有名人
1人で陳列棚の整理をしていると、ルーシアが近くにやってきた。広告の複製で忙しいはずなのだが……。
「どうかされましたか?」
「広告を急いでいることは承知なのですが、ツカサさんの陳列を見せていただきたくて……」
ルーシアは申し訳なさそうに言う。
広告を急いでほしいのは事実だが、勉強したいというのなら断わる理由は無い。
「いいですよ。分からない事があったら何でも聞いて下さい」
商品の陳列は大方終わっている。今日修正するのは、武器類の棚だ。例の剣を目立つ位置に移動させる。
今はサンプルとして隅っこに1本出されているだけ。こんなに早くカモが食い付くとは思わなかったので、ナイフのような手軽な物を目立たせていた。
例の剣の長さは1メートルくらい。反りがない両刃の剣で、ロングソードというタイプだそうだ。棚を一段占領し、横にして展示する。少しでも豪華に見えるように、商品の卓上イーゼルを勝手に使った。
展示位置は上から三段目。ちょうど目線の高さになる。
「あの……。今回の変更には何の意味があったのですか?
あまり変わっていないようですが……」
「大違いですよ。例の剣の位置を移動させました。売りたい商品は目線の高さに陳列します。一般的な成人男性の目線がこの辺りですね」
ルーシアの前に立ち、俺の目線の高さに手をかざした。
「なるほど……。という事は、売れ残った商品は目線の高さに並べればいいんですね?」
「ははは。それが上手くいかないので、商売は面白いんですよ。
売れ残るにはそれなりの理由があります。デザインが悪いとか、性能が悪いとかですね。
問題の対策をする前に目立つ位置に置くと、店全体の売上が下がります。注意して下さい」
この法則は『よく売れる物をより多く売る』ためのもの。売れない物を置くと、逆効果にしかならない。客が欲しい物が目立たないので、『品揃えが悪い』という印象を与える。
「難しいですね。例えば、どのような商品を並べるのですか?」
「新商品か、普段からよく売れる定番商品ですね。目線の高さに置いても売れない商品は、売り方を変える必要があります」
「値引き……ですか?」
「いえ、それは最後の手段です。二度と仕入れないつもりなら良いですが、できれば違う方法を探しましょう」
「値引きは良くないのですね」
「そうですね。でも、悪くはありませんよ。手っ取り早く棚を空けたいなら、値引きが一番効率が良いですから」
ルーシアは、細かく頷きながら俺の話を聞き、静かに手を挙げた。
「ところで、この棚だけスカスカになっているようですが、良いのですか?」
剣が鎮座する棚を指した。その棚には、他の商品を撤去して、1本の剣だけが置かれた段がある。
以前、陳列棚がスカスカやギチギチにならないよう、全体的にバランス良く置くように注意した。その事を言っているのだろう。
「1つの商品を目立たせる手段は、大量に置くだけではないのです。勝手にイーゼルをお借りしましたが、これも目立たせるためです。
他がしっかりと並んでいるので、ここだけが強調される形になっています」
「なるほど。勉強になります。
商品を目立たせたい場合、普通はカウンターの後ろの壁に専用の棚を作るのですが。ツカサさんはそうしないのですね」
「カウンターの後ろに飾っても、言うほど売れませんよ。目立つだけです」
確実に一番目立つ場所だが、売るための場所ではない。「ある」という事を印象付けるための陳列だ。盗まれやすい物か、高額で滅多に売れない物を置く。一点物の名剣ならそれでいいのだが、今回の目的には合わない。
「では! 店の真ん中に専用のテーブルを置くのは如何ですか?」
「邪魔でしょ?」
「う……そうですね……」
「専門店なら良いですが、日用雑貨店には向きません。剣に興味が無いお客さんの方が多いのですから」
「理由を聞けば納得なのですが、習った事と違いすぎて……。
ツカサさんは何でも知っていますね」
「いえ、日本では割とありふれた手法ですので。特別な事ではありません」
詐欺師の基本は商売の基本。俺は営業と販売はそれなりに勉強した。とは言え、熟練のプロや研究者には到底敵わないと思う。たぶん、見落としや間違いがあるだろう。
それを気にしても仕方がないので、自信満々な態度を貫く。間違いだと分かったら、何食わぬ顔で修正すればいい。相手を不安にさせないためのテクニックだ。
「ニホンという国は、ずいぶんと進んでいるんですね。私も行ってみたいです」
ルーシアは、そう言って目を輝かせた。
日本が進んでいるわけでは無い。ここが遅れているだけだ。文化レベルも技術レベルも低い。マーケティングについても、深く研究されていないのだろう。
ルーシアと話をしていると、店の扉が勢いよく開いた。
「ツカサはおるかァ!」
老人のしゃがれた声が店内に響く。ムスタフだ。さっそく来てくれたようだ。
「ムスタフ……『無敗のムスタフ』じゃないですか! え? なんで!」
ジジイを見たルーシアが騒いだ。まるで有名芸能人を見かけたミーハー一般人のように興奮している。
「ムスタフさんを知っているんですか?」
「当たり前じゃないですか。無敗のまま剣闘士を引退した、伝説の大戦士ですよ?」
「でも、闘技場に行った事が無いと言っていましたよね?」
「顔と名前くらいは知っていますよ。それほどの有名人です。
この街に来ている事は知っていましたが……」
ジジイの顔をちらりと見ると、最大級のドヤ顔をこちらに向けていた。ウザいので、即座に目を離す。
このジジイ、本当に有名人だったのか。てっきり『知る人ぞ知る』程度の有名人だと思っていた。剣闘士の中では有名、みたいな。
興味のない人間にも顔が売れているという事は、本物の有名人だ。
「今、縁があってムスタフさんに剣を教わっているんですよ」
「凄いじゃないですか! 弟子を取らないって有名なんですよ?」
あ、それ違う。弟子を取らないんじゃなくて、弟子を取れないんだ。すぐ逃げられるから。
「ぬふふふ。そうであろう。儂の弟子になれるというのは、光栄な事じゃぞ?」
光栄、ねぇ。犠牲者とか言われていたけどねぇ。どこが光栄なんでしょうねぇ。
「ありがとうございます。感謝していますよ」
カモを引き込んでくれた事は感謝している。だが、この感謝と同じくらい迷惑だとも思っている。プラマイゼロだ。
「それはそうと、今日は何の御用でしょうか?」
「ここにおるツカサに、剣を買わされてのう。弟子の頼みじゃし、弟子の店を見ておきたいじゃろ」
弟子、弟子とうるさいなあ。強調し過ぎだろう。俺はジジイの老後の暇潰しに付き合っているだけのつもりなんだよ。弟子ではないぞ。
しかし、ジジイはルーシアに顔を差されて上機嫌になっている。調子を合わせて売り込もう。
「わざわざ来ていただいて、ありがとうございます。剣だけと言わず、他にも何か買って下さい」
「根っからの商人じゃのう。残念じゃ。儂は本気で剣闘士を目指して欲しいのじゃがなあ」
「痛いのは嫌いなんですよ。商人の方が性に合っています」
「まあ良い。お主が使っておったティーセットなんじゃが、あれもここの商品なのか?」
またティーセットだ。大人気だな。
「そうですよ。その一角に並べてあります。お好きな組み合わせでどうぞ」
ムスタフは、陳列棚をじっくりと見て俺に向き直した。
「ふむ……。
ツカサと全く同じセットが良いのじゃが、選んでくれぬか?」
気持ち悪い言い方をするなあ。ジジイとペアかよ。
だが、俺のセレクトが評価されたようで単純に嬉しい。
店にある物の中から、使い勝手が良さそうな物を選んだ。オイルストーブは大中小と揃っているのだが、持ち運びを考えて小にした。食器類は、オイルストーブのサイズに合わせて選んでいる。一度に沸かせる量もちょうどいい。
食器類も軽くて丈夫な金属製で、持ち運びを最重視した構成になっている。錆びやすい事に目をつぶれば、最善のセレクトだと思う。
「これが僕と同じセットですね。9820クランです」
「うむ、安いな。釣りは要らぬ。取っておけ」
ジジイに商品を渡し、10万クランを受け取った。キャッシュバックの分でティーセットを渡した格好だ。条件としては悪くない。
「ありがとうございます。ありがたくお受けします。
紹介料の支払いもありますので、定期的に顔を出して下さい」
これも狙いの1つだ。店に足を運ばせる口実になる。ついでに買い物をさせれば、高い紹介料も痛くはない。
「そうじゃったな。紹介料は要らぬよ。その金を貯めて、良い剣を買え」
「いえ、そういうわけにはいきませんよ。受け取って下さい」
「良いんじゃよ。儂には金など必要無い。それよりも、お主の腕が上がる方が嬉しいんじゃ。
まあ、この店には今後も顔を出すがのう。弟子が真面目に働いているかを確認するのも、立派な師の勤めじゃ。かっかっかっ!」
ムスタフは、そう言って豪快に笑う。
店にも来ると言うのなら、俺が受け取っても悪くはないか。
「そういう事であれば……すみません。いただきます」
でも、ジジイに弱みを握られたようで気に食わないな。いずれジジイに叩き返すため、使わずに貯めておこう。
「邪魔して悪かったのう。今日の所は退散するわい。明日も遅れるなよ!」
ムスタフは、そう言って店から出ていった。
次は若い連中だな。今日来るかは分からないが、準備をしておこう。





