素質
ムスタフが帰った後、俺達は心地よい余韻に浸っていた。
一度小物を売っているが、目標の剣が売れたのは初めてだ。
ルーシアが嬉しそうに声を掛けてきた。
「売れましたね」
「はい。今日は絶対に売ると決めていたので、上手くいって良かったです」
「決めていた?」
「そうですね。多少無理しても、1本は売るつもりでした」
ムスタフには無理矢理にでも買わせるつもりだった。率先して買ってくれたので、予定よりも良い結果になった。
ジジイネットワークは俺が考えていたよりも大きいようなので、今後もある程度はコンスタントに売れていくだろう。
「ツカサさんにとっては、無理をすれば売れるものなのですね……」
ルーシアは、複雑な顔で首を傾げた。ルーシアにとっては、無理をしても売れないものらしい。
「営業は売り方ですから。ルーシアさんの広告にも助けられましたよ。ありがとうございます」
「お役に立てて嬉しいです」
ルーシアは頬を赤らめ、はにかんだ笑顔を見せた。褒められる事に慣れていないのかな。
作業を再開しようとした所で、店の外から騒がしい声が聞こえてきた。何を言っているかは分からないが、調子に乗った大学生が騒ぐようなテンションの声が、店内に届く。
やがて店の扉が開き、10人を超える若い男達が店に入ってきた。
「よう! 兄ちゃん! 客を連れてきたぜぇ!」
1人の男が元気に言う。さっきムスタフに話しかけてきたうちの1人、妙に勘が良い男だ。行動が早いな。剣闘士よりも商人に向いていそうだ。
連れて来られたのは10人の男達。年齢はまちまちだ。10代くらいの若者から、30代くらいの奴までいる。
片っ端から声を掛けたのだろう。こいつらと別れてからそう時間が経っていないのだが、よくここまで集めたものだ。
「ありがとうございます。早かったですね」
「くっくっくっ。早いもの勝ちだからな。他の連中は、今も必死で金を集めているぞ」
男は、厭らしく口角を上げて言った。その目は期待に溢れている。
「では、さっそくお支払いをお願いします」
「ちょっと待ってくれ。俺が連れてきた連中の会計を先にしてくれ。
俺も間違いなく買うから、問題ないだろ?」
なるほど。この男、金を持たずに買いに来たのか。金を準備するよりも、声を掛ける事を優先したらしい。剣1本が買える分の客を連れてくれば、紹介料で賄える。それを狙って金策を放棄したんだ。
その行動力は評価するが、正直少し困る。
この商法のルールとして、本人が先に商品を買う必要がある。これは、紹介料だけを持っていかれないためだ。
本来はアウトなのだが、この男は10人連れてきたのでセーフとする。
と言うか、10人ものカモを前にして報酬を渋る姿を見せるのは、こちらとしても拙い。
「そうですね……。本当は困るのですが、まあ良いです」
例外を作りたくないのだが、今回は仕方がない。例の男を後回しにして、順番に商材の受け渡しを進めた。
10人の会計を済ませると、最後に例の男がカウンターの前に立った。
一度現金を渡すと二度手間なので、直接剣を渡そうとした。すると、男は慌てて遮った。
「待て。現金をくれ。その後で剣を買うから」
ちょっと怪しい。何かを企んでいるようだ。適当に理由を付けて剣を受け取らせてもいいのだが、こいつの狙いが気になる。
計算高い男だ。持ち逃げするような馬鹿な行為はしないだろう。一度誘いに乗ってみよう。
「わかりました。では、10人の紹介で10万クランです。
これは例外ですからね。今、剣を買っていただかないと、今後の紹介料はお支払いできませんよ?」
「わかってるよ。心配すんな。すぐに済むから、ちょっと待ってろ」
男はそう言うと、店の真ん中に駆け出して注目を集めた。
「ゥオオオォォォ! 本当に貰えたぜェッ!」
両手に乗った金を天に掲げて雄叫びを上げる。
「うおおおォ! すげェェェ!」
その仲間達も大声で叫んだ。若さゆえのテンションだろうか。かなり騒々しい。
「お前らも頑張れ! 本当に金が手に入るぞォ!」
群衆を鼓舞しているようだ。
こいつの狙いは、連れて来た連中に現金を見せる事だったらしい。本当に紹介料が貰えるという事を証明したかったのだろう。
こいつは詐欺師の素質があるな。なかなか面白い奴だ。
広告の紹介者の欄に書かれた名前を、ルーシアに読んでもらった。『ドミニク』と言うらしい。仲良くしておいて損は無い。名前を覚えておこう。
ひとしきり金を見せびらかしたドミニクが、カウンターに戻ってきた。
「待たせたな。じゃあ、これで剣を売ってくれ。
こいつらが剣を売っても、俺が金を貰えるんだろ?」
ニヤリと笑って言う。
こいつは人を煽るのが上手い。こいつが連れて来た連中は期待できそうだ。特別報酬を渡したいくらいだ。渡さないけど。
「はい、広告の通りです。売上はこちらで把握していますので、時期を見て店に顔を出して下さいね」
「くっくっく。この街に、こんな面白い店があるとは知らなかった。
他にも儲け話があるなら、絶対に俺にも教えろよ?」
「もちろんです。その時は是非、ご協力下さい」
ドミニクは使える。勘が鋭いから取り扱いに注意が必要だが、上手く使えば俺の手足になりそうだ。
ただ、金に意地汚いように見えるのが心配だ。連れて来た連中も、同類の匂いがする。今のうちに釘を刺しておこう。
「くれぐれも、無理矢理買わせるような事はしないで下さいね。
場合によっては販売を拒否します。本当に剣が必要だと思う人に声を掛けて下さい」
連中に俺の言葉が届いたのかは分からない。そのため、連中に渡した広告には注意書きを付け足した。
ドミニクは、騒々しいままの連中を引き連れて、店から出ていった。
いつの間にか陳列棚が荒らされている。連中は待ち時間の間、暇潰しに店内をうろついていた。陳列された商品を見るだけ見て、適当に棚に戻したようだ。陳列棚を整理しながら閉店の時間を待つ。
その後、閉店間際に残りの4人も買いに来た。声掛けは上手くいっていないらしく、本人達だけだ。こいつらからの連鎖は期待できないだろう。適当に売って、適当に見送る。
「今の人達のお名前は良いのですか?」
ルーシアが怪訝な顔で言う。ドミニクとの扱いの差を不思議に思っているようだ。
「一度に何人もは覚えられません。どうせまたすぐに顔を合わせますから、そのうち覚えますよ」
縁が無ければそれまでだ。覚えるだけ損。使える奴ならいずれ覚える。
「そうですか……」
「それよりも、顧客名簿の管理をお願いします。
仕事を増やして申し訳ありませんが、誰が何人紹介したかが一目で分かるような資料を作って下さい」
名簿の管理をルーシアに丸投げした。文字が書けないので、俺にはできない作業だ。ルーシアは快く引き受けてくれたので、このまますべて任せる。
店を閉め、今日の売上を集計した。
「1日でこんなに売れたのは、生まれて初めてですっ!」
ルーシアが、カウンターの上に硬貨を積み上げながら言う。
今日売れた剣は全部で16本。160万クランの売上で、キャッシュバックの費用は41万クラン。剣の売上だけを数えても、手元には119万クラン残った。仕入れは1本2万クランなので、87万クランの利益だ。成果は上々だな。
「上手く売れましたね。僕の予想以上です」
この国ではマルチ商法の手法が目新しいようで、予想以上の効果が生まれている。
2万クランで仕入れが出来る間は続けようと思う。元々限定と謳っているので、いつやめるかは俺の采配次第だ。
紹介料を支払った後の剣1本の利益は、5万クラン。本来なら80万クランの利益になるはずだった。この半端な7万クランは、俺が受け取るべき紹介料だ。俺は受け取らないと明言しているので、そのまま店の収益になる。
「ムスタフさんの報酬は、ツカサさんが受け取るんですよね?」
「いえ、今は別にしておいて下さい。いずれムスタフさんに返します」
ジジイも受け取らないと明言しているが、ジジイへの報酬はよけておく。預り金にしておいて、最後にジジイに叩き返すつもりだ。あのジジイには借りを作りたくない。
「ふふふっ。さすがです。受けた恩は忘れないのですね」
ルーシアは、俺に優しく微笑みかけた。
なぜか知らないが、良い方に解釈したらしい。良い勘違いは正さない。このまま勘違いさせておこう。
ウォルターが必要としていた現金は、30万クラン。たった1日で回収する事ができた。ウォルターもここまで売れるとは思っていないだろう。
絶対に反対されると思ったので、ウォルターにはこの商法を説明していない。たぶん、教えたらブツブツと文句を言われる。上手く言い返すため、確実な成果を挙げる必要があった。
もし文句を言われたら、今日の売上金を叩きつけて納得させる。119万クランはこの店にしては大きな売上。納得せざるを得ないはずだ。外出中のウォルターの帰宅を待った。





