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初売上

 酷い筋肉痛の体を引き摺りながら、今日も訓練場に来た。

 今日もルーシアから小遣いを貰っている。あの店には現金が少ないので、今日例の剣が売れないとキツい。売上ゼロで連日3500クランの出費はさすがに拙い。


 1本はジジイに買わせるとして……問題はその次だ。ジジイの善意の妨害を掻い潜り、売り続けなければならない。



 ジジイとの約束は、昼頃だ。午前中は自由にできる。金を払って個室に入り、カモ()が現れるのを待った。

 今日は剣を振らない。ジジイが来てから嫌というほど振る事になるので、今は体力を温存する。


 ジジイが来る前に何人かに声を掛けたのだが、残念ながら空振り。まあ、それが普通だ。

 何の成果も得られないまま、あっという間にジジイが来る時間になった。


「ちゃんと来たようじゃな」


 来なくていいのに……。余程暇なのか?


「今日もよろしくお願いします。個室は借りてありますので」


「フム。張り切っておるな。良い事じゃ。部屋代は儂が出そう」


 ジジイから利用料の3500クランを受け取った。金が余っているのは本当らしい。

 俺は金を持っていないという事を、昨日のうちに伝えてある。それを気遣ったのだろう。


 ジジイは親切のつもりだろうが、ちょっと困る。金が無い事を理由に、訓練を断る事が出来ない。


 まあ、ここの利用料を毎日払い続けるのは、今の店にはかなり負担が大きい。時間はかなり取られるが、コストカットの一環として諦めよう。



「では始めよ! まずは素振り!」


 ジジイの掛け声で、訓練が始まった。筋肉痛で体がうまく動かない。痛みを無視して強引に剣を振った。


「昨日教えた事が何故出来ない! 貴様の脳はアリ以下か!

 腕が下がっとる! 貴様は泥人形ほどの身体能力しか無いんじゃ! 力に頼るな!」


 ムスタフは、今日も元気に罵声を飛ばす。小気味の良いリズムで、気の利いたBGMのようになっている。内容は俺を罵倒する物なのだが、ラップバトルだと思えば苦にならない。



 ぼんやりと考え事をしながら剣を振る。


 1時間程度の指導なら有り難いのだが、ジジイの訓練は日が暮れるまで続く。今日のように成果が得られなかった場合、売上がかなり厳しい。



 こうなったそもそもの原因を振り返る。


 俺は功を急ぎすぎた。ヒントは昨日のうちに出ていた。

 この人は、こんな場所での訓練が必要な人ではない。では何故ここに居たか。それは、弟子を探していたんだ。弟子と言っても、ただの暇潰しの相手。金や名誉は既に持っているので、遊び相手が欲しかったのだろう。


 ひと目見た時に気付くべきだった。老練な戦士である事は分かっていた。そこからこの人の目的を推測する事は、不可能ではなかった。俺の落ち度だ。


――俺らしくない失敗だったな。


 今日は素直に諦める。今後の事は、ジジイと話をしながら考えよう。


「ムスタフさん、そろそろ休憩しましょう」


 両手の握力は無くなり、感覚がないまま無理矢理掴んでいる。


「よし! あと1000回当てたら休憩じゃ!」


 休ませる気は無いらしい。カカシに剣を当て続けた。本当に1000数えているのか? 途中で混乱しそうなものだが……。


 両腕も上がらなくなり、腰を回した遠心力で腕を振った。普段使うような筋肉ではないので、すぐに限界が来た。今は全身が動かない。その場で倒れ込んだ。


「本当にもう無理です。立つ事も出来ません」


「なんじゃ! だらしない! あと278回じゃ。立て!」


 ちゃんと数えていたらしい。律儀なジジイだな。


 ムスタフは、俺の頭を掴んで強引に立たせた。しかし、踏ん張ることが出来ずに再度倒れる。


「無理ですって。力が入りませんよ」


「そのようじゃな。あと278回じゃ」


 人の話を聞いていないらしい。剣を杖にして立ち上がり、吐きそうになりながら必死で回数をこなす。



 どうにかノルマを達成し、這うように部屋の外に出た。軋む体にムチを打って玄関ホールのベンチに座る。


 休憩中の時間を無駄にしたくない。どんなチャンスが転がっているか分からないので、お茶を淹れながらカモ()を待ち構えた。


 新規のカモ()も欲しいが、今は目の前のジジイだ。多少無理しても、今日買わせたい。


 いつ剣の話題を切り出そうか……。できるだけ早い方がいい。

 ムスタフは、おそらく最上級の剣を既に持っているはずだ。目も肥えているだろう。もし剣の来歴をでっち上げても、すぐに見抜かれる。


 まずは探りを入れてみよう。


「ムスタフさんは、普段どんな武器を使っているんです?」


「儂か? 昔ながらの両手剣じゃよ。大きいから、普段は家に置いている」


「両手剣? 僕が今使っているのは片手剣ですよね?」


「儂には片手剣が使えないと思っておるのか?

 心配には及ばん。今の剣を手に入れるまでは、ずっと片手剣で戦っておった」


 ジジイは得意顔で答えた。普段は片手剣を使わないらしい。

 それなら、付け入るスキはまだある。片手剣の高級品は持っていないかもしれない。もう少し探りを入れよう。


「いえ、疑っていたわけではありません。

 これを見ていただきたいのですが……」


 そう言って、腰にぶら下げていた例の剣を見せる。


「どう見ても普通の剣じゃが……。これがどうかしたのか?」


 ムスタフは、鞘から剣を抜いて頭上に掲げた。


「この剣を打った鍛冶師は無名ですが、良い腕をしています。ムスタフさんから見て、どう思います?」


「フン。そんな大層な物じゃないだろう。中の上、といった所か。初心者にはまだ早いのう。中級者用じゃな」


 意外と評価が辛いな。目が利く人間はこうなるから嫌いだ。情報に惑わされず、自分の判断を頼りにするから、少し売りにくい。


「そうですか……。僕は良い物だと思うのですが……」


 寂しそうな表情を作って言う。


「悪いとは言っておらん。中級者には、クセが無くて素直な剣が好まれる。これはそういう剣じゃよ」


 ムスタフは、慌ててフォローを入れた。訓練中は口が悪いクソジジイだが、普段は好々爺な様子だ。

 売りにくいと言っても売れないわけではない。営業の切り口を変える。


「実は、僕の本業は商人です。この剣を売るために、剣の修業しているんです」


「ほう。それは良い心掛けだ。

 世の商人共は、ロクに扱えないくせに口だけは達者でのう……。剣を売りたいなら、一度は剣闘士の舞台に立てと言いたい!」


 ムスタフは、興奮して語気を強めた。

 商人にそこまでの事を要求するのは酷だろう。まともな商人なら、剣の修業をするよりも売り方の修業を優先するぞ。


 ただ、商品を扱うための修業は無駄ではない。売り方の幅が広がる。特に、実演販売の時は効果が絶大だ。まともに使えるようになったら試そう。


「ははは。難しい注文ですね」


「うん? 剣闘士として戦う気が無いのか?」


 このジジイ、俺を剣闘士にするつもりだったの? 無茶が過ぎるだろ。


「僕は商人ですから……。

 この剣が売れない限り、本業を疎かにする事は出来ませんよ」


「剣が売れればいいのだな。いくらだ?」


「10万クランです。ただ、いろいろ特典が付きますが」


 そう言って、広告を見せた。

 ムスタフは広告をじっくりと読むと、ゆっくりとこちらに目を向けた。


「面白い試みじゃな。お主の知恵か?」


「そうです。鍛冶師さんから、値引きをするなと言われていまして。値引きをしないで売るには、この方法しか思いつきませんでした」


 剣の値段は10万クランだが、即座に1万のキャッシュバックが付いて実質9万クラン。さらに、1人紹介するごとに1万クランのキャッシュバック。全力で紹介すれば、剣がタダで手に入る。


 この部分を強調すれば、おそらく需要以上に売れる。でも、今回はそれをしたくない。あくまでも、必要な人だけに買ってもらいたいと考えている。そのため、マルチ商法の要素はオマケ程度だ。


「フム。若い連中なら喜びそうじゃ。知り合いに当たってみよう」


 ムスタフは、ニヤリと笑って言う。つられて笑いそうになったが、ぐっと堪えた。

 これが俺の狙いだった。有名人らしいので、多くの知り合いが居るはずだ。このジジイが宣伝してくれれば、俺は営業をしなくても済む。


「それは助かります。

 実は、まだ1本も売れていないんですよ。このままでは、剣の修業どころではありません。

 本当は今日も修業どころでは無かったのですが、ムスタフさんとの約束がありましたし……」


「良い良い。今日は儂が1本買う。この手の剣は折れやすいからのう。予備はいくらあっても困らんよ」


「ありがとうございます。本当に助かりました」


 都合よく売れた。しかも、知り合いを紹介してくれるそうだ。

 その代償として、今後もこのジジイの暇潰しに付き合う事になった。でも、ジジイ経由で10本くらい売れれば、十分元が取れるだろう。


 ジジイが飽きるのは何日後だろうか。俺に剣の素質があるとは思えないので、割と早い段階で飽きられると思う。それまでは付き合おう。



 老人を相手にする時は、情に訴えるのが効果的だ。相手の要求と施しを喜んで受け、こちらに情が移った所で、困ったふりをして商売を持ちかける。

 そうすると、孫に小遣いをあげる感覚で買ってくれる。欲しくなくても、必要なくても、あまり関係無い。人助けをしているつもりになってしまうのだ。


 この手法は、一人暮らしの老人が相手の時に最も高いパフォーマンスを発揮する。家族と同居している場合は、別の売り方がある。



 ジジイと長話をしているうちに、鍋のお湯がだいぶ減った。火を止める事を忘れていたのだ。減った分の水を追加し、再度沸騰を待つ。

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