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ノルマ達成

 店を閉めた後、金の勘定をしていると、外出中だったウォルターが帰ってきた。

 カウンターの上に乗った金貨を見て、目を丸くして驚いている。


「おい、この金は何だ?」


「剣が売れました。今日1日で16本です。ご確認下さい」


「16だと!?

 そんなに大量に? どうやって売ったのだ!」


 ウォルターは、大声を出して俺の肩を掴んだ。


「訓練場で声を掛けました。出会いにも恵まれ、予想よりも早く結果を出せましたよ」


「無敗のムスタフの弟子になったんですって! さっき店にも来たのよ!」


 ルーシアが元気に言う。いつもは丁寧な口調だが、家族が相手だと素が出るようだ。


「ほう……。それはまた、ずいぶんと大物に目を付けたな」


 ウォルターは俺の肩から手を離し、感心するように腕を組んだ。

 あのジジイ、大物なの? 若い連中から馴れ馴れしくされていたみたいだけど。それなりに慕われているという事なのかな。


 ただ、ちょっと訂正。弟子になったつもりは一切無い。ただの知り合いだ。


「弟子ではありませんよ。ちょっと知り合いになっただけです」


「ふむ。訓練場で何を遊んどるのかと思えば、真面目に働いておったのだな」


 ウォルターは、俺が訓練場に行っていると聞いて嫌な顔をしていた。俺の資金がルーシアの小遣いから出ていたので、ギリギリ許容されていただけだ。店の金を使っていたら、強制終了させられていただろう。


「ルーシアさんからお金を借りているんです。遊んでいるわけにはいきませんよ」


「うむ。借りた金はちゃんと返せよ」


 この借金についても、ウォルターは良い顔をしなかった。ルーシアが自発的にやったと言うことで、なんとか許された。


「いいのっ! 私が勝手にやった事なんだから!

 ツカサさんも、返すのはいつでも良いですからねっ」


 ルーシアは、そう言って俺の眉間の前で人差し指を立てた。

 借金を踏み倒す方法は、いくらでもある。単純に逃げるだけでもいいし、法律の抜け穴を使ってもいい。


 ……返すけどね。少額だし。


 下手に踏み倒して信用を失う方が痛い。どうせ踏み倒すなら、数千万円以上でないと割に合わない。こんな少額を踏み倒す奴はただのアホだ。


「もちろん返しますよ。ウォルターさんに給料を貰えたら、ですけどね」


「ふん。この調子で売れたら払うぞ。せいぜい頑張れ。

 いや、しかしちょっと待て。16本にしては少なくないか?」


 ウォルターは、積み上げられた硬貨に目を落とし、表情を曇らせた。

 定価で販売していれば、160万クランの現金があるはずだ。しかし、今あるのは120万クラン程度。見るからに足りない。


「売り込みをしてくれた方々への報酬です」


 ウォルターには売り方の詳しい説明をしていなかった。事後報告ではあるが、ここで簡単に説明した。

 説明を後回しにしたのは、止められると思ったからだ。頭が固いので、目に見える成果が無ければ説得できないだろう。


「予算をいただくと言いましたよね?」


「確かに言ったが、それは値引きではないか! 値引きをするなと言ったであろう!」


 ウォルターは怒気に声を荒らげた。こうなる気がしたので、説明を後回しにしたのだ。

 成果を挙げる前では説得力がない。この商法を認めさせるため、事前にそれなりの売上が必要だった。


「値引きではありません。報酬です。買っていただいた時の1万クランは、売り込みの着手金ですよ」


 物は言いようだ。一見値引きにしか見えない事は、俺も承知している。言い方を変え、勢いで誤魔化す。


「うぐ……まあ、そうか……」


「約束の30万クランは達成しました。これで問題ありませんよね?」


 今思えば、30万クランは相当安い。訓練場80回分くらいだ。逆かな? 訓練場が高いのかもしれない。

 まだこの国の金銭感覚が掴みきれていない。金に余裕が出たら、一度外で食事をしてみよう。その国の金銭感覚は、飲食店が一番分かりやすい。


「まあ、そうなのだが、鍛冶師にどう説明すれば良い?」


「10万クランを準備できなかった人には売りません。9万クランで売っているわけでは無いのです」


 ジジイも含め、先程の連中は全員が10万クランを持ってきた。結果的に9万クランで売っているようなものなのだが、言い訳に必要なので徹底している。


 もし日本で詐欺師として売るのであれば、同時に高額の借金を負わせ、クレジット会社からも報酬を得る。そのため、できるだけ定価を高く設定して売る。

 まあ、今回はそこまでしない。この国では、俺は詐欺師ではないのだ。


「そういう事であれば……まあ問題無いか。

 分かった。鍛冶師には上手く言っておく。今後も頑張れ」


 ウォルターは、眉間にシワを寄せながら不承不承に頷いた。なんとか納得させる事が出来たようだ。

 俺がほっと胸をなでおろすと。ウォルターは話を続けた。


「当面の危機は脱した。今後は今までのように、私も店に立とう」


 やっべえ、超邪魔。ウォルターを店に立たせても、足を引っ張るだけだ。どうにかして店から遠ざけなければ……。


「店の事は僕とルーシアさんに任せて、ウォルターさんは仕入れに集中して下さい」


「むっ! 私が居ない間に何をする気だ!」


 ウォルターは、険しい顔で怒鳴った。俺とルーシアが一緒に居る事が、とても気に入らない様子だ。しかし、そんな事は関係無い。


「何の心配をしているんです? 陳列は僕に任せると言ったではないですか。

 外出しないのであれば、倉庫の整理でもしていて下さい」


 何だったら事務所で寝ていてくれても良い。ウォルターの一番重要な仕事は、店舗に手を出さない事だ。


「倉庫は妻の仕事だ。妻に任せている」


 在庫の管理はサニアなのか。

 倉庫は初日に見た。多少散らかっていたが、店舗ほど混沌とした様子ではなかった。サニアが真面目に働いているのだろう。


――という事は……ウォルターが倉庫に手を出したら、店と同じ有様になるの?


 やべえ。マジで邪魔。ウォルターにはずっと外出しておいてもらおう。もしくは、事務所で寝ていて欲しい。切実にそう思う。


「そういう事でしたら、書類整理と営業活動に専念して下さい。

 店のトップは、軽々しく現場に出るものではありませんよ」


 この店のような個人商店は、本来なら店主が店舗に出ないと回らない。人手が足りないからだ。

 しかしここは、店主が店舗に出ると回らなくなるというおかしな店だ。


 様々な手段を駆使して、ウォルターを店舗から遠ざける必要がある。


「そうは言っても、ツカサはまだ半人前だ。店に立たせても役に立たないだろう」


 失礼な。少なくともウォルターの100倍は役に立っているぞ。ウォルターと比べられるのが恥ずかしいくらいだ。


「仕事なら問題ありません。強いて言うなら、まだ文字が読めませんね。追々覚えますので、すぐに戦力になりますよ」


「覚えると言っても、時間が掛かるだろう。その間、売り子が1人では大変だ」


 ウォルターは正論で返してきた。ぐうの音も出ないほどの、直球のド正論だ。なかなか折れないな。


「この店は大きくなるんです。人をたくさん雇ったら、店主は店舗に出る暇が無くなります。今から慣れておいて下さい」


 夢のような未来を語り、強引に納得させる手法だ。俺が言っている事はクソみたいな屁理屈。しかし、人は自分の夢を他人から語られると、納得しやすくなる。


 この場合、相手が望む夢を語らなければならない。微塵も考えていないような夢を語られても、胡散臭さが残るだけだ。


「店を大きく、か……。いずれは、この街を代表するような大商会になりたいものだな……」


 ウォルターが少し乗り気になった。もう少し押してやれば折れるだろう。


「ウォルターさんの意識次第ですよ。大商会の振る舞いを身に着けて下さい。店主は、外に出て顔を広げるのが仕事です」


「そうよ! 父さんは店に出なくてもいいから! ツカサさんみたいに外で売ってきて!」


 ルーシアは、俺の意図を察したらしく、力強く言った。

 でも、俺を引き合いに出したら、角が立たないか?


「くっ……。良いだろう。私の本気を見くびるなよ。ツカサの倍は売ってやる」


 ウォルターは少し不機嫌になったが、やる気を出したようだ。

 売ってくれなくても構わない。とにかく店舗に近寄らなければいい。


「その意気です。よろしくお願いしますね」


「だが、それとこれは話が別だ。お前は今後も訓練場で声を掛け続けろ。私がおらん間は店に出るな」


「父さん、そんな言い方はしないで。私だって、ツカサさんに教わりたい事がいっぱいあるんだから」


 ウォルターが面倒な事を言い出したが、ルーシアが即座に否定した。


 訓練場に行くのはいい。ウォルターの指示なので、店の金を使って堂々と訓練場に行ける。ジジイが居れば奢ってもらえるが、俺1人の時もこれで安心だ。

 面倒なのは「店に出るな」という方だ。ルーシアにはまだ任せきれない。まだ俺も手を出す必要がある。


 俺もウォルターに追い打ちをかける。


「僕も1日の大半は訓練場に居ますから、ご心配されるような事は起きませんよ」


「ぐぬぬ……仕方がない。たまにはルーシアを手伝ってやれ……」


 ウォルターは、苦虫を噛み潰したような表情で言った。



 要はこれまで通りだ。基本的には外で営業をし、時間が空いたら店に戻る。ウォルターは外に追いやったので、店舗に手を出される事も無いだろう。しばらくはこのまま頑張ってみるか……。

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