同級生
メイの採用については、ルーシアから同意を得ることができた。次はサニアだ。ルーシアに店番を任せ、メイを連れて休憩室に移動する。
ちなみに、ウォルターの意見は聞かない。今回も事後報告だ。
最近はそれが当たり前になってきている。決定権は俺が持っているので、現場の意見さえまとめれば問題ない。採用が決まれば今日の夕食には見知らぬ少女が同席するわけだが、ウォルターは驚くだろうな。
メイを適当な椅子に座らせると、食堂に顔を出した。
「お忙しいところ申し訳ありません。見習いの候補を連れてきましたので、会っていただけませんか?」
調理場で何かを作っているサニアに手招きをする。
「ずいぶん急な話ねぇ……。誰かの紹介?」
サニアはそう言って作業の手を止めた。
どうやらカフェスペースのお菓子を作っていたようだ。作業台の上にプレッツェルの細長い生地が見える。作業の途中で悪いが、こっちに来てもらう。
「いえ、僕がたまたま知り合った人です。悪い人ではないと思いますが、サニアさんの意見も聞かせていただきたいんです」
「分かったわ。休憩室に行けばいい?」
「そうですね。その前に、フランツさんはどちらに居ます?」
サニアにそう問いかけると、食堂の奥から水桶を抱えたフランツが顔を出した。
「ここでーす!」
どうやら水汲みを手伝っていたようだ。うちの店では、炊事洗濯などの生活で使う水の他に、カフェスペースでも大量の水を消費する。そのため、一日に何度も水汲みをする必要がある。かなりの重労働だから、フランツがやって然るべきだな。
なんだか忙しそうだが、フランツの仕事も一度中断させる。
「フランツさんも来てください。顔合わせは一度に済ませたいんです」
「え? オレもっすか?」
フランツは意外そうな表情を浮かべてこちらを見た。
「そうですね。水汲みは後でもできますから、お願いします」
意見を求めるつもりはないが、後で単独で顔合わせをするなんて面倒すぎる。それに、性格が合わないということになると拙い。もし変に対立するようなら、メイのことは諦めざるを得ないだろう。
サニアが休憩室に入ると、その後を追うようにフランツも休憩室に入っていった。サニアとフランツが席に着いたことを確認し、紹介を始める。
「では紹介します。見習いで働いてもらおうと考えている、メイさんです」
俺が言い終えるとすぐに、フランツがメイを見て怪訝な表情を浮かべている。
「メイ……?」
フランツは恐る恐る呟いた。信じられないものを見るような目をしている。
さっき、メイもフランツの名前を聞いて微妙な表情を浮かべていた。歳が近いみたいだから「もしや」と思っていたが、知り合いなのだろうか。
「あ、やっぱり。フランツくんじゃん。あなたもここで?」
「いや、ここは俺の実家だよ。訳あって、見習い先から帰ってきた」
「あの、お知り合いですか?」
俺が2人の会話に割って入ると、フランツが答える。
「はい。学生時代の同級生です。メイはレヴァント商会の見習いに採用されたんじゃ……」
やはり知り合いだったようだ。だが、それほど親しい間柄というわけでもないだろう。メイはフランツの顔と名前を知っているだけで、実家のことを知らなかったんだ。おそらく、ただの顔見知り程度だ。
お互いに悪い印象を持っているわけでは無さそうなので、特に問題はない。対立する心配も無さそうだ。このまま紹介を続ける。
「メイさんも、訳あってレヴァント商会を辞めたんです。辞める時に僕も少し関わったので、その縁で来てもらいました」
「見習いを辞めた? どうしてそんなことを? 君の家って、店をやっているわけじゃないよね? そんなことをしたら、再就職が不利になるだけじゃん」
フランツは矢継ぎ早に質問をぶつけた。
修業中の身で店を辞めるというのは、良いことではない。堪え性がない人間だと思われるし、技術も知識も中途半端だから採用する側としても困る。フランツはそれを心配しているようだ。
だが、メイの場合は話が違う。ブラック企業から逃げ出しただけだ。俺は事情を知っているので、俺が口添えをすれば再就職など容易だろう。まあ、俺が雇うつもりなんだけどね。
それはともかくとして、フランツに説明しなければならないようなことではないだろう。メイとしても、喧伝して回りたいような話ではないはずだ。
「フランツさん。余計な詮索をするものではありませんよ。前にも言ったでしょう。知る必要がないことは、知らない方がいいんです」
「はぁい……」
フランツは不満げに返事をした。「返事は『はい』だろ!」と言ってやりたい衝動に駆られるが、話が逸れてしまうだけなのでグッと我慢する。
それよりも、否定したことでフランツの意欲を削いでしまわないかが心配だ。一応フォローしておこう。
「でも、好奇心を持つのは良いことです。その好奇心は、もっと違うところに向けてくださいね」
知らない方がいいことがあるのは事実だけど、世の中は知っておいた方がいいことだらけだ。強い好奇心は、それだけで才能。向上心にもつながるし、好奇心の芽を摘むようなことはしてはならない。このバランスが難しいんだよなあ。
フランツと話をしていると、サニアは話が逸れたと感じたのか、話の腰を折るかのように口を出す。
「それで、メイちゃんには何をしてもらうの?」
フランツに言ってやりたいことはまだあったけど、今するべき話ではないな。メイの話に戻そう。
「ルーシアさんの補佐を任せようと思っています。仕事の流れはレヴァント商会で学んでいるはずなので、すぐに慣れるでしょう」
レヴァント商会で学んだことはあてにはならないのだが、仕事の流れ自体は同じはず。商品が減ったら倉庫から補充する、倉庫の商品が減ってきたら発注担当者に報告する。あとは店内の掃除であったり、金品の受け渡しであったり、基本的な作業は同じはずだ。
「はい! 頑張りますっ!」
メイは力強く言う。やる気は十分だな。技術や知識に関しては、全くあてにしていない。レヴァント商会がブラック企業だからではなく、俺のやり方はこの国では特殊だからだ。どこで修業してこようが、この店では役に立たない。
そのため、学ぶ意欲とやる気さえあればそれ以上は望まない。その点、メイなら信用できる。真面目で律儀な性格であることは分かっている。
「そう。よろしくね。女将のサニアと、こっちが息子で見習いのフランツよ」
「よろしくお願いします!」
サニアとメイが挨拶を交わす。サニアは採用に異議なしの様子だ。採用することは決定だな。フランツも紹介されたが、当の本人は仏頂面でそっぽを向いている。照れているのか? まあいいか。
本格的な仕事は明日から。今日は仕事をする上で必要な物を揃えてもらう。筆記用具などは店の備品を使えばいいが、下着の替えなどはどこかで買うしかない。
「今日のところは、必要なものを揃えてきてください。服や筆記用具はこちらで準備しますが、他に要るものがあれば今日中に買っておくことをお薦めします。仕事が始まったら、気軽に買いに行けなくなりますからね」
「分かりまし……あ……でも、お金……」
メイは返事の途中で口ごもり、小声で呟いた。下着を買う金すら無いらしい。服と違って、下着ならそんなに高いものじゃないはずなんだけど……。
だが、メイに金を出させることはしない。見習いの生活必需品は全て店が負担するものだ。それはレヴァント商会でも同じだったはず。この国での数少ない『雇い主の義務』だ。
「費用はこちらで持ちますので、安心してください」
「……ありがとうございます」
メイは神妙な面持ちで頭を下げた。
支給するのは構わないんだけど、服は結構高いんだよなあ。服は最低でも4着くらいないと、洗濯中に着る服が無くなってしまう。全部新品で揃えていては、とんでもない費用がかかってしまうぞ。
「サニアさん、メイさんの着替えなんですけど、余っている服はありませんか?」
「ルーシアの昔の服で良ければ、まだ残っていたと思うわよ」
「それをメイさんにお渡しすることはできますか?」
「分かったわ。夜までに探しておきましょう」
サニアはそう言って頷くと、メイは再度深々と頭を下げた。
「……何から何まで、ありがとうございます」
お下がりの服でそこまで恐縮されても困るが、服は高いからなあ。メイが着の身着のまま逃げ出した理由の1つだ。いくら支給されたものであったとしても、逃げる時に持ち出したら泥棒扱いされるかもしれない。見習いの辛いところだ。
なんにせよ、面接はこれで終わり。まだ仮採用ではあるが、採用決定だ。サニアとフランツには仕事に戻ってもらおう。
「サニアさん、フランツさん。お忙しいところ、ありがとうございました。メイさんにはうちで働いてもらいますので、よろしくお願いします」
「分かったわ。お部屋と服を準備してくるから、ちょっと待っててね」
サニアはそう言って立ち上がる。すると、メイも慌てて立ち上がり、改めて頭を下げた。
「ありがとうございます。これからよろしくお願いします! フランツも、よろしくね」
メイがそう言ってフランツに笑顔を向けると、フランツは少し戸惑うかのように何かを言いかけた。
「あ? うん、よろしく。それで、これからのことなんだけど……」
しかし、フランツの言葉はサニアの声に遮られる。
「フランツ? 何してるの? お仕事の途中でしょ?」
「あ……はぁい……」
フランツはがっかりしたような口調で呟き、サニアに連行されていった。フランツは水汲みの途中だったんだ。何を話したかったのかは知らないが、まあ頑張れ。
メイと2人で残されたわけだが、気になることをいくつか質問させてもらうかな。
主にレヴァント商会の動きについてだ。大した情報が聞けるとは思っていないが、貴重な内部情報が聞けるかもしれない。





