コイバナ?
チェスターはこの街を荒らした。それはもう盛大に……。
この街でのレヴァント商会の扱いは、なんとなく『別格』というか、ちょっと孤立しているように感じていた。俺は一番大きな商会だからだと思っていたのだが、単純に避けられていただけみたいだ。
それでもあの店がないと台所が回らないから、仕方なく認めている感じ。実力で周囲を黙らせているんだ。ある意味理想的だな。
面白い話を聞けたと思うが、サニアはまだ満足していない。本題の、ルーシアの話が残っているからだ。正直、ちょっと怖い。
「それで、ルーシアさんのお話というのは?」
「チェスターくんがルーシアと結婚したがっているのは知っているわよね?」
「まあ、本人からも聞きましたしね。サニアさんもご存知でしたか」
「知っているも何も、最初は許嫁として紹介されたんですもの」
サニアはうんざりしたように言う。この国では、結婚相手を親が決めると聞いた。幼少期から許嫁が居るというのは、自然なことなのだろう。
それはともかく、ちょっとイラっとする話だなあ。また少しチェスターのことが嫌いになったぞ。
「そうなんですね……」
「先代会頭の時代の話よ。もう白紙になっているわ」
レヴァント商会の前会頭は、すでに故人だ。チェスターは「キャリアは長い」と言っていたから、死んでから結構経つんだと思う。ということは、白紙になってからも結構経っているはず。チェスター、しつこすぎじゃね?
「そのあたり、もう少し詳しく……」
「ふふふ。その気になってきたわね」
サニアは不敵な笑みを浮かべながら言った。これでは、俺がルーシアに興味を持ちまくっているみたいじゃないか。多少は興味があるけど、サニアが思っているほどじゃないぞ。
「茶化さないでください」
「ふふっ。ゴメンね。あの頃のレヴァント商会はまだ小さくて、地域に根ざした店だったの。だから主人とも気が合ってね。話が盛り上がって、そういう話になったのよ」
ウォルターは、先代会頭と仲が良かったのか。交友関係が妙に広いからなあ。どうせウォルターは、調子に乗って軽い約束をしたんだろう。娘の人生をなんだと思っているんだ……。
「それで?」
「でも、その頃からルーシアは乗り気じゃなくて。チェスターくんに『ある条件』を付けたの」
ルーシアは拒否したのか。親が決めた許嫁と言っても、絶対の約束ではないんだな。ちょっと安心した。……安心? なんでだろ。まあいいか。
「条件ですか」
「その条件っていうのが、お店を大きくすること。レヴァント商会が誰もが羨むような店になったら、嫁いでもいいって言ったの。それが、ルーシアが12歳の時だったかしらね」
12歳に求婚だと? 日本じゃ考えられないな……。でも、当時はチェスターも子どもだったはずだから、分からなくもない話だ。
「チェスターさんは、その約束を果たそうとしているんですね」
「そうね。でもルーシアは、チェスターくんが本気にするとは思っていなかったみたい。今はなんとか拒否しているけど、これ以上レヴァント商会が大きくなったら……」
チェスターは、さんざん拒否されても諦める素振りを見せなかった。普通なら心が折れると思うんだけど、それでも諦めなかったのは、この約束があるからだろう。純粋なのかバカなのか、とにかく約束を守らせようとしているらしい。
「なるほど……。チェスターさんがルーシアさんに執着する理由が、なんとなく理解できました」
「それは理解しなくていいわ。私もチェスターくんのことは好きじゃないから」
チェスター、嫌われすぎじゃね? 人に嫌われるオーラでも出しているんじゃないのかと思うぞ。まあ、本物の嫌われ者が大企業のトップになれるとは思えないから、それなりに人気はあるんだろうけど。
「それはともかく、その話は僕と何の関係があるんです?」
「そこでね。ツカサくんがルーシアと結婚してくれたら、丸く収まると思わない?」
思わない! どうしてそうなった!
「それ、僕とサニアさんが勝手に決めていい問題じゃないですよね?」
「大丈夫よ。主人は私が説得するから。主人だって、今なら許してくれると思うわ」
「いや、そうじゃなくて!」
「あら。悪い話じゃないでしょ? 今ならこのお店も付いてくるわよ?」
「ルーシアさんの問題でしょう? 本人の承諾なしに進めるのは拙いですって」
「ふふふ。いいじゃない。今もツカサくんの店みたいになってるけど、本当にツカサくんのものになるのよ?」
あ、やっぱり俺の店みたいに見える? いや、そうじゃなくて……。ルーシアの意思確認の方が重要だろ。下手なことをしたら、この店を追い出される案件なんだぞ。
もしルーシアに結婚を申し出て拒否されたら……俺もルーシアからチェスターみたいな扱いを受けることになるだろう。
「えっと……まずはルーシアさんと話し合ってから決めてくださいよ」
当たり障りがないように、必死で言葉を選んだ。俺としたことが、少し動揺しているかもしれない。
「ふふふ。それは決まっているようなものなの。ツカサくんは気付いてないみたいだけど……」
サニアは意味ありげに含み笑いする。どういうことだ? と思った瞬間、休憩室の扉が急に開いた。入ってきたのはルーシアだ。まさか、今の会話が聞こえていたのか?
「うわっ! ツカサさん! ……と母さん。お話し中でしたか」
ルーシアは椅子に座る俺たちを見て、驚きの声を上げた。どうやら聞こえていなかったみたいだ。
「いえ、大丈夫ですよ。ちょっとした雑談です。ご用ですか?」
「ツカサさんに、お客様です」
誰だろう……。誰であろうと助かった。この場から逃げられる。
「分かりました。今行きます。ではサニアさん。失礼させていただきますね」
「……では、この話の続きはまた今度ですね」
まだ続くのかよ!
不満げな顔で見送るサニアを尻目に、休憩室を出て店舗に移動する。そこに居たのは、整った身なりをした若い男性だった。見覚えはない。
「お忙しいところ、恐れ入ります。ツカサ様でいらっしゃいますね?」
若い男性は冷静な表情で言う。
「えっと……どちら様ですか?」
「申し遅れました。私、ジェロム様の執事をしております」
あ、魚おじさんの家の使用人か。
「ご丁寧にありがとうございます。それで、何の御用でしょうか」
そう言って笑顔を返すと、若い男性は懐からキレイな紙の封筒を取り出した。
「先日はパーティにご参加いただき、ありがとうございます。ジェロム様から、招待状をお預かりして参りました」
「なるほど。またパーティですか」
「詳しくはこの招待状に記載されておりますので、お目通しのほど、よろしくお願い申し上げます」
若い男性から封筒を受け取る。
「分かりました。お預かりしますね」
「お時間をいただいて、ありがとうございます。私はこれにて失礼させていただきます」
若い男性は深々と頭を下げると、背筋を伸ばして去っていった。無駄な話や動作は一切ない。まるで練習通りやっているかのようだ。
受け取ったのは、どうせパーティの誘いだ。事務所に行くまでもない。この場で開封する。
『新商品試食会の誘い』
……パーティじゃないな。ジェロムからの営業だ。あわよくば、うちの店で仕入れてもらおうと考えているのかもしれない。
うちは食品を取り扱っていないが、こういった情報は貴重だ。場合によってはブライアンの店でも提供できるし、新商品を探している店主と出会うかもしれない。少なくとも、話題にはできる。
それで同行者だが、今回もフランツを連れて行こうと思う。招待状にもフランツの名が記されている。
フランツはタイミングよく店舗で品出しをしていたので、カウンターの内側から声を掛けた。
「フランツさん。ちょっといいですか?」
「はい? なんです?」
フランツは不審そうな表情を浮かべ、こちらに歩み寄る。
「ジェロムさんから招待状が来ています。参加しましょう」
「オレも!?」
フランツは物凄く嫌そうな顔で叫んだ。何が嫌だというのか。名指しで招待されているんだから、少しは喜んでほしいぞ。
「招待状には、フランツさんのお名前も書かれていますよ?」
「すみませんけど、オレは行きませんよ! ツカサ兄さんの誘いに乗ると、酷い目に遭うんです!」
そんなに酷い目に……? 遭っているな。虫を食べたりバラムツでトイレに駆け込んだり。ちょっと可哀想だ。だからこそ、今回は参加した方がいいと思うんだけどなあ。商品なんだから、おかしなものは出てこないぞ。
「今回は大丈夫ですって。新商品の試食ですよ?」
今回提供されるものは、街でも手に入る食べ慣れた食品。フランツでも抵抗なく食べられるはずだ。
「嫌です! 姉さんでも誘ってください!」
フランツが怒鳴ると、それに気付いたルーシアが怪訝そうな表情を浮かべてこちらに近付く。
「どうしたの?」
「姉さん、オレの代わりに漁師町に行ってよ」
フランツはルーシアの肩を掴んで懇願した。すると、ルーシアは困惑したような目で俺を見た。
「え? どういうことですか?」
「さっきの招待状、漁師町のジェロムさんからだったんですよ。フランツさんも是非と書かれていたんですが、行きたくないみたいで……」
「そうでしたか……。フランツ、本当に私が行ってもいいの?」
ルーシアがフランツに視線を送ると、フランツはルーシアの顔を見て必死の形相で手を合わせる。
「いいって! 頼むよ!」
そんなに嫌か……。まあ、フランツのかわりにルーシアを連れて行っても、さほど問題ないとは思う。でも、ジェロムはフランツを気に入っていたから、残念がるだろうな。
「ツカサさん、私が同行しても大丈夫ですか?」
「そうですね。問題ないと思います。フランツさんはお留守番ですね」
「ふぅ……助かった……」
フランツは安堵の表情を浮かべながら、品出しの作業に戻った。
まったく、フランツは運がないやつだ。今回はバラムツみたいな怪しい食材は出てこない。まともなものを食べられるチャンスだったのになあ。





