秒読み
コータロー商店から離れたところで、ギンと別れた。ギンのテンションが高くて気付かなかったが、どうやら寝ていないらしい。帰って寝ると言って去っていった。
……また家を聞きそびれた。用事がある時に限って捕まらないから、自宅の住所を聞いておきたいんだよなあ。今日は諦めるけど、近々忘れずに聞こう。
時間が空いたので、とりあえず近所のブルーノの店に向かう。
ブルーノの店の斜向かいにあったはずのコータロー商店の加盟店は、もぬけの殻になっている。看板こそそのままだが、中身は空だ。人も居ない。
建物は、スイレンが押収した形になっているようだ。この店の店主はどこに行ったんだろう……。
そんなことを気にしていても仕方がない。ブルーノの店に入ろう。
「おはようございます」
「おお、ツカサくんか。こんな朝早くからどうした?」
ブルーノは訝しげに言う。俺は朝早くから行動開始していたので忘れていたが、まだ早朝だ。今はちょうど開店する時間だろうか。
「コータロー商店が大変なことになっていたので、様子を見に来ました。昨日はどうでした?」
「私も見ておらんよ。外出しておったのだが、帰ってきた頃には店は空っぽだった」
本当にあっという間の出来事だったようだ。スイレンは何人の人員を割いたんだろう……。ギンが駆り出された様子は無かったから、裏市の人間が総動員されたのかもしれない。
「そうですか。取り急ぎ、今後のことなんですけど……」
「うむ。コータロー商店が無くなったのだから、品揃えを戻そうかと考えておる」
ブルーノは腕を組み、考えるような素振りを見せた。
悪いけど、それは悪手だな。せっかく専門店として常連がついたのに、その客たちが離れてしまう。
「いえ、このまま専門店で行きましょう。すでに専門店として認識されていますので、今から路線を変更すると混乱を招きます」
「そうか……。では、例の計画もこのまま進めて良いか?」
ブルーノの計画は、仕立て屋と協力して型紙を売ることだ。同時に一部の仕立て屋に喧嘩を売ることにもなるが、1人でも協力してくれるなら、やった方がいい。
「もちろんです。きっと、この店の強みになるはずですよ」
大きな路線変更はしない。他の店もそうする予定だ。いや、日用雑貨店と刃物店は、戦略を変えた方がいいかもしれないな……。まあ、それももう少し様子を見てからだ。
「分かった。だが、やはり反発が大きいように思うぞ。反対されるばかりで、協力者が現れない」
「それは予想していたことですからね……。地道に声を掛けるしかありませんよ」
「そうだな……。うぅん、仕方がない。声を掛ける範囲を広げてみよう」
ブルーノは、難しい顔で唸りながら頷いた。負担を強いることになったが、これも今後のためだ。頑張ってもらおう。
「よろしくお願いします。では、僕はそろそろ行きますね」
ブルーノの店の用事はこれで終わりだ。次の店に向かう。……そのつもりだったのだが。
店を出たところで、急に空腹に襲われた。思えば、今日はまともに朝食を摂っていない。ギンに無理やり連れ出されたからなあ。
何か食べたいけど、今から店に帰っても、あるのはお菓子とロールケーキくらいだ。今日はブライアンの店で朝食を済ませよう。ついでにコータロー食堂の様子も窺う。
ブライアンの店に到着したのだが、真向かいにあるコータロー食堂が気になる。今日も普通に営業しているようだ。ここまでは影響が及んでいないらしい。
気にはなるが、観察は後だ。今はとにかく何か食べたい。コータロー食堂を無視して、ブライアンの店に入った。
すると、ブライアンの嫁のロレッタが忙しそうに給仕をしていた。ひとまず声を掛ける。
「お疲れ様です」
「あ、いらっしゃい。今日はどうしたの?」
「今日は朝食抜きで働いているので、さすがに限界が来ました。適当に何か食べさせてください」
俺が苦笑いを浮かべて言うと、ロレッタは笑顔で答える。
「ふふっ。頑張るわね。好きな席に座って。すぐに持ってくるわ」
適当に空いた席に座り、店内を観察する。席の3割くらいが埋まっているようだ。数は少ないが、全員が女性。俺の狙い通りだな。贅沢を言えばもう少し客数が欲しいところだが、今の段階では上出来だろう。
しばらく待っていると、料理を持ったロレッタが近付いてきた。
「お待たせ。ずいぶん忙しそうじゃない」
俺の目の前に配膳しながら言う。
「そうなんですよ。すでに聞いているかもしれませんが、コータロー商店が拙いことになっていましたので」
「そうらしいわね。関係を切っておいて正解だったわ。ブーちゃんの判断が正しかったみたいね」
この店は、当初コータロー商店で調度品を揃える予定だった。それをブライアンの一存で変更したのだ。どうやら、ロレッタとしては反対だったらしい。
ブライアンとも話がしたいな……。辺りを見回して状況を確認した。
「それで、ブライアンさんは……お忙しそうですね」
厨房はブライアン1人。雑談をする時間など無いだろう。
「そうなの。ドミニクさんのおかげよ。店に来るほとんどのお客さんが、ドミニクさんのファンだって」
マジ? 嘘だろ? 信じるしかないのか……? うぅん……。
「そうなんですか。まあ、有り難い限りですね」
ただ、やはりジジイのファンは居なかった。残念。ジジイはすでに過去の人だったわけだ。
「でもね、最近は夜の営業を望まれてて。どうしようか悩んでるのよね」
「夜?」
ブライアンの食堂は、朝から昼にかけて営業している店だ。日本風の時間で言うと、午前10時から午後3時の営業。夜はやっていない。人手が足りないというのも理由の1つだが、一番の理由は立地だ。
付近は服屋やアクセサリーショップが並んでいる商店街のため、夜になると人通りが皆無になる。開けるだけ無駄。のはずなんだけど……。
「これは男性客からの要望なんだけど、デートに使いたいから開けてほしいんだって」
「なるほど……。しかし、どうして男性客なんでしょう? 男性向けの告知なんて、やった覚えがありませんけど」
強いて言うなら、コータロー食堂の広告に便乗した日だ。確かにあの日は男性客が多かったが、たいした集客にはならなかったと思う。
「ムスタフさんっていう剣闘士さんに聞いたんですって。ここで高いコースを頼めば、見栄が張れるって」
朗報! ムスタフにもファンが居た! ただし、男だけだ。
「そういうことでしたか。となると、夜の営業も必要ですね……」
「あ、お客さんが来たみたい。この話は今度ね」
ロレッタは、そう言ってフロアの仕事に戻った。営業中にする話じゃなかったな。コータロー商店の問題が一段落したら、改めて話をしよう。
ブライアンの店は忙しそうだったので、さっさと食事を済ませて店を出た。ここに来たついでに、コータロー食堂も確認しておこうかと思う。食後だが、ちょっとした軽食ならまだ腹に入る。
コータロー食堂の扉を開け、適当にカウンター席に座った。
まずは店内を見渡す。床に落ちたゴミはそのまま、調度品に掛かった埃も放置、テーブルの上はいったいいつ拭いたのか……。汚い。非常に汚い。
もともと汚いのもあるだろうが、今日は明らかな人手不足だ。料理人が直接注文を聞き、店を1人で回している。いつもならフロア係が居るはずなのだが、本店のゴタゴタで不在なのだろう。
注文を済ませて料理を待っていると、厨房の奥から店主が出てきた。いつもの嫌味店主だ。
「おやおや、ウォルター商会の店主様が、いったい何の御用ですかな?」
顔を引き攣らせて言う。いちいち喧嘩を売らないと気が済まないのだろうか。商会という言い方に、少しイラッとする。うちの店はそんなに大きくないと知っているくせに。
「何って、軽食を食べに来たんです。一応客なんですけど、何か問題でも?」
「なるほどぉ。こんな時間にのんきに偵察ができるとは、余程儲かっているということですな」
嫌味を受け流したことが気に触ったのか、店主はさらに嫌味を飛ばしてきた。
「いえいえ、偵察だなんてとんでもない。コータロー商店さんが大変なことになっているようでしたので、少しでも助けになればと思っただけですよ」
遠回しに「偵察が必要なほど警戒していませんよ」と言ってみた。事実、俺は偵察に来ているわけだが、これを言われたら立つ瀬がないだろう。
「はぁぁ。それは気を使っていただき、ありがとうございます。でも、ご心配には及びませんよ。うちの店は、お向かいさんよりは客が多いですから」
店主は深くため息をついて言った。確かに、単純な客数ではブライアンの店よりも多いかもしれない。だが、儲かっているかどうかは別の話。
「そうみたいですね。ずいぶんお安く売っているみたいですけど、客数と利益のバランス、取れてます?」
「私も店主のはしくれでございますから、考えておりますよ。まあ、ごゆっくりおくつろぎください」
店主は終始引き攣った笑みを浮かべたまま、去っていった。言い訳が苦しくなって逃げたな。今日の舌戦は俺の勝ちだ。
というわけで、店内の観察を再開する。
客層は男性が多い。それも、あまり清潔とは言えない男だ。嫌な男臭さが漂っている。この客は、安さに惹かれた人たちだと思う。その客層のせいか、女性客は皆無だ。扉を開けて中を覗き、踵を返して出て行く姿が頻繁に見られた。
この店は完全に方針を誤っている。いつかの大規模値引きがトドメになったのだろう。あの時点で、安さのみを求める客が定着してしまった。値上げをすることは不可能だし、いまさら女性客を呼び込むのも無理だ。八方塞がりだな。
ここから挽回するには改装するしか無い。改装して店名を変えれば、まだなんとかなると思う。まあ、俺が口を出すようなことでもないか。
本店で起きた問題のコータロー食堂への影響は、最小限に留まっている。この店が潰れかけているのは100%自業自得だ。店主の采配ミス。ブライアンの店を潰すことに固執しすぎた結果だ。同情の余地もない。潰れるなら勝手に潰れてくれ。





