表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
127/219

面談(前半戦)

 テキストの準備は完了した。いつやるかはまだ決めていない。これは各店の予定を聞いてから決めた方がいいと思う。今日は各店に講習会の告知をして回る。

 ウォルターと手分けをして各店に訪問し、「販売戦略の講習会をやるから、よろしく」と伝える。それだけの告知だったため、午前中には終わった。のだが……。


 日付を指定しなかったのが災いしたのか、今日の午後には全員が集まってしまった。店はどうしたんだよ……。


 仕方がないのでこのまま講習会をスタートする。


「とりあえずカフェスペースで……」


 と言いかけたところで、ほぼ満席であることに気付いた。


「どこに座れというんだ?」


「……そうですね。近くに僕の作業場があります。場所を変えましょう」


 プライベートな空間だからあまり教えたくなかったのだが、そうも言っていられない。


「待ってください。母とフランツにも聞かせたい話ですから、できれば休憩室でお願いできますか?」


 ルーシアから意見が飛び出すと、ウォルターもそれに同意した。


「私もその方が助かる。休憩室なら十分収まるだろう」


 ウォルターも講習会に参加するつもりらしい。「参加しろ」と言った覚えはないんだけどなあ。



 全員を休憩室に通す。5人の店主とサニア、フランツ、ウォルター、そして俺。9人が休憩室に入った。ルーシアだけは店番のために不参加だが、説明を終えているので問題ない。

 店の休憩室は、応接室とも兼用しているので無駄に広い。仕切り板を撤収して詰め込めば、10人くらいまで収容可能だ。ただし、9人も入ったらめちゃくちゃキツイ。短い時間だから我慢だな。


 テキストを配り、説明を開始する。

 ブルーノには一度説明した内容が含まれるが、ブルーノは文句を言わずに聞いている。



 講習は、約1時間で終わった。一度ルーシアに聞かせてテキストを書き直したため、質問が来そうな部分は予め説明してある。何もなければこれで終わりだ。


「以上です。何かご質問は?」


 俺がそうきくと、食器店の店主が手を挙げた。


「……専門用語が多すぎて、何がなんだか分からない。もう一度最初から頼む」


 無理! 一度で済ませたいから開いた講習会なんだよ。何度もやっていたら本末転倒じゃないか。


「とりあえずテキストを読み返してください。それでも分からないことがあったら聞いてください」


「くう……そうか。帰って読み返すよ」


 食器店の店主は、悲しそうな顔をしながら手を下げた。

 他に手を挙げる人は居ない。納得できたというわけではなく、何を聞いたらいいか分からないという様子だ。この調子だと、今後もちょくちょく質問されるだろうな。まあ、それでも一から説明するよりはマシだ。


 講習会は終了したが、集まったついでに、それぞれの店の戦略も考えたい。


「講習会はこれで終わりです。お疲れ様でした。せっかく集まっていただいたので、もう少し時間をください。集客について考えましょう」


 ブルーノだけは終わっている。もう帰っても問題ないのだが、なぜかまだ居座っている。どうやらウォルターと話し込んでいるらしい。放置でいいか。



 サニアとフランツは静かに席を立ち、持ち場に戻った。フランツは何か言いたげな様子だったが、ここに居る店主たちに気を使って遠慮したのだろう。まあ、あいつに関してはいつでも話せるからな。今質問されても追い返す。


 休憩室に居るのは6人。スペースに余裕が生まれた。快適に過ごせるだろう。俺は1人で事務所に向かう。他の店主を休憩室に待たせたまま、1人ずつ事務所に呼び込んで面談をする。



 まず初めに刃物店の店主を呼び出す。刃物は不慣れな商品なので、少し梃子摺りそうな気がする。そのため、できれば早めに終わらせたい。


 主な商品は、剣闘士向けの武器と狩人向けのナイフ類だ。以前はうちの店でも扱っていたが、ハンターナイフだけを残して取り扱いを打ち切った。

 保管しているだけでもどんどん劣化していく商品なので、取り扱いが難しい。ちょっと倉庫に放置しただけなのに、気が付いたら錆びているらしい。なかなか厄介な商品だ。


「在庫管理はどうですか? 上手くいっています?」


「まあ、なんとかね。湿気があるとすぐに錆びるから、なかなか難しいよ」


 どこの店でも同じだな。うちの店ではサニアが毎日のように拭いていたそうだ。本格的に錆びた時は、作者に頼んで修理してもらうと言っていた。マジで余計な出費だ。


「維持費が大変じゃないですか? 錆びたら外注ですよね?」


「自分で研ぐんだよ。でなきゃやってらんねえよ」


 店主は得意げに答えた。この技術は使えそうだ。


「手入れの代行はやらないんですか?」


 研ぎは特殊な技術なので、高い技術料が見込める。


「うちでか?」


 店主は鋭い目つきで俺を睨んだ。


「刃物を正しく手入れできる人は少ないですから。研ぎを失敗した刃物を修復するくらい、わけないですよね?」


「それは当然できるが、専門の職人が居るからなあ。うちの店がやっちまったら、研ぎ師が良い顔しねぇよ」


「そうですか……」


 手入れの代行、いい商売だと思ったんだけどなあ。すでに専門職があるくらい定着しているらしい。いまさら参入しても仕方がないから、他の手段を考える。


「剣闘士の知り合いが居るんだろ? そいつに宣伝してくれよ。商品は悪いもんじゃないからよぉ」


 あ……それが一番手っ取り早いわ。でもちょっと待てよ……? 数カ月前に俺が大量に売ったばかりだよなあ。そんなにポンポンと買い換えるようなものじゃないぞ。


「すみません、剣闘士さんに売るのは難しそうです。狩人さんならどうですか?」


「ナイフは安いんだよ。できれば両手剣を売りたい」


 確かに両手剣は単価が高いけど、簡単に売れるような物ではない。そもそも需要が少ないんだよ……。

 まあ、需要がないなら作ればいい。剣が不要な人に剣を売る方法を考えるだけだ。


「分かりました。剣闘士さんにタイアップを依頼しましょう」


「タイアップ?」


「はい。有名な上位の剣闘士さんに、無料で剣を提供して使ってもらうんです」


 有名なスポーツ選手に、靴やウェアを提供する宣伝方法だ。


「おいおい、タダで渡してどうするんだよ」


「宣伝のためです。その剣闘士さんが活躍したら、ファンや後輩は同じ物を欲しがりますからね。刃がついていないレプリカも作れば、武器を必要としない一般層にも売ることができます」


 偽物を作られるリスクはあるが、それは仕方がない。大事なのは、本来必要ないはずの人に「欲しい」と思わせることだ。


「そんなに上手くいくかぁ?」


「下手な広告を打つよりは効果が見込めますよ。既成品では難しいので、鍛冶師さんや剣闘士さんと相談してオリジナル商品を作ってくださいね。できるだけ派手な方がいいです」


「広告もタダじゃねぇしなあ。まあ、損したって剣1本だ。試してみるかぁ……」


 店主は乗り気ではないものの、試す気にはなったらしい。

 またドミニクに頼ることになりそうだ。でも、これに関しては強さよりも人気の方が重要。あいつのファンは実在が疑わしいから、他に適任が居るなら紹介してもらおう。



 次に日用品店の店主を呼び込んだ。この店の商品は、うちの店とよく似ている。違うのは、食料品類が無いかわりに布製品を多く扱っていることだ。うちの店で取り扱っているのは少々の生地で、布製品は以前から取り扱いが無い。

 この店で売っている布製品はカーペットやシーツなどの日用品で、服などは売っていない。この店の特色を活かすなら、布製品に目を向けるべきだろう。


「ブルーノさんと協力して、新しい商品を考えましょうか」


「うん? 新しいものがそんなに簡単に作れたら、誰も苦労しないぞ?」


「まあ、そうなんですけどね。既にあるものをアレンジしてもいいと思うんです。例えばカーテンですね。あまり普及していないですよね?」


 以前お邪魔したテレサ(虫食いの人)の家には、どっしりとしたカーテンが掛かっていた。金持ちのアイテムなんだと思う。一般人でも手が出せる値段であれば、普通に売れるはずだ。


 この国の窓にはガラスが嵌められておらず、雨戸を開けたらフルオープンになる。中の様子が丸見えだ。視界を遮るためにも、カーテンはあった方がいい。カーテンレールはレベッカあたりに作ってもらえばいいだろう。

 ただし、遮光カーテンほど厚いものは要らない気がする。絶対高いし、光を遮りたければ雨戸を閉めた方が確実だ。作るなら、レースカーテンのような薄いカーテンだな。値段も抑えられる。


「貴族の持ち物じゃないか。一般人に手が出せる値段じゃない」


「一般人でも買える価格に抑えるんです。縫製を簡略化するとか、材料の品質を落とすとか、何か手があると思います」


「なるほどね。分かった。ブルーノくんに聞いてみよう」


 木綿の薄い生地ならそれほど高くない。縫製したとしても安く売れるはずだ。問題は、それが普及するかどうかだ。受け入れられるまでに時間がかかるかもしれない。これは売りながら様子を見るしか無いか。


「あとは、洗濯用品を強化してください。シーツやカーテンを洗うための、大きな洗い桶が欲しいですね」


「うぅん……。カーテンもそうだけど、売れなかった時が怖いなあ」


「それを言ったら何もできませんからねえ……。まずはごく少数で様子を見てください」


「それもそうだ。じゃあ、試してみようかな」


 ここの店主には割とすんなり受け入れられた。ただ、商品としては弱い。提案したはいいものの、驚くほどの売上にはならないと思う。

 『何でも売っている』というのは逆に難しいんだよな。狙いが絞れないから中途半端になってしまう。


 この店は要経過観察だ。いずれテコ入れが必要になることを覚悟しておこう。



 ――ふぅ。


 ここで一息。ようやく折り返しだ。面談は駆け足で進んでいるが、本当に今日中に終われるのかな……。夜まで掛かる可能性があるぞ。

 だが、ここまで待たせておいて、そのまま帰すわけにはいかない。気合を入れて頑張ろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ