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不安感

 広告の準備は着々と進んでいる。1枚目の広告は目標の1万枚を超えたので、2枚目の広告に着手している。こちらも1万枚を刷り終えたら、トリスタンに渡してばら撒いてもらう。

 朝から事務所で広告の確認をしていると、扉がノックされ、ルーシアが顔を出した。


「すみません、ドミニクさんがいらしていますが……」


「あ、分かりました。今行きます」


 ようやく帰ってきたか……。早ければ1カ月という話だったのに、思っていたよりも時間が掛かったな。

 店舗に出てドミニクに声を掛ける。


「お久しぶりですね。昇格試験はどうでした?」


「はっはっはっ! オレが落ちるわけねぇだろ!」


 ドミニクは軽快に笑いながら答えた。どうやら楽勝だったようだ。いや、3カ月掛かったことを考えると、それなりに苦戦したのかもしれないな。


「おめでとうございます。お祝いをしないといけませんね」


 以前から考えていたが、金以外にドミニクが喜びそうなもの……無いな。今度現金を渡そう。


「そうだな。楽しみにしているよ。それはそうと、今日は相談があるんだ」


「相談?」


「ああ。レヴァント商会の新ビジネスについてだ」


 恐れていた話題が……。


「まさか……入会したんですか?」


「違う。最初の勧誘があったとき、オレは馬車の中だった。話が聞けなくてな。タイミングを逃して、入会できなかったんだ」


 ドミニクは、残念そうに言う。おかしな方向に勘が鋭いドミニクは、商法には疑問を持たなくても、早く会員にならないと拙いということは直感で理解したらしい。なんて素晴らしいタイミングで外出したんだ。


「それは良かった。すでに入会していたら、どうしようかと思いましたよ」


「ん? それはどういう意味だ?」


 ドミニクは不思議そうに聞き返してきた。


「あの商法は矛盾だらけですからね。入会していなくて良かったですよ」


「おい、詳しく話してくれ」


 俺が書いた1枚目の広告を見せながら、問題点を説明していく。勘がいいドミニクなら、あっさりと理解できるはずだ。



 ドミニクは、うんうんと頷きながら真剣に俺の話に耳を傾けた。そして、顔を青くしていく。


「乗り遅れたオレでも利益を出す方法が聞きたかったんだが……乗り遅れて良かったんだな」


「まあ、そういうことです。会員は……特に利益を出している会員は、激しい批判にさらされると思いますよ」


「……そうだろうな。話を聞く限り、間違いないと思う」


 ドミニクは真剣な顔で頷いた。ちなみに、俺は批判されるように仕向けようとしているからね。だから、確定事項だ。


「まあ、問題になるのはもう少し先ですけどね」


 レヴァント商会のやり方では、確実に問題が発生する。もともと問題が多い商法なのに、レヴァント商会はより問題が大きくなる方法を推奨している。放っておいても数年以内に問題になるだろう。

 俺はより早く問題が露呈するように動いているから、破綻は目前に迫っている。まあ、会員たちは知る由もないがな。


「おい、それなら話が変わってくるぞ。オレの仲間が何人も入会している。そいつらを早く辞めさせないと、騒動が大きくなるんじゃないか?」


 ドミニクは深刻そうに言うが、無理に辞めさせるのは良くない。会員たちは、本当に良い物だと信じて入会しているんだ。間違いを指摘したところで、理解が得られなければ『悪人』はこちら側だ。


「……そうですね。でも、無理に辞めさせようとすると、話が拗れるんですよ。自分で気付いてもらわないと難しいです」


 そもそも、マルチ商法を何年も続ける人は珍しい。多くの人は、たとえ利益を出していたとしても、システムの矛盾に気付いて自ら引退していく。

 そして、俺は会員たちに危機感を持たせようとしている。その結果、おそらく大きな問題になるだろう。解約ラッシュが起きるはずだ。その時なら、説得するのは難しくない。


「いや、それでも! 批判される前に解約させないと拙い! 剣闘士は人気商売なんだよ。おかしな噂が立ったら、剣闘士として生きていけなくなる」


 ドミニクは強い口調で言う。


「正義感ですか……。悪くない考えですけど、賢明とは思えませんね」


 結局は自己責任なんだよ。やると判断したのは自分で、継続しているのも自分。批判されることになったとしても、自分の責任だ。


「だが……剣闘士は自分のファンを勧誘している……」


「なるほど……。それは拙いですね」


 俺の予想通りだ。そんな気はしていた。ドミニクにファンが居るように、他の剣闘士にもそれなりにファンが居る。そのファンに声を掛ければ、勧誘は簡単だったろう。


「先に被害を食い止めたい。知恵を貸してくれ!」


 まあ、ドミニクならそうしたいだろうな。俺にとっても都合がいい。剣闘士たちには、レヴァント商会への攻撃に加担してもらおう。そのためには、剣闘士たちには俺の思う通りに動いてもらう必要がある。


「分かりました。まずは、全ての勧誘活動を止めてください。購入を促すような行動もです。そして、問題が起きるまでは静観するんです」


「解約しなくていいのか?」


「そうですね。解約のタイミングは僕が指示を出します。それまでに、賛同者を集めてください」


 剣闘士一斉解約のタイミングは、二枚目の広告が出回る直前だ。騒ぎをより大きなものにできる。小さな火種を大きくする燃料になるだろう。

 それに、1枚目の広告が話題になれば、少しは危機感や違和感を抱くはず。多少は説得しやすくなる。


「分かった。できるだけ説得してみる。この広告は貰っていくぞ」


 ドミニクは、目の前の広告を掴んで言う。しかし、ドミニク1人だと大変そうだな。


「はい、いくらでも持っていってください。それから、ムスタフさんやマルコくんにも協力を依頼するといいです」


「ああ、声を掛けてみる」


 ドミニクは、そう言って店を出ていった。

 ドミニクやムスタフは発言力があるし、別の街にも顔が利くはずだ。剣闘士についてはドミニクたちに任せる。ムスタフとマルコには「無理に止めるな」と言ってあるが、後で撤回しておこう。



 一斉解約を実行するにあたり、俺の方でも解約の手順を調べておく必要がある。ブルーノに聞くのが手っ取り早いな。

 俺はブルーノにやんわりと「辞めろ」と言ったが、聞き入れてはもらえなかった。今も会員を継続している。そのため、内情や契約について詳しく知っているはずだ。


 ブルーノの店に移動し、中に居たブルーノに声を掛ける。


「お疲れ様です」


「やあ……久しぶりだね……」


 ブルーノは、力なく呟いた。まったく精気が感じられないが、何があったのだろうか。


「どうかされましたか?」


「いや、ツカサくんの忠告は聞くものだね……」


 ブルーノは苦笑いを浮かべ、額を手で覆った。


「何があったんです?」


「ははは。注文していないのに、レヴァント商会から健康食品が送られてきたよ」


 ブルーノは、乾いた笑い声をあげて言う。


「え? 返せばいいじゃないですか」


「それがな……。プラチナ会員には、毎月必ず100個送られてくるそうだ」


 わお! やっぱりドギツイノルマがあったよ。でも、いまさらそれに気付いたということは、今までは100個以上売っていたはずだ。


「なるほど。売れそうにないんですか?」


「そうだな。先月、営業の口車に乗って1000個注文したのだが、大量に売れ残っている。今も600個以上の在庫を抱えているよ……」


 前月にどれだけ注文したとしても、次月には勝手にノルマが送られてくるのか。なかなかエグい。返品、多分無理だよなあ……。


「それは仕方がありませんね……。それで、どうされるおつもりですか?」


「それを迷っているのだ。こんな大量の健康食品は、まったく売れそうにない。解約するべきだろうか……」


 ちょうどいいな。レヴァント商会がまともに解約させてくれるとは思えない。剣闘士に解約させる前に、ブルーノで試そう。


「解約ですね。儲からないのなら、すぐにでも手を切った方がいいです」


「やはりそうか……」


「もし良かったら、他の方にも解約を勧めてあげてください」


 外野の俺が言うよりも、内情を知っている人間が言った方が説得力がある。ブルーノが声をかければ、他の連中も辞めるだろう。


「うむ。言っておくよ」


「それで、解約するにはどうしたらいいんです? レヴァント商会に行けばいいんですか?」


 これが今回聞きたかったことだ。解約すると言っても、手順や方法が何も分からない。どうせ手順は公開されていないだろうから、誰かで試す必要があったんだ。


「ん……? そう言えば、何も聞いておらんな……。明日、営業が来ると思うのだが、そのときに聞いてみよう」


 契約させるだけさせて、解約については何も言わない。これは悪徳商法の常套手段だ。何ら不思議は無い。

 できれば解約手続きを自分の目で見ておきたかったけど、ブルーノから話を聞くだけでも十分かな。


「分かりました。後日、解約手続きの様子を教えてください」


「いや、それよりも……明日の話し合いに同席してもらえんか?」


 ブルーノは遠慮がちに言う。


 願ってもないことなんだけど、同席するのは拙い。俺はチェスターに目を付けられているから、今は動いていることを知られると都合が悪いんだ。

 俺は仲間内に向けてレヴァント商会のアンチ活動をしているが、まだ個人的に動いているに過ぎない。チェスターの中では、『蚊が鳴いている程度』としか思っていないだろう。今はまだ、そう思わせておきたい。下準備が終わるまで待ってほしい。


「できれば僕もそうしたいんですけど、顔を見られたくないんですよね……」


「そうか……。それなら、店の奥に隠れていても構わん。店に居るだけでいい。どうだ?」


 最高の申し出じゃないか。レヴァント商会のやり口を知るチャンスだ。


「了解です。口出しできないと思いますが、よろしくお願いします」


 レヴァント商会が黒いことは分かっている。どんな手段で解約を止めに来るかが見ものだ。暴力沙汰になるなら俺が割って入るけど、どうなるかな……。

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