横文字系再び
次の日の朝が来ると、ギンは開店前に迎えに来た。そんなに早い時間に行くこともないだろうに……。そう思いながらも、ギンに連れられてナジブの自宅にやってきた。
ギンがナジブのアパートの扉をノックすると、ナジブは満面の笑みを浮かべて扉を開けた。
「おはよう。早かったな」
「朝イチに来いって言ったのはナジブじゃないか。約束通りの時間だろ」
ギンはうんざりしたように言うと、ナジブはムッとしてギンを睨む。
「敬語! 忘れてんぞ」
「あ……そうっしたね。忘れてたっすわ」
おかしいな。ナジブとギンは敬語を使うような関係じゃなかったはずだ。
違和感を覚える俺を他所に、ナジブは俺を見つけて話し掛けてきた。
「おっ! ツカサくん。久しぶりだね。元気だった?」
ナジブが急に馴れ馴れしい。だいぶ鬱陶しいな。友達になった覚えはないんだけど……。
「お久しぶりです。お元気そうですね」
適当に返す。
「まあ、立ち話もなんだから、とりあえず上がってよ」
ナジブにそう言われ、部屋の中に入った。今日も散らかっている。ゴミなのか何なのか分からない物が、壁際に積み上がっている。なんとなく居心地の悪い部屋だ。
部屋の真ん中には、真新しい4人がけのダイニングテーブルが設置されていた。新品に変わっているようだ。
「適当に座ってて。今お茶を出すから」
ナジブはそう言うと、俺たちに背を向けて何か作業を始めた。この散らかった部屋で出されるお茶は、あまり手を出したくない……。不衛生っぽいんだよな。
「兄さん、何突っ立っているんすか。座ってくださいよ」
ギンはすでに着席していた。俺もギンの横に座る。
すると、ナジブが両手にお茶を持って来た。
「お待たせ。レヴァント商会の高級茶葉だ。美味いぜ」
ナジブは得意げに言うが、茶葉だったらうちの店の方が安くて美味いはずだぞ。仕入れ先の問題もあるが、店での保存状態が違う。まあ、当然そんなことは言わないけどね。
「ありがとうございます。いただきます」
「茶菓子もある。レヴァント商会の会員限定焼き菓子だ」
会員限定? 焼き菓子? レヴァント商会って、そんなこともやっているのか。
ポイントカードみたいなことをやっているのは知っているが、会員限定サービスがあるとは知らなかった。それに自社生産の加工食品も、以前は扱っていなかった。悔しいけど、チェスターはかなり頭が回るな……。
焼き菓子は、2センチ掛ける10センチくらいの棒状。健康補助食品を思わせるようなものだ。
でもこれ、あまり美味しくないぞ……。甘さ控えめで後味が苦く、パサパサしてて物足りない。ちなみに、やっぱりお茶も不味いよ。嫌な苦味と渋みと、不自然な酸味がある。
「いやあ、これを食べるだけで健康になった気がするっすね」
ギンは気に入った様子だが……普段から良いものを食べてないのかな。いや、ギンはうちの店の味を知っているはずだ。それなのに、どうしてこれを褒められるんだろう。うちの店の方が、圧倒的に美味いぞ。
「これも高級品だから、心して食べるように。なんせ1つ300クランもするんだから」
ナジブが得意げに言う。たった1つでこの値段なら、かなり高い。うちの店の持ち帰りセットと同じ金額だぞ。うちの店なら1袋でその値段だ。味だって、うちの店の方が絶対に美味い。比べるのも申し訳ないくらい味が違う。
「ずいぶん高いお菓子ですね……」
「ただの菓子じゃない。街では野菜が高いだろ? だが、野菜は食べなきゃいかん。じゃあ、そんな時どうする? それがこの焼き菓子だ。野菜の成分が溶け込んでいて、これを食べるだけで一日分の野菜を食べたことになるんだ」
ナジブはセリフを読み上げるかのように言う。これが例の健康食品なのかな……。
「これなら腐りにくくて、手軽に食えるっすね」
ギンは取ってつけるような口調で補足をした。なんだか気持ち悪いなあ。
「それより、今日のお話はどんな内容なんです?」
俺がそう言うと、ナジブは鋭い目で俺を睨みながら質問をしてきた。
「その前に、聞きたいことがある。キミたちは今の収入に満足してる?」
……さっそく雲行きが怪しいんだけど……。悪徳商法の勧誘みたいじゃないか。
俺が答えないでいたら、ギンが先に答えた。
「全然できないっすね。兄さんはどうすか?」
嫌な質問だなあ。答えたくないけど、一応真面目に答えておくか。
「もっと増やしたいという欲はありますが、不満はありませんね」
俺の報酬は誰かから支払われる給料ではない。自分の裁量と責任で、ある程度自由に得ることができる。増やそうと思ったら、売上を増やす努力をするだけだ。不満を感じる理由がない。
「じゃあ、簡単に増やせる方法があるって知ったら、キミならどうする?」
うわぁ……。最悪な言葉が返ってきたよ。
本来なら、話を聞かずにすぐ立ち去ったほうがいい。『簡単に金が稼げる』という言葉だけで、詐欺や悪徳商法の確率は9割を超える。話を聞くだけ時間の無駄だ。
しかし、今回の目的はレヴァント商会の新商法について詳しく知ること。すべての話を聞き終えるまで、帰ることはできない。
「……話だけは聞いてみますかね」
「それこそが、オレが参加しているニュービジネスなんだ。ただ生きているだけで金が入ってきたら……そんなことを考えたことはないかい?」
返事をするのも億劫になってきた。アホかな? そんなうまい話があるわけ無いだろうが。
「夢っすね! 誰でも考えると思うっす!」
ギンが勝手に答えた。怪しい……。さっきから様子がおかしかったけど、ギンはナジブに協力しているんじゃないかな。
「そう! これは夢のビジネスなんだ。そんなうまい話があるわけない、そんな風に考えていないかい?」
「でも、仕組みが気になるっすよ? どうしてそんなことが可能なんすか?」
ギンは、俺が返答しない時に都合のいい返事をして間をもたせている。そのためにこの場に居合わせたのだろう。よくある手口だ。
だんだんイライラしてきたよ。前置きはいいから、さっさと本題に入ってくれないかな。要するに、人を騙して金を巻き上げるビジネスってことだろ? こっちはその道の元プロなんだよ。大まかな手口は予想できる。
「金以外に、生きるために必要なものってあるだろ? そう、食料品。それをレヴァント商会で買いましょうっていうお話なんだ」
ようやく本題に入ってくれた。
レヴァント商会で買い物をするとポイントが貯まり、現金になって返ってくる。それは他所でも似たようなことをしているわけだが、違うのはこれから。
自分が勧誘した会員のポイントも、自分のポイントになる。そして、自分が勧誘した人が勧誘した『孫会員』や『ひ孫会員』からもポイントが入る。自分の下の会員が増えれば増えるほど、自分の収入が増えるという計算だ。
うん、ガチのマルチ商法だね。俺も連鎖販売の手法を取り入れたことがあるが、ここまでちゃんとしたシステムは作らなかった。
これは『ねずみ講』という詐欺を利用した販売手法だ。もしこの手法をチェスターが考えたのだとしたら、あいつは俺が思っている以上にキレ者だということだ。まったく尊敬できないけどな。
ところで、健康食品はどこに行ったのかな……?
「どうだい? 興味が湧いてきただろ?」
「いえ、まったく……」
しまった。興味を持ったポーズくらいは取っておくべきだったかな……。
「キミは人を幸せにしたいと思わないかい?」
「多少は思いますね」
気持ち悪いけど調子を合わせる。
「そうだろう。でも、それは難しいことじゃないんだ。キミが生きている、ただそれだけで誰かを幸せにすることができるとしたら、素敵なことだよね。今日のお話は、それを実現する好機なんだ」
セリフ掛かった口調の中に、鬱陶しい横文字が混ざる。ナジブの面倒くささに拍車が掛かりつつ、話は続く。
「キミはみんなで成功したいと思わないかい? もっと仲間がほしいと思わないかい? そのためのグループを作ろう、そのグループを大きくしようっていうお話しなんだ。分からないかな? 分からないなら分かるまで説明するよ?」
面倒くさい……。マジで勘弁してくれよ。このままでは話が進まないから、分かったフリをしておこうかな。
「ここまでは理解しました。ありがとうございます。では、もっと具体的に話していただけます?」
俺がそう言うと、ナジブは満足げに説明を始めた。
「うん、よし。分かった。まず、今の食品業界は均質化が進んでいる。どこの店で買っても、質や値段に大きな違いがない。それは理解しているよね?」
そんなことはない。食料品の値段と質は、店によってまったく違う。ナジブはちゃんと見ていないから、それに気付いていないだけだ。流通や技術が発達した日本ですら違うんだから、この国で均質化するようなことはあり得ない。
でも、反論したら拗れるよなあ。面倒だから、このまま話を進めてもらおう。
「ナジブさんはそう思ったんですね。では、続きをお願いします」
「どこで買っても同じなら、より品揃えが豊富なレヴァント商会を利用したいじゃないか。そこに気付いたハイレベルな人は、みんなこのビジネスを始めている。オレが儲けたいから誘っているんじゃない。ツカサくんにも儲けてほしいから、誘っているんだ」
「兄さん、悪い話じゃないっしょ? 儲け話に敏感な人は、次々にこのビジネスを始めているっす。これに参加するだけで人脈が広がるっすよ?」
ギンはうきうきとした様子で話に割り込んだ。
こんなところで人脈を増やしたところで、何の役にも立たないんだよ。みんながみんな『どうやって金を得るか』しか考えておらず、新しい何かを生み出すということに目が向いていないんだ。話していてつまらないし、俺の得にもならない。
でも、今反論するのは得策じゃないんだよな。「分かるまで説明するしぃ」とか言われて話が長くなるだけだ。まったく理解できないし、酷く退屈……。早いところ情報を引き出して、さっさと帰ろう。





