和解
うちの店での説明を終えた後、1日を費やして注意喚起のビラを作った。まだ手書きの原版しか無いが、今日中にこれを量産して各地で配る予定だ。
今日は各工房で働く全員を印刷工房に集め、説明会を開催する。朝から各工房を回って声を掛けた結果、午前中のうちに招集することができた。
印刷工房の作業場は元食堂だけあって、かなり広い。全員を集めても余裕で収容できる。作業場の真ん中にはロブが作ったテーブルが鎮座していて、今日はそのテーブルを囲んで話をする。
店から持ってきたお菓子とお茶を振る舞っていると、ウルリックが苦笑いを浮かべながら俺に話しかけてきた。
「……あれ、ムスタフさんだよな?」
イヴァンの一家と一緒にマルコを呼んだつもりだったのだが、おまけにムスタフもついてきた。俺は見て見ぬふりをしていたが、さすがにウルリックは無視できなかったみたいだ。
「そうですね。ライラさんの弟の師匠なんですよ」
「へぇ……。分かった。俺は帰る」
待て待て待て!
「どこに帰るんですか。ここはウルリックさんの家ですよ?」
「俺は居ないということにしてくれ。な、頼むから!」
ウルリックは、昔ムスタフの弟子だったことがあるそうだ。すぐに逃げ出し、その後はずっと避けてきたらしい。もちろん今も避け続けている。いい加減和解しろよ……。
「すみませんけど、我慢してください」
これから印刷を頼まなければならないというのに、版を作る人間が席を外してどうするんだ。それに、いい機会だから和解して欲しい。
「……いいだろう。お面を買いに行ってくる。ちょっと待っててくれ」
「無駄だと思いますけど……」
しばらくウルリックと問答をしていたのだが、ムスタフがこちらの様子を興味深げに眺めてることに気が付いた。
「おや? そこに居るのはウルリックではないか?」
ほら、見つかった。
「うげぇ……」
ウルリックはカエルが轢かれたような声を出した。
見つかるのは時間の問題だったんだ。ムスタフがここに来た時点で腹を括らなきゃ。
「久しぶりじゃの。こんなところで、何をしておるのだ?」
ムスタフは平然とした態度で言うと、ウルリックはバツの悪い顔をしたまま黙り込んでしまった。代わりに俺が答える。
「今、この工房の工房主をやってもらっているんです」
「ほう、そうだったか。それならそうと早く言えば良いものを……。まさか、お主。儂のことを忘れておったのではあるまいな?」
「いや……そんなことは……」
ムスタフに睨まれたウルリックは、すっかり元気をなくしてしまった。軽くフォローしておこう。
「ウルリックさんはムスタフさんのことが苦手みたいなんです」
「はぁ……なるほどのう。お主は3日じゃったか? すぐに逃げ出したから、顔を合わせづらいんじゃろう」
ムスタフがため息混じりに言うが、ウルリックは黙ったままだ。俺が返事をする。
「そうらしいですよ」
「ふん。そう気にするでない。弟子が逃げるのはいつものことだ。まあ、ツカサとマルコは続いておるがな」
ムスタフはウルリックの肩をポンと叩いて言う。
「……そうすか?」
ウルリックは弱々しく答えた。
「お主の気にしすぎじゃ。ここには、お主がチビッて逃げたことを知る者はおらん」
あ……チビッて逃げたんだ……。
「それを言わんでくださいっ!」
「ん? ああ、口が滑ってしまったわい。すまん、お主にとっては恥じゃったか。大きい方じゃったもんなあ」
しかも大きい方なんだ……。可哀相に。全部暴露されたぞ。
ムスタフの言葉は、ウルリックの部下であるロブにも聞かれていたらしく、ロブはウルリックの方に体を向けて口を挟んだ。
「ん? 親方、またチビッたんすか?」
またってなんだ? 最近もチビッたのか?
「チビッてねえ! 昨日は的を外しただけだ!」
「掃除すんのは俺らなんすから、気を付けてくださいよ?」
ウルリックのやつ、ロブに舐められているな……。でも、トイレで的を外したんなら、多少舐められても仕方がないような気もする。
これ以上話を続けると、ウルリックの威厳がどんどん無くなっていく気がする。全員集まったことだし、話を始めようかな。
「では皆さん! 今日はお集まりいただき、ありがとうございます」
大きな声を出して全員の注目を集め、話を続けた。
「今日は巷で流行っている新ビジネスの勧誘について、注意喚起の意味を込めて説明したいと思います」
今日は各自に考えさせるようなことはしない。仕組みを説明しつつ、同時にリスクとデメリットと矛盾を説明した。
みんな熱心に聞いてくれたので、俺の言いたいことは伝わったと思う。
「へえ……。そんなカラクリがあるのか。まるで詐欺だな」
ウルリックがそう言うと、カレルは複雑な表情を浮かべて呟く。
「……嫌なことを思い出しました」
カレルは思いっきり詐欺に引っ掛かっているからなあ……。そういえば、あの詐欺師は結局見つからなかった。ギンに調査を依頼していたけど、残念ながらキャンセルだ。もう見つかることは無いだろう。
それはいいとして、話を続ける。
「残念なことに、この商法は国に認められたそうです。自分の身は自分で守ってください」
国が認可したというのは確かな情報ではないんだけど、たぶん本当だと思う。
「はあ? お貴族様は何を考えているんだ?」
それは俺が言いたいよ。というか今度トリスタンに会ったら言うけど。
「国に対する不信感はありますが、ここで言っても仕方がありません。今話した内容を広告にするので、皆さんにも配りますね」
「うむ。急いだ方が良いぞ。儂らも昨日勧誘を受けたばかりじゃ」
マジで?
「どういうことですか?」
俺がそう訊ねると、ムスタフが答える。
「闘技場にレヴァント商会の人間が来たのじゃよ。多くの剣闘士が、入会を表明しておる」
「ムスタフさんとマルコくんは大丈夫だったんですか?」
「儂らは断った。マルコはまだ修業中じゃ。余計なことをしている暇など無い」
「なるほど……。それは良かった」
いや、良くない。剣闘士に広まるって、かなりヤバイぞ。有名人が多いから、ファンが騙される。俺がマルコやドミニクを使っているのと同じ理由だ。広告塔にされる。
後手に回ってしまったか……。せめてもの救いは、勧誘が昨日だったことだ。ドミニクは首都に向けて出発した後だから、勧誘を受けていないはず。なんとなく、あいつはコロッと騙されそうなんだよな。守銭奴だから。
「まあ、儂らは助かった。しかしのう……」
「この街の剣闘士、半分くらいは入会したと思います。全員を辞めさせるとなると……」
かなり厳しい。というか無理だろうな。この国の人は、マルチ商法に対する免疫がない。自分が応援する剣闘士に薦められたら、かなりの確率で入会するだろう。思った以上に早く、世の中に浸透しそうだ。
「無理しなくていいですよ。自分が入会しなければ関係ありませんから」
「いや、確実に損をするのだろう?」
「中には利益を出せる人も居ますから、絶対とは言えません。ですので、参加する方の自己責任ですね」
俺がきっぱりと言い切ると、エマが心配そうな表情を浮かべて言う。
「あの……その言い方は冷たくないですか?」
「これは詐欺行為ではないんです。勧誘方法はフェアとは言えませんが、参加を決めるのは自分ですからね」
詐欺なら潰すよ。元プロのプライドにかけて。でも、レヴァント商会は詐欺じゃない。それなのに俺が妨害したら、俺の方が捕まってしまう。下手なことはできない。
「私たちはどうしたらいいですか?」
「注意喚起の広告を配っていただくだけですね。それくらいしかできないです」
これでもグレーだ。営業妨害と言われかねない。
そもそもレヴァント商会は放置すると決めた。うちの店に大きな影響がない以上、余計なリスクは背負いたくない。コソコソと注意喚起して回るのが限度だ。
「分かりました。私の方でも、注意していきましょう。私にもその広告をいただけませんか?」
イヴァンが胸を張って言う。イヴァンも知り合いが多い方だから、広告の効果は期待できそうだ。
「それは助かります。できるだけ多くの人に配ってください」
「私はどうしたらいいですか……?」
エマが恐る恐る手を挙げた。エマも一度は騙された側の人間だから、この手の話には敏感になっているのだろう。しかも友達が多いみたいだから、何度も勧誘が来そうだ。
「妙な誘いが来たら、断ってください。ついでに広告も配りましょうか」
「分かりました……。でも、父が心配です」
エマは複雑な表情を浮かべて言う。
参ったな。ギンと絶縁した影響が、こんなところに出ているぞ。エマの家族の調査はギンに一任していた。そのため、エマの家族の様子を知ることはもうできない。
「それは後で考えましょう。今は人の心配をしている場合じゃないです」
適当に誤魔化したけど、いずれどうにかしないとな。スイレンあたりに引き継ぎできないかなあ……。今度聞いてみよう。
今日得られた情報で、俺はかなり後手に回っていることが分かった。まあ、工房のメンバーが入会しなかっただけでも有り難いと思わないとなあ。
今日の収穫は、ムスタフとウルリックが和解? したことだ。今後この2人は、何の問題もなく顔を合わせられるはずだ。
「話は以上です。皆様、お忙しいところ集まっていただき、ありがとうございました」
そう言って話を締めた。
みんなが緊張を解くと、ウルリックが話を始めた。
「いやあ、ムスタフさんに気を取られていたけど、初めて見る人ばかりだな」
「そうですね。みなさんも、ツカサさんの工房で働いているんですか?」
エマが返事をする。
「そうですよ。私は工房ではなく、行商をやらせていただいております」
そこにイヴァンが加わって、帰る気配が感じられない。
そのまま座談会が始まってしまった。思えば、関係者が一堂に会するのはこれが初めてだ。お互いに話したいことがあるのだろう。俺は帰るけど、いい機会だからこのまま交流を深めてもらおうかな。





