意見交換
ギンに別れを告げ、早々にナジブの部屋を出た。若干のイラつきと寂しさを感じる。今日はもう仕事をやる気が起きないので、実験用工房に籠もって今後のことを考える。
まず、レヴァント商会はこのまま放置だ。数カ月で社会問題になるだろうが、それを何とかするのは国の仕事だ。俺にはどうすることもできない。
そしてギンの問題。ギンとの関係が切れたことで、エマとカレルの借金が宙ぶらりんになってしまった。面倒なことになりそうなので、俺が肩代わりして全額返済する。どうせうちの店が報酬を支払っているのだから、天引きすれば済む話だ。
――まあ、なんとかなるかな。
考えていても埒が明かない。レヴァント商会が何をしようと、うちの店への影響は少ないはずだ。気持ちを切り替えて、とりあえず店に帰ろう。
店の扉を開けると、閉店作業をしていたルーシアが元気な笑顔で迎えてくれた。
「あ、お疲れ様です! お話はどうでした?」
「……あまりいい話じゃありませんでしたね。後でお話します」
今日聞いた話は全員に伝えておかなければならない。詳しい話は終業後だ。全員揃っているときに話したい。
「そうですか……。こちらからも、1つご報告があります」
ルーシアは神妙な面持ちで言う。
「どうしました?」
「ドミニクさんが先程店に来られました。長期間街を離れるそうです」
うわ、ちょっと困る。例の商法について、ドミニクにも先に注意をしておきたかった。まあ、これは仕方がないかな。
「そうなんですか?」
「なんでも、コンシーリオで昇級試験があるそうなんです。リバーシの残り在庫を全て引き取ってくださいました」
ああ、もうすぐAクラスになるって話だったもんなあ。この街の闘技場の規模は小さいから、試験ができないのだろう。リバーシを持っていってくれたのは助かる。この街では売れなくなってきていたから、他所の街で売りたいと考えていたんだ。
でも、美容液の販売がストップするのは拙いなあ。うちの店やイヴァンのところでも売っているんだけど、ドミニクの販売経路は馬鹿にできない。
「どれくらいの期間かは聞いてます?」
「1カ月から半年くらいだそうです。昇級が認められたら、すぐに帰ってくるそうですよ」
半年は長いなあ……。最短で1カ月なら、最短で帰ってくることを願おう。でも、いざ昇級したらこの街から出ていくんだよなあ。美容液の販売は、このまま任せてもいいんだろうか。使用期限がある商品だから、少し心配だ。帰ってきたら相談しないとな。
「了解です。報告ありがとうございました。僕の話は夕食後にしますね」
そう言って閉店作業を手伝った。
今日の夕食後。全員が揃っているうちに、レヴァント商会について話をする。
「今日は皆さんに、重要なお話をさせていただきます」
「何だ、急に畏まって。重大な問題でも発生したのか?」
ウォルターが緊張したような顔で言うと、全員が背筋を伸ばした。
「ある意味、そうですね。メイさんはご存知かもしれませんが、健康食品の話です」
「……そうですね。レヴァント商会の新商品です」
お、ようやく白状したか。メイは古巣の顔を立てて、今まではハッキリと明言してこなかった。その口の堅さは評価できる。
「はい。その健康食品も怪しい商品なんですけど、問題は売り方です」
「え? それは私も知らないです! 特殊なんですか?」
「少し複雑なので、お時間をいただきますね」
そう言って説明を始めた。問題点ではなく、システムの説明だ。何が問題かを各自で考えて欲しいと思い、敢えてレヴァント商会に好意的な言い方をする。
レヴァント商会での買い物でポイントが溜まること、健康食品を定期購入することで現金が返ってくること、会員を勧誘すると返金される額が増えること。これらを簡潔にまとめて話した。
「以上の内容です。ご質問はありますか?」
「……何が問題か分かりませんけど……」
メイは不思議そうな表情を浮かべて言う。騙される素質があるな……。気を付けないと。
次はルーシアが感想を述べる。
「いえ、なんだか嫌な感じがします。信用できませんね」
ルーシアは個人的な感情のせいで嫌悪感を抱いたように思えるぞ。レヴァント商会を毛嫌いしているから……。
「オレもなんだか嫌な感じがします……。何って聞かれたら困りますけど、気持ち悪いですね」
フランツは直感で違和感を覚えたようだ。説明できないあたりはまだまだ未熟だが、その直感は正しい。
「いい勘をしていますね」
思わず口に出してしまった。まだウォルターとサニアの感想を聞いていないので、俺が口を出すのはまだ早い。俺が口を噤むと、ウォルターが怪訝な表情で聞く。
「何がだ?」
フランツとは違い、直感が働かなかったようだ。なんだろう……経験が邪魔をして正確な判断ができなくなっているのかな。いや、ウォルターが鈍いだけかもしれない。確認してみよう。
「説明は後です。ウォルターさんはどう感じました?」
「よくできた仕組みだと思ったが……ツカサがそう言うのなら、なにか問題があるのだろう?」
鈍いだけか……。でも、人の意見を気軽に聞けるようになったんだな。以前のウォルターなら、自分の意見を絶対に曲げようとしなかった。自由に遊ばせているから、いい具合に肩の力が抜けたのだろう。
「それをお話する前に、サニアさんの感想を聞かせてください」
「私は……なんだかおかしいと感じたわね。話がうますぎるわ。裏がありそう」
うん、理想通りの答えだ。やっぱりサニアが一番勘がいい。俺が苦手だと感じるのはこの勘の良さなんだけど、身内に居る分には心強い。
「まあ、そういうことです。裏が山程あります」
次は問題点について説明する。金の流れと仕組みについてだ。
自分が利益を得るために、大量の犠牲者が必要になる。常に勧誘活動をしなければならない。さらに脱退しようとする人を引き止める努力も要る。そして、自分の下の会員に強引に買い物をさせなければならない。問題点が多すぎるので、重要なことだけを掻い摘んで伝えた。
「勧誘は友人を狙っていくことになると思います。つまり、人間関係の切り売りですね」
最後にこれを言って締めた。すると、ルーシアが物凄く嫌そうな顔で呟く。
「……最悪ですね。潰れちゃえばいいのに……」
過激だな……。それは同感だけどさ。
「レヴァント商会って……そんな悪いことを考えていたんですね。辞めて良かったです」
メイが複雑な表情で言う。悪いか……。確かに悪いな。でも、明確な犯罪じゃないんだよなあ。国はこの商法を正式に認めたらしいから。議員のトリスタンには後で文句を言うつもりだ。
「ツカサくんが真剣に止める理由が分かったわ。碌でも無いわね」
サニアが少し苛ついたように言うと、ウォルターが言葉をつなげる。
「それで、我々はどうしたらいいのだ?」
ウォルターは指示を求めるが、正直、俺にはこれをどうこうするつもりが無い。やるなら勝手にやってくれと思っている。国が認めている以上、俺には止める権利がないからだ。
「みなさんは、引っ掛からないように注意してください」
「入会しようとしている友人を止めなくてもいいのか?」
「そうですね。強い口調で無理に止めるのは、避けた方がいいと思います。その方から反感を買いますからね」
俺みたいにね。無理に止めようとしたせいで、ギンと絶縁することになってしまった。止めることによって人間関係が崩れるなら、触らない方がいいと思う。
「分かった……。心苦しいが、無視するようにしよう」
「でも、リスクとデメリットについては優しく教えてあげてください。勧誘時の説明はフェアじゃないですから、おそらく知らされていないはずです」
リスクに自分で気づける人なら即決で断る。直感が働く人は迷ってから断る。どちらでもない人は、入会してしまう可能性が高い。
あとは勧誘する人間のテクニック次第だが、仲の良い友人からの勧誘だと警戒レベルが下がるからなあ。うっかり入会してしまう人はかなり居ると思う。
一通りの話が終わったところで、ルーシアが遠慮深く手を挙げた。
「えっと……万が一なんですけど、もしカフェスペースで勧誘している人が居たら、どうしたらいいんでしょう」
あ……拙いな。そこまでは考えていなかった。ルーシアは万が一なんて言うけど、絶対に確実に間違いなく現れる。
うちのカフェスペースは、手軽に利用できることが売りだ。お茶を飲みながら1人で過ごし、ときに友人と雑談をしたりするために利用されている。そんな便利な店が、勧誘に使われないはずがない。
本心としては蹴り飛ばして追い出したいところなのだが……悪事を働いているわけじゃないからなあ。判断が難しいところだ。
「つまみ出して出入り禁止。ですよね? ツカサ兄さん」
今度はフランツが過激だ。でも俺の考えがよくわかっているじゃないか。とは言え、これは一応国に認められたビジネス。相手は良かれと思ってやっているのだから、あまり無碍にはできない。
「勧誘している人は悪人じゃないんです。そこまでのことはできませんよ」
「え? じゃあ野放しですか?」
「野放しにはできませんよね……。どうしましょうか?」
みんなにそう問いかけると、メイが何かを思い付いたように叫ぶ。
「あっ! テーブルに広告を貼り付ければいいんじゃないですか?」
広告というか、注意喚起のビラだな。
「悪くない案ですね。採用です。わざわざ貼り付けなくても、テーブルに置くだけで十分でしょう」
せっかく印刷機があるのだから、大量に印刷して配る。そのビラを持ち帰ってもらえれば、多少は被害を減らせるはずだ。
「うむ。話はまとまったな。では、皆も気を付けるように」
とウォルターが勝手に話を締めた。どうして議長みたいなことをしたがるかな……。
でもまあ、注意喚起はこれで終わりだ。明日は工房を任せている人たちにも話しておかなければならない。少なくとも、俺の回りの人間だけは事前に止めておきたい。





