工房巡り
ジョシュの店に到着し、運搬を手伝った鍋をジョシュに渡した。
「ふぅ……。悪ぃな。ホントに助かったよ」
ジョシュは深い溜め息をつきながら自分が持っていた鍋を地面に置くと、俺が持っていた鍋をそっと受け取った。
「いえ。こちらこそありがとうございました。おかげで助かりましたよ」
鍋の運搬を手伝ったのは、職人を紹介してもらったお礼のようなものだ。余計に歩くことにはなったが、手伝って当然だと思っている。
「暇なら休んでいかないか? お茶くらいなら出すぞ」
「ありがとうございます。でも、これからまだ用事がありますので、お気持ちだけ受け取っておきます」
ジョシュは笑顔でお茶を勧めてきたが、丁重にお断りした。今日は本当に用事がある。これから職人街に引き返し、ランプ工房とレベッカの工房に行かなければならない。
まずはレベッカの工房に向かう。最近リバーシの売上は下降気味で、それに合わせてレベッカの仕事も減っている。おそらく今は暇しているはずだ。
レベッカの工房に到着すると、案の定暇そうに、店の外に椅子を置いてお茶を啜っている。暇な時はいつもそうだ。これがレベッカの客待ちスタイルなのだろう。
レベッカは、言葉遣いこそ男っぽいが、きれいな女性である。女性の木工職人は珍しいので、店に出てアピールするのはそれなりに効果があると思う。まあ、悪い意味の効果ではあるのだが。
この国では力仕事の伴う職人は男の仕事と認識されていて、女性というだけで敬遠される風潮があると聞いた。女性の職人であることをアピールすることで、性別を気にしない客だけを選別しているのだと推測できる。
「こんにちは。暇そうですね」
「よう、お疲れ。暇と言えば暇だね。ま、とりあえず中に入んなよ。ここじゃ目立つ」
まるで仕事があるかのような口ぶりだ。仕事があるのなら暇じゃないだろうに。
言い方は気になったが、とりあえず2人で工房内に移動する。中に入ると、工房の中に置いてあった在庫のテーブルのほとんどが無くなり、ずいぶんスッキリしていた。広くなりすぎて逆に不安を覚えるくらいだ。
まあ、そんなことはどうでもいい。差し出された椅子に腰を下ろしながら、気になったことを聞いてみる。
「暇といえば? 暇なことには違いないでしょう?」
「あんたがテーブルを買ってくれたおかげで、資金に余裕があるんだ。この金を使って、新しいテーブルを作ろうかと考えている」
ブライアンの店に卸したテーブルの話だ。ブライアンには、一度俺が仕入れてから売っている。そのため、レベッカへの支払いはもう済ませてある。ブライアンからの入金がまだなので、うちの店は一時的に赤字の状態だ。もうすぐ回収できそうなので、心配はしていない。
いや、心配なのはむしろレベッカの方かもしれないな。俺が売ったテーブルみたいに、使い勝手はいいけど需要がない商品を作りかねない。何を作ろうとしているかは確認した方がいいだろう。
「参考までにお窺いしたいんですけど、どんな商品を作る予定なんですか?」
「まだ決めてないよ。いいアイディアが出なくてね。このままだと彫刻の腕が鈍りそうだし、早く作りたいんだけどなあ」
レベッカは顎に手を当てて、考える素振りを見せる。
彼女は最近、俺が注文した仕事しかやっていないようだった。その仕事はどれも単純作業のような仕事だ。食器用の木箱はそれなりの技術を要したが、複雑な彫刻などは一切施されていない。
それを考えると、おそらく数カ月くらい彫刻の仕事をやっていないことになる。確かに腕が鈍りそうだ。
「それはちょうどいいですね。今日は依頼したい仕事があるんですよ。彫刻の仕事です」
「本当に? やったっ! あたしは彫刻の方が得意なんだよ。ぜひやらせてくれ!」
レベッカは手を叩いて喜んだ。
「それは助かります。さっそく説明しますね」
そう言って、活字の仕様書をこの場で書きながら説明した。見た目は1cm四方の四角いハンコだ。彫り込む文字はこの国の言語。アルファベットとギリシャ文字の中間のような形をしている。文字の形状は比較的単純で、数もそれほど多くない。
罫線はもっと単純で、角と直線とT字の3種だけ。それらを回転させて使う。実線と破線が欲しいので、合わせて6種だ。文字が36種と罫線用が6種、合計で42種の活字の原型を作ってもらう。
説明を続けるうちに、レベッカの表情が少しずつ曇っていく。そして説明が一段落すると、レベッカは眉をひそめて口元を歪めながら嫌そうに口を開いた。
「……これ? 全部これ?」
「そうですけど……何か問題でも?」
「地味! なんだよ、文字を彫るだけって! しかも全種類? こんな物を作って何がしたいんだよ! スタンプでも作る気?」
嫌そうな表情を浮かべたまま、大きな声で抗議した。
「はい、それです。厳密には違いますけど、スタンプですね」
「ええ……? それ、あたしじゃないとダメ?」
「そうですね。信用できない人には任せられません。見た目よりも難しいんですよ」
完成品の形は全て揃えなければならない。誤差の許容量は0.2ミリ程度だろうか。それ以上狂ったら、上手く印刷できなくなる。腕の良い職人じゃないとダメだ。
レベッカのことは、腕も信用しているが真面目さも信用している。いつもこちらの注文には注文以上のクオリティで応えてくれる。
「ふぅん? そんなに難しいの?」
「難しいですね。いい加減な仕事しかできない人では、絶対に無理です」
「そんなに難しいのか……。それならいいよ。あんたには助けられてるから、今回も引き受けるよ」
予想した通り、物凄く嫌な顔をしながら引き受けてくれた。
難しいことが引き受ける条件とは、変わったやつだな。まあ、彫刻技術を鈍らせないという目的のためかもしれない。それなら、たとえ地味でも難しい方がいいか。
なんにせよ、引き受けてもらえてよかった。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
お礼を言ってレベッカの工房を出る。金額の話は後回しだ。お互いに初めての仕事なので、相場が分からない。実際に作ってから、レベッカの判断に任せることにした。
次に向かったのはランプ工房。うちの主力商品の1つであるオイルストーブは、この工房で作られている。
この工房も金属を扱う。ただし鍛冶師や鋳造職人とは違う。薄い金属板を叩いたり曲げたりして商品を作る、板金職人だ。安い鍋も同じように作られているが、この工房ではランプとオイルストーブしか作っていない。
「こんにちは」
「おお、久しぶりだね。こんなところで立ち話はなんだから、とりあえず中に入ってくれ」
「ありがとうございます。お邪魔しますね」
ランプ職人に促されるまま、工房の中に足を踏み入れる。適当な椅子に腰を下ろすと、ランプ職人は不思議そうな顔で話を始めた。
「で、今日は何の用だ? オイルストーブの注文なら、お前ンとこの女将さんから貰っているぜ?」
「いえ、今日は新しい道具のアイディアですよ。売り物にする予定はありませんので、1つ作っていただくだけで結構です」
「ほう。何の道具だ?」
ランプ職人は腕を組んで背筋を伸ばした。ランプ職人の質問を受け、鞄の中から設計図を取り出しながら答える。
「印刷機なんですけど、設計図を見ていただいた方が早いですね」
この工房に任せる部分は物凄く多い。フレームをはじめ細部の可動部分に至るまで、ほとんどの部品を任せる予定だ。
フレームは鋳造で作った方が丈夫で長持ちする。それは分かっているのだが、フレームまで鋳造にしてしまうと物凄く重くなる。おそらく、移動時に分解、組立する必要があるだろう。面倒すぎて、設置したら二度と動かせなくなる。
そのため、耐久性を犠牲にしてランプ職人に任せることにした。万が一壊れても、部品単位で交換すれば問題ない。活版印刷の心臓部は活字だ。活字さえ無事なら何度でも復活する。その活字でさえ、原型が無事ならいくらでも量産できる。
「なるほど。仕組みは理解したが、ずいぶん面倒な構造を考えたな。めちゃくちゃ金が掛かってんじゃないのか?」
「はい、たぶん……」
「たぶんってなんだよ」
「この計画は見積もりを貰わないで進めているんです。請求書を見てびっくりすることになるかもしれませんね」
各工房に依頼する仕事はことごとく初めての作業なので、見積もりの出しようが無かった。掛かった金額は、請求書を見るまでのお楽しみだ。全く楽しみじゃない。恐怖すら感じるよ。
とは言え、家が買えるほどの金額は掛からないはずだ。それくらいなら問題ない。
「はっはっはっ。まるで他人事だな」
「いえいえ。一応危機感は持っていますよ。これでも安上がりな方法を模索しながら動いているんです」
「うん、それは良い心掛けだ。しかし、次から次へと変なものを作ろうとするなあ。感心するよ」
工房主はニヤリと笑って言う。『変なものを作る』というのは褒め言葉なのだろうか……。些か疑問に思うが、感心するというのだから褒めているつもりなのだろう。
「ありがとうございます。でも、それはあなたも同じですよ。オイルストーブの試作を作ったんですから」
「ふん……それもそうか。ははは」
ランプ職人は豪快に笑う。
話が逸れてしまった。無駄話はこれくらいにして、仕事の話を再開しよう。
「では話を戻しますね。版を並べる皿なんですけど、この部分は余分に欲しいです」
「了解。仕様は以上か?」
「あ、それともう1つ。できるだけ交換しやすい構造にしてください。たぶん壊れると思いますので」
「だろうなあ。できるだけ壊れにくく作るが、交換も意識するよ」
ランプ職人は俺が書いた設計図をみながら、うんうんと頷いた。プロの目から見ると、かなり壊れやすい構造になっているようだ。任せておけば勝手に調整してくれるだろう。
「見た目などは変更していただいて構いません。よろしくお願いします」
印刷機の準備はこれで終わりだ。
工房の外に出たが、日が暮れるまではもう少し時間があるみたいだ。ここであることを思い出す。ウォルターから聞いた、健康食品の噂だ。
どこの店が旗を振っている事業なのかはまだ分からないのだが、俺は勝手にレヴァント商会を連想した。一度覗いてみてもいいかもしれない。





