外回り
なんだか最近、印刷ばかりにかまけていたような気がする。しかし、コンサルタント業務を疎かにしていたわけではない。合間を縫って、それぞれの店に顔を出している。
その業務もそろそろ終わりにしたい。もし可能なら、今日で定期訪問を打ち切ろうと考えている。すでに俺のやるべきことはほとんど終わった。今は経過を観察しながら細かく修正しているだけだ。
印刷工房は一段落したので、今日は集中してコンサルタント業務を進める。
まずは金物店に到着した。ここに提案した鍋修理の業務だが、これに関しては完全に俺の手を離れてしまった。もともと需要が多い業務だったこともあり、提案しただけでどんどん仕事が舞い込んできている。今は見習いを雇い、順調に依頼を受注しているという。
作業に集中している店主を邪魔をしても悪いので、手短に終わらせよう。
「今後なんですけど、もう僕は必要ないですよね?」
現状を確認する限り、俺にできることは無さそうだ。帳簿の書き方や経費削減など、まだ言いたいことはあるが、新規事業は軌道に乗った。
「まあ待て。確かに今は順調に儲かっているが、まだ聞きたいことが山ほどある。月1回程度でいいから、訪問を続けてくれ」
「それは嬉しいですけど、有料になりますよ?」
「構わん。毎月5万クランを支払う。それでどうだ?」
たった1日訪問するだけで、一般人の平均月収の半額? めちゃくちゃ美味しいじゃないか。
「喜んで引受させていただきます。では、毎月訪問させていただきますね」
毎月の訪問でやることは、帳簿のチェックと経営のアドバイスだ。おそらく丸1日掛かる作業になるとは思うのだが、それでも十分オイシイ。
金物店を終わらせて、次に武器店に行く。ここに提案した新規事業は、剣闘士とのタイアップ。今は新人のマルコが広告塔を務めている。
「おはようございます。客足はどうです?」
「なんとも言えねえな。剣は売れねえが、名前は売れたよ。冷やかしが増えた」
店主のジョシュは苦笑いを浮かべて言うが、冷やかしが増えるのは良い兆候と言えるんじゃないだろうか。
「それはいいですね。この調子で、新規客を増やしましょう」
「いや、でもよ。剣が売れて無えんだぜ? これでいいのか?」
「今のところは十分ですよ。名前が売れれば、それだけ信用が上がるんです。これから剣闘士になろうとする方は、この店を選びやすくなるんじゃないでしょうか」
「なるほどなあ……」
これが広告の効率的な使い方だ。商品そのものが売れなくても、店の名前が売れれば問題ない。
市場でよくあることを例に挙げる。知る人だけが知る高級メーカーと、誰もが知っている普通のメーカー、2社の商品が同じ値段で並んでいた場合、売れるのは普通のメーカーの方だ。
多くの消費者は、中身の質よりも安心感で物を選ぶ。その判断基準は『自分が知っているか否か』である。いくら高級品で素晴らしい物でも、知らないメーカーの物には手を出しにくい。それだけに、名前を売ることは重要なんだ。
「その効果が現れ始めるのは、来年辺りからですかねえ。でもマルコくんの剣は、そろそろ売れ始めると思います」
「そうだな。マルコのやつは頑張っているみたいだし、しばらく様子を見てみるよ」
ここには俺の仕事が残っているな。まだ安心できない。時期を見て、もう一度闘技場に行くべきかもしれない。ルーシアも行きたがっていたし、今度一緒に行ってみようかな。
屋台でつまみ食いをしながら、食器店に移動する。ここには食器の下取りサービスを提案した。
「お疲れ様です。調子はどうですか?」
「よう。言われた通り、下取りを始めてみたよ。まだ反応はイマイチだけど、客は増えている気がする」
「なるほど……。帳簿を見させていただきますね」
そう言って帳簿を確認したところ、ほんの少しだけど売上が増えている。だが、俺が想定していた目標額には程遠い。もっとドカンと増えるかと思っていたんだけどなあ……。
「どうだ? 少しは増えただろう?」
店主は得意げな顔で俺を覗き込む。
「そうですね。ただし、この客数増加は下取りサービスと関係ないかもしれません」
「ん? どういうことだ?」
「もともとコータロー商店に対抗するために始めたサービスです。コータロー商店が潰れた今、昔の常連客が帰ってきただけかもしれません。まだ何とも言えませんね」
もっと街中から客が押し寄せると考えていたんだけど、そんなに簡単なことではないか。広告の効果は薄かったみたいだ。
「じゃあ、下取りは失敗だった?」
店主は不安げな表情を浮かべて言うが、俺の考えとは違う。
「まだ浸透していないだけだと思うんですよね。それに、新しい試みを実行するのは大事なことです。進歩が無くなった時点で、店の成長は止まってしまいますよ」
「それもそうかあ……」
「というわけで、下取りはしばらく継続してみてください」
業務としてはこれで終わりなんだけど、今の時点で手を離すと拙い。今回の報酬は増えた売上に応じて発生するため、俺の報酬が雀の涙になってしまう。大きな成果が得られるまで、もう少し面倒を見よう。
次は日用品店に行くのだが、ここはもう心配ない。コータロー商店と競合していたので、潰れた影響が良い方に大きく出ている。以前の常連に加え、他の潰れた店の客も取り込むことができた。新規事業が空振っても、ここなら何のダメージもないだろう。
でも、カーテンは欲しいんだよなあ。個人的に。だから、俺が提案した安価なカーテンの開発と販売は、このまま継続してもらう。
客が減るのを待ち、店主に声を掛ける。
「こんにちは。売上はどうですか?」
「よう、お疲れさん。悪くないね。それなりに繁盛しているよ」
店主は機嫌良さそうに笑いながら答えた。でも、俺が提案した案とは関係なく儲かっているんだよなあ。
「それは良かったですね。では、カーテンの調子はいかがですか?」
安価なカーテンは開発中で、まだ売りに出されていない。俺の提案で置き始めたのは、大型の洗濯用品だけだ。現時点では需要のある商品ではないので、あまり売れていない。このまま報酬をもらうのは、なんとなく気が引ける。
「カーテンは間もなく販売開始だよ。詳しくはブルーノくんに聞いてくれ」
カーテンを売るのはこの店だが、開発はブルーノの店が主導している。布の専門店で仕立て職人との繋がりもあるため、全て任せた方が早い。
「了解です。ちょうどこのあと訪問する予定だったんですよ」
日用品店は保留。売上は調子いいんだけど、本番はカーテンの販売が開始されてからだ。
最後にブルーノの店に行く。現状、ここが最も苦戦している。職人からの協力が得られないのだ。保守的な業界らしく、新しい試みを受け入れるのに時間が掛かるようだ。
「お疲れ様です。型紙の件はどうです? 職人さんの協力は得られそうですか?」
「全然ダメだ。取り付く島もないとは、まさにこのことだな」
ブルーノは渋い顔をしながら言う。拙いなあ……。少しは協力してくれる人が居ると思ったんだけど。
「全くのゼロですか?」
「いや、1人だけ。昔から付き合いのある、変わりもんだ」
1人……。厳しいなあ。余程の変人じゃないと、協力してくれないのかな。でも、全く居ないよりは何倍もマシだ。
「1人でも協力していただければ十分です。その方が儲かれば、乗り気になる人が増えますよ。頑張って売りましょう」
ふう。ここはまだ安心できない。思ったよりも大変だ。
しかしまだ、日用品店とのコラボ企画、安価なカーテンが残っている。これが売れれば2店が同時に儲かるので、俺としてはかなり助かる。しばらくはこれに注力してもらおうかな。
「それでは、もう1つお聞きしますね。カーテンの開発はどうなっています?」
「ああ、そっちは順調だぜ。サンプルが出来上がっている。見るか?」
「是非」
俺が返事をすると、ブルーノはカウンターの下から大きな布の塊を引き出し、カウンターの上に置いた。
「これだよ。かなり生地が薄いけど、思ったよりもちゃんとしている」
カーテンを手にとって見る。ベージュの薄っぺらい綿生地をざっと縫製した、かなり簡素なものだ。でもこれで十分。もともとレースカーテンのつもりで考えた案なので、立派に役目を果たすだろう。
「いいですね。これで色を変えたり、サイズを変えたりしてみてください。サイズは、お客さんの要望に合わせてもいいですね」
「おいおい、それじゃあオレの仕事が増えるだけだぜ」
ブルーノは、そう言って面倒そうな表情を浮かべた。確かに、採寸をして職人にオーダーを通して……なんてやっていたら、物凄く面倒だ。でも、採寸は売る方の責任ということでいいと思う。
「採寸やその他の業務は、日用品店に任せるといいですよ。ブルーノさんは注文を受けて卸すだけです」
今度は日用品店の仕事が増えるわけだが、売るための努力なんだからやった方がいい。
それに、他店と共同で何かをやる時は、役割をはっきりと分けないとトラブルのもとになる。今の場合だと、ブルーノの責任は作ること、そして日用品店の責任は売ること。お互いの領分に干渉したら混乱するだけだ。
「まあ、それならいいか」
「そのあたりは、カーテンの売れ行きを見て考えましょう。日用品店の都合もありますからね」
採寸のために人員を割かなければならないし、簡単に実行できることではない。それなりに準備も必要だろう。だが、カーテンはいずれ誰かに模倣されると思う。その前には採寸できるようにしておきたいな。
これで面談は終わり。今日でコンサルタント業務を終わらせるつもりだったのだが、結局1つも終わってない。まあ、以前ほど頻繁に手を出さなければならないわけではないから、俺の負担は少ないな。このままチマチマとコンサルタントを続けていこう。





