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大人の対応

 ヘクターが提示した解約の条件は、かなり滅茶苦茶なものだった。

 ブルーノや他の店主たちが支払わなければならないのは、違約金の30万クランと商品代金の270万クラン。合わせて300万クランだ。それが5店舗分で、総額1500万クランになる。この額を失ったら店が傾く。

 円満に解約させるためには、素直に全額を支払うのがもっとも手っ取り早い。だからといって泣き寝入りするわけにはいかないので、その後でキッチリと取り返す。


 要は赤字にさえならなければいいので、納品された商品をどうにか売り切るつもりだ。



 ヘクターが帰ったことを確認して、隠れ家から出た。ヘクターが座っていたソファに座り、ブルーノに声を掛ける。


「ブルーノさん、してやられましたね」


「……うむ。不本意だが、300万クランなんて大金、すぐには準備できぬよ」


 ブルーノはがっくりと肩を落とした。まるで通夜のようだ。


「そうですね。借金をするにも限度がありますもんね」


 ブルーノは、すでにスイレンから多額の借り入れをしている。今は問題なく支払いをできているが、これ以上増えたらかなりキツイだろう。


「本当なら、今すぐにでも解約したいよ……」


「大丈夫ですよ。話を聞いて、1つ案を思いつきました。この健康食品は、3500クランで売ります」


「待て! それは無理だ。もし値引きをした場合、その差額をレヴァント商会に納めなければならない」


 ブルーノは焦ったように言い返す。

 無茶苦茶なペナルティだな……。でも、安売りに問題があるのなら、問題が起きないところに売るだけだ。と言うか、もとよりそのつもりだったしな。

 安売りをしている店は、他にもたくさんあるはずだ。すべての会員が馬鹿正直に従っているとは思えない。ペナルティはバレなければ発生しないんだ。ルールの抜け道を発見するのが上手いやつは、どの世界にも居る。


「なるほど。でも、大丈夫です。僕に任せておいてください」


「……本当に大丈夫なのか?」


 ブルーノは心配そうに言う。


「はい。ただし、ブルーノさんの協力も必要です。次回ヘクターさんが来たら、再度解約を申し出てください」


「金は無いぞ?」


「金貸しの方に、一時的に借ります。取り返すプランはありますので、ご安心ください」


 金はスイレンあたりに都合してもらえないだろうかと考えている。短期の借り入れであれば、交渉次第でなんとかなるだろう。

 しかし……以前カラスからスイレンに俺の広告を渡してもらったはずなんだけど、まだ目立った動きが見られない。様子見も兼ねて、これから行ってみよう。


「分かった……任せるよ」


 ブルーノは不安げな表情を俺に向けた。

 正直なところ、成功率は3割ってところかな……。かなり不確定なプランだが、ここで不安を吐露しても仕方がない。全力を尽くすだけだ。


「では、申し訳ありませんが、お願いがあります。仕立て職人さんに交渉して、できるだけ豪華な服を借りられませんか?」


「服……? まあ、借りられると思うが……何故だ?」


「今回のプランで必要になりそうなんですよ。僕の分と、小柄な女性用の服も数着ほしいですね。それと、カツラのようなものもあると助かります」


 備えあれば憂いなし。使うかどうかはまだ分からないが、万が一のために準備しておきたい。


「……まあいいだろう。明日までに揃えておく」


「お願いします。では、僕は準備がありますので、そろそろ行きますね」


 そう言って、ブルーノの店を後にした。次に向かうのは、スイレンのところだ。



 スイレンの家の近くまで移動すると、見覚えのあるチンピラが家の前に佇んでいた。ギンだ。面倒だな……。出直そうかな。


「ああっ! 兄さん!」


 うわあ、見つかっちゃったよ……。


「ギン、久しぶりですね。では、僕は急ぎますので」


 そう言って踵を返した。


「ちょ! 待ってくださいっす! こっちの用があったんしょ?」


 ギンは慌てて俺の腕を掴んだ。もう二度と会わないみたいなことを言っていたくせに、何を言っているんだ? 面倒事はカンベンだぞ。


「その用事は今無くなりました。帰ります」


「そんなことは言わないで! すんません! 助けてくださいっす!」


「……二度と会わないんじゃなかったですか?」


 呆れ顔でそう返すと、ギンはバツの悪い顔で答える。


「そんなこと言わないでくださいよ……あの時のことは謝ります! マジすんませんっした!」


 ギンはそう言って腰だけを曲げ、顔を上げて俺を見上げた。お辞儀の仕方がなっていないな。そんな頭の下げ方では、まったく誠意が伝わらないぞ。


「なるほど。では、アツアツの鉄板の上で土下座でもしていただきましょうか」


 紳士の嗜み『焼き土下座』だ。誠意を見せるというのなら、それくらいの意気込みは見せてほしい。


「……うっす。今から準備しますんで、ちょっと待っててくださいっす」


 ギンは思いつめたような表情を浮かべて立ち去ろうとした。慌てて止める。


「いやいや、冗談ですって。そこまでのことはしなくていいです。どうして本気にしているんですか……」


「あ……スイレンさんなら平気で言うんで、兄さんもそのタイプなのかなと……」


 やっぱり怖いな、あの人。でも、なんとなくやりかねないと思わせるだけの凄みがある。今度、謝罪の様子を見学させてもらおうかな。


「とにかく僕は大丈夫です。助けろって、どういう意味ですか?」


「金貸しを破門になったんで、スイレンさんにとりなしてもらえないかと思ったんす……」


 ギンはスイレンからも絶縁されたようだ。これ、たぶん俺の広告の影響だよな……。俺が知らないだけで、スイレンはかなり積極的に動いているらしい。

 まあ、だからといって俺がギンに手を貸す理由にはならないんだけど。


「それはちょっと虫が良すぎませんかね……。僕とギンは無関係でしょう?」


「それはマジで謝ります! すんませんっす!」


 ギンはそう言って、水飲み鳥のように何度も頭を下げた。本気で反省しているように見えるが……。詳しく聞いてみる必要があるな。


「とにかく、どういう心境の変化なんですか?」


「……レヴァント商会の幹部に、カレルを騙した詐欺師が居たっす……」


 ギンは深刻な表情を浮かべて言う。

 すっかり忘れていたけど、そう言えばそんなやつも居たなあ。ギンに調査を任せたまま、完全に忘れていた。興味も失っていた。


「なるほど。それを見て、レヴァント商会が信用できなくなったんですね」


「そういうことっす……。面目ない。最初っから兄さんに従っておけばよかったっす」


 ギンは申し訳なさそうに頭を掻いた。あれほどレヴァント商会は信用できないと言ったのになあ。やっぱり、自分で気付くのが一番早いな。


 詐欺師が絡んでいるということは、レヴァント商会の内情は真っ黒だ。これは大きなスキャンダルになりそうだな。面白い。

 いや……待てよ? いつから絡んでいたんだ? これは可能性の話だが……。レヴァント商会は『独立の夢を後押しする』と言って見習いを募集していて、例の詐欺師は『独立を手助けする』と言って金を騙し取っている。嫌な関係性が見えてきた。


 真実はどうでもいい。これを合わせて報道したら、レヴァント商会は終わるぞ。いい情報を得られた。この情報に免じて、和解に応じてやるか。


「まあいいでしょう。ちょうど今からスイレンさんのところに行くつもりでしたから、ご一緒しましょうか」


「マジ助かるっす! さーせん! あざーす!」


 ギンは表情を明るくさせ、元気よく大声を出した。

 口調が軽いせいで反省しているようには見えないが、一応申し訳なさそうな雰囲気を醸し出している。これがギンの性格なのだから、仕方がない。まともなお礼として受け取っておこう。


 せっかくだから、もう少し情報を聞き出したい。ギンは確かゴールド会員だった。もし解約しているのなら、ブルーノと同じように無茶な引き止めを受けているはずだ。


「ところで、もう解約したんですか?」


「うっす。レヴァント商会の目の前で、契約書を破り捨ててやったっす」


 ギンはこともなげに言う。無茶な引き止めに対して、無茶な解約で押し切ったらしい。しかし、あのレヴァント商会が、契約書を破られたくらいで引き下がるとは思えないぞ。


「違約金を請求されませんでした?」


「ああ、そんなんもあったっすね。ぶん殴ったら静かになったっすよ?」


 あ……忘れがちだけど、こいつはドチンピラだったわ。なるほどな。こっちから暴力行為を働けば、違約金は有耶無耶になるのか。いや、俺はやらないからね。チンピラじゃないから。

 毎回そんな対処をしていたら、いずれは警察を呼ばれる。契約書がある以上、不利なのはこちら側だ。素直に金を払い、穏便に済ませた方がいい。


「そういう対処法は、他所では控えた方がいいですよ?」


「まあ、そうっすね。普段はやんないっすよ。レヴァント商会があまりにもムカついただけっす」


 まともな大人なら、ムカついたくらいでは人を殴らないぞ……。まあ、本当にムカついたんだろうな。気持ちは分からなくはない。


「それで、違約金はいくらだったか覚えています?」


「……さあ? 金の話が出たから、とっさにぶん殴ったんすよね」


 手が早い! いい大人なんだから、少しは我慢しろよ!


「……突然人を殴るのは良くないと思います」


「え? 兄さんの真似をしただけっすよ?」


 ギンはキョトンとした顔で答えた。俺、そんなことしたっけ……?


「まあ、それはどうでもいいです。解約する時はどんな感じでした?」


「レヴァント商会の店に行ったんすけど、よく分からん連中に囲まれて、とにかくウザかったっすね。それだけで殴りそうになるくらいっすわ」


 ギンは俺が思っているよりも気が短いようだ。ギンの堪忍袋の緒はティッシュでできているのかな。


「なるほど。参考になりました。ありがとうございます。それでは、スイレンさんのところに行きますか」


 そう言って、スイレンの家の扉を叩いた。ギンは怒られるんだろうなあ……。面倒だけど、フォローしてやろう。

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[一言] ギンが帰ってきて良かった...
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