表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
162/219

戦闘準備

 エマが小説を書きたがるのは意外だったが、書きたいというのだから書かせてみることにした。その後で新型の石鹸を何度も試し、実際に質が上がっていることを確認した。

 今は香り付きの物珍しさだけで勝負してたのだが、今後は単純に石鹸の質だけでも勝負できそうだ。


 いろいろやっているうちに1日が終わってしまい、コンサルタント業務に手が付けられなかった。今日こそコンサルタント業務に手を付けたい。

 現在、コンサルタント業務は佳境を迎えている。金物店に提案した鍋の修理は、すでにサービスを開始している。評判は思った以上にいい。特に職人からの評判がいい。忙しすぎて新規の依頼を受けられないそうだ。そのため、ここの広告は最後に回す。

 まず取り掛かる広告は、武器店に提案したタイアップ企画だ。マルコのデビューの日が決まり次第、大量の広告をばらまく。


 武器店に行くために店を出ると、ムスタフが店に向かって歩いてくるのが見えた。この時間にムスタフが来ることは、あまりない。いつもならマルコの訓練をしている時間。何か急に必要になった物があるのだろうか。

 店の前に立ってムスタフの到着を待ち、声が届く距離まで来たところで声を掛ける。


「おはようございます。何かご入用ですか?」


「いや、違うんじゃ。マルコのデビュー戦が決まった。その知らせじゃよ」


 買い物ではないようだ。わざわざ知らせに来たのか。マルコ本人からは何も聞いていないんだけど……。


「わざわざありがとうございます。で、マルコくんはどちらに?」


「例の武器店じゃよ。最後の打ち合わせがあるそうじゃ」


 それも聞いてないぞ? タイアップの提案をしたのは俺だし、販売については俺も関わらなければならない。その打ち合わせには、俺も同席したほうがいいだろう。


「分かりました。では、僕もそちらに合流しようと思います」


 俺がそう言うと、ムスタフはあからさまに不機嫌そうな表情を見せた。


「むむ? お主は行かんでもいいのではないか?」


「僕が発案者ですから、行かないと拙いでしょう」


「そうか……分かった。行って来るがいい」


 ムスタフは不満げに言うと、意気消沈した様子で店の扉に手を掛けた。1人でお茶をしていくつもりなのだろう。どうやら暇潰しをしに来たらしい。

 俺を話し相手にするつもりだったのだろう。そうはいかない。引退後のジジイにいつまでも付き合えるほど、俺は暇じゃないんだ。中に入れば暇なおっさんが何人か居る。そいつらに相手をしてもらえばいいじゃないか。


 ムスタフを放置して、俺はさっさと武器店に移動した。



 おそらくマルコは中に居る。扉を開けて、中に声を掛けた。


「お疲れさまです」


「ん? ツカサじゃないか。どうした?」


 店主は店の奥からひょっこりと顔を出し、不思議そうな表情を浮かべた。

 呼んでいないはずの人間が突然現れたので、困惑しているのだろう。俺はもともと今日顔を出すつもりではあったのだが、何も知らないで来るのとは訳が違うぞ。


「どうした、じゃないですよ。今日は打ち合わせなんでしょう? どうして呼んでくれないんですか……」


「ああ、それは気が利かなかったな。マルコくんは奥に居るよ。中に入ってくれ」


 店主は気まずそうにそう言うと、俺を中に招き入れた。通された先は、店の奥にある広い事務所だ。広さの割に物がなく、剣の素振りができるくらいのスペースがある。


 その部屋の隅っこに、ちょこんと椅子に座るマルコが居た。俺の顔を見るなり、怪訝な表情を浮かべて言う。


「あれ? 店主さん。どうしたんですか?」


「マルコさん。デビュー戦が決まったのなら、どうして僕に言わないんですか。今日の打ち合わせだって、僕が居た方がいいでしょう?」


「え? 言わなきゃダメなんですか?」


 マルコはよく理解していないらしい。俺はこの企画の発案者で、責任者みたいなものだ。商品開発はプロの店主に任せたが、初動の販売や広告の責任は俺にある。マルコは商人の経験がないので、このあたりの感覚が分からないのだろう。


「とやかく言うつもりはありませんけど、教えてほしかったですね。仕事に差し支えますから」


「そうですか……。気を付けます」


 マルコはしおらしく俯いた。

 しかし、人間は変わるものだな。会ったばかりの頃は物凄く反抗的だったのに、今はとてもおとなしくて従順だ。マルコはもともと素直な人間だったのだろうが、ムスタフの教育の賜物だと言える。この点はジジイに感謝だな。



 マルコへの小言を済ませたら、マルコの隣に座る。店主は向かいに座り、軽く柏手を打った。


「よっし。じゃあ、話を始めるぜ。まずはこれを見ろ」


 そう言って、真っ赤な鞘に収められた一振りの剣を天に掲げた。おそらくマルコ用の剣だろう。1m以上の長さの片手剣だ。片手剣にしては長い。

 刀身は鏡面仕上げ、鍔は鳥の彫刻があしらわれていて、柄の先には宝石のような石が付いている。鞘をよく見ると、金色の線で装飾が施されている。とにかく派手だ。見た目には問題ない。


 だが、マルコには少し長すぎるのではないだろうか。


「良さそうな剣ですけど、長さは大丈夫ですか?」


「大丈夫です! 訓練ではこれ以上重い剣を使っていました!」


 マルコは胸を張って言う。訓練用の剣は鉛で重くしてあるので、重さには慣れていると思う。だが、俺が言いたいのはそういうことではない。


「いえ、取り回しは大丈夫です? 感覚が違うんじゃありませんか?」


「そうでもないぞ。この長さはマルコくんの希望だ」


 店主がうんうんと頷きながら言うと、マルコは決意したような表情で呟く。


「これだけの長さがあれば……卑怯なことをされても勝てる!」


 マルコは搦め手への対策として、リーチが長い剣を選んだようだ。大きな間違いだぞ。搦め手を使う相手に勝ちたいのであれば、短くて軽い剣で手数を増やす方が近道だ。まあ、剣を作り直す暇もないし、正攻法で戦う相手には有効なはず。気付くまで放置でいいかな。


「長ければいいというものでもないんですけど、扱えるのなら問題ありませんね。では、お店の戦略についてお話させていただきましょうか」


「レプリカを売るんだろ? 分かっているよ。そっちも準備した」


 店主は得意げに言った。企画序盤の商品は、準備が整っているようだ。

 ここで売るグッズは、装飾を簡略化したレプリカと、刃がついていない模造品の二種類。売れるかどうかはマルコの活躍に掛かっている。


「おそらく、序盤はあまり売れないと思います。マルコさん次第ですので、頑張ってくださいね」


 マルコにそう声を掛けると、店主が口を挟む。


「で、マルコくん。初戦の対戦相手は誰になったんだ?」


「あ、対戦相手は事前に知らされるんですね」


「そうですよ?」


 マルコは不思議そうに返事をした。


「八百長が行われることは無いんですか?」


 エンターテイメントとしては事前に告知した方がいい。でも、剣闘士は賭け事だ。八百長がやり放題になるような気がする。


「あ、そういうことですか。それも戦略らしいです。事前に勝ち負けを決めて油断させたところで、本番になったら急に態度を変えるんですって。ですから、八百長を持ちかけても誰も受けないです。まあ、そんな卑怯なことをする剣闘士は居ないですけどね」


 場外の心理戦があるのか。予想以上に面白いじゃないか、剣闘士。俄然興味が湧いてきた。参加するのはゴメンだが、やはり一度見ておきたい。

 ドミニクの試合を見に行くつもりだったのだが、結局まだ見に行けてないんだよな。マルコもデビューすることだし、ついでに見ておこう。


「ちなみに、相手は誰でしょう」


「Bクラスのドミニクっていう人です」


 マジ? あいつと当たるの? 俺としては一石二鳥なんだけど、クラスが違うよなあ。普通、無名なド新人のデビュー戦は、実力が拮抗した相手を選ぶものじゃないのかな。


「デビュー戦なのにですか?」


「はい。師匠がムスタフさんだって言ったら、運営がBクラスを指定してきました」


 ジジイのせいかよ。ドミニクはもうすぐAクラスらしいから、実力的にはBクラスの上位に居るはずだ。デビュー戦の相手としては、少し荷が重いんじゃないだろうか。


「それはお気の毒に……」


「そんなことは無いです。いきなりBクラスの人と戦えるなんて、そんな幸運は無いですよ」


 マルコは笑顔で答えた。新人のうちから上位の剣闘士と当たることは、悪いことではないらしい。


「どういうことでしょう。教えていただいてもいいですか?」


 店主とマルコから、剣闘士のデビュー戦について教えてもらった。


 相手が有名な剣闘士であれば、無名のド新人でも注目を集めることができる。

 しかも、『新人がボッコボコにされる姿を見たい』というサディスティックな観客が、結構居るそうだ。

 さらに、賭け事としても人気がある。手堅い本命と超大穴の戦いだ。低い倍率でも確実に勝ちに行くか、一攫千金のチャンスを狙うか。予想がしやすいので、賭け初心者でも楽しめるらしい。

 そして、新人は絶対に勝てないというわけではない。上位の剣闘士は、余程のことがない限り手加減をしてくれる。そのため、新人が勝つことは珍しくないという。新人が勝てば、相当盛り上がるだろうな。


「ファイトマネーは客入りで決まるからな。注目されるから、デビュー戦のくせに大金が入るんだよ」


 剣闘士の収入には、参加するだけで貰える金と勝った時に貰える金があるらしい。当然勝った方が多く貰えるが、人を集める人気がないと額が激減するそうだ。


「なるほど。教えていただき、ありがとうございます。とにかく怪我をしないように、頑張ってきてください」


「はいっ!」


 マルコは元気に返事をした。張り切っているところ悪いが、相手は超絶守銭奴のドミニクだ。誰が相手であっても、勝ちを狙わないわけがない。残念だけど、マルコのデビューは黒星スタートで間違いないかな。



 実際に戦うのはもう少し先だ。今のうちからマルコが負けた場合のプランを練っておくべきだろう。

 ただ、デビュー戦は負けても全く問題ないと思う。余程おかしな負け方をしなければ大丈夫だ。善戦して敗北が理想だが、手も足も出ないというパターンもアリだ。どちらにしても、確実に注目される。マルコの起用はムスタフのアイディアだが、目の付け所がいいな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ