下ごしらえ
これから俺は本気を出す。悪徳企業レヴァント商会を叩き潰すために、俺の技術をすべて使うつもりだ。使えるものは何でも使う。幸い、俺はこの国では真面目に生きてきた。俺を信用する人間は多い。その信用もすべて使うつもりだ。
これから実行する計画の下準備のため、エマにも協力を要請する。
「エマさん、ちょっと協力していただきたいんですけど……」
「何ですか?」
朝早くからの訪問だったため、エマは少し眠そうだ。でも、行動は早い方がいい。
「銀行に、休眠口座は無いですかね」
「休眠……?」
エマは不思議そうな顔で聞き返す。
「誰も使っていない銀行口座です。銀行に勤めていたエマさんなら、ご存知じゃないですか?」
「あ……それなら売るほどありますよ。持ち主が街を離れるときに、解約せずに出ていっちゃうんです」
銀行の口座は、街ごとに作らなければならないようだ。俺も初めて知った。まあ、各銀行での連携が取りにくいから、それは仕方がないかな。
「なるほど。売ってもらえないですかね?」
「……え?」
エマは怪訝な表情を浮かべる。俺がやろうとしていることが、まったく理解できないのだろう。
「誰も使っていない口座がほしいんです。自分で作るわけにもいかないので……」
大事なのは口座名義だ。俺じゃない誰かにしておかなければならない。この国の銀行は本人確認が面倒なのだが、抜け道はいくらでもある。委任状を発行してもらえば、すぐに使えるようになる。
「そんなものを買って、何をする気ですか……?」
「うちの店がレヴァント商会から攻撃を受けていることはご存知ですよね? 反撃のために使うんです」
防衛なんて生ぬるいことはしない。多少の危険を冒しても、積極的に反撃して潰す。
「なるほど……。分かりました。銀行で聞いてみます」
俺が直接交渉するつもりだったのだが、エマが代わりに交渉してくれるみたいだ。俺がやるよりも話が早そうだから、全面的にお任せしよう。
「すみませんが、よろしくお願いします。予算は20万クランでいいですか?」
「……絶対にそんなに掛からないと思います」
エマは呆れ顔で呟いた。意外と安く買えるみたいだ。お釣りが出たら、エマへの手数料ということにしておこう。エマを巻き込んで悪いとは思うが、全責任は俺が取る。……違うな。トリスタンに取らせる。だから大丈夫だ。
口座の準備はこれでいいとして、次の協力者が必要だ。俺1人では成功率が低いと思われる。誰かをアシスタントにしなければならないのだが、ルーシアとメイはちょっと都合が悪い……となれば、ライラが適任じゃないだろうか。
そうと決まれば、さっそく印刷工房に移動する。店を素通りして印刷工房の扉を開けると、そこにはフランツが居た。
カウンターの席にライラとフランツが並んで座り、雑談をしている。2人とも休憩中なのだろうか。絶妙に間が悪い……。ライラが絡むと、フランツも間が悪くなるのか。
「お疲れさまです。ライラさんに用があったんですけど、今はお忙しいですか?」
「あ……お疲れさまです。大丈夫ですよ」
ライラはそう答えるが、横に座っているフランツは嫌そうな顔をしている。大丈夫とは思えないな……。
「忙しそうなので、後にしますね」
俺がそう言うと、フランツはふてくされた様子で答える。
「いいですよ。急用なんですよね?」
「まあ、急用と言うほどのことじゃないんですけど、急ぎたい案件ですね」
「オレらは大丈夫です。どうぞ、話してください」
フランツはライラの背中越しにライラの隣の椅子を引いた。フランツは終始座ったままで、立ち去る様子は感じられない。邪魔くさいが、同席を許そう。
ライラの隣に座る。狭いカウンターテーブルに肘を置き、ライラとその奥にいるフランツを見た。ライラはキョトンとしたまま、俺を見ている。
「実は、ライラさんにお願いがあるんですよ」
「何でしょう?」
「レヴァント商会を攻撃するために、力を貸してほしいんです」
フランツにとっては自分の家のことだ。一緒にお願いしてもらえると助かる。
「へぇ……? 何をするんですか?」
ライラは怪訝な表情を浮かべて聞く。
「ちょっと芝居をしてほしいんですよね」
「芝居ですか! それなら自信がありますよっ!」
ライラは歌が好きだと聞いていたのだが、芝居も好きらしい。不器用で家事ができない代わりに、芸術の才能があるみたいだ。
「ありがとうございます。少し危険な芝居ですが、責任は取ります。よろしくお願いしますね」
俺の案に乗ったのはトリスタンだから、俺の行動の責任は全てトリスタンに取らせる。失敗するつもりなんてさらさら無いけど、万が一は考えられるからな。
「ちょ、ツカサ兄さん! ライラに何をさせる気なんですか!?」
フランツが会話に割り込んで怒鳴った。
「ただの営業のお手伝いですよ。普通の手順と違うことをするので、若干の危険が伴うんです」
「営業だったらオレがやりますよ!」
フランツには、いずれは営業を任せようと考えている。だからこそ、今回の作戦には参加させられない。俺が考えている健康食品の売り込みは、かなり無茶で危うい。まともな方法じゃないから、これを『アリ』だと思われたら困る。
「有り難い申し出ですが、今回は遠慮してください」
「でも……危ないんでしょ?」
「怪我をしたりするリスクは無いですよ。それに、危ないと思ったらすぐに身を引きます」
必要以上に危険をアピールしているけど、実際はそこまで危険ではない。失敗したときに、物凄く面倒なことになるだけだ。とは言え、リスクがあることなんだから、正直に「危ないよ」と伝えるべきだろう。
「そうですか……。絶対ですからね?」
「気を付けます」
フランツを適当に納得させて、ライラの協力を得ることに成功した。次に行く場所は、ブルーノの店だ。そこで注文していた衣装とカツラを受け取る。今日は忙しいな……。
印刷工房を出た後、急いでブルーノの店にやってきた。
「お願いしていた衣装なんですけど、準備はできていますか?」
「ああ、問題ないよ。とんでもなく派手だけど、本当にこれでいいのか?」
カツラの色は金で、大量の毛髪をくるくると巻いてガッチガチに固められている。いつか音楽室で見た、大昔の音楽家みたいな髪型だ。
衣装はと言うと、これまた大昔に社会の教科書で見たような、中世ヨーロッパ貴族が勝負服にしていそうなデザイン。カツラと合わせたら、完全に貴族のお抱え音楽家みたいになる。そんな服の男女ペアだ。
「バッチリですね。注文通りですよ」
この服の素晴らしいところは、誰が見ても服と髪型に目が行くことだ。顔の印象が薄まるので、変装には適している。
敢えて難点を挙げるとすれば、ターゲット以外の注目も集めてしまうことだろう。しかし、今回の作戦は注目を浴びた方が都合がいいから、この服で問題ない。
「しかし……こんな服を着てどこに行くんだ? 今日日、こんな服を着て歩く頓珍漢は居ないぞ?」
そんなにおかしな格好なのか……。だったら、もう少し地味にしてもらった方がいいのか? とはいえ、もう時間がないしなあ。
「大丈夫です。ちょっと変装したいだけですから。それより、解約の準備をしておいてください」
「ん? そんな金は無いと言っただろう。無理だよ」
「都合をつけてきました。またスイレンさんから借ります」
「うげぇ……またあの人か……。苦手なんだよ、あの人」
ブルーノは、心底嫌そうな顔をした。まあ、誰でもそうだと思う。あの人が得意な人間は居ないだろう。凄みや威圧感があって、返済が遅れたら何をされるか分からないという怖さがある。
「今回は僕が保証人になっています。心配は要りませんよ」
だから、何が何でもブルーノたちに返済させる。
「本当か! それは助かる!」
でも、ブルーノたちにとって、本当に幸せなことなのかは分からないぞ。万が一踏み倒した場合、俺が取り立て側に回るだけだ。スイレンだけじゃなく俺も敵になる。もしスイレンが許したとしても、俺は地の果てあの世の果てまで追いかけるからな。
「まあ、お金のことは安心してください。5人分借りていますからね。それで、健康食品の在庫なんですけど……」
「ああ、そうだったな。我々で話し合って、私が代表して預かることになった。全部で約1000箱余っている。本当に売れるのか?」
1000箱か……。スイレンのところで5000箱という話を聞いているから、とても少なく感じる。でも、売る難易度はこっちの方が上だ。仕入れ値が違う。
あれ……? 違うぞ。これは今余っている在庫の数だ。解約するのなら、5店舗、9カ月分、100箱で4500箱が送られてくる。馬鹿じゃないの? そんなに売れるのか?
いまさら言っても仕方がない。どうにかするしか無いな。
「売れるかどうかじゃないです。無理やりにでも売るんです。お金はすぐに用意できますから、今日中に解約を申し入れてください。そして、とにかく早く4500箱を準備するように言ってください」
「おいおい、ずいぶんと急だな……。あの営業が、そんな無茶を受け入れるとは思えないぞ?」
「僕の友人は暴力で解決できたそうです。そこまでのことをしろとは言いませんが、5人で詰め寄れば無茶を通せると思いますよ」
ギンが殴った相手がヘクターだとは限らないが、殴られたという噂くらいは聞いているはずだ。おそらく、ヘクターは暴力を警戒していると思う。それに、5人の機嫌が悪い大人に囲まれたら、弱気にもなるだろう。
「しかし、商品は合わせて5500箱だぞ? 本当に大丈夫なのか?」
「早くしないと、売れるものも売れなくなります。時間が勝負なので、協力してください」
急がせるのも計画の内だ。ヘクターは焦るだろう。今回は、その焦りも利用する。
店に帰ると、エマが待ち構えていた。休眠口座の準備ができたそうだ。口座の委任状を受け取り、これで全ての下準備が整った。明日は勝負に出る。久しぶりの本気だ。
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