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傾き

 ギンの話では、他の加盟店もボコボコにやられているらしい。借金の主な理由は改装費で、さらに什器代や仕入れ代も含まれている。かなり高額な借金を背負っているようだ。

 俺は実際の金額を聞いていないのだが、それによって今後の行動を変えなければならない。ギンなら知っているだろうか。


「実際、借金はいくらなんですかね?」


「オレは総額しか知らないっすけど、全部で2300万クランっすね」


「はぃ?」


 思わず聞き返してしまった。


「聞こえませんでした? 2300万クランっす」


「すみません……。思っていたよりも高額だったので、少し驚きました」


 日本円で約1億円弱、1店舗あたり2000万円以上だ。小さな個人店が借りていい額じゃない。どうやって返す気だったんだ……? いや、さっきもギンが言っていたように、そもそも返す気なんて無かったんだろう。しかし、なぜ踏み倒せると思ったのかな。不思議だ。


 それはさておき、借金総額は予想よりも遥かに高額だった。差し押さえだけではチャラにならないだろう。

 仮に2000万クラン分の在庫を抱えていたとしても、裏市の買い取りでは200万クラン程度にしかならない。当然、家財道具はもっと安い。保証人であるコータロー商店が狙われるのは、もう確定したようなものだな。



 この場に居てもやることはない。コータロー商店に向けて歩き始める。

 すると、近くに金物店店主のジョシュが立っていた。挨拶だけはしておこう。


「おはようございます。昨日はありがとうございました」


「ああ、こちらこそ。それで、ツカサくんもコータロー商店の見物に?」


 ジョシュは笑顔で答えた。ずいぶん機嫌がいいようだ。

 しかし見物とは人聞きが悪いな。仕事上必要な確認作業だよ。観光気分の見物人じゃないんだ。


「見物というか、確認ですね……。差し押さえは昨日からだと聞きましたけど、昨日の様子はどうでした?」


「凄かったね。数人の男女が、よってたかって商品を強奪していくんだ。はじめは強盗だと思ったよ」


 今日は淡々と作業が進められているが、昨日はなかなか容赦ない差し押さえだったようだ。強盗と間違えるって、なかなか酷いな。おそらく、見せしめや心を折る意図もあるのだろう。

 法律で縛られていない金貸しなんて、そんなもんだ。舐められたら金が返ってこないからなあ。


 立ち話をしていると、ギンに肩を叩かれた。


「兄さん、行くっすよ?」


「あ、すみません。行きましょうか。ではジョシュさん、この件については後日。今から本店の様子を見てきます」


 ジョシュとは今後のことも話し合いたいのだが、今はコータロー商店を優先する。


「ああ、了解。何か分かったら俺にも教えてくれ」


 笑顔で手を振るジョシュに別れを告げ、コータロー商店の本店に向かった。



 コータロー商店の周りには、早朝だと言うのに多くの野次馬が集まっている。その中に紛れて観察を始めた。

 昨日の騒動を聞きつけた人たちからは、いろいろな憶測や噂話が流れているようだ。俺のすぐ後ろからも聞こえてくる。


「何の騒ぎ?」


「支店が突然潰れたらしいよ」


「へえ。っていうか、支店なんかあったの?」


「いくつかあったらしいよ。それに、食堂もやってる」


「そうなんだぁ……。危ないところからお金を借りてるのかな?」


「だろうね。そうとしか考えられないよ。この店には関わらない方がいいかもね」


 いい具合に悪い噂が広まっているようだ。スイレンからの攻撃が加えられなかったとしても、この噂だけで大ダメージだ。数日後には、もっと大げさな話になって広まっていることだろう。楽しみだ。



 噂話を盗み聞きしているうちに、コータロー商店で動きがあった。扉が少し開き、コータローが顔の一部を見せる。辺りをキョロキョロと覗い、すぐに扉を締めた。

 すると、店内からコータローの怒鳴り声が聞こえてきた。


「どうなってるんだよ! 何が起きているんだ!」


 その直後に、誰かの冷静な声が続く。小さな声なので、意識を集中しないと聞き取れない。


「我々も予想していませんでした。まさか金貸しどもがあんな暴挙に出るとは……」


 聞き覚えのある声。確か、コータローと一緒に居た偉そうなおっさんだ。おそらく子守り……じゃなくて側近の1人だろう。


「ふざけるなよ! こっちは客だ! そんな横暴が許されるわけないだろ!」


 横暴はコータロー商店だと思うよ。借りた金を返さない、利息も払わない。これが横暴でないとすれば、いったい何なんだ?


「幸いなことに、奴らは加盟店を潰しただけでいい気になっています。ここに手が及ぶことは無いでしょう」


 楽観視しすぎだな。スイレンが手を出せないのは、差し押さえした商品の査定が終わってないからだ。闇市の買取額なんてたかが知れているので、借入額には届かないだろう。その金額が確定した瞬間に、保証人であるコータロー商店が標的になる。


「それならいいけど、計画はどうしてくれんだよ。こんなところで躓いたら、コンシーリオ進出が遅れちゃうじゃないか」


「それは仕方がありませんよ。計画にトラブルはつきものですから。ここを乗り越えれば、店は大きくなります」


 だから、楽観視しすぎだっての。トラブルには『良いトラブル』と『悪いトラブル』があるんだよ。良いトラブルは自分に責任がないけど巻き込まれたトラブルで、悪いトラブルとは自業自得のトラブル。コータロー商店のトラブルは、間違いなく後者だ。



 コータロー商店から漏れ聞こえる声に耳を傾けていると、隣に居たギンが突然ボソリと呟いた。


「金貸しにすり寄る人間を見たら、泥棒だと思え……」


「どうしたんです? 突然」


「いや、師匠の言葉なんすけど、なんか急に思い出したっす。コータロー商店もそうなのかなって」


「ああ、確かに泥棒みたいなものですもんね」


「オレにとっては他人事じゃないんすよ。踏み倒しはマジで多いっすから」


 ギンがしみじみと言う。今回はスイレンが相手だったから、ここまで大げさになったのだろう。ギンのような弱小金貸しは、踏み倒されても泣き寝入りだ。


 ギンと話をしていると、突然誰かの怒号が響いた。


「どけよ! どけぇ! 邪魔だ! どけぇ」


 やかましく騒ぎながら、1人のおっさんが人だかりを押しのけてきた。俺とギンの間に割って入ると、そのまま店の扉を大きく開いて店の中に突入した。あまりの勢いに扉が壊れたらしく、開いたままになっている。


「どうなっているんだ! 話が違うじゃないか!」


 店の中の声が丸聞こえだ。おそらく、このおっさんは加盟店の店主だな。店の中が空っぽにされ、どうしようもなくなって文句を言いに来たのだろう。


「そんなことを言われたって、僕にもなにがなんだかわからないんだ!」


「金を返さなくていいって言ったのは、あんたじゃないか!」


 ええ? コータローのやつ、そんなことを言ったの? それは拙いだろ。


「そんなことは言ってない! 勝手なことを言わないでくれ!」


 コータローは強い口調で否定した。うぅん……、どっちの言い分が正しいのかな?


「そうですよ。当店ではそんなことは一言も言っていません。勝手に勘違いしたのはそちらでしょう」


 側近のおっさんが冷静な態度で言うと、ギンは不思議そうに呟いた。


「どういうことなんすかね……」


「たぶんですけど、コータローさんの言い方が悪かったんじゃないかと思います。多額の借金を背負わせるために、いい加減な説明をしたんでしょうね」


 そう考えると自然なんだよな。

 どんなに無能な店主でも、あまりに多額な借金には尻込みするはずだ。日本円で2000万円を超える借金。いきなり貸すと言われても、素直に応じることはできないだろう。


「え……? どういうことっすか?」


「例えばですけど。『返さなくても文句を言われない』や、『いざとなったらコータロー商店が肩代わりする』などの言葉を掛けたんじゃないかと予想できます」


 詐欺でよく見られる光景だ。現金を持っていない相手を騙す場合、借金を背負わせなければならない。その時、如何に低リスクな借金だと思わせるかで、成約率が大きく変わる。

 そして今回のケースで考えられるセリフは、『利息だけ払えば返す必要がない』である。これなら店主側が勘違いするのも理解できる。『利息だけ払えば』の部分を聞き逃すパターンだ。コータロー側も、敢えて強く言っていないんじゃないかと思う。


「なんでそんなことが言い切れるんすか?」


「詐欺師の常套手段なんですよ。相手に都合がいいことだけを言って、強引に金を借りさせるんです。相手にとってのリスクや不都合なことは、絶対に言いません」


 例を挙げると『1日コーヒー1杯分の返済だから、大した額じゃない』などだ。利息のことは一切無視で、支払い金額が如何に少ないかをアピールする。


「なるほど……。参考になるっす」


 ギンはそう言って深く頷いた。これは金貸しにも使える手法だからなあ。悪用する気かな?


「真似しない方がいいですよ。貸し倒れのリスクが増すだけですから」


「……え? いやいや、そんな気、無いっすよぉ。ははは……」


 怪しいなあ……。まあ、一度痛い目を見ればいいと思うよ。



 その後もしばらく話を聞き続けたが、有益な情報は得られなかった。お互いに「言った」「言わない」と言い合っているだけ。このままここに居ても時間の無駄だ。


「では、そろそろ帰りますか」


「そうっすね。また動きがあったら連絡するっす。今度は連絡がつきやすい所に居てくださいね」


「分かっていますよ。よろしくお願いします」


 幾層にも重なった人垣をかき分け、コータロー商店から離れた。噂が噂を呼び、いつの間にかコータロー商店の周りには数十人が集まっている。

 今日のコータロー商店は、いつにも増して大盛況だ。ただし、客ではない。ほぼ全員が野次馬である。大騒ぎになっている中、ズカズカと店に入っていくような、鋼の心臓を持つ客は現れないだろう。



 一連の出来事は、コータロー商店に暗くて大きな影を残した。ちまちまとやっていた裏工作が、ようやく実を結んだようだ。直撃のダメージではないにせよ、大ダメージであることには違いない。あと一息だ。このまま息の根を止めてやる。

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