昔話
ギンと別れた後、手持ち無沙汰になってしまった。行く場所が無い。コンサルタントの客に会いに行っても話題がないし、実験用工房に行っても新しいアイディアが無いからすることがない。下手に歩き回るとチェスターに出くわしそうだし……。
一番いい案は、店に帰って溜まった書類を整理することだ。でも、今日はちょっと怖いんだよなあ……。
あてもなく街を歩いていると、背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ツカサよ。そんなところで何をしている?」
振り返ると、ウォルターが居た。遊びに行く途中だったらしい。
「あ、ウォルターさん。お疲れ様です」
「ずいぶん暇そうだが、どうかしたのか?」
ウォルターは怪訝な表情を浮かべて言う。参ったな。そんなに暇そうに見えていたのか。
「何をしようか考えていたところなんですよ」
「暇なら店に帰ったらどうだ。書類が山積みになっていたぞ?」
ド正論。それが一番得策だということは分かっている。このまま街をフラフラしていても時間が無駄になるだけだ。仕方がないな。
「……そうですね。分かりました。帰ります」
帰ったところで仕事ができるとは思えないけど、今日はもう店に帰る。
店に入ると、メイが陳列棚の整頓をしていた。放っておけばホコリが溜まるし、物が売れれば陳列棚が荒れる。そのため、メイとルーシアには1日に何度も棚を点検するように言ってある。
これは売上を伸ばす方法ではあるのだが、万引きの防止にも役立っている。陳列棚が散らかっていると、「盗んでもバレなさそう」と思われてしまうのだ。完全に防ぎきれるわけではないが、かなり減った。
メイの働きぶりを確認して、カウンターの内側にいるルーシアに声を掛けた。
「お疲れ様です。戻りました」
「あれ? お早いですね」
ルーシアはそう言って、優しい微笑みを返す。
「今日の仕事が終わったんです。特にやることが無いので、事務所で書類整理をしてきますね」
そう言って休憩室の扉を開けた。休憩室は、店舗と倉庫と食堂と事務所、各部屋の真ん中にある。事務所に行くためには休憩室を経由しなければならず……。
そこではサニアが休憩していた。なんというタイミングだ。
「ツカサくん? ちょっといい?」
やっぱり来たよ……。こうなる予感がしていたから、帰りたくなかったんだ。仕事を理由に拒否することはできない。だって、たった今「やることが無い」って言っちゃったもん。扉のすぐ向こうに居たサニアに、聞こえていないわけがないよ。
「分かりました。手短にお願いします」
「ふふふ。そう警戒しなくてもいいわ。楽にして」
サニアはニッコリと笑って言うと、近くの椅子に腰掛けた。サニアに促されるまま、俺もサニアの向かいの椅子に座る。
サニアと初めて会った時、俺はサニアのことが少し苦手だと感じた。その予感は今も継続している。
サニアには、どこか油断できない雰囲気があるんだ。普段はおっとりしていて優しそうなのだが、たまに人を見透かしたような目をすることがある。今がまさにそうだ。
ウォルターが抜けすぎているから、ちょうどいいバランスだとは思うよ。でもなあ……。
「それで、お話とは?」
動揺を悟られないように気を付けながら言うと、サニアは軽く目を閉じて口を開いた。
「今日は、ちょっと昔話をしようと思うの」
サニアはそう言って、俺の目を覗き込む。
こういう態度が苦手な理由なんだよ。「人と話をする時は目を見ろ」なんてよく言われるが、一定時間以上目を見ると相手にプレッシャーを与える。詐欺師はこの効果を上手く使って人を騙すのだが、サニアは自然とこれをやる。自分に自信がある人の特徴で、一流の経営者や政治家なんかに多いタイプだ。
ウォルターじゃなくてサニアが店主だったら、店は傾かなかったんじゃないかな……。まあ、そんなことはどうでもいい。
「昔話……ですか。どんな話です?」
ウォルターとサニアの話だったら、すでに知っているぞ。小説で読んだからな。
「そう。ルーシアのね。興味あるでしょ?」
ルーシアの昔話か。興味がない……とは言えないな。多少は興味がある。それに、サニアから「聞け!」というプレッシャーを感じる。聞くだけ聞いてみるか。
「そうですね。聞かせてください」
「ルーシアとチェスターくんの話なんだけど。ルーシアって、チェスターくんのことを嫌っているじゃない?」
「そうですね」
親の仇かというくらい毛嫌いしている。俺もそれなりに嫌っているわけで、ルーシアが嫌っていることを不思議だとは思っていない。ルーシアも、生理的に受け付けないのだろう。
「どうしてか……って、考えたことある?」
「……無いですね」
「そう……。ルーシアは子どもじゃないから、理由も無く人を嫌うなんてことはしないの。ちゃんと理由があるわ」
あれ? 俺は特に理由がないんだけど……。俺は子どもだったのか。心外だなあ。ルーシアの嫌う理由を聞いて、俺もチェスターの嫌いなところをまとめてみよう。俺にもきっと理由があるはずだ。
「その理由を教えていただけます?」
「いろいろ心あたりがあるんだけど、決定的だったのは懇親会を潰したことね」
サニアはそう言って深いため息をついた。
懇親会は、今は退屈な会合だが、昔は家族も参加する祭りのようなイベントだったそうだ。ルーシアは無くなって残念がっていたけど……。
「潰したといいますと?」
「昔の懇親会は、各店が屋台を出したり歌や踊りを披露したり、家族や街の人たちも楽しめるものだったの。大きな広場を使ってね」
店をやっていない人も参加できるのか。俺が考えていたよりも大規模だな。まるで縁日じゃないか。子どもが喜びそうなイベントだ。それに、店主も喜ぶだろう。屋台を出せば儲かりそうだし、いい宣伝になる。
「昔は楽しかったとは聞きましたけど……チェスターさんが潰した? 何のメリットがあるんですか?」
「メリットねえ……。私はチェスターくんじゃないから、真意は分からないわ」
サニアは悲しそうな表情で言う。サニアも懇親会を楽しみにしていたのだろう。
もしこの懇親会が今でも続いていたら、俺も喜んで参加していたと思う。出店する側でね。一度はやってみたかった、屋台のくじ引き……。もちろん真面目にやるよ。詐欺師は引退したから。
「では、具体的に何をしたんです?」
「簡単に言うと、問屋やお店に圧力をかけて屋台の出店を妨害したのよ。出店する店には商品を卸さないとか、出店した他の店と同じものを格安で売るとか、いろんな手を使っていたみたいね」
サニアはうんざりしたように言う。
レヴァント商会の持つ流通経路は、かなり優れている。その力を悪い方に使えば、それくらいのことは簡単にできるだろう。だが、チェスターは何がしたかったんだ?
考えられるとすれば、屋台の独占か。たった1日でも結構な額が動くと思う。屋台全ての売上を独占することができれば、それなりに大きな利益になるはずだ。しかし、街中の店を敵に回してまでやることじゃないぞ。わけが分からない。
俺が考え込んでいるうちにも、サニアの話は続く。
「最終的には広場があった土地を買い占めて、レヴァント商会を通さないと参加できないようになったわ」
ますます分からない。懇親会を潰そうとしているとしか考えられない行動だ。
「それで、その後はどうなりました?」
「1回だけ開催されたわよ。商業組合じゃなくて、レヴァント商会が主催で……。でも全然人が集まらなくて、2回目は無かったわ」
まあ、当然の結果だろうな。追い出された商店は絶対に協力しないだろうし、組合の手助けがなければ告知もままならないはずだ。継続していればいずれ定着したとは思うけど、赤字を垂れ流すわけにもいかなかったと推測できる。
「復活することは無いんですか?」
「無理ね。今レヴァント商会が建っている場所、それが懇親会の会場だったの」
無理だな。レヴァント商会を更地にしなければならない。いくら俺でも、さすがにそこまでのことはできないわ。
しかし、チェスターは思った以上におかしな行動をとっているなあ。こんなことをあちこちでやっていたら、レヴァント商会は潰れるぞ。
「それって、他の街でもやっていることなんですか?」
「違うわ。この街だけ。懇親会を開催している街は他にもあるのだけど、こんなことをやったのはこの街だけね」
となると、この街の商店だけに喧嘩を売ったということか。話を聞く限り、チェスターはこの街に大きな思い入れがあるようだ。懇親会を私物化しようとしたり、そのまま潰したり。でも目的が全く理解できない。
チェスターがただのアホだとは思えないから、何か考えがあったはず……。このあたりはギンが持ってくる情報にヒントがあるかもしれないな。考えるのは後にしよう。
「なるほど。なんとなく、ルーシアさんが嫌う理由が分かりました」
「でしょうね。古くからお店をやっている人は、良く思っていない人が多いわ。若い人はそうでもないみたいだけどね」
レヴァント商会は、今では普通に受け入れられている。メディアが発達していないこの国では、多少悪い噂が流れても短期間で消し飛んでしまうのだろう。
ただの悪評で大企業が潰れることは珍しい。たいていの場合、噂が消えるまで耐えれば信用が回復する。気持ちの良い話ではないが、これが現実だ。
ふぅ。話はこれで終わりかな。
「面白い話を聞かせていただき、ありがとうございます」
そう言って立ち上がった。すると、サニアは力強い眼差しで俺を見て言う。
「待ちなさい。話は終わってないわよ?」
ええ……? まだ続くの? もうお腹いっぱいだよ……。
「次は何の話ですか?」
「ルーシアの話だって言ったでしょ? まだチェスターくんの話しかしてないじゃないの」
「あ……そうですね。聞かせていただきます」
そう言えば、本題はルーシアの話だった。チェスターの話に夢中で、すっかり忘れていたよ……。まあ、興味が無いわけじゃないからなあ。





