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詐欺師

 ブルーノから借りた貴族の衣装を着てカツラをかぶり、化粧で顔つきを変えた。貴族のお抱え音楽家のような出で立ちの2人が並ぶ。1人は俺で、もう1人はライラだ。


「こんな服を着たのは初めてです……」


 ライラは舞台衣装としても派手すぎな衣装を身に纏い、苦笑いを浮かべた。


「ははは。僕もですよ。まあ、気にしないことです。では、出発しましょうか」


 ブルーノも言っていたが、こんな服を着ている人を見たことがない。さぞかし目立つだろうが、今日はこのまま外出する。


「それで、私はどうしたらいいですか?」


 ライラは不安そうに呟いた。


「僕が書いた台本通りに動いてくれればいいです。あとは自由にやってください」


 ライラには、大急ぎで書いた台本を渡してある。要点だけをまとめた簡単な台本だ。台本と言うより、プロットと言った方がいいかもしれない。相手の出方によって態度を変える必要があるので、この程度で十分だ。



 まずはレヴァント商会の近くの物陰に隠れ、ターゲットが現れるのを待つ。


「緊張しますねっ!」


 ライラは顔を強張らせて言うが、その姿はどこか楽しそう。

 そうこうしているうちに、ターゲットが現れた。俺が一方的に顔を知っているレヴァント商会の営業、ヘクターだ。


「出てきましたね。まずは僕が1人で行きます。良きタイミングで声を掛けるので、出てきてください」


 これから、俺の名前はツカサではなくツァイトになる。ライラはレイだ。2人は兄妹で、ボイヤス商会という大商会の御曹司という設定。ヘクターの前ではそう振る舞う。

 ちなみに、ボイヤス商会というのは休眠口座の名義人である。この街にはもう無い。


「おや、レヴァント商会のヘクターさんじゃありませんか?」


 ヘクターの前に躍り出て、気安い態度で声を掛ける。もちろん初対面なので、ヘクターは怪訝な表情で俺を見た。


「ん? 誰だ?」


「覚えていらっしゃらないですか? 私ですよ」


 こんな服を着た人間を忘れるなんて、ちょっと考えにくい。でも、必死で思い出そうとするはずだ。そうすると注意力が散漫になる。それが狙いだ。


「……えっと、どこで会いましたかね?」


 ヘクターは、怪訝そうに俺の服装を眺めた。……やっぱり派手すぎたかな?


「以前、パーティでご一緒したじゃありませんか。ボイヤス商会の会頭補佐、ツァイトですよ」


「ボイヤス……?」


 ヘクターの頭の上に、いくつもの『(ハテナ)』が浮いているかのようだ。ヘクターは、俺のことをかなり不審がっている。ちょっと分が悪いかな……。そう思った時、俺の背後から突然声が聞こえてきた。


「兄様! こんなところで何をなさっているんですか。探しましたよ」


 振り返るとライラが居た。ライラが隠れていた場所には、馬車が止まっている。どうやら、追い出されたので出るしかなかったらしい。

 いつものように間が悪いが、タイミングはバッチリだ。そのまま台本を進行する。


「大事なお客様をお見かけしたのだ。レイも挨拶をしておけ」


「ポイヤス商会会頭秘書のレイです。はじめまして」


 ライラに挨拶をさせて、さらに畳み掛ける。


「失礼致しました。以前、ヘクターさんにご紹介すると申しておりました、妹のレイでございます。良い機会ですので、これからお食事でもいかがですか?」


 ヘクターに向かって礼儀正しく頭を下げた。トリスタンの動きを参考にしたので、貴族感が出ているはずだ。


「あ……そういうことでしたか。是非ご一緒させてください」


 はい、食いついたよ。ライラを連れて来たのはこのためだ。ヘクターにとって、俺は不審者だ。俺1人だと食事に誘導するのが難しかった。

 ヘクターは若い男だから、下心の1つくらいはあるはず。女性を紹介すると言われれば、『話くらいは聞こうかな』と思わせることができると踏んだのだ。



 このあたりで最も高級そうな店に迷わず入った。まずはヘクターの警戒心を和らげたい。ライラをヘクターの隣に座らせ、俺はヘクターに声を掛けて少し離れる。


「ここは私のお客様が経営していらっしゃるのです。挨拶をしてきますので、先にお席に着いていてください」


 もちろん大嘘。俺の地位に信憑性を持たせるための、詐欺のテクニックだ。俺はこの店に初めて入るし、店主が誰かも知らない。


 店主を呼び出して、注文をしながら軽く世間話をする。遠目から見れば、友人と歓談しているように見えるだろう。その間も、ヘクターと会話をするライラの様子を見守る。


「兄からお話は聞いています。ヘクターさんは、レヴァント商会の次期幹部なんだそうですね。お若いのに、立派です」


 ライラの話し声が聞こえてきた。上手に煽てているなあ。よく見ると、ライラは服の第一ボタンを外して胸元を出している。


「ふふふ。そうなんですよ。会頭様は私を気にかけてくれていましてね。もうすぐ店長を任される予定なんです」


 ヘクターは、鼻の下を伸ばしてライラの胸元をロックオンしている。男の視線って、バレるものだぞ……?


「凄いですね……。そんな人と結婚なさる女性は、さぞお幸せでしょう」


「そうでしょうね。なんたって、大商会の次期幹部ですから」


 ヘクターは、持ち上げられて上機嫌だ。いつの間にか、ライラの手はヘクターの足に添えられていた。ライラもノリノリだな……。俺はそこまでやれとは言っていないぞ。ただの演技でそこまでできるのか……。女って怖い。


「でも、お仕事は大変なんですよね?」


「そうなんですよ。昨日もいきなり大量の注文が入って、大忙しですよ。信頼されるのも楽じゃないですね」


 ヘクターは得意げに言う。忙しい自慢だ。でも、その注文はブルーノたちのことだと思う。俺の差し金だよ。


 ちょうどいい話題になったから、俺もライラに合流しよう。


「お忙しいようですね」


 そう言って、ヘクターの向かいの椅子に座った。


「そうなんですよ。大急ぎで在庫の確保をしなければならないのに、生産が追いつかないのです。てんてこ舞いですよ」


「在庫、と言いますと、例の健康食品でしょうか?」


「よくご存知で。売れすぎるのも問題ですよ。4500箱の注文が入りまして、その在庫が確保できないのです」


 ヘクターは苦笑いを浮かべて言うが、きっとこれは『大量の注文が取れるんだぞ』という、自虐風自慢だろう。面倒なやつだが、俺にとっては都合がいい。


「なるほど……。ここだけの話ですが、私になら手助けできそうです」


「え……? それはどういうことですか?」


 ヘクターは戸惑いの表情を見せる。


「今、私共は独自のルートで例の健康食品を仕入れています。それをお渡しできますよ」


「それはどこから……」


「詳しくはお話できませんが、もちろん新品未開封です。店としては、どこから仕入れても同じでしょう。6000箱はすぐにご用意できます」


 手元にある商品を全部売り、ヘクターに在庫を確保させる。その在庫をブルーノたちに納品させ、それをもう一度ヘクターに売って違約金を回収する。それが今回の計画だ。


「それは願ってもないですが……いくらで販売するご予定ですか?」


 よし、少し食いついた。


「3500クランで販売できれば、と考えております」


「高いですね。話になりませんよ」


 く……この値引きに応じるのはツラい。どうにか丸め込めないかな。


「確かに、多少損が出るかもしれません。しかし、お店のお金ですよ? あなたに損は無いでしょう」


「まあ、確かにそうですが……」


「ライバルに差をつけるチャンスです。レヴァント商会で生き抜くには、この決断が必要なはずですよ」


 レヴァント商会の体質を考えると、ヘクターにも損がない提案だと思う。損をするのはレヴァント商会だけだ。


「ええ……それはそうなんですけど……」


 言葉を詰まらせるヘクターに、ライラがアドリブで追い打ちをかけた。


「……え? 幹部候補なのに、そんな決断もできないんですか?」


「いえ、レイさん……。そんなに簡単なことではないんです」


 ヘクターは戸惑いながら返すが、ライラはさらに言葉を続ける。


「なんだかがっかりです。もっと先が見える人だと思っていました。今回の取引って、未来のために大事なことなんですよね?」


 俺の指示じゃないアドリブがガンガン出てくるぞ。ライラには詐欺師の才能があるんじゃないかな。というわけで、俺も乗っかる。


「妹の婚約者候補として、実力を示していただけませんか?」


「……分かりました! 私がなんとかしましょう! 店には内緒で、全て仕入れさせていただきます!」


 ヘクターは、ライラの手を握って力強く宣言した。鼻の下は伸び切っている。下心が爆発したらしい。


 今回は全力で詐欺師の手法を使った。しかし、詐欺ではない。商品は確実に納入するし、追加で金品を要求することもない。嘘で塗り固めた交渉だったが、商売の部分では嘘をついていない。

 我ながら悪徳商法かな、とは思うけど、相手はレヴァント商会。お互い様というやつだ。悪徳商法で買わされた商品を、悪徳商法で返品したに過ぎない。


「ありがとうございます。それでは、明日全て搬入させていただきます」


「はい。お待ちしております」


 完全に嵌ってくれたな。ライラの活躍は大きかったけど、思ったよりもチョロかった。ヘクターには、今後も不良在庫処分の窓口となってもらう。



 食事の代金を支払ってヘクターと別れた。ヘクターの視線はずっとライラに向いていて、帰り際も寂しそうにしていた。ライラの思わせぶりな演技に、騙されてしまったのだろう。


「……あれで良かったんですか?」


 ライラが不安そうに言う。


「バッチリです。なかなかいい演技をしますね。才能があるんじゃないですか?」


 詐欺師の才能が、ね。ライラが居なければ、もう少し時間が掛かっていたと思う。


「ふふふ。ありがとうございます」


 ライラはニコリと笑った。それは演技なのか? 本気なのか? まあ、それはどうでもいいか。



 なにはともあれ、解約金の問題は解決した。レヴァント商会に支払う違約金は、今のルートで戻ってくる。どれだけ解約しても安心だ。

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