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面談(後半戦)

 一息ついたところで、面談の後半戦に入る。次は金物屋だ。


 主な商品は鍋などの調理器具。商品をざっくりと分類するなら、安くてすぐに壊れる物と、高くて一生使える物の二種類がある。独身のうちは前者を使い、結婚を期に後者に買い換えるという人が主流だ。

 売りたいのは後者だが、実際に売れるのは前者ばかり。まあ、当然の結果だな。壊れるのが早いのだから、買い替えのサイクルが早いことは自明の理だ。


 うちの店では前者のみを扱っていて、後者の商品は切り捨てた。安いと言ってもピンキリで、使い捨て級の安物もあれば比較的長く使える物もある。


 できれば高価で高品質な物を買ってもらいたいが、長持ちしてしまうのが問題なんだよなあ。定期的に壊れるタイマーでも付けてほしいよ。


「一度買ったら、死ぬまで使うんですよね?」


「ああ。壊さない限り、ずっと使えるな。扱いが丁寧な家だと、孫の代まで使うこともあるくらいだ」


 物持ち良すぎじゃないか。買い替え需要は絶望的だな。視点を変えよう。使用頻度を上げて壊れやすくする。そのために、客には毎日凝った料理を作ってもらえばいいかな。


「買い替えは難しそうなので、料理教室でもやりますか?」


「は? なんで料理?」


「使い方を教えれば、毎日使ってもらえるじゃないですか。そうすれば壊れやすくなります」


「悪い案ではないが、それは無理だ。私は料理なんてできないし、家内も得意な方ではない」


 調理器具を扱うんだから、得意であってくれよ……。まあ、できないものは仕方がない。できることから探っていこう。

 できれば定期低収入が欲しい。高額な調理器具が定期的に売れたらいいのだが、それは無理だ。買い替え需要は自分でコントロールできることではない。


「では、どうしましょうか。何か得意なことはあります?」


「洗い物なら得意だぞ。家内もよく鍋を焦がすから、どんな焦げ付きもあっという間に元通りだ!」


 料理が下手だからこそ身に付いた技術か。これは使えるかもしれない。もう一度視点を変えて、買い替え需要の取りこぼしを減らす方向に考える。


「でしたら、修理と点検をしてください。錆びたり焦げ付いたりして困っている人は、多いと思います」


 重くて丈夫な鉄鍋だが、なかなか壊れないかわりに錆びるし凹む。焦げ付きを落とすのも一苦労だ。手入れを怠ると大変なことになる。そしてズボラな人ならそのまま使う。気分は良くないだろうから、金を払ってでも修理して欲しい人は多いだろう。


「そんなことをして儲かるのか?」


「儲かるか、と言うよりも、困っている人を助けると思ってください」


「しかしなあ……。そんなに高い金は貰えんだろ」


「集客の一環ですから、安くてもいいんです。かなりいい集客になると思いますよ」


 無料にしたら客が殺到しすぎて収拾がつかなくなる。ちょうどいい金額を提示するのは難しいが、やるだけの価値はあるだろう。戦略としては弱いが、狙いはこれによる収益ではないので問題ない。


「わざわざ寿命を伸ばすようなことをして、意味があるのか?」


「修理を依頼する人の中には、ダメ元で持ってくる人も結構居るんですよ。そういう人に買い替えの提案をすると、すぐに受け入れられます」


「ほう……」


「ただし。修理は真面目にやってくださいね。直るはずのものを買い換えさせられると、お客さんは不信感を抱きますから。直せるものは意地でも直してください。そうすることで、買い替えの提案に説得力が生まれるんです」


 俺の狙いは、『この人に直せないのだから、買い換えるしか無い』と思わせることだ。

 壊れかけるたびに店に来るのだから、買い替え需要を取りこぼすことが無くなる。さらに、営業や商談をする手間も省ける。なにせ勝手に客がやってきて、提案するだけで買ってくれるのだから、これほど楽な販売は無い。


「なるほどなあ……、修理か。でもこれ、他所に真似されたら終わりなんじゃねえの?」


「自分の店で直せる店主さんって、他に居ます?」


「職人に持ち込めばいいだろう。普通はそうする」


 店主はフンと鼻を鳴らして答えた。職人と競合するのは良くないな……。でも、まだ付け入るスキはある。


「それって、職人さんは喜んでやるような仕事なんですかね?」


「すっげぇ嫌な顔をされるぞ。『直すくらいなら新品を買え』って顔だ。そもそも自分の作品じゃなかったりするからなあ」


 あ、これは絶対やりたくないな。職人からしたら『知らねえよ!』って言いたくなる仕事だ。他人の作品なんて触りたくないだろう。長持ちしすぎるデメリットだな。作者よりも作品の方が寿命が長いから、修理は他人に頼むしか無い。

 それに、自分の作品であっても修理は余計な仕事だ。扱いが悪いせいで壊れたのなら、職人の気分は良くないと思う。


「では、職人さんにも話をつけましょう。修理を依頼されたら、こちらに振ってもらうんです。全員は難しいでしょうが、多くの協力を得られるはずです」


 ブルーノの時とは話が違う。新しい試みではあるが、やりたくないことを肩代わりするんだ。喜んで協力してくれると思う。


「うぅん……まあ、やってみるか。金が掛かることじゃねぇしな」


「では、お願いしますね」


 この店に関して言えば、広告を作らなくてもいい。職人からの紹介だけでも十分な仕事量になりそうだ。ノーコストで始められるサービスだが、店主の特殊技術を使うので、模倣される心配も無い。


 修理で小銭を稼ぎ、買い替え需要を根こそぎ拾う。上手く回り始めたら相当儲かるだろう。デメリットは、店主が忙しくなりすぎることだ。店を任せる従業員が欲しいな。ある程度定着したら提案してみよう。



 最後に呼び出したのは、一番楽そうな食器店だ。うちの店の主力商品も食器なので、共通する部分が多い。

 この店が扱っているのは、うちと同じようなやや高級な食器だ。うちの店との違いを言うと、その品揃えだろう。この店は専門店なので、かなり幅広い商品を扱っている。


 問題を上げるなら、『飛ぶように売れる類の商品ではない』ということか。食器は消耗品ではあるが、普通は壊れるまで使う。そこがポイントだな。『壊れていないのに買い換える』という理由を作ってやれば、売上が伸びそうだ。


「下取りでもやってみます?」


「いや……中古の皿なんかに需要あるんか?」


「意外とありますよ。古くて高い物ではなく、古くて安い物を求める人は意外と多いんです」


 製造元倒産や作者死亡など、新品が手に入らなくなった物であれば欲しがる人が一定数存在する。その層を狙えば売れると思う。

 ただし、この街では新しくて安いものは売れないだろう。コータロー商店と競合するし、裏市と呼ばれる訳あり品の店が、怪しい新品を激安で販売している。


「そんなもんかね……」


「まあ、別に売れなくてもいいんですけどね。やっていることは値引きと同じですから、売れなくても大きな損にはなりませんよ」


 下取りは購入が条件なので、現金が出ていくわけではない。

 客にしてみれば、普通に値引きをされるよりも買い取ってもらった時の方が強く印象に残る。『飽きたら買い取ってもらえる』と思わせる事ができれば、購買意欲の向上にもなって買い替えのサイクルが早まるはずだ。

 さらに言うと、下取りをした食器が売れたら損にならない。コータロー商店の客も多少取り込めるのではないだろうか。


 一石三鳥のこの手法だが、普及しないのにはいくつかの理由がある。

 これは日本の場合だが、買い取りをするのに警察の許可が要る。また、買い取り履歴を細かく記録する義務もある。これは盗品を買い取らないようにするための措置だ。この国では許可が必要ないようだが、盗品を買い取らないように配慮しなければならない。

 次に、商品の管理が物凄く大変であることも挙げられる。売る前に洗ったり磨いたりしなければならないし、その時に破損してしまうこともある。

 さらに言うと、売れ残りのリスクが高すぎるという理由もある。下取り品を持ち込まれたら買い取らざるを得ないので、倉庫がパンク寸前でもどんどん商品が入ってくる。


 他にも価格の問題やトレンドの問題もあって、実行しようと思うとかなり難しい。


「売れ残りが大量に出そうだな……」


「無料で配ればいいじゃないですか。どこかに寄付してもいいです」


「そうまでして下取りする意味が分からん。どういうつもりだ?」


 店主は眉を吊り上げて言う。説明が足りなかったのだろうか。少し不機嫌になったようだ。


「目的は集客と購入意欲の向上です。『捨てるには惜しい、でももう飽きた』そんな食器を使っている人を呼び込みます」


 下取りは、買い換える理由を付けるための手段だ。この店を選ぶ理由にもなる。そのため、中古品の販売はオマケ程度でしかない。


「……なるほどね。ツカサくんの狙いが分かったよ」


 店主は腑に落ちたような表情を見せた。たった一言付け足しただけなのに、意外とすんなり納得したようだ。


「難しいですけど、できます?」


「問題ない。この仕事を何年続けていると思っているんだ」


「そうですよね。では、よろしくお願いします」


 この方法、うちの店では上手くいかないんだよなあ。食器の専門店だからできることだ。うちがこれをやってしまうと、壊れかけの鍋や使いかけの燃料を買い取れと言われかねない。面倒な予感しかしないから、絶対にうちではできない。



 最後の1人が事務所を出て行き、全ての面談が終わった。疲れた……。頭を使いすぎて頭痛がする。


「お疲れ様でした。皆さん、お帰りになりましたよ」


 ルーシアが事務所の扉を開けて顔を覗かせた。いつの間にか閉店時間を迎え、ルーシアが休憩室に居た店主たちの相手をしていたらしい。


「そうですか。今日は突然だったにもかかわらずお手伝いをいただき、ありがとうございます」


「いえ。好きでやっていることですから。今日はゆっくりお休みください」


 お言葉に甘えてもう休みたいが……まだ仕事が残っている。今日使った書類が机の上に散乱したままだ。これを片付けるまでは休めない。もうひと踏ん張りだな。

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