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番外編 ウォルターの日常

 私はウォルター商店のオーナーである。店主よりも上、上司、店で一番偉い人である……そのはずである。おかしい。最近、店のことを何も教えてもらえないし、手を出すこともできない。


「ウォルターさん。外出しないのなら、部屋で寝るか食堂で休んでいてください」


 ツカサがいつもの調子で言う。物腰は柔らかいのだが、どうも邪魔者扱いをされているようで気になる。


「う……うむ……」


 言われるがまま休んでいるが、オーナーというのはこういうものなのだろうか……。私に与えられた仕事は、店主仲間と遊ぶことである。外出しない日は、手伝いもせずに休むだけだ。

 割と充実した毎日を過ごしているとは思う。だが、もう少し私を頼ってくれてもいいのではないだろうか。



 何もしないのは逆に落ち着かないため、私はできるだけ外出するように心がけている。たとえ用がなくても……。

 そして今日も、落ち着かないから外出した。友人の店に出向き、手土産で持参した茶菓子を頬張りながら、私の暇つぶしに付き合わせている。主な話題はお互いの愚痴だ。


 テーブルの上には茶菓子とお茶、そしてリバーシの盤が置かれている。ツカサが開発したものだ。会話の間を持たせるためのツールとして、大いに活躍している。今も友人のヤンと対戦中だ。


「おいおい。お前は贅沢を言いすぎだっての」


 ヤンが苦い顔で言いながら、リバーシの黒コマを置いた。3つの白コマが黒に変わる。


「しかしだな、何もすることが無いというのは辛いものだぞ」


「やることが多すぎるよりは何百倍もマシだよ。俺を見てみろ。働きすぎて寝る暇もねえよ」


 ヤンは私と同い年で、小さいながらも商会の会頭をやっている。忙しいとは言いつつも、私が訪問する時はいつも暇そうだ。


「寝る暇が無いなら、昼間も仕事をしたらどうだ?」


 遊びに来ている私が言うのはどうかと思うが、彼は私が来なくても働かない。夜も寝ないで仕事をしているのは事実だが、その分、昼間は遊び呆けている。いつものことだ。


「俺が遊んでいる姿を見せないと、従業員が休みづらいだろ」


 これは彼なりの美学だ。これによって従業員が休みやすくなっているのも事実である。ツカサが私を遊ばせているのも、この狙いがあってのことだろう。私が毎日遊んでいれば、ルーシアたちは気兼ねなく休める。

 ただ……私の威厳が無くなっていくのは気のせいだろうか。見習いのメイは、私のことを『遊び人のおじさん』だと思っているぞ。


「そうかもしれんが、遊んでいる姿を見せるのは良し悪しじゃないか?」


「店は繁盛してんだ。だから問題ねえよ」


「まあな……。しかし、それも悔しいのだよ。私が店に立っていたときとは、比べ物にならないほどの利益が出ておる」


 ツカサが頑張っているのは理解しているつもりだが、突然やってきて私よりも上手く店を回す……。悔しいではないか。


「いいじゃねえか。羨ましいよ。うちにも若様が欲しいくらいだ」


 この街の商店界隈では、ツカサのことを『若様』や『若』と呼んでいる。

 最初はツカサの状況を揶揄しているのかと思ったのだが、よく聞いたら違った。若と呼んでいる連中は、私が引退したものだと考えておったのだ。否定しているものの、その呼び名は変わらなかった。


「何度も言っておるが、私はまだ現役だ。隠居老人扱いせんでくれ……」


「もう隠居でいいじゃねえかよ。いったい何が不満なんだ?」


 ヤンは呆れ顔で言う。やはり一番の不満といえば、店の経理に関われないことだろう。


「金が自由にできん。すべて、ツカサが管理しておる。私はツカサに小遣いを貰っておるようなものだ」


 以前なら、店の売上はすべてが自由にできた。備品を買うのも仕入れをするのも私の自由だった。実際に使える額は今よりも少ないが、店を動かしているという実感があった。今は店の運営にも関わっておらんから、隠居のような気分に拍車がかかる。


「へぇ? その割には羽振りがいいじゃねえか。いくら貰っているんだ?」


 ヤンはにやけながら聞く。同時に、リバーシの盤面に黒が増えた。


「毎月変わるが……先月は40万クランほどだったな」


 私の小遣いは、毎月の売上によって決まる。調子がいい月はもっと貰えるし、逆に売上が少なかった月はもっと少ない。


「はぁ? マジか、てめえ! 貰いすぎだろ! そりゃあ、毎回こんな高級菓子を買ってくるわなぁ」


 ヤンは驚いて大声を出した。しかし、手土産は私の小遣いから出ているわけではない。


「いや、この菓子は店の金で買っておる」


 手土産のための予算は、私の月給の半分という制限が設けられている。それ以上になったら自腹だ。


「はぁぁぁ!? お前の店はどうなってやがんだよ!」


「いや、ツカサが『こうするのが普通です』と言うから、それに従っておるだけだが?」


「……やっぱりその若様、うちにくれよ……」


 ヤンは呆れた様子で言う。そんなに羨ましいか……? まあ、確かにそうかもしれんな。あいつが来てから、ずっと調子がいい。世間でどんな問題が起きても私が平然としていられるのは、ツカサが居るからである。


「でもな、良いことばかりではないぞ。ちょっとした買い物であっても、帳簿を書かんとツカサがうるさいのだ……」


 たった100クランの串焼きでも、帳簿を書かなければならない。書かないと自腹だ。


「お前なぁ、もうちょっと自分の置かれた環境に感謝した方がいいぞ」


 ヤンは厳しい口調で言うと、リバーシの黒コマを置いて5つの白コマを黒に変えた。盤面はほとんどが黒コマだ。そろそろ反撃の時だろうか……。


「そうか? そうでもないと思うのだが……」


 生活は楽になったし、私の自由時間も増えた。毎日を楽しく過ごしている。しかし、遊んでいるだけというのは気が引ける。たまには働きたいと思うこともある。


「まあ、それだけ優秀なやつが来たんだ。もっと喜べよ。いっそ、娘の婿として迎えればいいだろ」


「ふざけるな! それはまだ早い!」


 リバーシのコマを盤に叩きつけた。ついつい力が入ってしまった……。


「うおっ……どうした? ただの冗談じゃねえか」


 この冗談は、近いうちに現実になる……考えただけでも心がざわつく。ルーシアがそんな歳であることは理解しておるのだが、いざとなると踏ん切りがつかない。そして8つの黒コマが白に変わる。1つ目の角を取ったぞ。


「冗談とは言えんのだ。サニアから、その話が出ておる……。ツカサにも伝えたと言っておった」


「ああ……そりゃあ、めでてえじゃねえか。本人はどうなんだ?」


「ルーシアも、まんざらではない様子だったよ……。恐れていた日が……」


 考えたくないが、もう秒読みだろう。私が1人で反対したところで、誰も賛同してくれないと思う。まあ、相手がツカサだということだけが、唯一の救いだな……。無能な奴や失礼な奴に嫁がせるくらいなら、ツカサの方が幾分マシだ。


「そう言えば、お前んトコの娘って、レヴァントのチェスターにも言い寄られていたよなあ。豪儀なこった。うちの娘も、それくらい派手な男に嫁がせたいもんだよ」


 チェスターくんは見た目が良くて仕事もできて、金持ちだ。しかし、重大な問題がある。ルーシアとサニアが酷く嫌っているのだ。もし彼のもとに嫁がせようとしたら、私は家族に縁を切られるだろう。そんな危険なことはできない。


「……チェスターくんは要らんな。お前の娘にくれてやるぞ」


「ああ、悪い。うちもいらねえわ」


 ヤンは苦笑いを浮かべて首を横に振った。ヤンもチェスターくんのことを嫌っているようだ……。この街でのチェスターくんの評判は最悪だから、無理もないかもしれない。


 話をしながらも、リバーシの勝負は続いている。リバーシの盤面は白で埋め尽くされていた。ヤンが置ける場所は無い。パスだな。


「……なあ、手加減の話はどうなった?」


「うむ。すっかり失念しておった」


 そう言って、最後の一コマを置く。数個の黒コマは残っているものの、一目で勝敗が判別できるほどの圧倒的大差だ。


「ふざけんな! もうお前とは勝負しねえ!」


 ヤンはそう言って、握っていた予備のコマを私に投げた。


「そう言うな。家ではまったく勝てんのだ。たまには勝たせてくれ」


「お前んち、すげえな……お前が最弱なのかよ……」


「うむ……。サニアも強いし、ルーシアも強い。ツカサなんかは話にならん。新しく入ったメイもルーシアに鍛えられておるから、私ではもう勝てぬよ……」


 食後のちょっとした時間で、たまにみんなでやっている。開発者のツカサは別格として、他のみんなも私よりは強い。私も結構頑張っているつもりなのだが、どうしても勝てぬのだ。


「ん? 息子はどうなんだ? 息子とは勝負をしないのか?」


 フランツのことだな。フランツは修業先から帰ってきたばかりで、リバーシの経験は浅い。しかし……。


「あいつはなぁ……普段から仕事中に客と勝負をしていて、家ではツカサに次ぐ腕前だよ」


 うちの客はリバーシが開発された時から毎日練習をしているため、物凄くレベルが高い。そんな連中を相手にしているフランツは、やはりレベルが高い。


 フランツは遊んでいるように見えるのだが、実はそれも営業活動である。勝負の最中に話をして、本を売っておるのだ。だから、ツカサも何も言わん。


「なんだ、お前は最弱なのかよ」


 ヤンは口元を緩ませ、私をからかうように言う。


「……確かに私は最弱だが、私に負けるお前はもっと弱いからな?」


「くぅ……そうだな……。もうやめだ! 修業をして出直す!」


 ヤンは不機嫌そうに言うと、リバーシの盤を持ち上げ、盤上の白コマを払い除けた。


「そうしろ。うちの店の客は手強いから、まずはそこで修業するのだ」


 こうやって、うちの店の常連が増えていく。私が商人にばかり声を掛けるものだから、近頃のうちの店は商業組合の事務所よりも商人が集まってきている。毎日が懇親会のようだ。

 これがツカサの狙いだったのだろうか……。あいつの考えはよく分からんが、今後も言われるままに遊び回るだけだ。

告知が遅くなって申し訳ございません。


この物語は、間もなく最終回を迎えます……。

応援していただいた皆様に、深く感謝を申し上げます。


最終話は現在鋭意執筆中でございますので、どうぞお楽しみに。



つきましては、今日から3日間、書きたいと思いながら書けなかった番外編を掲載させていただきます。


番外編のお品書き

 1日目 ウォルターの日常

 2日目 カレルの返済日誌

 3日目 黒い新人剣闘士

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