縁故採用
心配だった印刷工房の人手不足問題は、間もなく解決される。ライラが入ることが確定したので、ウォルターの友人の息子がダメだったとしてもなんとかなる。
とは言え、その息子にも入ってほしい。見習いが1人では、きっと間に合わない。ライラのことを信用していないのではなくて、それだけ仕事量が多いということだ。
そして今日、その息子が店に顔を出すらしい。ウォルターが朝早くから出掛けていった。ウォルターは出掛けに「事務所で待機するように」と言ったので、今日は朝から事務所にこもっている。
溜まった書類を整理していると、休憩室から話し声が聞こえてきた。ウォルターとフランツの声。それと、聞き覚えのない高い声。到着したのだろうか。
作業の手を止めて待ち構えていると、扉が開いてウォルターが入ってきた。
「おい、ツカサ。先日言っていた、友人の息子を連れてきたぞ」
「ありがとうございます。お通ししてください。ウォルターさんは、お仕事に戻っても構いませんよ」
「ん? 挨拶だけじゃないのか?」
「いくつか聞きたいことがあるんです。簡単な面接ですね」
縁故採用とはいえ、審査無しで素通りさせるわけにはいかない。
「うむ、分かった。お前に任せよう。ロブくん、こっちに来たまえ」
「うぃぃす。何すか?」
高い声とともに、金髪の少年が入室した。天然パーマの金髪で、目の下には若干のそばかすがあり、青い目が特徴的。敢えて悪くいうと、生意気そうな小僧だ。アメリカのホームドラマで、イタズラをして怒られていそうなイメージ。
「店主を任せているツカサだ。挨拶をしなさい」
「うっす。サミュエル商店の三男、ロブ。もうすぐ13歳の12歳っす。よろしく!」
少年は、そう言って自分の顔の前でピースサインを出した。見た目の通り、お調子者っぽいな。
それに言葉遣いも気になる。ちょっと荒いな。カラスやギンみたいだ。うちの店で雇うには難しいけど、印刷工房なら特に問題ないか。
ウォルターはロブが挨拶するのを見届け、すっと事務所から出ていった。
「では、軽く面談をさせていただきます」
「長くなります? 座ってもいい?」
ロブはそう言いながら目の前の椅子に座った。
「適当に座ってください」
って言う前に、もう座っているんだよね。凄いな。初対面なのに、かなり図々しい。
「へえ、いい椅子使ってんすね。俺もほしいっすわ」
ロブは満面の笑みを浮かべ、椅子をガタガタと揺らしながら言う。うるさいからとりあえず落ち着け。
「ちゃんと座ってください。では、何からお聞きしましょうか……」
話を始めようとしたら、突然事務所の扉がノックされた。扉の向こうから、フランツの声が聞こえる。
「ツカサ兄さん、お客さんですよ」
フランツが呼びに来るなんて、珍しいな。ルーシアは忙しいのだろうか。
しかし、客かあ。今忙しいんだけど。
「どなたですか?」
フランツに声を掛けると、フランツは扉を開けて顔を出した。
「若い女の人です。見習いの件でって話なんですけど、また増やすんですか?」
ライラかよ。ああ、間が悪い……。ライラが絡む時って、どうしてこんなに間が悪いんだろうなあ。狙っているとしか思えないぞ。
「印刷工房の見習いですよ。入ってくださいますか?」
俺がそう言うと、フランツとライラが事務所に入ってきた。
「おはようございます。準備ができたので、お邪魔させていただきました」
ライラはそう言って、不安げな笑みを浮かべた。今は本当に邪魔だったわけだけど、早く来てくれたのは有り難い。ロブと同日に働き始めるというタイミングも悪くない。教える手間が減る。
「早かったですね。せっかくですから、紹介しておきましょう。こちらのライラさんとロブさんには、同じ工房で働いていただく予定です。同期ですので、仲良くしてくださいね」
「へー。めっちゃカワイイっすね。よろしくっ!」
ロブはおちゃらけた様子で言うと、ライラは戸惑いながら返事をした。
「え? あ……はあ。よろしくお願いします」
ライラはちょっと引いているみたいだけど、まあそのうち慣れるだろ。
「では、ライラさん。今ちょっと忙しいので、少し待っていていただけますか?」
俺がそう言うと、フランツが手を挙げた。
「印刷工房ですよね? 俺が案内しましょうか?」
このまま休憩室で待たせてもいいんだけど、先に職場の様子を見せておくのも悪くないかな。
「助かります。ウルリックさんには話を通してありますから、行けば分かると思いますよ」
俺がそう言うと、フランツはライラに目を向けて戸惑ったような表情を浮かべた。
「分かりました……って、どこかで見たような……。君、どこかで会った?」
フランツが安っぽいナンパみたいなことをしている。ここは事務所だよ? 忘れてない?
「いえ、たぶん初対面だと思いますけど……」
ライラは不思議そうな表情を浮かべて言うが、たぶん初対面ではないと思う。お使いで何度かうちの店に来ているので、お互いに見覚えがあっても不思議じゃない。ライラは覚えていなかったみたいだけど……。
「顔を合わせるくらいのことはしていると思いますよ。イヴァンさんの娘さんです」
「あ、そうなんですね! どうりで見覚えがあるわけだ!」
フランツは顔を明るくして大声を出すが、ライラはまだ困惑しているようだ。
「ごめんなさい……。やっぱり思い出せないです」
うぅん……フランツ、ドンマイ。
「では、フランツさん。案内をお願いします。ライラさん、仕事の説明はロブと一緒にやりますので、それまで待っていてください」
ライラとフランツは、頭を下げて出て行った。ライラを待たせるのは悪いから、こっちの話は手短に終わらせよう。
気を取り直して面接を再開する。
「ではロブさん、いくつか質問させてください」
「いや、そのロブさんっての、やめてくんないっすか? スゲェ気持ち悪いんすよ」
ロブはそう言って、大げさに手と首を横に振った。
「では、何とお呼びしましょうか」
「そうっすね。親しみを込めて……ロブ様とか」
うわ、面倒くさっ! 冗談のつもりか? クソつまんねえよ。
「……では、ロブ様とお呼びしましょうか」
「いやいや、ボケっすよ。ツッコんでくれないと、俺がスベったみたいになるじゃん!」
スベったんだよ。みたいじゃなくて見事に! 扱いにくい変なやつが来たな……。
「それはすみませんでした。それで、どうお呼びすればいいですか?」
「冗談が通じないっすねえ。ロブでいいっすよ。気軽にロブって呼んでください」
ロブは笑顔で言う。ウザいんだけど、どこか憎めないやつだな。
「ではロブ。改めて質問させていただきますね」
「その前に、店主さんってずいぶん若いっすよね。その歳で店主なんすよね。マジスゲェっすね」
ロブは俺の話を遮った。面倒くさい……。話が全然進まないじゃないか。
「僕は若く見られがちですけど、あなたの2倍以上生きていますよ」
「へえ、そうなんすね。俺はてっきり、フランツくんと同じくらいかと思いましたわ」
それは言い過ぎ。フランツは17歳くらいだから、さすがにそんなに若くは見えないだろう。それより、フランツのことをずいぶん親しげに呼ぶなあ。
「フランツさんとお知り合いでしたか?」
「違う違う、さっき初めて会ったんすよ。優しそうな人っすね」
うわぁ……。なんとなく分かってきた。こいつ、ウルリックとは違う方向でデリカシーがないぞ。ガサツと言った方がいいのかな。とにかく人との距離感が異常に近いんだ。
人懐っこくて、相手に気を使わせない雰囲気がある。言葉遣いは悪いけど、それがこいつの持ち味だな。そして妙に精神年齢が高い。12歳とは思えない図太さだ。こいつは将来化ける可能性がある。
ただなあ……俺はどう扱っていいか分からない。困った時のフランツ頼みだな。
「そうですね。何か問題がありましたら、フランツさんに相談してください」
「うっす。そうさせてもらいますわ」
会話が一度途切れた。油断をしたら雑談に持ち込まれるから、強引に話を戻そう。
「では本題に移らせてください。その歳ですと、まだ学校に通ってもいいはずですよね。どうして働きたいと?」
ロブの歳は12歳。見習いをしてもいいが、学校に残ってもいいという年齢だ。一度退学すると復学できないらしいので、この選択は慎重にならなければならない。それでも退学を選んだんだから、それなりの理由があるはずだ。
「なんかノリが合わないんすよ。喧嘩がどうとか、美少女がどうとか。そんな1クランにもならない話、クソつまんなくて聞いてらんないっす」
いや、普通の話じゃないか。学生なんてそんなもんだろ。
「なるほど。お金儲けがしたいんですね」
「そうでもないと思うんすけど……。金が絡まない話は面白くないんすよね」
ただの守銭奴? いや、ドミニクとも少し違った感じだな。
「働きたい理由は分かりました。これから働いてもらうところは工房なんですけど、大丈夫ですか?」
「ん? 何が?」
「商店じゃないんです。工房の雑用になると思います」
「あ、全然いいっすよ。その方がありがたいっす。仕入れて売るより、作って売った方が儲かりそうじゃないっすか。そういうの、好きっすよ」
ロブは職人のことを少し誤解していないか? 確かに、職人の方が利幅を多く取れる。でも、生産量には限界があるし、何より卓越した技術が必要だ。才能も必要だし、誰よりも努力しなければならない。
「全ての職人が儲かるというのは間違いです。修業は大変ですからね」
「そんなことは分かってるって。当たり前じゃないっすか。その勉強をさせてもらうんすよ」
それを理解しているなら問題ないか。真面目に働くつもりはあるようだ。
「わかりました。では、工房に案内します」
ロブは若干……いや、かなり心配なやつだが、悪い人間ではない。とりあえず採用して、しばらく様子を見ようと思う。どうせ世話をするのはウルリックだ。ライラを待たせていることだし、さっさと印刷工房に移動しよう。





