のブクマ、評価、レビューをいただき、とても感謝しております。

また、皆様から多数のコメントをいただき、ありがとうございました。とても励みになります。


どうにか最終話まで続けることができたのは、皆様の応援のおかげです。


本当にありがとうございました。



追伸

新作は現在執筆中です。次のお話は、剣と魔法とチョイエロコメディを予定しております。

発表は数日後になると思いますが、もしよろしければ、そちらもよろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
やっと読み終わりました。コミカライズから原作みにきて、読みごたえありました。 完結までお疲れ様です。ありがとうございます。
すごく面白かったです。 すぐに読み終わりたくなくて、ちびちび読んでいましたが、とうとう読み終わってしまった。 無駄がなく、読みやすくて勉強にもなり、主人公がガツガツしておらず気持ちよく読めました。 …
[一言] 読み終わりました "拙い"の多用がすごいっすね
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