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初営業

 次の日。店番をルーシアに任せ、剣の訓練場にやって来た。

 何もせずに声だけ掛けるというのは怪しすぎるため、利用料はルーシアさんに借りた。やっている事はヒモみたいだ。


 ここの料金システムは、部屋代が1日2000クランで使い放題。フリータイム制だ。カカシと木剣は買い取りで、カカシが1000クラン、木剣が500クラン。どちらも使い捨てだ。

 3500クランで1日遊べるわけだが、それが高いのか安いのかは判断できない。


 個室ではない訓練場もあるが、そちらは制限時間が定められている。一回500クランで、砂時計が落ちたら終了だ。おそらく30分くらい。1日居座ったらかなり高額になる。



 カウンターで交渉し、出入り口に一番近い部屋を借りた。今日はここで客を待ち構え、様子を見る。上手くいかないようなら明日からは個室をやめるつもりだ。

 この国には明確な時計が無いため、時間が分からない。店員に物凄く嫌な顔をされながら、砂時計を1つ借りた。とても高価な物らしく、絶対に壊すなと釘を差された。



 前回ここに来た時は、かなりの部屋が埋まっていた。回転は悪そうだが、客は多いはず。剣を振りながら他の客が来るのを待つ。

 適度に汗を流した頃、客が増え始めたようだ。どこからともなくカンカンとカカシを叩く音が聞こえる。


 自分がやってみた感覚だと、全力で叩き続ければ1時間ほどで木剣が折れた。帰るタイミングはそこだろう。

 カカシが壊れるのが先か、木剣が折れるのが先か。いずれにせよ約1時間。客が帰る時がチャンスだ。砂時計を使って計測を始めた。



――そろそろかな……。


 頃合いを見て、部屋の外に出る。カウンターで水を貰い、借りてきたティーセットでお茶を淹れる。


 この器具は火力が弱く、約1リットルのお湯を沸かすのにもかなり時間が掛かる。

 小さくて赤い炎を眺めながら、誰かが通りかかるのを待った。



 お湯は沸いた。だが、人影は現れない。鍋を火にかけたまま更に待つ。

 すると、ようやくカモ()が来た。筋骨隆々のゴツい男だ。筋肉がありすぎて、年齢が読めない。たぶん25歳前後だろうか。とりあえず声を掛けよう。


「お疲れ様です。良かったら休んでいきませんか?」


「なんだ、こんな所で商売か?」


 食い付いた。こちらに興味を持っている様子だ。

 これはラッキーだな。日本では、10人に1人の反応だ。多くの人には無視される。


「いえ。話し相手が欲しかっただけです。僕は剣の初心者ですので、経験者の話を聞きたいんですよ。一杯どうです?」


「ほう……俺に声を掛けるとは、なかなか見所のある奴だ。一杯付き合おう」


 男は得意そうにそう言うと、俺の横に座った。


 ティーポットにお湯を注ぎながら話を始める。


「お仕事は何をされているんです?」


「狩人兼、剣闘士だ。どちらも、まだまだ駆け出しだがな。来年あたりには本命を絞ろうと思っているぞ」


 ヒット。狩人と剣闘士の兼業なら、どちらも剣を使う職業だ。1人目から幸先がいいな。


「へえ……凄いですね。剣闘士さんですか。大変でしょう?」


 熱いお茶をカップに注ぎ、男に差し出した。


「まあな。怪我もするし、常にトレーニングをしなければならない。憧れだけでやっていける世界ではないよ」


 男はお茶に口をつけると、驚いたような表情を見せた。お茶の味が気に入ったらしい。

 このお茶は、日本茶や紅茶とは違う。所謂ハーブティーだ。いくつかの種類を借りて来たが、おそらく今飲んでいるのはレモングラスだろう。出来れば、今の時期は冷やして飲みたい。贅沢を言うなら、紅茶とブレンドしたい。


 ちなみに、極限まで熱い状態で出したのも戦略の1つだ。熱い物を出されると、飲み終えるまでに時間が掛かる。少しでも長居させるためのテクニックだ。


「怪我ですか……。大変ですね。どんな怪我をされるんです?」


「真剣勝負だからな。打ち身、骨折、擦傷、切傷、ありとあらゆる怪我の可能性があるぞ」


「痛そうですね……。

 ちなみに、どんな武器で戦うんですか?」


 武器の話題を切り出した。売りたいのは剣だが、いきなり剣を売るような話はしない。状況を探ってからだ。

 この人は『剣が必要な人』だが、『剣が欲しい人』かどうかは、まだ分からない。


「うん? ああ……そうだな。ちょうど、お前さんが持っているような剣だよ。素人のくせに、立派な物を持ちやがって」


 男は冗談っぽく笑いながら言う。批判や嫌味の意図は感じない。この剣の質は認めている様子だ。続けて探りを入れる。


「褒めていただき、光栄です。でも、これは借り物なんですよ。うちの店の商品なんです」


「ふぅん……。まあ、お前さんもその剣が似合うくらい鍛錬しろ。

 そんなにヒョロヒョロの青瓢箪(あおびょうたん)みたいな体じゃあ、格好がつかねぇぞ」


 剣には興味を示さなかった。話題は俺へのダメ出しに移った。


 剣が欲しいと思っているなら、剣の情報を欲しがるはずだ。

 今すぐに売れる相手ではないな。今日は深追いしない方がいい。深追いしても売れるだろうが、関係はそれで終わる。使わない物を買わせても、タンスの肥やしになるだけだ。その場合、店と俺に対してネガティブなイメージだけが残る。


 こいつは人の話をよく聞く。こういう人は良い客になる可能性が高い。太くて長い客に育てるため、ここは一旦引く。顔だけ覚えさせて次につなげよう。


「そうですよね。だからここに通い始めたんです。

 僕はウォルター商店で見習いをやっている、ツカサといいます。見かけたら声を掛けて下さい」


「へえ。珍しい名だな。俺はウルリックだ。また茶に誘ってくれ。

 ところで、そのコンロと茶葉は、お前さんの店で売っているのか?」


 意外な所に目を付けられた。ただの営業ツールのつもりだったが、実演販売のようになっている。

 今回のティーセットは、全部合わせても一万クラン程度。剣ほどは高くない。実用品なので、タンスの肥やしにされる事も無いだろう。


――売ってしまえ。


「オイルストーブですか?

 そうですよ。僕も今日初めて使いましたが、これは便利ですね」


 そう言って、ウルリックにオイルストーブを手渡す。


「気になったのは茶葉なのだが……うん。これも良い物だ」


 火が消えたオイルストーブを持ち上げて言う。かなり気になっているな。

 茶葉だけでは儲けが少ない。オイルストーブもセットで買わせるために、少し後押しをしよう。


「欠点が無いわけではありません。火力が控えめなので、一度に沸かせる水は2人分までです。燃料は余分に持っていた方がいいでしょう」


 良い事しか言わない営業マンは信用されない。欠点は出来るだけ早く伝える。


「うーん、荷物が増えるな……」


 ウルリックは、険しい顔で呟いた。

 どうやら狩人の仕事の時に使うつもりのようだ。


「そうですね。

 でも、燃料はランプと共通ですから、余分に持っておいて損はありません」


「ほう。それは楽でいいな」


 食い付いた。あと一息だ。


「それに、薪を拾う手間がありませんし、雨で火がつかなくなる心配もありません。狩人の仕事に行く時も、これがあれば快適です」


「そうだな……。これは便利かもしれない」


 ウルリックは、時折「うんうん」と唸りながら俺の話を熱心に聞いている。これはほぼ確定だな。


「そうですね。僕も使ってみて、改めて感じました。かなり便利です。

 全てセットで買っても、1万クランでお釣りが出ます。あまり高い物ではありませんし、外に出るなら持っておきたいですね」


「なるほどな……。まだ在庫は残っているのか?」


 落ちた。後は勝手に店に行ってくれるだろう。


「今朝の段階では、まだ残っていました。すぐに店に行けば、まだあると思いますよ」


 すぐにいかなくても絶対あるんだけどね。なにせ客が少ないから。


 俺が店を出てから約2時間。こんな短時間で売り切れていたら、奇跡以外の何物でもない。


 でも、これは営業する上での注意事項だ。在庫の確認を求められた場合、如何なる状況であっても即答しない。有無がハッキリしていても、必ず一度確認する。確認できないなら断言しない。

 本来なら電話で確認するのだが、この国に来てから電話を見ていない。電気が無いので、普及していないのだろう。



 店の場所が分からないというので、口頭で説明した。大通りに面しているため、説明は簡単だった。

 この場で売ってしまってもいいのだが、今回は敢えて店に送り込む。せっかく行く気満々になっているんだ。店に行けば、余計な物まで買ってくれるかもしれない。



「わかった。すぐに行ってみよう。ごちそうになったな」


「こちらこそ。話し相手になっていただいて、ありがとうございました。

 万が一売り切れていたら、またここに来て下さい。今日は日が暮れるまで居ると思いますので」


 無いと思うが、売り切れていた場合の対処をしておく。億が一売り切れていたら、俺が持ち出したセットをそのまま売るつもりだ。


「わかった。では、また会おう」


 ウルリックは、駆け足で訓練場から出ていった。帰ってから確認が必要だが、上手く売れたと思う。



 ウルリックが見えなくなるまで見送り、食器を片付ける。まだ訓練中の人が居るようなので、もう一度お湯を沸かして待ち構えた。

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