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後始末(後編)

 コータローは、神妙な面持ちで俺を睨みつける。コータローは、おそらくトリスタンや他の議員から俺の話を聞かされているはずだ。今回の騒動は俺が糸を引いていたということも、コータローは理解しているだろう。


 俺が質問に迷っていると、コータローが先に口を開いた。


「なあ……どうして僕の邪魔ばかりするの? 同じ日本人なのに……」


 コータローは少し誤解しているようだ。


「日本人だからといって、みんなが同じ意見なわけがないでしょう」


 みんなが同じ意見なら、政党はいくつもいらないんだよ。それぞれ意見が違うから、与党と野党があるんだ。この国だって同じだ。コータローを支持した連中も居れば、それを快く思わなかったトリスタンのような人も居る。


「……そんなことはどうでもいい。それよりも、どうして僕の邪魔をするんだ」


 どうでもよくないだろ。考え方の違いのせいで、コータローは俺と衝突するんだよ。コータローは考え方の多様性が理解できないのかな……。


「あなたがおかしなことばかりするので、邪魔をせざるを得ないんです」


「何がおかしなことだ! 僕は真面目に働いているだけだ!」


 コータローは若返ったと言っていたから、高校生くらいに見えていても実年齢はもっと上のはずだ。それなら、自分の行動がいかに短絡的か、気付いてもいいと思うんだけどなあ。


「真面目な無能ほど、始末に負えないものはない……」


 おっと、うっかり本音が漏れてしまった。多様性が理解できず、短絡的な行動を取るって、無能なやつにありがちな行動パターンなんだよ。


「なんだと……!?」


 コータローは怒りで顔を歪ませた。


「失礼。口が滑りました。あなた、自分がやったことで社会がどう変わるか、考えて行動してます?」


「僕が儲かれば国が潤う! それの何がおかしいんだ!」


 それ自体は間違いじゃない。問題は手段だ。コータロー商店でやっていた手法も、レヴァント商会がやっていた手法も、どちらも他者を蹴落とすという前提で成り立っている。

 それによってライバル店が潰れるというなら、まだ分かる。だが、コータローが動くと別業種がバタバタと潰れていく。必要なくなった業種が淘汰されるのではなく、商売が妨害されて潰れていくんだ。とても正常とは思えない。


「たとえば、あなたの不当な値下げのせいで、多くの店が潰れましたよね? 他にも、問屋、職人、裏市、金貸し……さまざまな業種の方が苦しみました」


「はあ? 潰れた方がいい連中ばかりじゃないか」


「……何目線で言っているんです?」


 ヤバイ。同じ日本人のはずなのに、言葉が通じる気がしない。


「問屋がなければ、もっと安く買える。裏市だって、あんなのはただの泥棒だ。それに、金貸しなんて職業は、人間以下のクズじゃないか」


 えっと……突っ込みどころしか無い。どこから突っ込んだらいいのかな……。


「とりあえず、あなたが世間知らずだということが分かりました」


 一言で済ませるなら、もうこれ以外言いようがない。こいつには裏の意図なんて無いよ。ただの短絡的なやつだ。トリスタンが心配しているような、大それた考えは持っていない。


「どういう意味だよ!」


 説明……いる? マジで? かなり面倒だよ? まあ、分からないと言うなら説明するしかないか。


「問屋は輸送を担っています。問屋が居なければ、他所の街の商品を売ることができません」


「レヴァント商会はできているじゃないか! みんながそうなればいいだけだ」


 確かに、レヴァント商会の流通は優れている。しかし、それは各地に支店を持っているからできることだ。普通の問屋や商店が、簡単に真似できることではない。


「いくら掛かるか、計算したことがあります? 無いでしょう? 莫大なコストが掛かるんですよ。小さな店にできることではありません」


「それができない店は、潰れればいい……」


 コータローは、ふてくされたような態度で言う。弱小商店は潰れろ、と。自分の意見がいかに無茶か、理解していないようだ。


「……議論しても無駄ですね。裏市には、重要な役割があるんですよ。それに、金貸しも。あなたは知らないでしょうが、この国の銀行は金を貸してくれません。街の金貸しに頼るしか無いんです」


「お前は馬鹿か! そいつらが庶民を苦しめているんだろ! そいつらがどれだけ嫌われているか、知らないとは言わせないぞ!」


 はあ……なるほどね。ようやくこいつの思想が分かってきた。ただの無能ではないな。それなりに考えて行動している。ただ、その思想が良くない。


 裏市や金貸しが恨まれているのは間違いない。どちらも結果だけを見れば、金が無い人から金を毟り取る役割の職業だ。コータローは、この業種を本気で潰す気だったんだ。


「その人たちが居なかったら、社会は回りませんよ。好き嫌いで物事を判断しないでください」


 俺は金貸しと仲がいい。それは別として、金貸しの重要性も理解している。カタギとは思えない連中だが、急に金が必要な時は頼らざるを得ない。


「黙れ! 僕は間違っていない! 平和のためには必要なことだ!」


 とりあえず黙りましたけども。呆れて物が言えないだけだよ。すべてコータローの独りよがりだ。自分の考えを押し通そうと、駄々をこねているように見える。


 しかし、一定の成果を挙げているのも事実だ。マルチ商法で破産する人が増えて、何人かの金貸しが潰された。異常な安売りも、裏市や問屋、弱小商店を潰すという意図の上で行っていた。実際、資金力が無い店は次々と潰れていった。


 ……今の話を聞いて、議長がコータローに肩入れをした理由が、何となく理解できた。

 トリスタンを見る限り、議員たちはそれぞれに自分の商売を持っていると考えられる。コータローを放し飼いにして様々な業種を潰し、その後で自分たちの店を開くつもりだったのだろう。

 ライバル店が無い地域なら安心して出店できるし、資金が潤沢にあるから自分の店が潰される心配がない。考えただけでも儲かりそうだ。たちが悪いな。



 コータローの話は、もう聞かなくてもいいかな。トリスタンの判断を聞いてみよう。


「トリスタンさん。今の話で理解できたと思いますが、これが彼の言い分です。どうされます?」


「思っていたよりも深刻でしたね……。彼の考え方は、この国には合いません。しかし、国外追放というわけにもいきませんし……」


 トリスタンは対処に迷っているようで、言葉を詰まらせて押し黙ってしまった。まあ、それも分からなくはないけどね。

 コータローがやったことは犯罪じゃないから、重い罰を与えるわけにはいかない。でも、そのまま野放しにしたら、また問題を起こしそうだ。正しく飼い殺しにできるなら、そうするのがベストだと思う。


「ふざけるな! 僕をどうする気だよ! 変なことをしたら、議長が黙っていないぞ!」


 コータローは、議長が代わったことを知らないらしい。


「あ……コータローくんが言う議長なんですけど、騒動の責任を取って辞任されましたよ。彼から伝言を預かっています。『あなたに任せたのが間違いだった』だそうです」


 トリスタンは冷静な態度で言う。なかなか酷い伝言を預かったものだなあ……。思っていても言うなよ。トリスタンも、本人に伝えなくていいだろ。自分の心の中に留めておけよ。


「そんな……」


 コータローは、顔を真っ青にして俯いた。トリスタンはその様子を気にも留めず、言葉を続ける。


「短い間でしたが、お疲れさまでした。もう自由に暮らしていただいて結構です」


 トリスタンは、コータローの処分の方針を決めたようだ。

 口調は優しいが、内容は厳しい。要するに、「一切保障しないから勝手に生きろ」ということだ。処罰されないだけマシ……かなあ? 後ろ盾が何もない状態でこの国で生きるのって、結構苦しいと思うよ。


「こんなに頑張ってきたのに……」


「せっかくですから、一言進言いたします。我々は『努力』を評価しません。評価の対象は『結果』のみです。あなたは間違った結果を残したので、このようなことになりました。このことを理解していただけると、幸いです」


 やっぱり厳しいね。トリスタンはコータローのことが物凄く嫌いだったのかな。


「くそっ! お前のせいで! 何もかもが滅茶苦茶だ!」


 そしてまた俺のせいかよ。俺はマジで関係ないって。潰すために動いたのは認めるけど、変なことをしなければ放置するつもりだった。


「それって、僕のせいですかね……。コータローさんのやり方に賛同した人は、モラルに欠ける人ばかりでした。それはあなた自身もです。多くの人を喜ばせる……そういう意識があれば、もう少し違った結末を迎えたんじゃないでしょうか」


「く……!」


 コータローは、奥歯をぐっと噛み締めて黙る。モラルがない人間に心当たりがあったのだろう。さっさと手を切っておけば、こんなことにはならなかったのにな……。


 コータローが黙る中、トリスタンは俺に向かって丁寧にお辞儀をした。


「ツカサさん。お時間を取らせて申し訳ありませんでした。これだけ聞ければ十分でございます。本日はありがとうございました」


「もういいんですか?」


「はい。この後コータローくんをコンシーリオに送り、正式に処分を決定します」


 俺は帰っていいらしい。長居をしても仕方がないな。


「分かりました」


「ちょ! 待てよ! 話は終わってないぞ!」


 コータローが何やら喚き散らしているが、俺が聞くべき話はもう終わった。俺はさっさと帰るぞ。



 チェスターは転落した。コータローの権威も失墜した。チェスターとコータローを同時に潰せたのは大きかった。どちらも大きな障害になると考えていたからだ。2人とも商売の前線から脱落したので、もう心配はない。


 さらに、今回の一件でうちの印刷技術が国に注目された。今後は国の印刷物を一手に引き受けることになるだろう。それだけでも十分な利益が出るのだが、石鹸やその他のオリジナル商品の売れ行きも順調に伸びている。普通に営業していれば、店は拡大していくはずだ。

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