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決別

 レヴァント商会の新商法について、詳細を聞くことができた。そろそろ反撃に移りたいところだが、最後にもう1つ。重要なことを聞き忘れていた。


「まず、1つ聞かせてください。この健康食品は、何日分なんですか?」


「毎食後に飲めば10日、1日1粒なら1カ月だな。それがどうかしたか?」


 量としてはちょうどいいのかな。ゴールド会員の条件である2箱以上は、毎日飲んでいれば1カ月で消費できる。でも、最低でも1万クランの出費なんだよなあ。日本円なら約5万円、相当高い。

 一般的には、月収が10万クランあれば優秀な方だ。その1割が飛ぶ。見習いなら月収2、3万クランだから、半分近くが飛ぶ。価値観は人それぞれだが、かなりキツイ金額だと思う。


「高くないですか? 毎月絶対に必要なんでしょう?」


「金なんか関係ないだろ。健康を買っていると思え。それに、頑張ればこの代金なんてすぐに取り返せる」


 関係大アリだろうが。ビジネスだと言うからには、投資金額がいくら必要で、利益を出すために何人を加入させなければならないか、という情報が不可欠になってくる。


「分かりました。少々お待ちください」


 ナジブとギンを待たせたまま、今までの情報からざっと計算する。

 還元率が15%だと仮定して、ゴールド会員が1クラン以上の利益を得るには、最低6人の子分が必要になるっぽい。店舗での買い物もあるから、5人でも足りそうだ。意外と少ないな。


「5人ですね」


「何がだ?」


「利益を得るために必要な会員数です。それまでは赤字を垂れ流すことになります」


 健康食品だけなら、大した赤字にならないと思う。でも、店舗での購入もあるんだ。さっきの焼き菓子やお茶みたいに、余計なものまで買わされる可能性が高い。それがこの商法の怖いところなんだ。

 こういう商法に飛びつく人は、金儲けをしたいだけの人が多い。そのため、上の連中は何かと理由をつけて下の人間に物を買わせようとする。


「ああ? それがどうした? 5人なんて軽いだろ」


「まあ、5人の難易度は人それぞれですからね。この話は一旦置いときましょう」


 俺なら軽い。3日もあれば達成できると思う。だが、問題はそこじゃない。


「このビジネスモデルは国が公認(オーソライズ)している。何が不満なんだ?」


 ナジブはふんぞり返り、不満げに言う。国が認めちゃったか……。誰が認めたんだよ。後でトリスタンに抗議しないとなあ。


 ちょっと回りくどくなったが、本題に入ろう。


「では、いくつか指摘させていただきます」


「ああ、いいだろう。聞かせてもらう」


 順を追って話していく。まずは健康食品の疑問だ。


「そもそも、この健康食品には健康になる保証があるんですか? 『効果がある』と認定したのは誰ですか? どのような方法で効果を立証したんですか?」


 健康になると謳っている以上、効果は保証しなければならない。日本ほど厳格な法律があるわけじゃないが、だからといって嘘をついても良いということにはならない。


 最低でも成分分析は必要だ。サプリ1錠あたりに有効成分が平均的に含まれているかという検査もいる。有効成分が実際に効果があるかも調べなければならない。

 さらに、体に影響があるということは副作用がある。体にとって重要な栄養素であっても、摂り過ぎたら毒になるんだ。サプリの中身は野菜だから、有効成分はビタミン類だと思う。ビタミンにだって、過剰摂取したら毒になるものもあるぞ。


「そんなことはレヴァント商会が保証している。大商会が間違いないと言っているんだから、間違いないんだよ」


 ああ、これは何を言っても無駄かもしれないな……。思考停止している。


「なぜそう言い切れるんですか? 大商会を信じられる根拠を教えてください」


「大商会だからだよ。金を持っているんだから、何でもできるだろ」


 どうしよう……。こいつにはマジで何を言っても無駄だわ。


「ギンはどう思います?」


「どうって……よく分かんないっすね。大商会なんだから、信用できるんじゃないっすか?」


 ダメだこりゃあ……。レヴァント商会が信用できないという証拠を突きつけるのが効果的だと思うが、今はそんな証拠が無い。切り口を変えよう。


「では次に、この商法の矛盾を指摘させていただきます。一番怪しいのはプラチナ会員ですね。3000クランで仕入れたとして、7000クランで売れると思います?」


「売れるからその値段なんだろう」


「会員になれば6000クランで買えるのに?」


 それでもクソ高いんだけどな。


「会員になれないやつも居る。そういうやつのために売るんだよ」


「そこに矛盾があるんです。『みんなで会員になろう、増やそう』と言って勧誘しているのに、なぜ会員にならない前提のプランがあるんでしょうか」


 ナジブの言う通りこの街の全員が会員になれば、7000クランで買う人間は居なくなる。でもプラチナ会員は7000クランで売らなければならない。誰が買うというのか。

 それに……。さっきは説明されなかったけど、プラチナ会員の販売数にはノルマがあるはずだ。ゴールド会員ですらあるんだから、販売店であるプラチナ会員に無いわけがない。先に言わなかったということは、相当大量のノルマが課せられるのだろう。


「……細かいことを言うんじゃねえよ。全員が会員になるとは限らねえだろ。このビジネスが理解できねえやつは何人か居る。それだけのことだ」


「会員数には上限があると認めるんですね?」


 このシステムは会員が無限に増えないと成立しない。そもそも人口に限りがあるというのに、会員にならない人も居る。となると、会員の見込み人数はかなり少ないということだ。ある程度まで会員数を増やしたら、そこで頭打ちになる。

 この街の人口は数万人程度。早ければ数カ月で限界が来るだろうな。そうなったら終わりだ。新規で入った人間は、1人も勧誘できない。


「……なあ、結局何が言いたいんだ?」


 ナジブは少し考える素振りを見せると、うんざりした様子で言った。俺の質問には答えていない。


「早い話、『辞めておけ』ということです。信用と友人を失いたくなければ、すぐに手を引いてください」


「話を聞いてたっすか? 仲間を作るという話っすよ? どうして友人が減るんすか」


 ギンは怪訝な表情を浮かべて聞いてきた。


「このビジネスに参加する大半の人は、利益が出ないんです。それなのに『儲かる』と言って勧誘したら、勧誘された人は『騙された』と感じるんじゃないですか?」


 上の人間が手にしている報酬は、下の人間が使った金で生まれている。参加者が得られる報酬の総額は、全員が支払った額から胴元が原価と利益を抜いた額である。マイナスサムゲーム、つまりギャンブルと同じ構造なんだ。

 そこに上下関係という要素が加わり、「上の人だけが勝ち続ける」という構図になっている。勧誘できる人間に限りがある以上、遅れて参入した者は一生搾取され続けるだけだ。


 そんなビジネスもどきに、大事な友人を巻き込むなんてあり得ない。「俺の養分になってくれ」と言っているのと同じだ。


「それは上手くやれなかったヤツが悪いんじゃないっすか?」


「そうだとしても、この勧誘方法はフェアじゃないでしょう」


 少なくともリスクとデメリットは知らせるべきだ。ナジブはメリットの話しかしていない。俺が指摘する矛盾にも、まともに答えられない。


「……さっきから何なんすか。兄さんだから誘ったんすよ? せっかくいい話だと思ったのに」


 ギンは落胆したような表情を浮かべて言う。がっかりしたのはこっちだよ。もう少し知恵が回るやつだと思ったんだけどなあ。

 うまい話に騙されるのは仕方がない。相手が悪ければ、どんな人間でも騙される。だが、ギンは騙された後の対応が良くない。他人の言葉に耳を傾けて、自分の頭で考えれば分かるはずなのに。


「全然いい話じゃないですよ。このシステムには欠陥があります。しばらく続けていると、儲からない人が脱退し始めます。そうなると上の人間も儲からなくなりますよね? ですから、また新しい会員を探す必要が出てきます」


 つまり、『仲間には楽して儲かると嘘を吐きながら強引に無駄遣いをさせ、自分は必死で勧誘活動をし続けなければならない』ということ。それがこのビジネスの正体だ。……地獄かな?


「何を根拠に言っているんだ……?」


「客観的事実を述べただけです」


「はぁ……キミには何を言っても無駄みたいだな」


 ナジブは深いため息をついた。そのセリフは俺が言いたいよ、まったく。


 だいたい、オーナー会員だって怪しいからな? デメリットが明確じゃないから言わないけど。

 年利5%は常識の範囲内だが、年利5%で100万クランを得ようとした場合、単純計算で20年掛かる。それまでこのシステムが存続している保証は無いぞ。


「ギン。契約してしまったのなら、すぐに解約してください。今ならまだ間に合います」


 そう言ってギンを睨みつけると、ギンは吐き捨てるように言う。


「マジで何なんすか。もういいっすわ。兄さんには何も言わねえっす。俺たちだけでやるんで、兄さんはもう関わらないでください」


「……そうですか」


 判断材料は提示したつもりだ。俺と絶縁してまでやりたいと言うんだ。俺にはもう止められない。

 友人なら殴ってでも止めるべきかもしれないが、ギンはそれでも納得しないだろう。これ以上の説得は無駄だな。


「ギンちゃんの友達だって聞いてたけど、商売が下手なやつだったんだな。意外だよ」


 ナジブが面倒くさそうに言う。

 頭が悪いやつに貶されても、心には響かないなあ。イラッとはするけどさ。


「応援くらいはさせてもらいますよ。今日はありがとうございました」


 そう言って、適当に話を終わらせた。



 残念ながら、ギンの説得は失敗に終わった。もうギンに関わることは無いと思う。ギンに任せていたいくつかの調査依頼も、全てキャンセルになるだろう。ギンは便利なやつだったんだけどなあ……。今後はカラスかスイレンに相談しよう。

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