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迷い人

 レヴァント商会と徹底抗戦する決意をしたわけだが、まだ手駒が足りていない。今行動を起こしたところで、問題が悪化するだけだ。

 期限は残り約1カ月半。時間はまだある。盤石の態勢を整えてから、一気に叩く。


 行動を起こすために朝から外出の準備をしていると、ルーシアが緊張した面持ちで俺に声を掛けてきた。


「すみません、お客さんです……」


 誰が来たか、なんとなく見当が付いている。ようやく来たか。


「分かりました。今行きます」


 店舗に移動する。そこで待っていたのは、予想通りトリスタンだった。


「お疲れ様です。今お時間よろしいですか?」


 トリスタンは、そう言いながら上品にお辞儀をする。


 ある意味待っていたよ。多少のリスクは承知の上で、今日は俺が迷い人であることを明かしてもいいと思う。話し合いの結果、敵になる可能性もある。しかし、トリスタンを味方につけることができれば、かなり有利に動けるはずだ。


「ようこそいらっしゃいました。どうぞ、中へ」


 そう言って、トリスタンを休憩室に通す。



 休憩室は衝立で区切り、応接室と兼用できるようにしてある。とは言え声は丸聞こえなので、ルーシアたちには休憩室に入らないようにお願いした。

 トリスタンにお茶を差し出すと、トリスタンは挨拶もそこそこに話を始める。


「さっそく聞きたいのですが……ニホンという国に聞き覚えはございませんか?」


 開口一番でそれかよ……。この情報は、場合によっては俺の弱みにもなる。慎重に扱わなければならない。


「さあ……? それにお答えする前に、僕の質問に答えていただけませんか?」


「……いいでしょう。どんな質問でしょうか」


「レヴァント商会の新商法についてです。あれを国が認めたという話は本当なんですか?」


 これは先に確認しておかなければならない。もしトリスタンがレヴァント商会側の人間だったら、俺の敵ということになる。情報を渡すわけにはいかない。


「残念ながら本当ですよ。その口ぶりですと、危険性をご理解していらっしゃるようですね」


 トリスタンは苦い顔をして答えた。反対派ということで間違いないようだ。それを聞けて安心した。でもそれなら、どうしてあの商法が認められたんだ?


「トリスタンさんもそう考えているんですね。どういう経緯があって許可されたんでしょう」


「今の議長を味方に付けたからですね」


 ……議長の鶴の一声かよ。議長の権限って、そんなに大きいのか。なんだか危なそうな議会だな。


「なるほど。あなたには反対する権限が無かったと?」


「そうではありません。厄介な人間が向こうに付いたというだけの話です」


 トリスタンはそう言って、力なく首を振った。不本意な力が働いたのだと予想される。


「厄介な人?」


「ツカサさんは『迷い人』という言葉をご存知ですか?」


 ……すっごい嫌な予感。


「言葉だけは知っていますね」


「現在確認されている迷い人は、『コータロー』という少年だけです。以前この街でも店をやっていましたよね?」


 ドエライ名前が出てきたよ? 物凄く嫌な予感……。


「ああ、そうですね。記憶にあります」


「ふふふ……。そうでしょう。本人から恨み言を聞いています」


 トリスタンは含みのある笑みを浮かべた。どこまで知っているんだろう……。もしかしたら、全部知った上で俺に接触してきているのかもしれない。まあ、それならそれで都合がいいんだけど。

 そんなことよりコータローだよ。さっきから、すっごい嫌な予感がしている。


「それで、そのコータローさんという方がどうかしたんですか?」


「今の議長が、コータローさんの支援者なんですよ。そして、コータローさんがレヴァント商会と組んで開発したのが、例の健康食品とあの売り方というわけです」


 マジか……嫌な予感が的中したよ。どうりで、チェスターが1人で思い付くようなシステムじゃないと思ったんだ。コータローが入れ知恵をしたのだとすれば、納得がいく。

 またしてもコータローが敵になったか。あいつ、本当に余計なことしかしないな。


 状況を整理しよう。今回の騒動の中心はレヴァント商会だが、裏にはコータローと議長が居る。

 トリスタンの敵は議長で、コータローのことも良く思っていない。俺としては、議長はどうでもいいけどコータローは敵だ。となれば、利害が一致する。トリスタンをこちら側に引き込むのは確定だな。


「なるほど。合点がいきましたよ」


「そこで、私からのお願いです。コータローさんに対抗するには、迷い人の協力が必要なんです。力を貸していただけませんか?」


 トリスタンはカマをかけてきているな。普段なら絶対に乗らない。しかし、今日は話を合わせてやった方がメリットが大きい。俺が『迷い人』だと明かして、協力を仰ごう。


「……いいでしょう。何をしたらいいですか?」


「ふふふふふ……さすがツカサさんですね。では、まずはこれを読んでいただきたい」


 トリスタンは意味ありげな笑い声をあげ、1冊の本を取り出した。タイトルは掠れていて読めないが、きれいに製本された立派な本だ……。裏表紙にバーコードが付いている。日本の本じゃないか。

 とりあえず中を開き、1ページ目に書かれている日本語を黙読した。


『我も富み、人も富み、しかして国家の進歩発達をたすくる富にして、はじめて真正の富と言い得る』


 格言だな……。渋沢栄一だ。前にトリスタンに会った時は山本五十六だった。この国の議員の間では日本の格言が流行しているのかな。


「これが何か?」


「書かれている意味は分かりますか?」


 なるほど。この言葉の意味を答えることができれば、迷い人である証明になるということか。いや、迷い人って日本人限定なの? まあ、それはどうでもいい。

 意味といっても、これは読んだままの意味しかないだろ。わかりやすい言葉に言い換えればいいのかな?


「自分だけじゃなくて国民全員が豊かになり、国も豊かにならないと本当に豊かになったとは言えない。そんな意味ですね」


「へえ……今までとは違う答えですね……」


 トリスタンは不思議そうに首を傾げた。何か間違えたかな?


「どういうことですか?」


「今までの人は、書かれている文字を読み上げただけのようでしたので……」


 なんだ、それだけで良かったのかよ。


「なるほど。読み上げましょうか?」


「いえ、十分です。やはり間違いないようですね」


 トリスタンは、そう言って穏やかな表情で頷いた。もともと確信していたとは思うが、今の本が証拠になるのだろう。しかし、他の議員を納得させるためには、トリスタンの証言だけでは足りないと思う。


「まあ、そういうことです。でも、ここで証明するだけでいいんですか?」


「それについては私に考えがあります。公表の時期は私に任せてください」


 トリスタンはニヤリと笑った。悪どい何かを考えているようだ。まあ、利用されてみるか。


「分かりました。お任せします。それで、トリスタンさんの頼みとは?」


「話が早くて助かります。実は、コータロー派閥の議員を失脚させたいのです」


 クーデター? と言うほどのことでもないか。今の議長を引きずり下ろしたいだけだ。俺にはコータロー撃退の実績があるから、俺の手を借りたいと考えるのは自然なことだな。


「なるほど。具体的に、何か手立ては考えているんですか?」


「いえ、恥ずかしながら……。ですので、知恵をお借りしたいんです」


 これは追い風が吹いてきたぞ。コータローはレヴァント商会と密接な関係にある。コータロー派の議員を潰すことができれば、連鎖的にレヴァント商会が飛ぶ。または、レヴァント商会を突けばコータロー派の議員に責任を負わせることができる。

 どちらから攻めても同じ結果になるが、レヴァント商会を先に叩いた方が、俺にとっては都合がいい。俺の知恵を全面に押し出していいのなら、レヴァント商会への攻撃を手伝ってもらおう。


「分かりました。僕に良い案があります。聞いていただけませんか?」


 俺がそう言うと、トリスタンは真剣な眼差しを俺に向けた。


「是非……」


「まず、レヴァント商会の新商法の問題を全国民に周知します」


「周知って……どうなさるおつもりですか?」


「広告を大量に印刷します。それをできるだけバラまいてください」


 今の俺にできる、一番手っ取り早い方法だ。印刷はできても配布する手段が無かったため、トリスタンの手助けはまさに渡りに船。存分に利用させてもらう。

 配るのは、俺が以前書いた広告でいいだろう。まずは1万枚くらい印刷しようと思う。印刷工房をフルで動かせば、1日3千枚くらいは印刷できるはずだ。


「今から印刷の注文を出したら、相手に勘付かれます。それに、枚数を確保するには数カ月掛かると思いますが……」


 トリスタンは落胆したような表情で言う。トリスタンには悪手に見えたようだ。と言うか、従来の印刷だとそんな時間が掛かるのか……。手彫りの木版だもんなあ。


「自前の印刷工房があるので、それについては問題ありません。3日あれば、十分な量が確保できると思いますよ」


「え? それはどういうことですか……?」


 あ……トリスタンは活版印刷機を知らないんだったな。


「手軽に印刷できる装置を開発したんです」


 俺の返答に、トリスタンは安堵の笑みを見せた。


「……なるほど。さすがは迷い人ですね。承知いたしました。配布方法は任せていただいても?」


「そうですね。僕の力では配ることができません。全面的にお任せします」


 この「任せる」という言葉は、裏を返せば「どんな手段を使っても」という意味になる。トリスタンの様子を見る限り、法律ギリギリを攻めていくだろう。頼もしい限りだ。


「それでは、使者を3名ほどこの街に常駐させます。私はこの街を離れますので、そちらを窓口にしてください」


「分かりました。印刷が終わったら、すぐにそちらにお持ちします」


 印刷技術が火を噴く時が来たぞ。広告はこれだけでは足りない。次の原稿を書かなければ。今日は外出をやめて、広告作りに専念しよう。

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