表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
188/219

コイバナ?

 チェスターはこの街を荒らした。それはもう盛大に……。

 この街でのレヴァント商会の扱いは、なんとなく『別格』というか、ちょっと孤立しているように感じていた。俺は一番大きな商会だからだと思っていたのだが、単純に避けられていただけみたいだ。

 それでもあの店がないと台所が回らないから、仕方なく認めている感じ。実力で周囲を黙らせているんだ。ある意味理想的だな。


 面白い話を聞けたと思うが、サニアはまだ満足していない。本題の、ルーシアの話が残っているからだ。正直、ちょっと怖い。


「それで、ルーシアさんのお話というのは?」


「チェスターくんがルーシアと結婚したがっているのは知っているわよね?」


「まあ、本人からも聞きましたしね。サニアさんもご存知でしたか」


「知っているも何も、最初は許嫁として紹介されたんですもの」


 サニアはうんざりしたように言う。この国では、結婚相手を親が決めると聞いた。幼少期から許嫁が居るというのは、自然なことなのだろう。

 それはともかく、ちょっとイラっとする話だなあ。また少しチェスターのことが嫌いになったぞ。


「そうなんですね……」


「先代会頭の時代の話よ。もう白紙になっているわ」


 レヴァント商会の前会頭は、すでに故人だ。チェスターは「キャリアは長い」と言っていたから、死んでから結構経つんだと思う。ということは、白紙になってからも結構経っているはず。チェスター、しつこすぎじゃね?


「そのあたり、もう少し詳しく……」


「ふふふ。その気になってきたわね」


 サニアは不敵な笑みを浮かべながら言った。これでは、俺がルーシアに興味を持ちまくっているみたいじゃないか。多少は興味があるけど、サニアが思っているほどじゃないぞ。


「茶化さないでください」


「ふふっ。ゴメンね。あの頃のレヴァント商会はまだ小さくて、地域に根ざした店だったの。だから主人とも気が合ってね。話が盛り上がって、そういう話になったのよ」


 ウォルターは、先代会頭と仲が良かったのか。交友関係が妙に広いからなあ。どうせウォルターは、調子に乗って軽い約束をしたんだろう。娘の人生をなんだと思っているんだ……。


「それで?」


「でも、その頃からルーシアは乗り気じゃなくて。チェスターくんに『ある条件』を付けたの」


 ルーシアは拒否したのか。親が決めた許嫁と言っても、絶対の約束ではないんだな。ちょっと安心した。……安心? なんでだろ。まあいいか。


「条件ですか」


「その条件っていうのが、お店を大きくすること。レヴァント商会が誰もが羨むような店になったら、嫁いでもいいって言ったの。それが、ルーシアが12歳の時だったかしらね」


 12歳に求婚だと? 日本じゃ考えられないな……。でも、当時はチェスターも子どもだったはずだから、分からなくもない話だ。


「チェスターさんは、その約束を果たそうとしているんですね」


「そうね。でもルーシアは、チェスターくんが本気にするとは思っていなかったみたい。今はなんとか拒否しているけど、これ以上レヴァント商会が大きくなったら……」


 チェスターは、さんざん拒否されても諦める素振りを見せなかった。普通なら心が折れると思うんだけど、それでも諦めなかったのは、この約束があるからだろう。純粋なのかバカなのか、とにかく約束を守らせようとしているらしい。


「なるほど……。チェスターさんがルーシアさんに執着する理由が、なんとなく理解できました」


「それは理解しなくていいわ。私もチェスターくんのことは好きじゃないから」


 チェスター、嫌われすぎじゃね? 人に嫌われるオーラでも出しているんじゃないのかと思うぞ。まあ、本物の嫌われ者が大企業のトップになれるとは思えないから、それなりに人気はあるんだろうけど。


「それはともかく、その話は僕と何の関係があるんです?」


「そこでね。ツカサくんがルーシアと結婚してくれたら、丸く収まると思わない?」


 思わない! どうしてそうなった!


「それ、僕とサニアさんが勝手に決めていい問題じゃないですよね?」


「大丈夫よ。主人は私が説得するから。主人だって、今なら許してくれると思うわ」


「いや、そうじゃなくて!」


「あら。悪い話じゃないでしょ? 今ならこのお店も付いてくるわよ?」


「ルーシアさんの問題でしょう? 本人の承諾なしに進めるのは拙いですって」


「ふふふ。いいじゃない。今もツカサくんの店みたいになってるけど、本当にツカサくんのものになるのよ?」


 あ、やっぱり俺の店みたいに見える? いや、そうじゃなくて……。ルーシアの意思確認の方が重要だろ。下手なことをしたら、この店を追い出される案件なんだぞ。

 もしルーシアに結婚を申し出て拒否されたら……俺もルーシアからチェスターみたいな扱いを受けることになるだろう。


「えっと……まずはルーシアさんと話し合ってから決めてくださいよ」


 当たり障りがないように、必死で言葉を選んだ。俺としたことが、少し動揺しているかもしれない。


「ふふふ。それは決まっているようなものなの。ツカサくんは気付いてないみたいだけど……」


 サニアは意味ありげに含み笑いする。どういうことだ? と思った瞬間、休憩室の扉が急に開いた。入ってきたのはルーシアだ。まさか、今の会話が聞こえていたのか?


「うわっ! ツカサさん! ……と母さん。お話し中でしたか」


 ルーシアは椅子に座る俺たちを見て、驚きの声を上げた。どうやら聞こえていなかったみたいだ。


「いえ、大丈夫ですよ。ちょっとした雑談です。ご用ですか?」


「ツカサさんに、お客様です」


 誰だろう……。誰であろうと助かった。この場から逃げられる。


「分かりました。今行きます。ではサニアさん。失礼させていただきますね」


「……では、この話の続きはまた今度ですね」


 まだ続くのかよ!



 不満げな顔で見送るサニアを尻目に、休憩室を出て店舗に移動する。そこに居たのは、整った身なりをした若い男性だった。見覚えはない。


「お忙しいところ、恐れ入ります。ツカサ様でいらっしゃいますね?」


 若い男性は冷静な表情で言う。


「えっと……どちら様ですか?」


「申し遅れました。私、ジェロム様の執事をしております」


 あ、魚おじさんの家の使用人か。


「ご丁寧にありがとうございます。それで、何の御用でしょうか」


 そう言って笑顔を返すと、若い男性は懐からキレイな紙の封筒を取り出した。


「先日はパーティにご参加いただき、ありがとうございます。ジェロム様から、招待状をお預かりして参りました」


「なるほど。またパーティですか」


「詳しくはこの招待状に記載されておりますので、お目通しのほど、よろしくお願い申し上げます」


 若い男性から封筒を受け取る。


「分かりました。お預かりしますね」


「お時間をいただいて、ありがとうございます。私はこれにて失礼させていただきます」


 若い男性は深々と頭を下げると、背筋を伸ばして去っていった。無駄な話や動作は一切ない。まるで練習通りやっているかのようだ。


 受け取ったのは、どうせパーティの誘いだ。事務所に行くまでもない。この場で開封する。


『新商品試食会の誘い』


 ……パーティじゃないな。ジェロムからの営業だ。あわよくば、うちの店で仕入れてもらおうと考えているのかもしれない。

 うちは食品を取り扱っていないが、こういった情報は貴重だ。場合によってはブライアンの店でも提供できるし、新商品を探している店主と出会うかもしれない。少なくとも、話題にはできる。


 それで同行者だが、今回もフランツを連れて行こうと思う。招待状にもフランツの名が記されている。

 フランツはタイミングよく店舗で品出しをしていたので、カウンターの内側から声を掛けた。


「フランツさん。ちょっといいですか?」


「はい? なんです?」


 フランツは不審そうな表情を浮かべ、こちらに歩み寄る。


「ジェロムさんから招待状が来ています。参加しましょう」


「オレも!?」


 フランツは物凄く嫌そうな顔で叫んだ。何が嫌だというのか。名指しで招待されているんだから、少しは喜んでほしいぞ。


「招待状には、フランツさんのお名前も書かれていますよ?」


「すみませんけど、オレは行きませんよ! ツカサ兄さんの誘いに乗ると、酷い目に遭うんです!」


 そんなに酷い目に……? 遭っているな。虫を食べたりバラムツでトイレに駆け込んだり。ちょっと可哀想だ。だからこそ、今回は参加した方がいいと思うんだけどなあ。商品なんだから、おかしなものは出てこないぞ。


「今回は大丈夫ですって。新商品の試食ですよ?」


 今回提供されるものは、街でも手に入る食べ慣れた食品。フランツでも抵抗なく食べられるはずだ。


「嫌です! 姉さんでも誘ってください!」


 フランツが怒鳴ると、それに気付いたルーシアが怪訝そうな表情を浮かべてこちらに近付く。


「どうしたの?」


「姉さん、オレの代わりに漁師町に行ってよ」


 フランツはルーシアの肩を掴んで懇願した。すると、ルーシアは困惑したような目で俺を見た。


「え? どういうことですか?」


「さっきの招待状、漁師町のジェロムさんからだったんですよ。フランツさんも是非と書かれていたんですが、行きたくないみたいで……」


「そうでしたか……。フランツ、本当に私が行ってもいいの?」


 ルーシアがフランツに視線を送ると、フランツはルーシアの顔を見て必死の形相で手を合わせる。


「いいって! 頼むよ!」


 そんなに嫌か……。まあ、フランツのかわりにルーシアを連れて行っても、さほど問題ないとは思う。でも、ジェロムはフランツを気に入っていたから、残念がるだろうな。


「ツカサさん、私が同行しても大丈夫ですか?」


「そうですね。問題ないと思います。フランツさんはお留守番ですね」


「ふぅ……助かった……」


 フランツは安堵の表情を浮かべながら、品出しの作業に戻った。


 まったく、フランツは運がないやつだ。今回はバラムツみたいな怪しい食材は出てこない。まともなものを食べられるチャンスだったのになあ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ