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幸せな嘘

 さっき営業をした男達は、金の準備が終わり次第店に来るだろう。その前にやらなければならない事が残っている。


 ルーシアには限定20本の真意を伝えていない。広告を書いた時に一度聞かれたのだが、その時はサラリと流した。ルーシアは真面目すぎるので、教えるにはまだ早いと思ったのだ。

 俺が目を離したスキに、余計な事を言われたら困る。ルーシアと口裏を合わせなければならない。


――こんな事になるなら、先に教えておけばよかった……。


 広告に書かれている限定()()()には、大きく分けて3つの意図が隠されている。


 限定という言葉を最大限活かすためというのが1つ目。上手くいくか分からなかったのだが、あと2つ重要な意図があった。その片方が、今日の営業で発揮された。


 在庫の確保に際し、俺はかなりもったいぶった話し方をした。

 これは『客に恩を売る』演出だ。俺の手腕で大量の在庫を確保したと思わせると同時に、俺が客に対して全力で努力したと印象付ける事が出来る。


 前者の効果は『金を得る』が目的で、後者には『信用を得る』という目的がある。ルーシアが余計な事を言わなければ、作戦は成功する。



 ちなみに、3つ目の意図は空振りだ。売れ行きがイマイチだった時のための保険のつもりだった。

 広告を数段に分ける事で、『とても人気がある』という印象を与える目的があった。最初のターゲットは新しい物が好きな人、それ以降のターゲットは、人気な物を欲しがる人だ。


 順調に売れそうなので、この作戦は一旦捨てる。



 ルーシアには俺の意図に沿った働きをしてもらいたい。そのためには、多少の説得が必要になるだろう。


 疲れ切った体で必死に走り、転がるように店に入る。


「あれっ? おかえりなさい。今日は早かったですね」


 ルーシアが本を読みながら店番をしていた。暇そうだな。


「ハァハァ……急用が……ハァ……できたんです……ハァハァ……」


 息が切れて言葉にならない。


 という演出。息が切れているのは本当だが、息を切らしたのはわざとだ。これから伝える事の重要性をアピールしている。


 俺の様子を見たルーシアが、大慌てで水を持ってきた。


「そんなに急いで、どうされたんです?」


 水を飲んで息を整え、話を始める。


「お水、ありがとうございました。

 たぶん剣が売れます。一気に10人くらい買いに来るでしょう」


 まだ安心できないが、若い連中が仲間を呼ぶはずだ。カモ()カモ()を呼ぶ。良い傾向だ。


「え……そんなに?」


「まだ未確定ですが、彼らはとても乗り気でした。

 ただ、ルーシアさんに重要な事をお伝えしていない事に気付きまして。急いで帰って来ました」


「と言いますと?」


「在庫に関する事です。広告には20本と書きましたよね?

 実はあれには複数の意図が含まれています。その事を説明していませんでした」


「息を切らしてまで急ぐような事なんですか?」


 ルーシアは深く考えていないらしく、キョトンとした顔で言う。


「はい。かなり重要です。ルーシアさんの協力が必要なんです。

 在庫の確認を求められた時、本当の数を言わないで欲しいのです」


 もしルーシアがサラッと本当の事を言ってしまうと、俺の予定が全て崩れる。ルーシアだけではなく、この一家は良くも悪くも正直者。聞かれれば正直に答えそうだ。

 サニアは店に立たないし、ウォルターは外出している事が多い。ルーシアを共犯者(なかま)に引き込んでおけば、ひとまずは安心だろう。


「……それは何故でしょうか?」


 ルーシアは、胡乱な目を俺に向けた。


「一言で言うと、希少性の演出と、店の評価向上のためです」


 3つ目の意図は広告の話なので、今は省く。

 重要なのは、在庫を隠すという事だ。回りくどい言い方だが、早い話、嘘を強要している。ハッキリと言っても拒絶されそうなので、全力でオブラートに包んでいる。


「え……よくわからないのですが……。

 すみません、詳しく教えて下さい」



「限定と言いながら、100本では多すぎますよね。ですので、限定数を20本にしました。お客さんも、まさか100本もの在庫を抱えているとは思わないでしょう。

 (ちまた)では、剣は在庫の確保が難しいと思われています。そのため、求められた時にすぐに対応できれば、お店の評価が上ります」


「やっぱり、意味がよく分かりません……」


「簡単に言いますね。在庫の追加をする時に、商品の確保に奔走していると思っていただいた方が得なんですよ」


「意図は理解できますが、それって嘘ですよね?

 お客さんに嘘をつくと言う事ですか?」


 ルーシアが険しい顔で詰め寄ってきた。納得できない様子だ。まるで悪徳商人を見るかのような目で、俺を見つめる。

 俺が詐欺師(悪徳商人)である事は間違いないのだが、俺の話を納得できないというのは困る。


 ただ、この反応は予想していた。チェスターの事が気に入らないのは、客を見下すような売り方をしているからだ。


 曲がった事が嫌いなのだろう。当然、嘘をつくのも嫌いなはずだ。



 正直者というより、馬鹿正直と言った方がいいかな。人間としては好ましいが、商人の態度ではない。

 サニアは店に立たず、ウォルターは役に立たない。俺の代わりに店舗で働いてくれる人は、ルーシアしか居ない。考え方を改めさせる必要があるな。


「まあ、言ってしまえば嘘ですね。

 でも、欲しい商品を手に入れた事と、自分のために尽力してくれた事。どちらの方が嬉しいでしょう?」


「自分のために頑張ってもらえたら……それは嬉しいですけど……」


「お客さんを喜ばせたいなら、それなりの演出が必要です。

 本当に努力が必要な時は本気で努力しますけどね」


 これは小手先の技術だ。これを究極まで積み上げれば、立派な詐欺師の出来上がり。小手先の技術は、中身が伴ってこそだ。商品がまともな物で、本当に必要としている人のもとに渡るなら、多少の嘘は詐欺にはならない。

 もちろん、その嘘がバレないために細心の注意を払う。


「でも、お客さんには嘘をつきたくありません」


 意外と頑固だな。嘘も商売の道具だと言うのに、ルーシアはどこでどんな修業をしてきたんだよ。


「一言に嘘と言っても、いろいろありますよね。

 人を陥れる嘘、人を傷つける嘘、人を欺く嘘。確かに良いイメージは無いかもしれません。

 では。例えば、不治の病で余命3カ月の人が居たとします。あなたは、正直に『もうすぐ死にます』と言いますか?」


「それは……言えませんね」


 これは卑怯な質問だ。正直に「あなたはもうすぐ死ぬよ」と言える人は、なかなか居ない。もし居たとしても、逆に非難される。嘘を付くのが正しいというパターンだ。


「そうでしょう。でも、それも嘘ですよね?

 人を幸せにするには、嘘が必要なんですよ。悪い物ではありません」


 これは本当の事だが、半分は嘘だ。会話の内容をよく考えれば、在庫に関する嘘が『良い嘘』とは断言していない。と言うか、バレたら困る嘘は、決して良い嘘ではない。


 そこを即座に突っ込めない時点で、ルーシアは陥落したも同然である。


「嘘で人を幸せに、ですか……」


 ルーシアは、難しい顔で小さく頷いた。あと一息だ。


「そういう事です。人を幸せにできるなら、喜んで嘘つきになりましょう」


 俺のこの言葉に、ルーシアの顔が少し晴れた。


「そうですね。勉強になりました……。

 今すぐにというのは難しいですが、私も嘘つきになります!」


 はい、一丁上がり。

 詐欺師的説得術、問題のすり替えからの誇張表現のコンボだ。話のテーマを大げさにして、小さな問題を隠す。話が小さなテーマに戻らないように注意すれば、高確率で説得できる。


 さらにもう一つのテクニック。人は『幸せ』という言葉に弱い。特に『他人を幸せにする』というワードを出すと、思考力が鈍りやすいのだ。この手法は、あらゆる販売方法で利用されている。


「あくまでも、人を喜ばせるための嘘ですからね。そこを履き違えたらいけませんよ。

 それでは、打ち合わせを再開しましょう」


 ここで念を押しておけば、俺の嘘は良い嘘だと印象付ける事が出来る。多少怪しい嘘をついたとしても、良い方に勘違いされるはずだ。



 ルーシアを上手く納得させる事が出来た。嘘は下手そうだが、俺の意図を理解できれば十分だ。


 これでようやく営業の下準備が完了した。

 ルーシアには、追加の広告を書いてもらう。どうせ暇だろう。


「ルーシアさんには広告の追加をお願いしたいのですが、お時間はありますか?」


「はい。大丈夫ですよ」


 ルーシアは、笑顔で答えた。

 それはそうだろうね。さっきまで暇そうに本を読んでいたんだ。もし断られたら、ちょっと怒っちゃうぞ。


「内容は概ね前回と同じです。僕が言う通りに言葉を足して下さい」


 ルーシアは、さっそく広告の複写を始めた。

 今回は限定数を50本に変更し、『お客様の要望により、在庫を確保しました』と書き加えた。


 追加は30枚。できればもっと欲しいが、無理は言えない。ここはボタン1つでコピーが取れる国ではない。複製は全て手書きだ。20枚完成させるのに2日ほど掛かっている。挿絵や飾り文字も全て手書きなので、時間が掛かるのは仕方がない。



 ルーシアは集中して複写を進めている。今度は俺が暇になった。カモ()が来るまで陳列棚の整理をしよう。

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