後始末(前編)
レヴァント商会が崩壊してから数日が経った。この街のレヴァント商会は崩壊したままで、営業を再開する様子は見られない。他の街のレヴァント商会支店がどうなっているかは知らないが、破壊されなかった店舗は案外普通に営業しているかもしれない。
サリアに確認を取りたいところなのだが、今日はトリスタンが店に来る予定だ。そこで作成した報告書を渡す。本来ならトリスタンの部下に渡せば済む話なのだが、別件で用事があるそうだ。
朝から店舗で待ち構えていると、開店とともにトリスタンが3人の部下を連れて来店した。トリスタンたちは丁寧にお辞儀をする。
「おはようございます。今、お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
トリスタンが言う。部下たちは無言のまま、トリスタンの後ろに控えている。今日はただの護衛役のようだ。
「もちろんです。どうぞ、こちらへ」
休憩室に通そうとしたのだが、トリスタンはそれを制止する。
「いえ、今日は一緒に来ていただきたいところがございまして。ご同行いただけませんか?」
「そうなんですか。遠くじゃなければ、ご一緒させていただきます」
「この街にある、私の別荘ですよ。遠くはありません」
「そういうことでしたら……」
トリスタンの別荘は銀行のすぐ近くにあるらしい。この店からも、そう遠くない。徒歩で十数分だろう。
トリスタンに連れられて、店の外に出た。歩きながらトリスタンの計画の進捗を聞く。
「議会はどういった様子ですか?」
「ふふ。ツカサさんには感謝しますよ。おかげで、議長を更迭することができました」
トリスタンは不敵な笑みを浮かべながら言う。トリスタンが狙っていた『議長を引き摺り下ろす』という目標は、無事達成できたようだ。
今回の計画は、俺とトリスタンの思惑で進んでいた。本来なら揉み消されて消えてしまうような問題を大げさにして、意図的に事を荒立てたのだ。となると、チェスターのことが気になる。
「それで、チェスターさんはどうなったんですか?」
今回の騒動の中心に居たのがチェスターで、騒動の裏に居たのがコータローと議長だ。この3人は、何らかの罰を受けるだろう。
おそらく、もっとも重い罪になるのはチェスターだ。コータローは迷い人で、議長は貴族。となると、もっとも身分が低いチェスターが、責任を押し付けられると思う。
「彼は処分保留で勾留中です。詐欺師が関わっていましたから、犯罪を行っていた可能性もあるんですよ。今は調査中です」
ああ……カレルを騙した詐欺師の話だな。どういう経緯があったのかは知らないが、チェスターが詐欺師を雇っていたのは事実だ。
「なるほど。極刑になりそうですね……」
「ふふふふふ……そんなもったいないことはしませんよ。前議長にトドメを刺すチャンスですから、チェスターくんを捨て駒にするようなことは許しません」
トリスタンは嫌らしい笑い声をあげて言う。どうやら、チェスターが背負うはずだった責任のすべてを、前議長に押し付けるつもりのようだ。「チェスターは前議長に言われるまま動いた」ということにすれば、チェスターの罪は軽くなって前議長の罪が重くなる。
前議長が再び権力を持つことがないように、念入りに潰すつもりなのだろう。その考えは嫌いじゃないぞ。後顧の憂いは断ちたいからなあ。
「では、暴動を起こした方々なんですけど。彼らの処分はどうなりそうですか?」
「……店に火をつけたのが良くなかったですね。早朝だったので、幸い怪我人は居ませんでした。でも、重罪であることには違いありませんよ」
「そうですよね……」
俺が深刻な顔で頷くと、トリスタンは軽い調子で返した。
「まあ、これもすべて前議長の責任ですけどね」
わお! トリスタンはすべての罪を前議長に擦り付ける気だ! 会ったことが無い人だが……お気の毒に。まあ、政治とはそういうものなんだろうな。よく知らないけど。
しばらく沈黙の時間が流れると、トリスタンは突然深刻そうな声を出した。
「しかし、ツカサさんは恐ろしいことを考えたものですね」
トリスタンはうんざりとしたような様子で言う。俺、何かしたっけ?
「何がです?」
「労働組合という組織です。あんなものがあっては、落ち着いて商会を経営できませんよ」
「ああ、あれのことですか。普通ならあんなに酷いことにはなりませんけど、必要でしたら規制を検討してください」
俺が作った労働組合は、法的な根拠があるものではなかった。立場を利用して経営側を脅すだけの、チンピラ集団のようなものだ。あんな集団が内部に居たら、店なんてやってられない。できれば規制してもらえると助かる。
まあ、規制されるだろうけどな。議会の中では、『労働組合は危険集団だ』と考えられているはずだ。俺も、多少はそう思われるように誘導した。経営者からすると、労働組合はマジで厄介だから……。
「もちろん規制させていただきますよ。あんな集団を野放しにすることはできません……あ、着きましたね」
話をしているうちに、トリスタンの別荘に到着した。
トリスタンの別荘は、真っ白い壁に覆われた、やけに豪華な屋敷だ。建物の大きさは、一家族が余裕で住めるくらい。そして、手入れが行き届いた広い庭に囲まれている。滅多に来ない家に、こんなに金を掛ける意味があるのか? どこの国でも同じだな。金持ちの考えることはよくわからないわ。
「それで、今日は何の用です?」
「コータローくんの話を聞いていただきたく思いまして、彼を連行してきました」
トリスタンは、玄関の扉を開けながら答えた。
「え……? なぜです?」
「我々では公平な判断ができそうにありませんからね。同じ迷い人ですから、ツカサさんにお任せしたいのです」
トリスタンはうんざりしたように言う。俺もうんざりだよ。面倒な役割を押し付けられたな……。まあ、いいけど。
今聞くべきことは、コータローの行動の理由だろう。俺にはただの無能が思いつきで行動したように見えるのだが、実はそれが演技で、別の狙いがあるのかもしれない。もし後者だった場合、早く手を打たないと拙い。
「分かりました。いいでしょう」
「ありがとうございます」
トリスタンは、コータローが居るという部屋の鍵を開けた。そしてゆっくりと扉を開ける。俺は、案内されるまま部屋の中に入った。すると、コータローは狭い部屋の真ん中で、小さな椅子に座っていた。
「またお前かよ! 何なんだよ!」
コータローは俺の顔を見るなり、怒りを顕にして叫んだ。俺の顔を覚えていたようだが……。
「何と言われましても、困りますね」
「お前、日本人なんだってな! どうして同じ日本人を貶めるようなことをするんだよ! 同じ日本人として、助け合おうと思わないのかよ!」
「民族は関係ないでしょう。日本にもおかしな人はいますし、外国にも素晴らしい人がたくさんいます。僕は相手を見ているだけですよ」
どこの国にも、善良な人もいれば悪人もいる。『日本人だから皆善良だ』という考え方は、ただの思考停止でしかない。相手を見て判断するのは当たり前のことだ。現に、コータローはおかしなことばかりをしていた。助け合えというのは無理な話だ。
「ふざけんなよ……クソみたいな人生を、せっかくリセットできたと思っていたのに……」
コータローは悔しさに涙を滲ませて呟いた。こいつも日本では苦労していたようだ……。詐欺師だった俺と比べて、どっちの方がクソだったのかな。詳しく聞くつもりはないが、少し気になるところだ。
いや、クソみたいという時点で、俺よりはマシか。詐欺師の人生はクソだと断言していいと思うから。
「国が変わったところで、それまでの行いが消えるわけではありません。リセットなんてできませんよ」
「うるさいっ! お前には分からないだろ……。異世界に転移して……若返って……これからだってところだったのに……」
異世界……いつだったか、ルーシアもそんなことを言っていたな。あまりにも荒唐無稽な話だったから、考えないようにしていた。地球でも文明と隔離された集落は意外と多いから、勝手に閉鎖的な島国だと決め付けていた。本当に異世界だったのか。
まあ、俺にとってはどうでもいいんだけど。絶対に追手が来ないと分かって、むしろ有り難いよ。
しかし、若返っていたのか。その発想は無かった。やけに若く見られるなあ……とは思っていたけど、まさか本当に若くなっていたとはね。まあ、これも別にどうでもいいんだけど。……寿命が伸びたのかな? うん、ラッキ―だ。
俺の20代はなかなか酷いものだったが、これでやり直せるのか……。リセットしたという気持ちが理解できた。俺の人生も、リセットしたと思っていいのかな……。人並みの幸せは諦めていたが、それを求めてもいいのかな……。
「面白い情報をいただき、ありがとうございます」
「はぁ? まさか……気付いてなかったのか?」
コータローは呆れ顔をこちらに向けた。
「言われなければ気付かないですよ……」
妙だな、と思うことは多数あったが、どれも確信できるようなことではない。
世界地図でも見れば気付いたかもしれないけど、大きな地図は高い。夜空を見れば分かると言われるかもしれないが、俺は星座のことなんて何も知らない。精巧な鏡が手に入らなかったから、若返っていることにも気付けない。
俺に与えられた情報だけでは、ここが異世界だと断言することはできなかった。
「ツカサさん。そんなことはいいですから、早く本題に入ってください」
トリスタンに注意された。危ない、危ない。うっかり全く関係ない話をしようとしていた。このままでは、話題は『コータローの生い立ちについて』になっていただろう。誰も聞きたくないって。
「失礼しました。気を取り直して。コータローさんには、いくつか質問があります」
俺は真剣な表情を作り、コータローに向かい合った。コータローは、額に冷や汗を滲ませながら俺を睨みつけている。さて、何から聞くべきか……。





