攻撃開始
レヴァント商会は国中に支店を持つ大商会なので、まともな方法で潰すことはできない。それなりに無茶をしなければならないだろう。
トリスタンが帰った後、印刷工房に移動してウルリックに広告の印刷を依頼する。
「ウルリックさん、例の広告を刷れるだけ刷ってください」
「刷れるだけって……何をする気だ?」
「コンシーリオで配ります。その後も、余裕があるならあちこちで配る予定です」
実行するのは俺じゃないけどな。トリスタンに任せたから、どこでどのようにばら撒くのかは俺は知らない。
「なるほど。お前の考えていることはよく分からんが、いいぞ」
「それと、明日あたりに新しい原稿をお持ちします。そちらも大量に必要ですので、そのつもりで準備をお願いします」
「ん? 新しい仕事か?」
「いえ、事情が変わりました。レヴァント商会を潰します。そのためには、今の広告だけでは足りないんです」
マルチ商法の問題を拡散したところで、おそらく大きなダメージは与えられない。儲かっている会員が居る以上、レヴァント商会の言い分には一定の信憑性があるからだ。
それに、目の前のものが良いものか悪いものか判断できない時、人は別の情報から善悪を判断する。今はレヴァント商会が優秀な店だと思われているので、マルチ商法に疑問を持たれていない。俺の啓蒙活動が成果を上げていないのは、そのためだ。
まずはレヴァント商会の社会的信用を下げてやる必要がある。
一番いいのは不正の証拠を掴んでばら撒くことなのだが、残念ながら不正をしているかどうかすら分からない。そこで考えたのが、レヴァント商会の内部事情を内部告発風に拡散することだ。メイの話を聞き、その情報を盛りに盛ってセンセーショナルに発表する。
「どういう心境の変化だよ。レヴァント商会には深く関わらないんじゃなかったのか?」
「今回は向こうから関わってきましたからね。自衛のためですよ」
「くくく。分かった。いくらでも協力してやるよ」
ウルリックはニヤリと笑って応えた。
「ウルリックさんは全力で印刷してください。原稿は後でお渡しします」
「了解だ。待っているよ」
印刷工房を出たら、さっそく次の広告の準備をする。そのためにはメイの協力が必要だ。まずはメイから聞き取り調査をする。店に戻り、メイに話し掛けた。
「メイさん、少しお時間いいですか?」
「あ、ちょっと待ってください。お姉さま、いいですか?」
メイは隣にいるルーシアに問い掛けた。
「お店なら大丈夫ですよ。行っておいで」
「はいっ! すみません、何でしたか?」
メイはルーシアに向かって元気に返事をすると、俺に向き直した。そんなに心配せずとも店は暇だ。とても良いこととは言えないのだが、今となっては都合がいい。
「休憩室でお話を伺いたいんです。協力してください」
「分かりました……」
心配そうな顔をしたメイを連れて、休憩室に入る。俺の向かいにメイを座らせると、メイは恐る恐る口を開いた。
「それで……お話というのは……?」
「レヴァント商会について、知っていることを全て話してください。もう義理立てする理由は無いでしょう?」
メイは、レヴァント商会のことについて多くを語らなかった。その姿勢は評価できるのだが、今はそんなことを言ってられない。洗いざらい話してもらう。
「あ……そうですね。お姉さまのためです。ご協力します。でも、私は健康食品のことはあまり知りませんよ?」
メイは健康食品が世に出る前に退職した。下っ端の見習いだったわけだし、何も知らないのは仕方がないだろう。しかし……。
「今日聞きたいのはそれではありません。内部の文化や働いた感想を聞きたいんです」
「そんなことでいいんですか?」
「大事なことです」
メイがレヴァント商会を辞めたのは、企業文化と労働環境が悪すぎたからだ。メイは俺の後押しがあったから辞めたのだが、今も多くの従業員が劣悪な環境に身を置いている。
俺は、付け入るスキはここにあると考えている。メイの情報を上手く使えば、レヴァント商会にダメージを与えられるはずだ。
レヴァント商会の内部事情とマルチ商法は、本来は完全に別の問題である。しかし、両方の問題が同時期に公開された場合、民衆は同一の問題だと捉える。
人は物事を単純化して考えようとする傾向があるため、複数の問題の出処が同じだと混乱するのだ。これは炎上が拡大するロジックだ。自分のことなら絶対に避けるが、今回は敢えて混乱させる。
「分かりました。お話しますね。まず、レヴァント商会では、上下関係が最重要とされています。上の命令は絶対で、下の人間は意見を言うことも許されません」
メイに初めて会った時、元上司に思いっきり意見していたような気がするんだけど……。まあ、俺がメイを評価したのはそういう部分だ。立場を恐れず意見できるというのは、それだけで才能だと思うから。
ただ気になるのは、逆らった場合の罰則だ。あまりに酷い罰則があるのなら、それも攻撃材料になる。
「ペナルティでもあるんですか?」
「いえ、表向きには何もありません。でも、田舎に異動させられたり、出世できなかったりしますね」
更に詳しく聞くと、レヴァント商会の中では、独自の階級が設けられているという。同じ役職でも、階級が上なら上司ということになる。この階級は役職上の上司が独断で決めるため、上司に気に入られないと絶対に出世できないらしい。
「メイさんがずっと見習いだったのって……」
メイの年齢は17歳。見習いでもおかしくない歳ではあるが、勤続年数によっては一般従業員に昇格しているはずだ。
「逆らいすぎですね。結構嫌われていたと思います」
メイはこともなげに言う。頻繁に反論していたらしい。うちの店に来てからはずっとおとなしいが、意外と我が強いみたいだ。あの店で上手くやれるはずがないな。
「なるほど。下の立場の人はかなり厳しいようですね。それで、問題が発生した時はどうなるんです?」
「現場の人が責任を取ります」
確認するまでもなかったか……。ブラック企業の定番、『失敗は部下のせい、成功は上司のおかげ』というシステムになっているわけだな。
「それでも、上司に反発する人は居ますよね、メイさんみたいに」
俺がそう言うと、メイは乾いた笑い声を上げた。
「ははは……そうですね。たまに居ますけど、酷い場合だと懲戒解雇になります」
「え……そうなんですか。メイさんの周りにも、そんな人が居たんですか?」
「いえ、この街ではないです。懲戒解雇されると似顔絵付きの張り紙が出されるので……」
まるで晒し者だな。そうやって他店舗に周知するのか。悪人みたいな扱いだが、反逆者を出さないためなら効果的だろう。
「ありがとうございます。よく分かりました。最後に、今の従業員さんたちには、レヴァント商会に対する不満が無いんですか?」
最後になったが、これが一番重要。レヴァント商会の従業員全員がレヴァント商会のやり方に賛同しているなら、外野からは手の出しようがない。
「ありますよ。たぶん、見習いはみんなそうだと思います。辞めても行き場がないので、仕方なく従っているんです」
よし。いい返事だ。
「ちなみに、見習いは何人くらい居るんです?」
「……さあ? 私には、詳しいことは分かりません。この街の支店でしたら8人ですね」
「そんなに居るんですか?」
「そうですね。従業員さんは、店長を合わせて3人でした。参考になります?」
見習いの比率がおかしい。見習いというのは、日本で言うところのバイトみたいなものだ。安く使える見習いを飼い殺しにして、使い潰しているのだろう。
うん、レヴァント商会は潰れても問題ないな。
内部事情は、酷ければ酷いほど効果的である。人は『儲けている人』を『悪い人』と捉える傾向がある。程度の差はあれど、どこの国でも、どんな人でも同じだ。
儲けている、または有名な人は叩かれやすく、叩く理由があれば遠慮なく叩かれる。今回はその心理を利用して、民衆にレヴァント商会を叩いてもらう。
レヴァント商会=悪の図式が世に広まれば、レヴァント商会がやっている商法=悪というすり替えが発生するはずだ。俺はそれを狙っている。レヴァント商会が信用できなくなれば、マルチ商法の評価はひっくり返るだろう。
しかし、このままだと下っ端の見習いが攻撃対象になってしまう。さすがに可哀想だから、救済措置を準備しておこう。
「十分です。ありがとうございます。では、メイさんにお願いがあります」
「お願いですか……?」
俺の言葉に、メイは不安そうに呟いた。
「レヴァント商会の見習いさんに、片っ端から声を掛けてください」
「声を掛けてどうするんですか?」
「逃げ道を提示するんです。メイさんの話を聞く限り、レヴァント商会の見習いの扱いは最悪です。辞めたメイさんの話を聞けば、心が動く人は少なくないと思うんです」
もしこれでレヴァント商会に反抗してクビになる見習いが居たら、俺が救済するつもりだ。知り合いの店に紹介してもいいし、トリスタンに責任を取らせることも考えられる。
「なるほど……。でも、自信は無いですよ? もう店を離れてから何カ月も経っていますし……」
「だからこそですよ。メイさんが自由にやっている姿を見せるのが、一番効果的だと思うんです」
レヴァント商会は、見習いに対して『辞めたら後がない』という趣旨の言葉を浴びせて、辞めるという選択肢を奪っている。となれば、辞めてもどうにかなっている姿を見せるのが、もっとも効果的だろう。
「分かりました……。行ってみます」
これで下準備は終わりだ。メイを1人で行かせるのは心配だから、俺は陰で見ておこうと思う。
メディアを使って印象操作をする場合、情報は小出しにした方がいい。先の広告で「もしかしたら悪いのか?」と思わせ、次の広告で「レヴァント商会が悪い」と印象付けるのが狙いだ。後は広告の出来次第だが、できればもう少し情報がほしいな……。





