興ざめ
マルコがリタイアした後も、まだまだ試合は続く。正直全く興味ない。ここからどういう展開になろうが、マルコに賭けた1万クランは返ってこない。
勝てる勝負だったのに……。マルコ本人も悔しがっているだろうが、今日は俺も悔しい。
真剣に見る気を失った俺に、ルーシアが優しく話し掛けてきた。
「どうします? 最後まで見ていきます?」
「……もう十分でしょう。投票所の近くに休めるところがありますから、そっちに移動しませんか?」
「そうですね」
投票所のすぐ横には、休憩スペースが設けられている。簡素なベンチとテーブルが置かれていて、飲み物や軽食が販売されている。高速道路のサービスエリアみたいな施設だ。
休憩スペースに移動し、ルーシアと並んでベンチに腰掛けた。
「美味しそうな匂いがしますね」
ルーシアが照れくさそうに言う。
「そうですね。何か買いましょうか」
試合中ということもあり、人はまばらだ。買うなら今だろう。
「はいっ。買ってきますね。ツカサさんは何がいいですか?」
「いえ、僕も行きますよ。まずは、あの串焼きの店がいいですかね」
何の肉か分からない、謎の串焼き肉。アレの匂いがずっと漂っているんだ。気になってしょうがない。前回来た時は、すぐに帰ったので食べていない。今日はマルコに対する客の反応を観察したいので、もう少し居座る予定だ。
「あれも美味しそうですよ?」
ルーシアは、濁った薄いオレンジ色の謎の液体を指さして言う。たぶんフレッシュジュースなんだろうけど……なんだか濃いぞ。見た感じ、かなりドロっとしている。サラッとしたジュースに慣れている身としては、ドロドロのジュースには少し抵抗があるなあ。
でもまあ、大丈夫だろう。変なものは入っていないはずだ。とりあえず買ってみよう。
串焼きが1本800クランで、ジュースが1杯600クラン。かなり高い。観光地価格なのかな……。それとも、勝ったやつだけが買える高級品? まあ、どちらにしても買うけどさ。
「では、お支払いをしましょう」
2人分の会計を済まそうとしたところで、ルーシアは慌てて俺の手を握った。
「今日は私が払いますっ!」
「いえ、大丈夫です。僕が出しますよ」
「だって……ツカサさん、さっき負けましたよね?」
それを言われると耳が痛いなあ。思いっきり散財した後だ。なんだか金を出しにくい。でも、ギャンブルで負けたことを理由に金を出し渋るのって、あまりにもかっこ悪くない? ダメなヒモ男みたいじゃないか。
「それは関係ありませんよ。大丈夫です。気にしないでください」
不安げな表情を浮かべるルーシアを尻目に、支払いを済ませた。
「なんだか……すみません。たまには私が払いますよ?」
「ははは。店では一応僕が上司ですから、部下に奢られては格好が付きませんよ」
そう言って謎肉の串焼きを頬張る。ちょっと固いな……。鶏肉っぽい味だけど少し獣臭くて、パサッとした肉質なのにジューシー。マジで何の肉なんだ? まあ、美味いからいいんだけど。
「そうですか……。今日のところはごちそうになります」
ルーシアは申し訳なさそうに言うと、謎肉を口に運んだ。そして一口食べた後、驚いたような表情を見せて呟く。
「あ……これ、ダチョウですね」
「ダチョウ……?」
「ご存じないですか? 飛べない大きな鳥です」
それは知っている。ダチョウって、食べられるんだ……。というか居るんだ……。
「初めて食べましたけど、こんな味なんですね。この辺りに居るとは思いませんでした」
「そうですね。珍しいです。南の方にしか居ないはずですから。でも噂によると、飼育に成功したとか……。これは飼育されたダチョウかもしれませんね」
飼育と言えばニワトリじゃないの? というツッコミはさておき、味は悪くない。ニワトリよりも多くの肉がとれるから、効率がいいのかもしれないな。
と考え事をしながら、甘い香りが漂う謎ジュースに手を伸ばす。ドロリとした液体を、恐る恐る口に入れ……メロンだ!
マジ? メロンだよ? 高級果実の代名詞、メロンだよ? こんなにいい加減なジュースにしていいの?
「どうしたんです……? お口に合いませんでした?」
「いえ、逆です。驚きました。こんなものが売っているなんて……」
「ふふふ。確かにこれも珍しいですね。時期が違いますから。どうやって育てているんでしょうね」
いや、それも気になるんだけど、もっと気になるのはメロンをジュースにしちゃう感覚だよ。メロンって、この国ではありふれた果物なのかなあ。
そうこうしているうちに、休憩スペースに人がなだれ込んできた。どうやら試合が終わったらしい。客たちが、今の試合の感想を言い合っている。俺は客同士の会話に耳を傾けた。
「いやあ、今日のマルコは良かったな」
「ああ。面白い試合を見せてくれた。まさに剣闘士といった戦いだったよ」
「今後の成長に期待だな」
あれ? 意外と高評価……。マルコは負けたよ? 人気と勝敗は関係ないと聞いたけど、今日の試合は勝てるはずだった。あいつの戦略ミスじゃないか。評価が下がっても不思議じゃないんだけどなあ……。
「ところで知ってるか? あの剣、普通に売ってるんだぜ?」
話題はマルコの持つ剣について。俺としては、勝負の行方よりもこっちの方が重要だ。
「はあ? あの派手な剣をか?」
「そうだ。武器屋で見かけた。店主は少し違うって言ってたが、そっくりだったよ」
「へえ。面白えな。買ってみるか」
剣も話題になっているな。いい感じだ。このままマルコが活躍してくれたら、かなり売れそうだ。とにかく剣が売れるんだったら、マルコはどれだけ負けてくれても構わない。
この調子なら、しばらく見に来なくても大丈夫そうだ。負けても評価が下がらないことが分かっただけでも、大収穫と言える。まあ、勝った方がいいのは間違いないから、マルコの訓練はもう少し厳しいものにしてもらおう。
「ルーシアさん、僕の用は終わりました。食べ終えたら帰りましょう」
「もう帰っちゃうんですか?」
ルーシアは残念そうに言う。ルーシアの手元を見ると、串焼き肉はただの串になっていた。ジュースのカップも空だ。早いな……。俺、まだ半分くらい残っているよ?
「そうですね……。では、もう少し見てから帰りましょうか」
肉とジュースを口の中に放り込み、立ち上がった。休憩スペースは、ここの他にも何箇所か設置されている。たぶんどこに行っても混雑しているだろうが、ちょっと見て回るだけだ。
次の休憩スペースは、女性がごった返している。さっきの休憩室はおっさんばかりだったのだが、女性はここに集中しているようだ。
「女の人も。結構いらっしゃるんですね」
「そうですね。前回来た時は、もっと多かった気がします」
女性ばかりで居心地が悪いので、この休憩スペースは素通り……できない理由ができた。
「ツカサさん、あれって……」
ルーシアが指さす方向には、一際大きな人だかり。その中心には、ドミニクが大騒ぎしながら立っていた。
「さあ、僕の素敵なベイビーたち! 今日はみんなに美貌の源を紹介したい! 僕の友人が開発した、新しい美容液だよ! これを塗るだけで、15歳は若返るんだ!」
美容液の売り込みをしているらしい。仕事熱心だなあ……。そして相変わらずおかしなキャラを演じているなあ……。あと、『15歳若返る』というのは大げさすぎるぞ。
しかし、試合がなくてもアホなことをやるのか。忙しいやつだ。うちの商品を売ってくれるのは有り難いけど……。友達だと思われたらかなわないから、さっさとこの場を離れよう。
「あの……あの人、ドミニクさん……ですよね?」
「気のせいです。精神がやられる前に、ここを離れましょう」
混乱するルーシアの手を引いて、大急ぎでこの場を離れた。
スタスタと早足で出口に向かう。すると、正面から来る人とぶつかりそうになって慌てて立ち止まった。
「あっ! すみません!」
と言って相手の顔を見る。なんだか見覚えのある男だ。25歳くらいのやり手風の好青年……。
「おや? 久しぶりだね。こんなところで会うとは、運命を感じないかい?」
急いでいたので油断した。あまり会いたくない人物と遭遇してしまった。レヴァント商会の会頭、チェスターだ。
「感じません。ツカサさん、すぐに帰りましょう」
ルーシアの機嫌が一気に悪くなる。ルーシアはチェスターのことを、物凄く毛嫌いしているからなあ。
「待ちたまえ。せっかく再会したのだから、食事でもどうだ?」
「いりません。帰ります」
「君も見習いなんですから、気を使って先に帰ったらいかがですか?」
チェスターは俺に向かって高圧的に言う。若干イラっとするけど、今はそんなことを言っている場合じゃないな。
「なっ! ツカサさんは見習いなんかじゃ」
俺よりもルーシアの方がイラッとしたらしい。チェスターを睨みつけて声を荒らげた。慌ててルーシアの手を引き、言葉を遮る。
「ルーシアさん。お仕事の時間です。帰りますよ」
「待ちなさい! ルーシアは置いていくんだ!」
チェスターがそう言って手を伸ばしたので、ルーシアを抱き寄せてそのまま出入り口を抜けた。
「申し訳ございません。そちらと違ってうちは弱小商店ですから、忙しいんですよ。またお会いしましょう」
適当に言い訳をしてこの場を立ち去る。チェスターは苦々しい顔で俺を睨んでいるが、そんなことは無視だ。ルーシアを抱えたまま、チェスターが見えなくなる場所まで移動した。
「すみません……大丈夫でした?」
ルーシアに声を掛けながら手を離すと、ルーシアは少し残念そうに言う。
「はい……ありがとうございます。ご迷惑をおかけしました」
何が残念なんだ? 俺の気のせいかな……。まあいいや。
「なんだか興がそがれましたね。どこか寄り道をして帰りましょう」
結構楽しい1日だったのに、チェスターのせいで台無しだ。何かで気晴らししないと、ルーシアは仕事に集中できないだろう。まったく……どうしてあんなところに居たんだよ。





