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番外編 黒い新人剣闘士

 今日はとある新人剣闘士がデビューするらしい。噂では、ムスタフの弟子だという話だ。マルコという新人剣闘士もムスタフの弟子を公言しているが、もう1人居たとは知らなかった。


 その新人剣闘士が姿を現した。ボロボロの黒いマントに軽装の鎧、顔には不気味な仮面をつけている。その姿は物語で聞く死神の姿にそっくりだ。仮面で顔を隠していることも相まって、物凄く不気味な印象を受ける。

 名前は『ファントム』とされているが、きっとリングネームだろう。不気味な出で立ちに怪しい名前。面白そうな奴が出てきたものだ。


 観客席で試合の開始を待っていると、隣りに座った男たちから話し声が聞こえてきた。


「誰に賭けた?」


「もちろんレイニーだよ。相手は新人なんだから、『血祭りレイニー』の本領発揮だな」


 今回の相手は、レイニーという名のBクラス剣闘士。血の雨を降らす男として有名だ。新人にぶつける相手ではないと思う。なにせ、レイニーは手加減を知らない。新人が相手でも、構わず本気で斬りかかる。

 レイニーは物騒な剣闘士だが、人気はそれなりにある。特に新人戦のときは、『レイニーが新人を甚振(いたぶ)るところが見たい』という野蛮な客が押し寄せる。


「しかし、もったいないよなあ。レイニーの実力なら、Aクラスでも通用するのになあ」


 隣の男が残念そうに言う。それは剣闘士のシステムの問題だ。


 怪我をさせた剣闘士には、事故点というポイントが加算される。そのポイントは剣闘士のランクに多大な影響を及ぼし、時には昇格の妨げにもなるのだ。

 レイニーは相手に怪我を負わせることが多く、そのせいで昇格が遅れている。だが、実力はAクラス並と言える。ムスタフの弟子とは言え、新人のファントムには分が悪い。


 ファントムの装備は、片刃の片手剣。その剣は不気味なほどに黒い。片刃の片手剣は、盗賊や海賊に好まれる剣だ。鎧を着た相手には使いにくいから、剣闘士が好んで使うことは少ない。

 それだけでも珍しいのだが、ファントムは片手剣なのに盾を持っておらず、ガントレットには指先を守る部分が無い。腕に黒い鉄の板を巻き付けただけの、簡素な装備だ。


 対するレイニーは、身の丈ほどある大剣を自在に振り回す、豪快な戦い方が売りだ。背が高くて筋肉質な体格で、小柄なファントムでは戦いにくいと思われる。


 事前に情報が出回っていたため、今回は圧倒的にレイニーが人気である。だからこそファントムに賭けた。もしファントムが勝てば大儲けだ。



「はじめ!」


 審判の合図で、いよいよ試合が始まった。


 先制攻撃を仕掛けたのはレイニーだ。ファントムは剣でしっかりと受け止めたが、勢いを殺しきれずに飛ばされて地面を転がった。しかし、これは有効打ではない。

 剣闘士の勝敗は、鎧で守られた急所に、何発の有効打を入れたかで決まる。力尽きて倒れたり、その前に審判が止めることもある。また、反則負けというものも存在する。鎧で守られていない箇所を狙った強い攻撃は、反則とみなされる。


 ファントムが立ち上がったところで、試合が再開された。

 それと同時に、レイニーは何度もファントムを斬りつける。ファントムは、左腕のガントレットで剣を受けながらジリジリと後ずさりをしていく。やがて、ファントムは壁際に追い詰められた。


 普通の剣闘士であれば、ファントムが壁から離れるのを待つだろう。しかし、レイニーはそういったことを好まない。それに観客も、相手が追い詰められる姿を見に来ているのだ。


 追い詰められたファントムは、壁を背にして剣を構えた。苦し紛れだ……そう思ったのだが、ファントムの持つ剣がレイニーの肩に刺さり、赤い血が滴り落ちる。レイニーは動揺して動きを止めた。


 しかしファントムはまだまだ攻撃をやめない。細かくチクチクと、レイニーの体を傷つけた。この程度の攻撃なら、かろうじて反則にならない。擦り傷は怪我のうちに入らないからだ。


「おい! てめえ! 意味のない攻撃をするな!」


「それでも剣闘士か! 卑怯なマネをするんじゃねえ!」


 観客から野次が飛ぶ。反則ギリギリの戦略だから、無理もない。


 しびれを切らしたレイニーが、大振りでファントムの頭を狙う。が、剣は壁に当たって止まった。ファントムはこれを狙って壁際から動こうとしなかったのか……。

 ファントムはレイニーの腹を蹴ると、体勢を整えて斬りかかる。レイニーは振り上げられた剣に気付き、闘技場の真ん中まで身を引いた。そこでファントムを待つ。


 ファントムもレイニーを追うように、舞台の真ん中へと歩みを進めた。その足取りは重い。ゆっくり、ゆっくりと、レイニーに近付いていく。


「早くいけ!」


「待たせるな!」


 観客はファントムの緩慢な動作に苛ついているようだが、ファントムには考えがあるのだろう。


 たまらないのはレイニーだ。しばらくは苛ついた様子でファントムを眺めていたが、ファントムのあまりの遅さにレイニーは駆け出した。そして、一気に距離を詰め、横薙ぎで剣を振るう。


 それがファントムの狙いだったようだ。俊敏な動きで前方に飛び、レイニーの横に立つ。すると、レイニーの肩を両手で押して転ばせた。


「剣を使えー!」


「卑怯者ー!」


 ファントムの突拍子もない行動に、激しい野次が飛ぶ。意図的に転ばせるなんて行為は、普通の剣闘士なら絶対にやらない。


 片膝をついたままのレイニーの頭に、ファントムの剣が振り下ろされた。激しい金属音が響く。しかし、この攻撃は無効だ。相手が倒れると、審判から『待った』が掛かる。激しい罵声にかき消され、ファントムには審判の声が聞こえなかったのだろう。



 無事に審判から『待った』が掛かり、闘技場の真ん中で2人が睨み合った。……が、レイニーはすぐに突進し、ファントムを間合いに捉えた。レイニーも、さすがに警戒している。ファントムが不意を突くのは無理だ。


 という予想は簡単に覆された。ファントムが左腕を大きく振ると、その手から何か細かい粒が舞い、レイニーは顔の前に飛んできた何かを振り払った。


 目潰し……。


 ファントムは左手に砂を掴んでいたらしい。これも反則ではない。普通なら絶対にやらない行為だが、それだけに効果は抜群だろう。


 スキができたレイニーに、ファントムが飛びかかった。しかし、レイニーはすぐに体勢を整えて剣を振った。その剣がファントムの剣に当たり、ファントムの剣が弾き飛ばされる。レイニーはファントムに斬りかかるが……。


 油断して大振りになったレイニーの懐に、ファントムが潜り込んだ。さっきまでは何も持っていなかったはずの左手に、何か金属片のようなものが見える。そして左手で喉元を振り抜く。『ガキィ!』という金属音が響き、レイニーの鎧から火花が散った。


 ファントムが左手に握っているのは、手のひらくらいの長さ、親指くらいの太さの、釘のような形をした鉄の棒……。あれでレイニーの喉元を打ったのだろう。

 喉元に攻撃を受けると、たとえ鎧の上からであってもしばらく呼吸ができなくなる。レイニーは、倒れ込んだまま動かなくなった。


「勝負あり!」


 審判の掛け声で試合は終わったが、あまりのあっけない結末に、場内が騒然としている。


「寸鉄かよ……」


 思わずそう呟いてしまった。大昔の暗器。暗殺や護身用の隠し武器だ。ファントムは、最後にそれを使った。あんなモノ、よく知っていたな……。

 今の若い連中は、こんな武器の存在を知らないだろう。内戦が頻繁に起こっていた時代の、今や忘れられた武器だ。そして、これも反則ではない。武器を何本持ち込もうが、何を使おうが、剣闘士の自由である。


「この勝負はナシだ! 無効だ!」


 場内のあちこちから、ファントムに対する不満が溢れ出る。


「やり直せ!」


「ファントムを追放しろ!」


 過激な罵声が飛び交う中、ファントムはゆっくりと退場していった。その後も、罵声は止む様子が見られない。(にわか)な剣闘士ファンには耐え難い戦い方だったのだろう。


 ――反則にならなければ何でもやる。


 近頃は、行儀のいい剣闘士ばかりでつまらなかった。こんなに勝ちに貪欲な剣闘士は、久しく見ていなかった。面白い。これだから、剣闘士の観戦はやめられないのだ。



 場内の休憩所では、武器店の店主がファントムの剣を売っている。


「期待の新人剣闘士、ファントムの剣だ! これを持てば相手はビビるぜぇ! どうだい、一本買わねえか?」


 マルコの剣と同じように、レプリカを売ろうという魂胆だろう。面白い。ファントムの剣なら、刃のついていないオモチャでも欲しいと思える。


「オヤジ、一本売ってくれ」


「おお、通だね。あんたもファントムの良さが分かるんだな」


「俺をその辺の(にわか)と一緒にしないでくれ。あいつは伸びるぜ」


 そう言って剣を受け取った。1本20万クラン。オモチャではなく、刃のついた本物だ。今日の勝ち分が全額吹っ飛んだが、いい買い物ができたと思う。



 ベンチに座って買ったばかりの剣を眺めていると、雑踏の奥からムスタフらしき声が聞こえてきた。


「お前も、今日は楽しかったのではないか?」


 その横では、1人の少年が親しげにムスタフらしき老人の相手をしている。

 彼がファントムだろうか……。ここからでは後ろ姿しか見えない! すぐに立ち上がり、2人の後をつける。


「僕は新作の剣を売りたいっていうから協力したんです。試合に出るのは今回限りですからね。早く次の『ファントム』を探してください」


 今回限りだなんてとんでもない! ファントムは彼にしか無理だ!


「何を言っておる。あの歓声を聞いただろう。お前なら、大人気間違いなしじゃ」


「あれのどこが歓声ですか……。ただの罵声だったでしょう」


「むっふっふっ。そのうち歓声に聞こえるようになるじゃろうて」


 2人は話をしながら、関係者控室へと入っていった。慌てて駆け出したのだが、もう遅かった。後ろ姿しか見えなかった。だが、その後ろ姿は記憶したぞ。ファントムはとても面白い剣闘士だった。今後も応援してやろうじゃないか。

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