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面談(延長戦)

 一通りのアドバイスを終えたが、まだ事務所から出られない。机の上に散らかった書類を整理する。今日最後の仕事だ。各店から帳簿を借り、重要なデータだけを複写してある。今日のアドバイスはその資料をもとに考えたものだ。

 アドバイスと言うよりも提案だったな。成功する可能性が高い案を提示しただけだ。


 各店に出した案を簡単にまとめると、手芸店には型紙の販売、刃物店には剣闘士とのタイアップ、日用品店にはカーテンのプロデュースと販売、金物店には点検と修理、食器店には下取りサービスだ。

 以前までの地味な作業とは違い、店の特色を活かした特別な手法を提案したつもりだ。俺の提案に対する各店の反応もマチマチで、どれくらい本気で取り組んでくれるかは未知数。その提案を受けてどう動くかは店主次第だ。


 失敗した時のリスクが低くて成功率が高い案だが、上手くいかない可能性も十分考えられる。その時は店主の考えで方向転換しなければならない。

 失敗しそうになったら俺に相談してほしいけど、たぶん無理だろうなあ。そういう相談は、どうにもならない手遅れ状態になってから来るものだ。今後も軌道に乗るまでは様子を見続ける必要がある。


 考えをまとめながら書類を片付けていると、事務所の扉がゆっくり開いた。


「ツカサ。ちょっといいか?」


 ウォルターだ。疲れているというのに、面倒だな……。


「どうされました?」


「今日のことで聞きたいことがある。フランツも聞きたいことがあるそうだから、一緒に連れてきた」


「すみません、お邪魔します」


 ウォルターに続き、フランツも事務所に入ってきた。恐縮した様子だが、遠慮している素振りは見られない。疲れているというのに……。それとなく追い返しを図る。


「もう夕食の時間じゃないですか?」


 閉店時間を過ぎて結構時間が経っているみたいなので、そろそろ夕食の時間だと思う。断りの文句に使わせてもらった。


「サニアとルーシアが仕事に追われていて、今日はまだ準備できておらんのだ。もう少し時間がある」


 ウォルターは間髪入れずに言葉を返す。断る理由を失った。

 今日の講習会が予定外な仕事だったからだろうな。講習会をしていた時間はすべての業務がストップしていた。そのせいで裏方の作業に遅れが生じてしまったのだろう。


 観念して質問を受け付ける。


「分かりました。机の上を片付けるので、少し待ってください」


 机の上の整理だけは終わらせる。他店の帳簿なんて、うちの店の帳簿以上に重要な書類だ。ウォルターとフランツに見られることが無いように、さっと片付ける。



 整頓するのは後だ。今日は適当に束ねて棚の中に入れる。最後の1束を棚に放り込むと、棚に鍵を掛けた。


「もういいですよ。では、手短にお願いします」


 俺がそう言うと、フランツが待ってましたとばかりに手を挙げた。


「じゃあ、まずはオレから。各店の店主さんに助言をしたんですよね? どんな内容か教えてください」


 フランツが無遠慮に言う。教えてもらって当然、といった様子だ。


 たとえ身内であったとしても、進行中のプロジェクトを無関係の人に喋るのは拙い。知っている人が増えると、それだけ情報が漏れるリスクが増すからだ。

 俺のアドバイスはどれもアイディアの勝負なので、実行する前に真似をされると致命傷を受ける。そのため、情報を共有する人は絞らなければならない。


「まだ言えませんね。あちらのお店が準備できたら教えますよ」


「待て、それは私からも聞きたい。ブルーノさんからは話を聞いたが、他の店からはまだ聞いておらん」


「聞いてどうするんですか? お手伝いをお願いする予定はありませんから、聞いても仕方がないでしょう」


 ブルーノも不用意に喋るなよ。情報が漏れても知らないからな。


「そうは言っても、気になるものは気になるのだ」


「お2人がイヴァンさんくらい口が堅ければ、お話ししてもいいんですけどね」


 と言いながら、俺の方が口が滑った。他人と比べるのは良くない。普段なら他人を比べるような発言はしないのだが、やはり疲れているな。


「お前は妙にあの者を評価しておるな……。私には頼りなさげな青年にしか見えぬぞ」


「イヴァンさんは見た目こそ頼りないですけど、優秀な営業マンですよ。それに、あの人は『言うな』と言われていなくても、重要な情報を漏らすようなことはしません。その点はとても信用できます」


 イヴァンは辞めさせられた店のことですら口を噤む。それも口止めをされていないにもかかわらずだ。情報の重要性を理解している。


「でも……イヴァンさんって、あの頼りないおっちゃんですよね? あの人よりも信用できないというのは納得できません」


「イヴァンさんがただの頼りないおじさんに見えているのであれば、経験が足りていない証拠です。もっと人を観察してください」


 言ってから気が付いた。また失言をしてしまった。フランツに注意しただけのつもりだったが、同時にウォルターのことも批判しているじゃないか。


「そういうものか……。私もまだまだだな」


 ウォルターは寂しそうな表情を浮かべて呟いた。深く落ち込んだらしい。感情的に反発されないだけ良かったとは思うが、これは拙いな。論点をずらして誤魔化そう。


「仕事に関する情報は、知る必要が無いなら知らない方がいいんです。知っていることを喋れないというのは、余計なストレスになりますからね。特にウォルターさんは噂話をするのが仕事ですから、知らない方が仕事をしやすいですよ」


「ふむ……。それを言われてしまうと、これ以上は聞けぬな」


 依然として落ち込んではいるが、少しだけ活力を取り戻した顔をしている。フォローとしては弱いが、まあこんなところだろう。ウォルターに人を見る目が無いことは事実だ。


「お手伝いをお願いすることがあれば、その時は細かくお話しします。フランツさんも、それまでは深く詮索しないでくださいね」


「分かりました……」


 フランツは不承不承に頷いた。話はこれで終わりかな。疲れているから、そろそろ切り上げたい。


「質問は以上ですか?」


 そう念を押すと、次はウォルターが静かに手を挙げた。


「いや、待ってくれ。噂話で思い出した。それについて意見が聞きたい」


 さすがはウォルターだ。遊びながらも怪しい噂話だけはしっかりと持ち帰ってくるなあ。真偽の程は分からないが、話だけは聞いておこう。


「なんでしょう? またコータロー商店ですか?」


「いや、出処不明だ。ずいぶん大規模な話だから、コータロー商店のような新しい店ではないと思う」


 コータロー商店じゃなくて大きな店といえば、レヴァント商会しか思い付かないが……。先入観による決めつけは良くないな。判断が狂う。


「詳しくお話しいただけます?」


「最近、商業組合の会合で健康食品の話をよく聞くのだ。流行の兆しが見えておる。このブームに乗るべきかの助言がほしい」


 ウォルターは難しい顔で腕を組みながら言う。

 商業組合の面倒くさい会合に参加することも、ウォルターの少ない仕事の1つだ。何をするかと言うと、ただ集まって酒を飲んで話をするだけ。俺には時間の無駄としか思えないが、情報収集と営業の場として機能しているらしい。


「健康食品ですか……。初めて聞く話ですね」


「まだ商業組合界隈だけの話だからな。そのうち世間でも話題になると思う。その時に向けて、我々も仕入れルートを確保するべきではないかと考えておる」


 健康食品ブームが到来するなら、それに乗らない手はない。うちの店は何でも売っている雑貨店だ。食品の取り扱いが無いわけではない。高品質なものであれば、店頭に並べても問題ないだろう。

 だが、健康食品の取り扱いは慎重に決めなければならない。詐欺まがいの商品が山ほどあるからだ。なんせ、嘘がつきやすい商品だからなあ。


「どんな商品ですかね……。売るかどうかはモノによりますよ?」


「それが分からんから困っておる。私も直接見たわけではないからな。まだ噂の段階なのだよ」


 情報が薄すぎる! 商品の情報も製造元の情報も無いのかよ。これじゃあ何の対策もできないな。


「ずいぶん怪しい噂ですね……。僕の方でも調査してみますが、詳細が確定するまでは保留しておきましょう」


「うむ。それでは……」


 ウォルターが何かを言いかけたところで、ノックとともに事務所の扉が開いた。入ってきたのはルーシアだ。


「食事の準備ができました……よ?」


 事務所の中に居るウォルターとフランツを見て、怪訝な表情を浮かべた。2人がここに居ることを知らなかったらしい。まあ、2人を呼びに行く手間が省けて良かったんじゃないだろうか。


 ウォルターはまだ話の途中だったようだが、時間切れだ。話を打ち切って夕食にする。


「ありがとうございます。では、話はここまでですね」


 そう言って立ち上がると、ルーシアが眉を吊り上げて怒鳴った。


「ちょっと、父さん! フランツも! ツカサさんはお疲れなんですよ! お休みの邪魔をしないで!」


「あ……いや……その、仕事の話だぞ?」


 ウォルターは突然のことに驚き、たじろいでいる。


「それはどうしても今日しなきゃいけない話なの?」


「……いや、違うが……」


 ウォルターはルーシアに問い詰められ、酷く動揺しているようだ。


「じゃあ邪魔しない!」


「ルーシア……ツカサに甘すぎないか?」


 ウォルターは弱々しく抗議したが、ルーシアは聞く耳を持たず話を続ける。


「今日は食事の準備が遅くなっちゃったんだから、早く食べるわよ! ツカサさんも、どうぞこちらへ」


 ルーシアは俺の方に顔を向けると、ニッコリと微笑んだ。ウォルターの言う通り、俺には甘い気がする……。

 まあ何にせよ、今日はこれ以上話をさせられることは無さそうだ。今度こそゆっくり休もう。



 明日からはまた時間に余裕が生まれる。その空き時間を使って、印刷機の開発に乗り出そうと思う。広告を作るたびに手書きをするの、いい加減しんどいんだよ。

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